東方霊想録   作:祐霊

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こんにちは、祐霊です。

時間は一気に飛んで夏です。あまり時間をすっ飛ばしたくないけど数日で成長できる内容ではないのです。



#66「球が撃てない。斬撃が飛ぶ」

 修行開始から三ヶ月の時が経過した。文月(ふみづき)──7月──の中旬になり、季節はすっかり夏になっている。幻想郷中に蝉時雨が響き始め、修行を始めた頃は満開に咲いていた桜も、緑一色である。

 

 幻想郷の夏は外の世界程暑くない。例年40℃を超えることが当たり前な世界から来た俺にとって幻想郷の夏はチョロい。平均気温26℃、今年の最高気温は29℃だ。涼しいとは思わないか? 

 

 冥界の夏は更に涼しい。これは恐らく、冥界を漂う幽霊が非常に冷たいからだと思われる。幽霊の身体は冷たく、ずっとそばに居ると凍傷になるらしい。幽霊が肉眼で見える分「お化けが出るかも……」と怯える必要は無いが、この世界では「マジで存在する」ため注意しなければならない。

 

 まあ、涼しいと言ってもそれは外の世界と比べて、の話である。熱いことには変わらない。特に運動をすれば滝のように汗をかき、喉が渇いていくという地獄は回避できない。

 

「あぢぃ……祐哉〜水撒いてくれ」

「こんなクソ暑い中水撒いても意味無くね?」

「春から修行を始めたのは正解でしたね。体力がついてきた頃に炎天下で運動をすればより負荷をかけられます」

 

 三ヶ月の修行で俺たちは大分体力がついた。階段登りの際に身につける重りは俺が10kg、叶夢が13kgである。これは無理をしないで持てる重さだ。これを踊り場4つ分、凡そ4000段、高さにして500m分登る。10セット行うので一日に4万段、5000m分登るのである。

 

 これは登山である。富士山の標高を思い出して欲しい。3776mだ。これを超えてしまっている。実際の山の方が道は険しく、天候が変わりやすいために心身ともに疲労が大きいだろう。だが階段登りもこれはこれで大変だ。休むことができないからだ。そして、平坦な道が存在しないため、疲れやすい。

 

 それに加え、7月から9月中旬までは炎天下での登山となる。皆が想像する500倍はキツいと思う。

 

 素振りの方も幾らかはマシになっただろうか。妖夢に聞いてみなければわからないが……。既に実践稽古を始めていて、刀を振るうのも慣れてきた。9種類の斬撃も、2ヶ月の間に合計54万回剣を振っていれば慣れるのも当然だろう。

 

 実は俺も叶夢も、それぞれ一週間程度腕を痛めたことがある。永琳から絶対安静を命じられた俺達は腕を使わない分体力作りに専念した。階段登り、階段駆け上りの他に、妖梨の教えの下霊力操作の訓練をした。霊力操作の方も中々できるようになったと思う。

 

「素振りのノルマをこなすのも早くなってきましたね。そろそろ新しいことを始めましょうか」

「次は何すんの?」

「弾幕と剣術を合わせた戦い方を身につけてもらいます」

 

 妖夢のように刀から霊力弾を飛ばしたりするのだろうか。いよいよ叶夢も弾幕ごっこデビューという訳だ。

 

「祐哉君は独自の戦い方を身につけていますし、別のことをしますか?」

「折角なのでやります。剣と創造を合わせた戦い方を身につけたいので」

 

 今の戦い方だと、創造は中距離戦闘に向いている。接近戦で創造するとなると単純に刀を創造するくらいしかやったことが無い。斬り合いや殴り合いの最中に、何を何処に創造するか考える余裕が無いからだ。よって、これからは接近戦でも即座に創造できるように練習しようと思う。

 

 ───────────────

 

「霊力を刀に込めて……振ると同時に霊力を離す……! ──だーめだ。できん」

「ラクロスで球を投げる感覚と似ているな。……俺の場合斬撃を飛ばしているだけだけど」

「ラクロスってアレか? ヘンテコなラケットでボールを投げるスポーツか?」

「それそれ」

 

 ラクロスに詳しい人が聞いていたら怒られそうな表現だが、叶夢が言ったことは1ミリも知らない素人の共通認識だろう。

 

 網がついたスティック──ラケットのようなものをスティックと呼ぶらしい──でボールを取り、スティックを振って投げるのだ。

 

「つーことはよ、遠心力で飛ばせばいいのか? ──そりゃ!」

 

 叶夢が刀を振るうと、俺と同じように斬撃を飛ばすことができた。

 

「斬撃を飛ばすことはできたけど弾が作れない……」

「刀に込める霊力を何個かの塊に分けるといいですよ」

 

 妖夢のアドバイスを参考にもう一度挑戦する。

 

 多分弾丸を装填するイメージで霊力を込めていけばいいんだろう。

 

「それ」

 

 ──ダメだ。斬撃が飛ぶ。

 

『霊力を込める量を減らして、少しずつ間隔を空けて撃ってみるのはどうでしょう』

 

「もういっちょ!」

 

 ──いや斬撃ィー! 

