フランは祐哉の腕を引っ張って食堂を出て行った。フランが人間と会うのは四人目かしら。今のところ軽く触れただけで壊れそうな程脆い生き物だけど、本当にフランと遊ばせていいのかしら。
……私が見た“運命”は相当先の事だ。運命は非常にデリケートで簡単に覆ってしまう。ここで死ねば幻想郷の未来は変わる。それはそれで面白いわね。ふふ、貴方は今を乗り越えられるかしら?
食堂を出た私は長い廊下を歩いて地下に向かう。道中の階段でフランと会う。
「あらフラン、どうしたの?」
「縫いぐるみ取りに来たの!」
「そう」
フランはそう言って階段を駆け下りた。
あの子も比較的明るくなったわね。これも霊夢と魔理沙のお蔭。やっぱりあの異変を起こしたのは正解だったわ。結果論? 別にいいじゃない。
静寂の中、靴の踵が立てる音だけが響く。長い長い階段を降りてしばらく進むと自身の三倍程高い扉が聳え立つ。扉はギギギ……という重厚感のある音を立てながら開かれる。
ここは大図書館。私の親友であるパチュリー・ノーレッジとその使い魔“小悪魔”の部屋だ。相変わらず黴臭いわね。どうにかならないのかしら。
「レミィ、どうかしたの」
「ああ、パチェ。ちょっと話しましょう?」
地下一階の奥にいるパチュリー……パチェが話しかけてくる。
「今ね、人間が来ているわ。それも外来人」
「…………」
「ふふ、気になるようね」
「……別に」
いいえ、パチェは明らかに“外来人”という単語に反応したわ。ただ、恐ろしく小さな反応。親友の私でないと見逃しちゃうわね。
「そう? 別に構わないわ。勝手に喋り続けるから。“彼”は私が
「…………」
「今フランと遊んでいるわ。ちょっと覗いてみない?」
「…………」
「パチェ〜?」
「……分かったわよ、見たいならそう言えばいいのに」
パチェは初めて本から目を逸らし、水晶に手を翳した。水晶は
「ねえ、今縫いぐるみが急に現れたわよ? フランの様子からして、祐哉がやったみたいだけど……」
「…………」
祐哉がやったならそれは十中八九能力によるもの。一体どんな力なのかしらね。
「ねえパチェ。面白いこと思いついたわ」
「今度は何をするつもり?」
「彼をサポートするのよ、私達が力を貸せば運命は楽しくなるわ」
「……『幻想郷を危機に陥れる存在であり、救う人間』ね。分かった、レミィがそう言うなら協力するわ」
「パチェならそう言ってくれるって思ってたわ」
「はいはい」
これから楽しくなりそうね。さて、まずは──
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扉を開いて中に入ると、想像以上に広かった。紅魔館と同じくらいとまでは行かないが、それでも全てを回るのは時間がかかりそう規模だ。これも咲夜がやったのか。
天井のシャンデリアが明かりを灯しているが本を読むには少し暗い。匂いは図書館特有のものと言うより黴臭い感じだ。本が傷みそうだけど平気かな。
それにしても本棚の数が尋常ではない。流石、幻想郷最大の知識量を持つと言われているだけのことはある。
「うわぁ……」
「ふふふ、あまりにも大きくて驚いたかしら?」
「……ええ、凄いですね、これは」
本棚は俺の身長の五倍程高く並べられているのでどう考えても取れないが、ここの人達は皆空を飛べるから問題ないのか。ハシゴ使わなくても取れるんだから便利だよな。
前を歩くレミリアに付いていくと、奥のテーブルが見えてくる。テーブルの上には本が積まれており、真ん中には長い紫髪の人がいる。おお、あの人が……。
「パチェ、連れてきたわ。……祐哉、彼女が私の親友のパチュリー・ノーレッジよ」
「初めまして、神谷祐哉です。宜しくお願いします!」
「パチュリーでいいわ。宜しく」
簡単な自己紹介を済ませると、レミリアがパチュリーを見る。それを受けた彼女は本から目を離して問いかけてきた。
「さっきの弾幕ごっこを見せてもらったわ。何かしらの能力を持ってるようね」
どこから見てたんだろうと思っていると後ろにいるフランが口を開いた。
「お兄さんは凄いんだよ〜! 物が作れるの!」
「俺の能力は『物体を創造する程度の能力』です」
「へえ、そうなの。道理で……」
レミリアとパチュリーが腑に落ちたと言うように頷く。よく分からないや。
「祐哉、貴方強くなりたいとは思わない?」
「強く、ですか? まあ多少は思いますけど、別に……」
「あら、そうなの?」
なんだろう、何となくレミリアは残念そうな顔をしている。強くなりたいって言った方が良かったのかな。でも今のところ困ってないし……。
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用事を済ませた俺は館内を色々と見て回ることにした。しかしあまりにも広すぎて何処に何があるのかサッパリだ。さっきから魔導書しか見当たらない。確かここには外の世界の本もあるはずなんだけど……。
試しにその辺にあった魔導書を手に取って読んでみる。
「……? なにこれ、真っ白じゃん」
「魔導書は魔力やセンスがないと読めませんよ」
「ああ、そうなんですか」
真っ白の魔導書に対し不審に思っていると隣に居た人が理屈を教えてくれた。ってあれ?
