東方霊想録   作:祐霊

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どうも、祐霊です。
お待たせしました。サブタイトルからもめちゃくちゃ嬉しそうな様子が伝わるでしょうか。

楽しんでいってください




#68「霊華が会いにきてくれた!!」

「いやーさっきは情けないところを見せちゃったね」

 

 風呂から上がった俺は夕食までまだ時間があるので、霊華と時間を過ごすことにした。二人の再会を祝うように蝉時雨が響いている。

 

 暑いので障子は開け放っているが、一つの部屋にふたりきり。背丈が低く、四角いテーブルを挟んで対面するように座っている。

 

 ここ白玉楼は冥界にあるのだが、ここで鳴いている蝉は皆生きているのか問うたことがある。妖夢曰く、ここに居る大半のものは霊、即ち亡き者らしい。

 

 死んでいる蝉は夏になると本能的に鳴き出す仕組みなのだ。

 

 そんな訳で冥界でも夏の風物詩を拝むことは可能だ。

 

「想像以上に大変そうですね。私に構わず休んでくださいね」

「ありがとう。……俺の墓はここにあると思いながら修行しているよ。あと、生まれて初めて遺書を書いた」

「えっ!? 書かされたんですか?」

「いや、書きたくなったから書いた」

 

 流石に弟子に遺書を書かせる師匠はいないんじゃないかな。

 

「死んじゃう前に休んでください。1年に1週間くらいしか会えないなんて嫌ですからね?」

「そっか、お盆で帰れるのか。そうしたら今より長く一緒に居られるね」

「居られるけど……修行で死んじゃったら本末転倒じゃないですか?」

 

 ──確かに! 

 

 強くなる為に修行しているのに修行で死ぬのか。階段駆け上りとかで死ぬことは無いと思うけど、真剣同士で稽古する事もあるから、死ななくとも五体不満足になる可能性がある。思ったより深く斬られて再起不能とかね。

 

 そうなったら「俺はそこまでの奴だったんだ」と言って強がるしかない。

 

 突然激しい音が聞こえた。大量の水を地面に叩きつけるような音だ。庭を覗くと雨が降っていた。この強さと唐突に来る感じからして夕立だろう。

 

「幻想郷って夕立が多いですよね」

「懐かしいよね。小学校低学年の夏休みは毎日夕立だったな。でもここ十数年は夕立というものに遭遇していない」

 

 幻想郷に来て初めての夏。夏だと実感するようになってから数日しか経っていないが、今のところ夕立が降らなかった日の方が少ないだろう。妖夢の話では、文月(7月)下旬から葉月(8月)のひと月ちょっとの期間で、4割から5割は降るそうだ。

 

「『バケツをひっくり返したような雨』とはこういう事だよね。今外に出れば風呂に入る手間が省けそうだ」

「雨って実は綺麗じゃないんですよ。塵とか入っているし」

「なんとなく身体が臭くなりそうだね」

 

 等と他愛のない話をしている内に、遠くから重たい物を落とした様な鈍い音が聞こえてくる。音がした方を探ろうと席を立つ。

 

 否、立つことはできなかった。霊華に浴衣の袖を掴まれているからだ。

 

「か、かみなり……」

 

 再び鈍い音が響いた。今度の音は近く、大きい。確かにこれは雷の音だ。雷鳴の間隔は短くなっていき、どんどん近づいていることが分かる。

 

 霊華は俺の袖をキュッと握っている。俯いているため表情は見えないが、身体が硬直している様子。

 

「博麗さん、もしかして雷が──」

 

 怖いの? と聞こうとした時、耳をつんざくような大きな雷鳴が轟いた。突然のことに全身の筋肉が硬直する。弾幕ごっこの際に使うレーザーよりも大きな音を聞いて脈が上がる。

 

 霊華は雷鳴が轟いた時俺にしがみついてきた。今もまだ力強く抱きしめられている。泣いているのか、呻き声が聞こえる。

 

「大丈夫。ここにいれば安全だからね」

 

 霊華は俺の声に反応を示さない。相当怖いのだろう。何かトラウマがあるのかもしれない。

 

「障子を閉めたいんだけど、ちょっとだけ待っててくれる?」

「私も行く……」

 

 顔を上げた霊華は泣いてはいなかったが、今にも泣きそうだった。俺は無意識に彼女の頭を撫でて、ゆっくり立ち上がる。まるで足に力が入っていない彼女の腕を引っ張って立たせ、部屋の障子を閉める。たかが紙ペラ1枚を挟むだけなので防音性など皆無に等しいが、気休めになればいい。

 

 霊華は、俺の腕を絶対に離さないとばかりに強く抱いている。そんな彼女を連れて襖を開けると掛け布団を取り出す。

 