 

「難しいようですね。焦らなくていいですよ。そのうちできるようになりますから」

 

 ───────────────

 

 夕食を食べ終え、後は寝るだけとなった俺は、自主練をする為、刀を持って外に出た。

 

「あれ、お前も自主練か?」

「うん。叶夢も納得いかなかったの?」

「ああ、俺も弾幕ごっこデビューしたいからな。早く弾を飛ばせるようになりたいんだ」

 

 叶夢の気持ち、分かるな。俺も幻想郷に来てから弾幕ごっこをしたくて修行した。

 

「祐哉はどうやって弾幕を作ってるんだ?」

「俺は創造しているんだよ。実を言うと、能力を使わないと弾のひとつすら作れない」

「マジ?」

 

 俺は頷きながら刀を鞘から引き抜く。叶夢の隣に立って弾を飛ばす練習をする。

 

「人間なんてそんなもんだろ」

 

 創造の能力が無いと何もできない。弾幕ノ時雨も、スターバーストも使えない。精々空を飛ぶことや斬撃を飛ばすことくらいだ。他の皆のように霊力を球の形にして飛ばすことができないのだ。

 

 俺に弾幕の才能がないのだろう。

 

『貴方は霊力を放出することが苦手なだけですよ。霊力を操作する力は叶夢よりも優れている』

『放出することが苦手なのはこの世界じゃ致命的ですよね』

 

 創造さえあれば霊力を放出する技術はいらない。しかし、借り物の力である以上いつ失うかわからないので、自分の力で弾幕を放てるように練習する必要はあるだろう。

 

 ──刀の中に枝豆を入れるイメージ

 

 刀身に弾丸を込めるように霊力を数個の塊にする。

 

「それっ!」

「お前はいつまで経っても斬撃だな」

「そういう叶夢はどこまで行ったのさ?」

「俺は後もう少しだと思う」

 

 叶夢が刀を振るった。雑ではあるが確かに弾幕を飛ばせている。ただ、今にも消え入りそうな弾なので、もう少し力強く撃つことができれば会得できるかもしれない。

 

「どうやるの?」

「お前や妖夢が言っていた通りにしただけだよ」

 

 やはり理論上このやり方で成功するのだ。

 

「オラっ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ! オラァッ!!」

「ちょ、おま、落ち着けって! お前よくそんなに斬撃飛ばせるな。すげーよ。なんで弾飛ばせないのか分からないくらいだ」

 

 ヤケクソで刀を振るって飛び出したのは全て斬撃だった。数打ちゃ1個くらい上手くいくと思ったのに! 

 

 遠くの方でドガシャア!! という音が聞こえる。

 

「数もそうだけど、飛ばせる距離も凄いな。俺はあんなに飛ばせないわ」

 

 上手くいかない俺をフォローしてくれているのだろうか。距離や数は修行を続ければ叶夢にもできるようになるだろう。1ができれば10まで伸ばすのは可能。だが、0を1にするのは非常に難しい。

 

 ──直ぐに創造する事を考えてしまうな。

 

 創造に慣れすぎたのかもしれない。その慣れが「俺には創造がある」という考えを生み出し、頭のどこかで「別に弾を作れなくてもいい」と思っているのかも──

 

「──それじゃダメだろ!」

「……俺はこの辺で切り上げるけど、祐哉はどうする?」

「俺はもう少しやるよ。他にやりたいこともあるからね」

「そっか、程々にな」

 

 そう言って叶夢は部屋に戻っていった。

 

 ───────────────

 

 それから3日。叶夢は剣と弾幕を組み合わせた戦い方を身につけつつあった。身につけたと言っても、まだまだ入口に入ったばかりだろうけど。

 

 俺の方は全く進んでいない。

 

 仕方が無いので俺は斬撃飛ばすことを極めることにした。これだけは叶夢に負けない。そう思って取り組んでいる。

 

