妖怪の山の反対方向の奥地にある草原。夏に咲き誇る大量の向日葵がまるで太陽のように見えることから、太陽の畑と名付けられた──。
蝉時雨をBGMに畑を散策する。隣には白いワンピースを着ている霊華がいる。添い寝をした翌日の朝、俺と霊華は他のみんなに弄られた。あれほど騒いだのだから声が聞こえていない方がおかしいよね。
朝、同じ部屋から二人が出てきたので添い寝していた疑惑が生まれ、俺も霊華も否定できずに苦笑いを浮かべていた。否定をしない
朝食の際には「昨晩はお楽しみでしたね」などと揶揄われる始末。これは流石に否定した。そうでなければ互いの認識に地底まで到達するほど深い溝が生まれてしまう。
一息入れた後に修行を始めようとすると、妖夢から休暇を言い渡された。今まで休暇がなかった俺は非常に驚いた。妖夢はそんな俺に太陽の畑を紹介してくれた。太陽の畑は夏になると沢山の向日葵が咲く場所で、一緒に出かけてみたらどうかと提案してくれたのだ。俺はお言葉に甘えて休みを貰い、霊華を誘ってみた。一緒に向日葵を見に行こうと言うと嬉しそうに頷いてくれた。
霊華のワンピース姿は凄く様になっている。白いレースは清純さを醸し出し、彼女の魅力を引き出している。俺は霊華に日焼け止めと麦わら帽子をプレゼントした。紫外線を100%通さないとか言う化け物性能だ。
「わあ……見て神谷君。これ全部向日葵ですよ! すごい!」
視界の端から端まで広がっているヒマワリ畑。立派に育った背の高い黄色い花々に心を躍らせた霊華がこちらに振り向いて、向日葵にも負けないくらい明るい笑顔で話しかけてくる。
──嗚呼、俺はこの瞬間のために生まれてきたんだな
この瞬間を映像に残したい。もう一生眺めていたいな。
「か、可愛いだなんてそんな……」
「──! しまった。口に出してしまった」
「無意識ですか? ……嬉しいな」
うっかり心の声を漏らしてしまったようだが好印象のようで良かった。照れ臭そうにしている霊華も良いな……。
──ああもう、好きすぎる。大好きだ。
俺は目が眩むほど黄色い向日葵と、隣にいる大好きな女の子を見て癒されている。二人で向日葵畑を歩いて回っていると、霊華が何者かの気配に気付いた。向日葵の隙間から覗き込むと向こうで妖精が集まっていた。
「可愛い。あの子たちは日向ぼっこしているのかな」
「気持ちよさそうに寝ているね。それならちょっかい出される心配もなさそうだ」
「私たちも後でお昼寝しませんか」
「いいね。日向ぼっこなんて何年ぶりかな」
持ってきた竹水筒を霊華に渡し、自分の分を取り出して水を飲む。熱中症にならないようにするため、自分用に麦わら帽子を創造する。
今日の俺は制服ではなく、和服を着ている。修行の時はTシャツと半ズボンというスタイルだが、出かける時は基本制服を着る人間だ。そんな俺が何故和服を身に纏っているのかと言うと、制服を着て出発しようとしたところを妖夢と妖梨、叶夢に止められたからである。
叶夢には「霊華ちゃんが可哀想だ」と言われてしまった。妖夢には「霊華ちゃんはお洒落してくると思うから違う服を選んだ方がいいよ」という助言を貰い、妖梨に服を選んでもらった。
俺は言った。「これじゃ人里にいるその辺の人と変わらないじゃないか」と。そうしたら、「制服よりはマシだ」と一蹴された。
俺はファッションセンスを身に付けるべきだと思った。
それから雑談をしながら1時間くらいかけて向日葵畑を一周した。
太陽はまだ昇りきっていない。腹時計によれば10時くらいだろうか。
俺たちは草原の上にレジャーシートを敷いて休んでいる。
「幻想郷で咲いている向日葵って、ここだけなんですかね」
「そんなことはないわ。この前里の人間が育てていたのを見たもの」
霊華の問いに返事をしたのは俺ではない。横からやってきた人が会話に入り込んできた。誰だろうかと目をやった瞬間、俺の心拍数は徐々に高まっていった。
そこには、桃色の日傘を差した女性が立っていた。白いブラウスに赤いチェックの上着とスカートを穿いている。胸元には黄色いリボンを付けている大人のお姉さんといった印象を受ける。
「こんにちは」
日傘を僅かに後ろへ傾けて笑顔で挨拶をしてくる。この服装に癖のある緑色の髪。どう見てもこの人は──
「こんにちは」
俺たちは挨拶を返す。霊華は彼女のヤバさに気づいているのだろうか。まあ、喧嘩を売ったり、妙な動きをしなければ攻撃してきたりはしないだろう……多分。
風見幽香は弱い者いじめが好きで、妖精を苛める事がある。また、幻想郷縁起によれば強い力を持つ人間や妖怪に興味を持ち、積極的に戦いを挑むとか……。
──弱そうなふりをしよう。そうしよう。
「貴女も向日葵を見に来たのですか?」
「ええ、夏に咲く花は向日葵だけでは無いけれど、これだけ広大に咲き誇る花を見ることができるのはこの時期だと太陽の畑くらいなの。夏はよくここに来るわ」
俺の質問に真面目に答えてくれた。意外と話が通じる人なのかも? 話をする分には全然構わない。
「……あの、もしかして貴女は先日の春の大宴会にいらっしゃいましたか?」
霊華が問う。そういえば居たような気がする。この人は花が好きだから、四季の花を見るために幻想郷のあちこちを回っているらしい。桜の花を見に来たのだろう。あと、案外宴会やパーティーには参加しているっぽい。
「行ったわね。幻想郷に来たばかりの人間が2つの異変を解決するのに大きく貢献した祝い……だったかしら。いつもよりも規模が大きかったのよね。あら、貴方達──」
──不味った! 気づかれたな。
「もしかして貴方達がそうなの? もしそうならちょっと興味があるのだけれど」
下手に嘘をつくのは悪手。しかし肯定すれば戦いになるかもしれない。どうしよう。いっそ第二の能力を使ってテレポートするか?
