遂に恐れていたことが起きてしまった。今日の朝食がやけに少なかったから嫌な予感はしていたんだ。
修行が始まると直ぐに精神的地獄へ落とされた。
「──今日から階段を駆け登りますよ」
──拝啓、博麗霊華さん。俺は今日で死ぬかもしれません。
「そんな絶望的な表情をしないでください。大丈夫。私もやった事がありますが吐くほどキツいです」
「妖夢、『大丈夫』って言葉を辞書で引いてきた方がいい」
「ちょっとちょっと祐哉君? 筆と紙を作って何をしているんですか?」
「遺書の準備を……」
「終わった……俺の墓は冥界にある……」
朝6時。清々しい朝を迎えた筈の俺達の表情は既に真っ青になっていた。俺は遺書を書き始め、叶夢は座り込んで空を見上げ、何かを呟いている。この地獄絵図を作り出した妖夢は困り果てている。だって、駆け上るんだよ? あのとんでもなく長い階段をさ? わかる? 走るんだよ。やる前からわかる。地獄だ。
「……分かりました。私も一緒に走りましょう。ですから立ち上がってください」
「まあ、それなら……」
仕方ない。やるしかなければやるだけだ。
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「うおおおおおお!! 負けるかああああ!!」
「だらァァァァァァ!!」
階段駆け上りの業。何故こんなに叫んでいるのかというと、ゴール地点まで辿り着くのが1番遅い者が腕立て伏せを1000回しなければならないからである。1000ってなんだよ1000って!? 念能力者がやってる修行と同じじゃん!
階段駆け上りのルール!
其ノ壱、霊力又はそれに類する力を使ってはならない。
其ノ弐、空を飛んではならない。
其の参、他者の妨害行為をした場合は厳しい罰が課せられる。
其ノ肆、程度の能力を使ってはならない。
以上、階段駆け上りは純粋な身体機能で勝負しなければならない。
「叶夢奥義四段跳び!」
叶夢は階段を四段抜きで登り始めた。俺は三段跳びである。
「やるじゃあないか。だが、その分体力消費は大きいはずだ! 俺はこのまま三段で確実に行くぜ!」
「ハッ、言ってろ! 勝つのは俺だ」
「その言葉、そっくりそのまま返す!」
因みに妖夢はというと、比べるのも馬鹿らしくなるくらい先に進んでいる。折角だから自分も修行すると言って俺達のノルマの遥か先まで進んでしまった。
少し時間が経って、俺と叶夢の距離は段々縮んでいった。
「ハッハッ──どうしたよ叶夢! 疲れたのか?」
「は……くそ……うっせーよ!」
「ゴールは貰ったぜ!」
「ぬぁあああああ!! ちくしょー!」
先にゴール地点に足を付けたのは俺だ。毎日の自主練の成果が出ているな。実は、叶夢との体力差を埋めるために階段駆け上りを1人でやっていたのだ。始めたのは修行を初めてから一週間後だから、1.5ヶ月分のリードがある。
俺達がゴール地点に辿り着いたことに気づいた妖夢は遥か上の段から飛び降りてきた。
「お疲れ様です。それじゃ叶夢君。腕立て伏せ1000回どうぞ」
「ひぃぃ!」
──クソ、負け得ではないか。
『マゾヒストでしたか』
『違います。腕立て伏せをやった方が強くなれるに決まっているじゃないですか。夜の筋トレメニューに追加しますわ』
叶夢が腕立て伏せをやりきるまでの間小休憩をとる。
──普通に凄いな。100回ノンストップでできるのか
俺が休んでいる間にも叶夢は筋トレをしていると思うと焦ってくる。身体機能で優れているのは叶夢の方だ。
「祐哉君、鞘取り合戦を覚えていますよね? あの時に思ったのですが、貴方が作る刀は脆すぎます」
「……具体的にいうと、どのくらい脆いですか? 話にならないくらい?」
恐る恐る訊ねると、妖夢は頷いた。
「恐らく今の貴方でも自分で作った刀を破壊できます。それ程までに脆いのです」
──マジか。どうしたら強い刀を作れるんだろう。