 部屋の奥の隅に腰を下ろし、二人で掛け布団を頭から被る。身を縮まらせることによって何とか全身を覆って雷鳴を聞こえにくくする。

 

 隣で震えている霊華を抱き寄せてもう一度頭を撫でる。上から下へ、髪の流れに逆らわず、ゆっくりと撫でる。俺が小さかった頃に母親にしてもらったようにすれば、不安も和らぐだろう。

 

「大丈夫だよ。すぐに落ち着くからね」

 

 霊華はコクリと頷いた。強ばっていた身体が少し落ち着き始めたその時、再び雷鳴が轟いた。掛け布団を被っているにも拘らず、先程よりも大きな音。あまりの衝撃で建物が揺れている。近くに雷が落ちたのかもしれない。

 

 ──この辺で落ちるとしたら西行妖だろうか。後で燃えていないか確認しないと。

 

 身体が密着している状態故、霊華の激しい鼓動が伝わってくる。

 

 今の俺に霊力があれば防音性の高い耳栓を造ってあげられるのに。今はそれだけの霊力が残っていない。妖梨に分けてもらったとはいえ、創造の力を使うには霊力が少なすぎる。

 

 だからこうして、隣に居て少しでも安心させられるように行動するしか手がない。

 

 ──もしも……もしもこんな状態で敵襲が来たら俺は霊華を守れない……それではダメじゃないか! 

 

 ──いや、落ち着け。良く考えろ。そういう時の為のMP回復だろ。回復しきるまでの数秒間を凌げばいい。

 

 

 それから数分経って夕立は去った。被っていた掛け布団は膝に掛けられている。

 

「落ち着いてきた?」

「うん……。ありがとう、神谷君」

 

 その口調は珍しい。まだ恐怖が残っているのかもしれない。そう思った俺はもう一度頭を撫でる。

 

「あ、ありがとう。もう、大丈夫ですから──」

「あ、そうなの? 撫でちゃってごめんね」

「いえ、それは良いんです。小さい頃お母さんにしてもらったみたいで安心しました」

 

 役に立てたなら良かった。

 

「私、小さい頃から雷が怖くて仕方ないんです。出かけている途中に雷が鳴って泣きながら家に帰ったことがあるんですけど、それからずっとこの調子なんです」

「確かに、外にいる時の雷は凄く怖いよね。自転車で走っている時に雷が鳴っていてね、近くで雷が落ちた時は死ぬかと思ったよ。そのすぐ後に、真後ろで『ヂッ』って音と火花が見えたんだけど、あれ以来トラウマよ」

 

 俺の場合は中学校時代の話なので、そんなに深い傷にはなっていない。でも、雷が鳴っている時に一人で外を歩くのは嫌だ。

 

 ──安全なところにいる時は寧ろワクワクするんだけどね。

 

「ここ最近毎日雷が鳴っているけど、どうしてるの?」

「霊夢にしがみついています。あの子はあまり動じないので安心するんです。コロも居ますから、何とかなってますよ」

 

 二人で話していると廊下の方から足音が聞こえてくる。この軽い感じは妖夢かな。足音は俺たちがいる部屋の前で止まり、声をかけられた。返事をすると障子が開かれて妖夢が顔を出した。

 

「わ……お楽しみ中ごめんね。もう直ぐお夕食ができるから来てくれる?」

「別に変なことしてないよ??」

「そう? 霊華ちゃんは残念そうにしているように見えるけど……」

 

 妖夢に言われて霊華の顔を見ると、ハッと我に返ったようにキョロキョロと頭を動かし、手をブンブンと震って「そんなことないよ!?」と言う。

 

「まあまあ、ご飯食べた後にでも話せるよ」

 

 うん、と言う霊華を連れて広間に案内する。

 

 ───────────────

 

 夕食を済ませた後も二人で時間を過ごした。ただのんびり寛いでいただけで特別価値のあることはしていないが、彼女との時間は至福そのものだ。そんな時間も終わりを告げようとしている。

 

「眠くなってきました……」

「そろそろ寝ようか。朝食は5:30だから頑張って起きてね」

「はい。じゃあ神谷君、おやすみなさい」

「おやすみ、博麗さん」

 

 霊華の部屋を出て自分の部屋に行き、刀掛けから刀を手に取る。外に出て一気に階段を()()()()()。階段駆け下りは自主練の一つだ。階段を駆け下りると意図してブレーキをかけない限りひたすら加速していく。この修行では極力ブレーキをかけずに加速することで霊力操作を練習することを目的としている。

 

 段々足の動作が追いつかなくなって転んでしまう。このままでは顎からぶつかって大怪我をする。

 

 ──極限まで集中しろ! 前受身を取りながら腕から霊力を放出する! 