「確かに私達ですけど……」
ダメだ。霊華が何でもかんでも話してしまう。諦めるしかない。
「やっぱりそうなの。貴女は霊夢にそっくりね。でも大した力は感じないわ」
「貴女からすれば俺たちの力なんて皆無でしょう。どうして興味を持つのですか?」
全身から、暑さから来るものとは違う汗をかいている。平静を装っているがかなり緊張している。いつ戦いになるか、いつ攻撃されるか警戒する。霊華を守れるように創造の準備もしている。
「貴方は違うでしょう?
君付けされた!! 違和感やべぇ! って、そんなことはどうでもいい。
「不思議な感じがするわ。貴方からは複数の力を感じる。人間の力と、神の力……そんなことって有り得るのかしら。現人神という訳では無いでしょうし」
何が言いたいのか冷静に考えつつ続きを待つ。
「異変解決に貢献したのは貴方のほうね。力を抑えようとしているのがバレバレよ。それに、私が妖怪であることを察しているのか、
「……貴女は勘違いをしていますよ。竹林異変を起こした原因は俺たちにある。俺たちの行動に腹を立てた妖怪が異変を起こし、それを食い止めただけのこと。春奇異変に至っては何もしていません。俺たちを過大評価しすぎです」
もう怖いから話を切り上げたい。デートの邪魔をしないでくれ。
風見幽香は日傘をクルクルと回しながら少し思考する。そして、傘を閉じて先端をこちらに向けてきた。
「そう。じゃあ──消えなさい」
幽香が傘に力を込める瞬間、俺は霊華に体当たりするようにして身体をずらす。霊華を突き飛ばし、その先に自分が移動して彼女を受け止めて素早く立たせる。
霊華はまだ状況を理解していない。もう少し時間を稼がなければ。
──焦げ臭い匂いがする。
幽香は何をしたのだろう。よく分からないが初撃を交わすことはできた。
「……少なくとも、今の攻撃を躱せる時点で評価に値するのだけど?」
「ああ、そうですか。ありがとうございます。言っておきますけど俺は貴女とは戦いませんよ」
「どうして?」
「今日は久しぶりの休暇だから!! 初めてのデートなんで邪魔しないでもらいたい!!」
「どうでもいいわ。と言っても戦う気のない人間を攻撃してもつまらないわね。──ねえ貴方。私と貴方とでは身体能力が違うことは分かっているかしら? 逃げることは不可能。もし逃げようとすれば大切な女の子は消すわ」
嗚呼、またこのパターンか。
「私と戦うならその子に手を出さない」
本当に頭にくる。どうして
「……いい顔になってきたじゃない。闘る気になった?」
「──ああ、
砂時計を創造して彼女に見せつける。幽香は俺が出した条件を聞いて頷いた。口を開くなと言ったからだろうか、さっき挨拶してきた時の笑顔とは違う、殺意の籠った笑みを浮かべている。
──その程度で臆するかよ
俺は怒っている。折角のデートを台無しにされたからだ。そして、俺は人質を取られるのが大嫌いだ。
相手の殺意など、それを上回る殺意で相殺すればいい。
「神谷君……どうしてこんなことに……」
俺は刀を地面に刺して置き去りにしたまま霊華の手を引いて走る。刀を置いたのは戻ってくるという意思表示だ。
「ごめん、本当にごめん! どうしていつもこうなっちゃうだよ! もう嫌だ!」
「また私が人質になってるんですよね……ごめ──」
俺は慌てて霊華の口を塞ぐ。霊華が謝る必要は無いからだ。何故霊華が謝らなければならない。謝罪すべきはあの妖怪の方だ。強さなんて関係ない。生き物として卑劣な行為をしているのは向こうだ! 絶対に痛い目に遭わせてやる!!
「できるだけ離れて見ていて欲しい」
「目を盗んで私が逃げれば神谷君も助かりますか?」
「それはリスクがデカすぎる。こうなったら正々堂々と戦わなくてはならない。ムカつくけど、相手を逆上させたら不利になるのはこっちなんだ。だから見ていて」
霊華はとても不安そうに俺の顔を見てくる。ああ、そんな顔をしないでくれ。君にはずっと笑っていて欲しいんだ。心配なんてしなくていい。大丈夫だ。こういう時の為に俺は修行しているのだから。
俺は霊華の麦わら帽子に手を乗せて、ただ一言残す。
「頑張るよ」
「気をつけて……死なないでね……」
余計なことは口にしない。死亡フラグが立ってしまうからだ。
──気持ちを切り替えろ。幻想郷最強クラスの妖怪との戦闘だ。殺すつもりで挑め。さもなければこっちが死んでしまう。
──
「……あと、30数えるくらいか。もういい加減うんざりだよ」
俺は幽香の前に立ち、地面に刺さった刀を抜いて鞘についた汚れを払って深く腰を落とす。刀を何時でも抜けるようにして相手を見据える──
鍔に手をかけ、右手を開いて閉じる。霊力を身に纏って幽香を睨みつける。視線の途中にある砂時計は役目を果たし、消滅した。それと同時に新たな砂時計が現れる。戦いが始まった。
「──くらいやがれ!! 我流抜刀術──斬造閃!!」
俺は右足に霊力を纏って地面を蹴りつけ、閃光の如く幽香の元へ跳んだ。
ありがとうございました!