もっと気合いを入れて創造すればいいのかな? それとも根本的に何か間違っているのだろうか。
「私が刀を渡した理由は、私から見たら丸腰と同じだったからです。近接戦闘にはその刀を使うといいですよ」
「分かりました。ちょっとやり方を変えてみます」
今までは霊力を増やすため、創造できる量を増やしてきた。質を求める時が来たということだ。
──どうしたらいいんだろう……
創造の能力にお手本は存在しない。それ故に、1人で試行錯誤をして成長しなければならない。ここが創造の能力の難しいところと言えるだろう。
色々試してみるしかないな……。
俺は妖夢に貰った刀を鞘から抜いてじっと眺める。いい修行方法を思いついた。夜寝る前にやろう。
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「はあ、はあ……夜のノルマはこれで終わりだ。次は能力研究といこうか」
夜の階段駆け上りを済ませた俺はタオルを創造して汗を拭き取る。
なるべく音を立てないように自室に戻って、直ぐに能力の研究を開始する。
朝は早いが、その代わり消灯時間が21時と早いので2、3時間程度の夜更かしなら特に支障はない。修行の疲れで異常な睡魔に襲われているが、眠くない時なんて無いので無理をしてでもやるしかない。
俺は定規と刀を創造し、貰った無銘の刀との比較をする。
「厚さ、長さは同じ。見た目もちゃんとそっくりなものに仕上がっているはず」
刀が脆い原因で思いついたこと。それは霊力が薄い可能性だ。霊力で物体を構成しているということは、霊力の密度によって強度が変わると思う。
これを解決するためには、霊力の密度を濃くすればいいのだが、方法がわからない。
「漫画の修行法でも試してみようかな」
『別の原作の常識が通じるでしょうか』
「分からないけど、いい方法が思いつかないのだからやるしかないと思います」
無銘の刀を手に取り、あらゆる角度からじっくりと観る。ただ見るのではなく、よく『観る』のだ。創造したい物を観察し、今まで以上に精巧なものを作り上げる。
──刀を何度も写生しよう。
部屋全体を明るくできる灯りを創造して刀をスケッチする。もう一度よく観て、観た物をそのまま描くように意識する。これを繰り返せば刀の細かいイメージが頭に強く残るはずだ。頭の中のイメージが設計図なのだから、設計図の完成度を上げれば質も上がるのは道理。
1回目のスケッチが終わった。時計を見れば23時を過ぎている。1時間20分くらいかかった。まだまだ他にやりたいことがあるので、今日はこれで終わりにしよう。
さて、次は軍手をつけて刀身に触れてみよう。
──軍手が分厚過ぎて何もわからんな
仕方ない。手入れが大変だが素手で触れよう。
最初は爪を立ててカンカンと叩いてみる。ふむ。何もわからん。思った以上に難航しそうだ。だがこの程度の苦難は何度も乗り越えた。時間がかかっても良い。必ず達成するぞ。目標は本物の刀に届く強度だ。
次は手の骨で叩いて感触と音を確かめる。
──普通に骨が金属に当たった音だな。今創造できる『脆い刀』と比較してみても違いが分からない。
「そもそも俺が創造した刀は金属なのかな?」
俺は部屋を出て白玉楼の上空に移動する。
──宙に刀を固定して、もう一本の刀を持って思い切り振る。
刃先と
『金属のようですね』
「霊力で作っているから断面は霊力なんだと思っていました」
霊力で刀を造っているのではなく、刀を造るために霊力を使っているという風に捉えてよさそうだ。
前者は刀の成分が100%霊力で構成されていて、後者は刀を造るために必要な素材を創造する際の手数料。
創造する物の大きさによって霊力消費量は増えていくが、これは「より大きな物を生み出すには相応の手数料がかかりますよ」ということだ。
──『物体を創造する程度の能力』は物体なら何でも創り出せる魔法の様な力
やろうと思えば金を