 球状の弾幕が打てなくても、斬撃で弾幕を構成すれば創造に頼らなくても弾幕ごっこはできる。それか、「弾幕ごっこは女の子の遊び」ということを利用して真剣勝負を挑むのもアリだ。しかし残念ながら女性の妖怪でも人間の身体能力を遥かに凌駕しているはずなので殺し合いになれば負けるのは目に見えている。

 

 今日の修行も終えた俺は休息している。縁側に一人座って無銘の刀を見ていると誰かが廊下に出てきた。

 

 襖が閉められる音がした方を見ると、妖夢と目が合う。まさか縁側に人が座っているとは思わなかったのだろう。妖夢は少し驚いた素振りを見せてからこちらに歩み寄る。

 

「なにしてるの?」

「ぼーっとしていただけだよ」

 

 妖夢は既に風呂を済ませ、浴衣を着ている。浴衣姿の女の子は好きだ。浴衣が作る和の雰囲気が艶かしい。

 

『浮気ですか?』

『あああああああ!! うるさいですよ!? いいじゃん! 可愛いものに可愛いって言うことの何がいけないんですか!』

『良い反応ですね。これだからからかうのは止められないのです!』

 

 妖夢は俺のすぐ隣に腰掛けた。

 

 俺とアテナの会話は外には聞こえていないため、妖夢が事情を知るはずがないのは分かっている。だが、そんなにくっつかれるとまたアテナに弄られてしまうんじゃないかと気が気でない。

 

「結構前にさ、俺が造る刀は脆いって言ってたの覚えてる?」

 

 妖夢は黙って頷いた。

 

「あれからどうすれば本物の刀にも負けない刀が作れるか考えて色々試してるんだけど、上手くいってるのかわからなくて困ってるんだよね」

「そうだったんだ。それなら今から試してみようよ」

 

 妖夢はちょっと待ってて、と言って部屋に戻っていった。

 

 試す、という事は成長具合を見てもらえるということだろうか。

 

「お待たせ。私に向けて刀を投げてくれる? 強度を試すなら、斬ってみるのが一番だからね」

 

 靴を履いて庭に出た妖夢は、部屋から持ってきた楼観剣を背に構えて刀身を引き抜く。

 

 俺は一度目を瞑って設計図の確認をする。

 

 ──造る刀は俺が貰った無銘の刀。

 

 この刀を造る訓練を始めてから2ヶ月。毎日眺め、何千枚も写生し、時には素手で触れてみたりした。

 

 ──集中だ。

 

 今では目を閉じていても完璧にイメージできるようになった。刀身の長さ、自然光の反射具合、触れた時の音、柄を握った時の感触といった、考えられるありったけの要素を思い出す。

 

 ──物体を創造する程度の能力

 

 目を開いて、しっかりと(妖夢)を見据えて創造する。

 

「……発動。これが、今の俺が造れる最高の刀です!」

 

 創造した刀は最高速度で妖夢の元へと放たれた。

 

 妖夢はそれを容易く斬ってみせた。

 

 そこまでは想定内だ。刀は横からの衝撃に弱いのだ。その性質を活かした武器破壊という戦法もある。

 

 俺が妖夢に聞きたいのは、実際に刀工が鍛えた刀と比べて、どの程度脆いのかである。

 

「強度は以前と比べて大分増していました。ですが、まだ渡した刀の方が強いと思います」

「そうですか……」

「とはいえ、最低限の強度はありますから、あまり気にしなくてもいいと思いますよ」

 

 弾幕用の刀に強度は必要ない。何故なら、弾幕ごっこのルール上、球を弾かれることがないからである。

 

「斬り合うために刀を使いたいならその刀を使えばいいですし、創造した刀でも霊力で強化すれば良いんです」

 

 それは分かっているのだが、納得いかないのだ。ちゃんとしたものを造れるようになるまでは妖夢が言ったように使い分けるつもりだ。でも──

 

「俺はもっと上手く創造できるようになりたい。だからこれからも続けますよ」

 

 刀のテストに付き合ってくれた妖夢に礼を言って部屋に戻る。

 

 もっと集中して創造しないとな。夜の特訓を始めようか。




ありがとうございました。霊想録は夏ですから、現実の季節も夏だと思ってしまいます。「陽が沈むのがはやくなったなぁ」とか考えてました。寧ろ遅くなってるんだよなぁ。

さて──球が撃てない!!

祐哉にもできないことがあるんだって? あるんです。人間だもの。

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