 

「ふっ!」

 

 ──よし、使用霊力量を最低限にして続けろ! 

 

 腕から霊力を放出することによって、足で地面を蹴った時と同じように降りることができた。だが一度の成功を喜ぶ時間は無い。下に行くほど溜まっていく運動エネルギーに合わせて放出する霊力量も増やしていく必要がある。量が少ないと体へのダメージは増えて怪我をする。逆に多すぎると高く飛びすぎてしまう。高く飛ぶということは、位置エネルギーを増やすことにほかならない。それは後々運動エネルギーへと変わっていき、着地の際に放出する霊力量が膨大なものになる。

 

 ──ここで気をつけないといけないのは、今の俺は霊力が回復しきれていないということ。

 

 少しでも配分を間違えると霊力が底を尽きて死ぬ可能性すらある。実はこの修行は、繊細な霊力操作力を求められるため今の俺にはまだ早すぎる。

 

 ──しまった! 高く飛びすぎた! 

 

 集中が乱れた時、無駄に多く霊力を使ってしまった。手を打たなければ死ぬ。創造の能力は使えない。俺の身体ひとつで対処しなくてはならないんだ。

 

 ──このまま行けば踊り場で一度着地できる。

 

 聞いたことの無い速さで脈を打っている。耳のすぐ側で心臓が鼓動していると錯覚するほど大きな音を立てて血液を循環させている。走馬灯は見ない。見ている暇があるなら解決策を考えろ! 

 

 俺は必死に宙を泳ぐようにして着地する際のベクトルと、身体の向きを同じにする。これ程溜まったエネルギーを前受身と霊力放出の組み合わせで対処すれば更に加速することだろう。

 

 彼処で着地するには地面に接する面積を広げ、身体全体から霊力を放つ必要がある。ここで使うべき受身は──

 

 ──後ろ受け身! 

 

「アアィィィ!!」

 

 背中から転がるようにして衝撃を緩和し、両手で地面を叩く。勿論この時霊力を放出する。しなければ衝撃が強すぎて潰れてしまう。

 

 ──クソ、もう一回か! 

 

 一回の受け身では衝撃を殺しきれず、止まることができなかった。再び階段へと放り投げられる。だがそれでも7割くらいの衝撃は殺せた。俺は宙に浮いている間に身体を起こして足で地面を踏む。

 

 さっきは転んでしまったため、強引に受身を取りながら駆け下りたが、体勢を立て直すことに成功したので再び足を使って駆け下りている。

 

 一歩一歩集中して、霊力を真っ直ぐに放つ。

 

 ──大丈夫。俺にはできる。

 

 ──できる。

 

 次の踊り場に着いた。このまま次へ行く。

 

 俺は砕けそうな足で踏ん張って地面を蹴る。

 

 足が砕けそうなのは、足を覆う霊力量が少ないせいだ。纏う霊力を増やせ。身体強化をするんだ。集中しろ! 一瞬でも集中を乱せば死だ。

 

 二、三つ目の踊り場を超える頃には感覚を掴んできた。ただ、そろそろ終わりにしないと霊力の方が尽きそうだ。

 

 ──なんだ? いつの間にか減速できるようになっているぞ。

 

 俺は駆け下りる際に放つ霊力の向きを変えることによって減速する技術を得ていた。ついさっきまではこんなに器用に霊力を操れなかった。五、六時間前までは霊力放出の向きがバラバラで階段を駆け上れなかったのに……。

 

 慎重に、身体の霊力を下半身に集めて全力で衝撃に備えながら減速していく。

 

「はぁっ! はぁっ! とま……れたぞ! うぅ……」

 

 遂に完全に止まることができた。減速の意志を持ってから踊り場を一度超えただろうか。もしも瞬時に止まることができたらどんなに凄いだろうか。それができる頃には俺はとても成長しているんだろう。そう考えるとワクワクしてくる。

 

 心臓はまだ忙しく動いている。死と隣合わせの修行をしたからか、五感が冴えている。だから、()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は息を整えながら帯刀している刀の鍔に触れる。

 

「そこで見ているのは誰だ?」

「へぇ、私の気配に気づくことができるの? 相当成長したのかそれとも今だけかしら……」

 

 俺の問いに何者かが答えた。この声には聞き覚えがある。だか、声主は思い出せない。

 

「姿を現したらどうだ?」

「……慌てないで。あとふた月もすれば嫌でも顔を合わせることになるのだから」

「何言ってやがる」

「その殺気、少しは成長したようね。でもまだまだ。これからも鍛錬なさい」

 