俺の考えでは、アテナの他に少なくとも二柱の神が俺に憑いている。そして二柱は既に力を貸してくれている。
『物体を創造する程度の能力』と『全てを支配する程度の能力』という強すぎる力は人間が持てる代物ではないことが根拠として挙げられる。
『正確に表現するなら、能力を貸していると言うべきでしょう。貴方が発動の意思を持ち、持ち主が発動するのです』
「その時、俺の霊力を使っているわけじゃないですよね。俺の霊力はそんなに多くないですし」
『発動の依頼料が発生していますね。貴方が今考えた通りですよ』
なるほど。では、俺は創造する時、何も考えなくてもいいのだろうか。
『設計図は必要ですから、貴方は今まで通り集中する必要があります。それと、これは自分の力として認識した方がいいと思いますよ』
「どういうことですか?」
『最近、貴方はよく「どうせ俺の力じゃない」と思っていますね』
創造した物を他の人に渡した時、毎回感謝の言葉を貰う。俺はその度に複雑な気持ちになる。それはアテナが言ったように、創造の力は俺の力ではないからだ。借り物の力を使っている俺に感謝の言葉をもらう資格はない。
『やがて創造そのものが疎ましくなるでしょう。とても勿体ないことです』
「……隠し事はできませんね」
『貴方の事はずっと見てきましたからね。性格も、考え方も分かっていますよ』
この力は調べれば調べるほど人外で反則的な能力だとわかっていく。能力に対する理解度に比例して「自分がこの力を持っていていいのか?」という思いが増していくのだ。
数ヶ月前までの俺は力のない普通の人間だった。ある日突然、「君は凄い力を持っている」と言われ、能力発現のために訓練を始めた。発現したての頃はとにかく楽しかった。日常生活でも戦闘でも使え、物に機能を付与できることを知ってからは一層研究が楽しくなった。勿論今も楽しいと思っている。けれど、使えば使うほど不安になっていくのだ。俺にはなんらかの使命があるということは、レミリア や幽々子、紫やアテナを見ていればわかる。皆が必要としているのは
俺はただの器だ。
俺である必要がない。
俺は役に立てるのだろうか。
使命を全うできるのか。
不安で仕方がない。
『私は……貴方だからこそこの力を使いこなせるのだと思いますよ。祐哉は特に分析能力が優れている。事象を分析してそれを活かす力がある。確かに『創造』と『支配』は神の力です。神谷祐哉の能力は『研究』でしょう。──神の私が断言します。これは何に対しても効果を発揮できる強力な能力ですよ』
分析し、活かす力──それが研究。
『例えば叶夢に創造と支配の力を与えるとしましょう。彼に使いこなせると思いますか?』
「微塵も思いません」
『そうでしょう。仮に霊夢や魔理沙が持っていたとしても、祐哉程使いこなせないと思いますよ』
アテナは少し間を開けて続けた。
『私が考える、貴方が両能力の使用権を得た理由。それは「能力を活かす力がある」からです。貴方は凄い。だからこれからも自信を持ってください。悩みがあれば私が相談に乗ります。私はそのためにいるのですから』
どれだけ強力な力を手に入れても、出鱈目に振るっては本来の力を発揮できない。できること、できないことを調べることはとても大切。特に、支配の能力は慎重に使う必要がある。故に、使い時を見極めることができる者が持つべきだ。
「ありがとうございます。何だかスッキリしました」
『それはよかったです』
アテナにはいつも困ったときに相談に乗ってくれる。彼女がいなかったら俺はまだ立ち直れていないだろう。本当にありがたい。
ありがとうございました。
元々祐哉本人は無能力者というつもりでしたが、東方における(程度の)能力は自己申告制ですから、得意な事でもいいんですよね。「サッカーをする程度の能力」でも言いわけです。
祐哉は分析した事を活かす能力に優れ、また努力を惜しまないことを総じて『研究する程度の能力』としました。