「初めまして、ようこそ大図書館へ。私はパチュリー様の使い魔です。皆さんからは“こあ”と呼ばれています」
“こあ”は赤い髪に真紅の目、ワイシャツに黒いベストとスカートという、JKやメイドと言われても納得できるような姿をしている。でも何だろう、司書さんもこんな格好してるかな、意外と何処でもやっていける服装なのかね、可愛い。……おっとつい本音が。
「初めまして、神谷祐哉です。三ヵ月前に幻想入りしました。宜しくお願いします、“こあ”さん」
「こちらこそよろしくお願いしますね、祐哉さん」
“こあ”は頭から生えた黒い羽をぴょこんと跳ねさせる。何この子可愛い。
「あ、そうそう、魔導書には鍵が必要なんです。鍵と言っても物理的なものではなく、こう……なんて言うんですかね、えっと」
「暗号みたいな?」
「そんな感じです。まあ私も読めないんですけど……」
ふむ、スマホのロック解除コードみたいなものかな? n桁の数字を打ったり、適当な模様を線で描くとか。
「あの、魔導書以外の本はどこに置いてありますか?」
「下の階にありますよ」
「ありがとうございます」
「いえ、また何かあったら言ってくださいね!」
“こあ”はそう言って飛んでいった。頭と背中の羽を使って飛ぶのか、可愛い。……大丈夫かな俺、さっきからおかしい。
階段を降りて端にある本棚から見ていく。ここは世界各地に言い伝えられた神話が置かれている。何か知ってるものは……例えばギリシア神話とかあるかな。お、古事記だ。えーギリシアギリシア……っと、あったあった。
「ひゃー、ギリシア神話だけで随分沢山置いてあるんだな」
俺は何となく目に止まった本を手に取って読んでみる。どうやらこれはギリシア神話に登場する神々を纏めたものらしい。ゼウス、ヘラ、アテナ、ヘパイストス、ハデス、アポロンなど
「こういう本小さい頃よく読んだな〜。ん?」
パラパラ捲って流し読みしていると気になる記述が目に入る。
それは“ヘパイストス”の枠だった。
──ヘパイストスはヘラが自分一人の力だけで生んだ子供。ヘパイストスは生まれながら醜く、足が弱かった。そんな子供を産んでしまったことを他の神に知られたくないと思ったヘラはヘパイストスを天上から投げ落とした。落ちた先にいた神に育てられたヘパイストスは
……へえ、面白いな。俺の能力も意外となんでも作れたりしないかな。
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「──さん、祐哉さん、起きてください」
「ん……あ、こあさん……」
「大丈夫ですか? こんな所で寝たら風邪引きますよ」
「今何時ですか」
「朝の五時です」
マジか、寝落ちした。いつの間に寝てしまったんだろう……。朝というと、夜型のレミリアはそろそろ寝るのかな。その前にここを出発しよう。
「起こしてくれてありがとうございます。俺そろそろ帰りますね、レミリアさんに挨拶してきます」
「どういたしまして。あ、フラン様にも声を掛けてあげてくださいね」
「わかりました」
俺は“こあ”とパチュリーに挨拶をして図書館を出る。さて、フランは何処かな?
原作では地下室に引きこもってる設定だったけど、今いるところも地下なんだよな。適当に進めばいいだろうか。
運動靴が絨毯のような床を優しく蹴る。この感じ好きだな。ちょっと高いホテルもこんな感じの床だよなー、裸足で歩くと気持ちいいやつ。
適当に歩いていると、微かな声が聞こえる。声がした方へ向かうと重厚感のある扉があった。扉に耳を付けて見るとまた声が聞こえた。
『ウフフ……まだ、まだよ。壊し足りないわ……キャハ……』
「!?」
「──誰!?」
声の主はフランだった。そのことに驚いた俺はうっかり扉を蹴ってしまった。扉は鈍い音を立て、気づかれる。何時間か前に当てられた
「あれ、お兄さん。どうしたの?」
「…………」
「お兄さん?」
「あ、ああ。フランちゃんを探してたんだ。もう帰ろうと思ってね」
「そっかー、また遊ぼうねお兄さん。バイバイ!」
扉が開いた瞬間圧力は消え去った。要件を伝えると、手を振ってくる。その時の瞳は容姿に相応しい純粋なものだった。
俺はフランと別れ、レミリアの部屋へ向かう。
俺はフランを恐れてはいないつもりだった。だけどあの殺気に触れてしまうと怖くなる。人格が変わったとしか思えない。何かあるのだろうか。
考え事に夢中になっているといつの間にかレミリアの部屋に着いていた。ノックをすると出迎えてくれる。
「どうしたの、顔色悪いわよ?」
「あ、いえ……なんでもないです」
「そう?」
「はい、今日はありがとうございました。そろそろ移動しようと思います」
「分かったわ。またいつでも来なさい」
レミリアに一礼して外に出る。門の前で寝ている美鈴を横目に紅魔館を見上げる。この一晩で寿命がかなり縮んだ気がするけど、何だかんだ楽しかった。
さて、次は白玉楼に──って、どうやっていけばいいんだ? 神社に戻って霊夢に聞こうか。そう決めた時、辺りが急に明るくなった。
湖の方を向くと奥にある山からオレンジ色の太陽が登り始めた。その様子はまさに幻想的。