 気配が消えた。一体誰だったんだ。分からなくても推測することなら……いいや、今日はもう疲れた。汗を拭いて屋敷に戻ろう。

 

 ───────────────

 

 久しぶりに会った神谷君はとても疲労していた。私がしている修行とは比べ物にならないほど過酷なものなのだろう。夕方になれば修行が終わり、後の時間は自由時間だと聞いた。この時間でゆっくり休むのだ。本当なら早くに寝て明日に備えるのかもしれない。私は邪魔をしているのではないだろうかと不安になって、それとなく訊ねてみた。神谷君は意外と寝る時間が遅く、更に、私と話せて嬉しいと言ってくれた。

 

 ──神谷君にまた抱きしめられちゃった

 

 あの時はそれどころではなかったけど、今思い返してみると私も中々やっている。袖を掴んだり、抱きついたり……。

 

 どうしよう。思い出したら目が覚めてきちゃった。

 

 私は暗い部屋の中で寝返りをうって目を開ける。

 

「神谷君……」

 

 無意識に彼の名前を呟いていた。それに気づいた私は一人で悶える。

 

 どうして名前を呟いたりしたんだろう。それに、呟いたことに気づいた時なんだか心が落ち着かなくなって暴れてしまった。

 

 神谷君は私の友達。一緒にいると落ち着くし楽しい。でも偶にどうしようもなくドキドキして妙に意識しちゃう。

 

 

 

 

 

 朝起きたら神谷君は部屋にいなかった。もう広間に行っているのかもしれないと思って向かうが、姿は無く、今日彼にあった者は誰もいなかった。皆で手分けをして探したものの見つからず、どこかに出かけているのだろうと結論付けて朝食を食べることになった。

 

 朝食を食べ終わっても彼は戻って来ず、私は散歩がてら白玉楼の庭を見て回っていた。

 

 私は階段を下りている。……あれ? 私はお庭を散歩していたはずなのにいつの間に? 

 

 途轍もなく長い階段を降りているうちに、誰かの姿が見えるようになった。その人は前屈みに倒れていて、頭から──血を流していた。

 

「えっ!?」

 

 心拍数が一気に上がった。あの様子は階段を降りる時に転んで頭を打ったんだ。その出血量からしてもう……

 

 気付くと倒れている人に声をかけていた。

 

「大丈夫ですか? しっかり! ──!」

 

 身体を揺すり、まだ息があるのか確認する為顔を覗き込んだ時、私は泣き叫んでいた。

 

「いや──っ!!」

 

 自分の叫び声を聞いて飛び起きた。目に写った景色は暗闇の部屋の中だった。

 

 ──夢か

 

 心臓は全力疾走した後のように早鐘を打ち、全身から汗を流していた。乱れた息を整えつつ部屋の明かりを付けて押し入れから予備の着替えを取る。

 

 汗で下着も濡れている。私は胸につけた下着を取って浴衣を着る。

 

 ──どうせ寝るだけだし、起きたらつけよう。

 

 私は部屋の明かりを消して部屋を出る。

 

 ──神谷君の部屋ってどこだっけ……

 

 そういえば私は知らない気がする。

 

 ──神谷君の霊力を探そう。

 

 私は霊夢に言われて霊力と妖力の感知能力を鍛えている。長く一緒にいる彼の霊力の質は覚えているから探すことは容易だ。私は壁伝いに手探りで歩きつつ霊力を感知する。

 

 神谷君、どこに居るの? お願い、生きていて……! 階段に行って様子を見に行った方がいいかな? 

 

 ──ダメだ。集中しなきゃ。大丈夫。神谷君は屋敷にいる。もし見つからなかったら階段を見に行けばいい。大丈夫だから、集中して! 

 

 自分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返し、捜索を再開する。

 

 少し先に明かりが灯った部屋があることに気づいた。私はその部屋の主なら起きていると思い、神谷君の部屋を尋ねることにする。

 

 ──突然声を掛けたら驚かせちゃうよね

 

 私は忍び歩きを止めて、敢えて音を立てて歩く。部屋の前に着いた私は中の人へ声を掛ける。

 

「あ、あの……すみません」

「……はい?」

 

 数秒後に返事が聞こえた。この声は男の人の声。動揺しすぎて今の一言だけじゃ誰の声か分からなかった。

 

「入ってもいいですか」

「どうぞ」

 

 神谷君であって欲しい。そう思いながら障子を開く。

 

 そっと部屋の中を見ると、座っている男の人が刀を持っていて、信じられない事に刀を舐めていた。私は叫んだ。

 




ありがとうございました。
この「雷が苦手な霊華」を書くのが私の夢でした。

次回、69話「霊華と添い寝」。甘々です。珈琲を持って待っていてください!

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