東方霊想録   作:祐霊

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#71「花妖怪──風見幽香」

 我流抜刀術──斬造閃。

 

 右足で地面を蹴りつけて加速する。霊力を放出することで閃光の如く駆ける。俺の間合いに幽香が入ったときはまだ傘を差している。

 

 俺は刀を振り抜いて幽香の右腹部から左肩に向けて斬り上げる。

 

「……痛いわ。確かに攻撃は避けたはずなのに」

 

 幽香は右肩から()()()()()血を止めるように押さえている。

 

 ──やった。攻撃を当てる事ができた。

 

 俺が斬り付けたのは右腹と左肩を結んだ一直線だ。だが彼女の腹や胸には傷がついておらず、右肩から血を流している。

 

「どうやら俺を舐めすぎていたようだな? 手を抜いていなければ、アンタなら避けるのは容易いはず」

 

 例え()()()()()()()()()()だとしても。

 

 斬造閃は、自分が相手を斬り上げるのと同時に、相手の両脇に刀を創造して斬り付ける、俺にしか使えない抜刀術だ。

 

 避けるなら俺が懐に入り込む前に動かなければならない。俺の間合いに入ったら最後。三方向からの攻撃を対処するのは至難の業と言えるだろう。

 

「ふふ……謝らなければならないわね」

「人質に取ったことを、か?」

「いいえ、舐めていたことに対してよ。もう少し期待できそうね」

 

 幽香は右肩から手を離した。すると、傷が無くなっていた。妖怪の再生速度は凄まじい。そんなに早く細胞分裂したら老化が進むはずだけど、妖怪に人間の常識は通じないのだろう。

 

「アンタを倒すにはどうすればいい?」

「そうね、私が舐めている内に首を刎ねて刻めばいいと思うわ」

 

 ──そんなことできるわけない。

 

 最も俺を舐めていた時に放った斬造閃が一つしか当たっていないのだから。これはつまり、三つあるうちの二つの斬撃を避けたということだ。あの一瞬で、だ。

 

 抜刀術は鞘から抜いて斬り付ける分剣速が速くなる。それを交わしたのだからこれ以降の攻撃はひとつも当たらないだろう。

 

 ──本当にやってられない。

 

 俺は幽香が喋っている内に納刀してもう一度構える。

 

「まさか、同じ攻撃をしようと言うのかしら? いいわ。こちらから手は出さないであげるからかかって来なさい。力の差を教えてあげる」

「……舐めやがって。その口、開けなくしてやる。首を刎ねるんだったな? やってやるよ」

 

 俺はもう一度幽香を見据え、霊力で全身を覆う。幽香は余裕そうに笑みを浮かべて日傘をクルクルと回している。

 

 ──その余裕の笑みを絶望に塗り替えてやる。

 

 大きく息を吸って、全力で地面を蹴りけて加速する。

 

 今度は幽香の首を左右から斬り掛かる。

 

「──我流抜刀術! 斬造閃!!」

 

 瞬間、幽香が目の前から消えた。否、俺の間合いから抜けた。距離を詰めたはずなのにまた間隔が空いている。彼女の首を刎ねるはずだった二振りの刀は宙を切り裂き、俺は加速したまま直線上に跳び続ける。刀を振り抜いた時に空振りしたので、その勢いで若干軌道が逸れて高く飛んでいる。

 

「さあ、次よ」

 

 幽香は俺が跳ぶ先で待っている。

 

 ──完全に舐められている。クソっ! 

 

 俺は両手で柄を握り、攻撃の準備をする。想定と角度が違う。このまま攻撃しても思うようにダメージが入らないので一旦角度の調整をする必要がある。俺は幽香を飛び越えた先に、地面に対して垂直な足場を造り、それを蹴って強引に向きを変える。

 

 幽香を飛び越えて直ぐの行動故か、彼女はまだこちらを見ていない。だが俺にはわかる。幽香は絶対に目で追いつくことができるし、やろうと思えばこちらを向いてカウンターを繰り出すことも避ける事も可能だと。敢えてそれをしないのは俺に懇親の一撃を打たせるため。そしてそれに対して何もしないと言った。

 

 ──その首、切り落としてやるぜ! 

 

 刀の峰を自分の右肩に当てるように構えて幽香に接近する。

 

「ハァ!!」

 

 幽香の首に切りつけるのと同時に地面に着地する。速度と体重を使った斬撃。これで斬れないはずがない。──だが、()()()()()()()()()()()()

 

「──! どうなってんだ」

「刀が折れなくて良かったじゃない」

 

 首を刎ねるどころか、首の皮すら斬れていない。仕舞いには刀の心配をされる始末。俺は咄嗟に霊力を刀に纏わせて切れ味を上げるが、効果があるようには思えない。

 

「フフ……何をしても無駄よ。そんな小細工、私には通用しないわ」

 

 俺は舌打ちして後退する。幽香はこちらに振り向いて何事も無かったように話し始める。日傘は差したままだ。

 

「妖怪の肉体は人間とは比べ物にならない程頑丈。その反面精神攻撃に弱いというのは知っているわよね」

「俺じゃ妖怪を斬れないって言いたいのか」

「話は最後まで聞くものよ。貴方の刀は結構な業物。触れた瞬間に気づく……そこらの妖怪なら軽く両断できるでしょうね」

 

 いや、いくらなんでもそこまでの剣技は身につけられていないと思う。

 

 幽香は腑に落ちていない様子を悟ったのか、含みのある笑みを浮かべる。幻想郷縁起によると、妖怪は強ければ強いほど余裕を持っていて、紳士的でよく笑うらしい。こちらとの圧倒的実力差が余裕を生み出すのだろう。

 

「自分の刀がどんな物なのか把握できていないのね。まあ、我流なら仕方ないかしら」

「技は独自の物だが、俺の師は魂魄妖夢だ」

「妖夢……冥界にいる子ね。師のほうも気づいていないのかも」

「なんの話なんだ」

「知りたい? それならあともう一発私に当ててみなさい。但しこれからは私からも動く」

 

 幽香はゆっくりと日傘を畳み、まるで刀のように右手に持った。

 

 ──あれはただの傘じゃなさそうだな

 

 普通の傘なら簡単にへし折れるだろうが、あの傘は紫外線を大幅カットするだけでなく弾幕さえも弾くという設定だった気がする。それほどの強度を持つ傘ならアレを真剣だと思って立ち回った方がいい。受けることを考えず、全て躱すのだ。

 

 俺は両手で刀を握って霊力を全身に霊力を纏う。

 

 数秒の沈黙を先に破ったのは幽香だった。一直線に肉薄して傘を振ってくる。

 

 ──速いけど目で追えるし、身体もついて行けてる。修行の成果が出ているぞ! 

 

 俺は右に大きくステップして初手を躱し、左斬り上げの斬撃を繰り出す。攻撃を躱された幽香は直ぐに切り替え、霊力の(やいば)を傘で弾く事で霧散させる。傘は無傷だ。

 

 俺は幽香を視界に入れたまま砂時計を見る。砂の量は残り半分くらい。あと2分半生き残れば取り敢えずは勝ちだ。

 

 ──首を撥ねてやるなんて言ったものの、やっぱりキツイな。

 

 こちらの攻撃が全く効いていない時点で刀で切断するのは不可能だ。さて、どうするか。

 

『今回はあと一撃入れて刀の力を聞き出すことを優先した方がいいかと』

『あ、忘れてた』

『興味無いのですか? それなら無理に聞くことは無いですけど』

『いや、考えている余裕が無い』

 

 幽香は幻想郷のなかでもトップレベルの大妖怪。レミリアと同等かそれ以上の力を持っている遥か格上の存在なのだ。そんな奴と戦えているのは、相手が遊んでいるからに他ならない。幽香が舐めてかかってきているのに1秒も気を抜けない状況だ。今だって次の手を考えている。

 

 幽香は傘の先端をこちらに向けた。先端が白く発光したのを見た俺は反射的に能力を使用する。

 

 ──創造、反射鏡。

 

 ──耳栓、遮音性付与。

 

 ──眼鏡、遮光性付与。

 

 瞬間、視界が真っ白になり、昨日の夕立で聞いた雷鳴にも劣らない爆音に包まれる。

 

 これは幽香が傘から飛ばしてきたレーザー攻撃。反射鏡で全て跳ね返せないことから、魔理沙のマスタースパークを遥かに超える威力なのが分かる。であるならば、俺がスターバーストを使っても太刀打ちできないということになる。スターバーストの火力は、マスタースパークに数段劣るからだ。

 

 反射鏡の大きさを自分を守れる分だけに抑える。レーザービームを跳ね返せるとはいえ、高熱に晒され続けるため長持ちはしない。特に幽香のレーザーは強すぎるため1秒も持たないだろう。

 

 ──1秒間に5枚程度の鏡を創造し続ける。

 

 レーザー攻撃が10秒続けば50枚の鏡を造ることになるので、ゴリゴリと霊力が削られていくが命より安い代償だ。

 

 ──っ長い……! いつまでレーザーを打ってくるんだ。

 

 もう一分はレーザー攻撃が続いている。力の差を見せつけたいのだろうか。確かにこれだけの出力で、これだけ長い間レーザーを撃つことは俺にはできない。もう充分だ。力の差があることは戦う前から知っている。勘弁してくれ。

 

 やがて、レーザーが止んだ。耳栓とサングラスを消して幽香を見ると少し驚いた表情をしていた。

 

「今ので生きているなんてどんなカラクリかしら」

 

 幽香の冷めた反応に俺は不満を持つ。1分以上レーザーの中に飲まれていたんだぞ。霊力も殆ど底を尽きた。驚いてくれないと割に合わない。

 

 俺の周りはレーザーに飲まれて地面が抉れている。普通の人間ならばこの時点で逃げ出すだろう。だが俺もレーザーを扱う者だ。幽香の圧倒的下位互換のレーザーでも地形を変えることは可能。よって、この程度見慣れている。

 

「先に地形を変えたのはそっちだからな。俺が何しても怒るなよ?」

「早くしたら? もう時間が無いわよ。急いで私に攻撃を当てないと。刀の秘密を知りたいでしょう?」

 

 秘密を知りたかったら頑張りなよ、と言われているのだと思うとムカついてくる。そう言われると意地でも自分で調べたくなる。けど、このまま終わるのも嫌だ。人質を取ったことを後悔させなくてはならない。舐められてはいけない。

 

霊力は残り少ないが、使い魔を使えばスペルカードを使うことは可能だ。

 

「──来い、使い魔君」

 

 俺は使い魔を呼び出す。戦う前に創造した使い魔で、戦闘中に太陽光から霊力を充填させていたのだ。

 

「日符『プロミネンス』!!」

 

 十体の使い魔が上空で等間隔に並び輪になった後、陣形を維持したまま立体的に回転する。彼等の中心に小さな球体が現れ、それはやがて巨大な惑星のように成長する。

 

 これは直径5()0()m()の擬似()()である。迷いの竹林で藤原妹紅と対戦した時に使用した、水星『アクアバレット』と同系統のスペルカードだ。

 

「……大きいわね」

「そうでも無いさ」

 

 幽香は上空に現れた疑似太陽を見上げて呆気にとられている。模している物が太陽だとわかったのか、彼女は日傘を差す。実際に放射線を放っている訳では無いので全く無意味な行為ではあるが、それなりに眩しく、高温なので気持ちは分かる。

 

 水星を模したアクアバレットでは直径10mの擬似惑星を生成したので、実際の大きさ比率で合わせるなら太陽は2850mの大きさで作らなければならない。それを行なうには太陽のエネルギーを十分に吸収した使い魔が数百体規模で必要になるため、俺にはできない。

 

「と言っても、アンタを倒すには十分なサイズだろうな」

「言うじゃないの。それで? これで何をしようって?」

「間もなく太陽の畑は更地と化す。アンタはここの向日葵を気に入っているようだ。さあ、守りきれるかな?」

「ふん、人質──物質(ものじち)とでも言うのかしら。仕返しをしようという訳ね。でも残念。

 

 

 ──お前如きにこの畑を枯らせることはできないわ

 

 ハァ、言ってろ! 

 

 会話している間に発動の準備も整った。残り時間は30秒程。

 

 ──これで決めてみせる! 

 

「やれ、使い魔君。──気ままに踊る紅炎から守ってみせろ! プロミネンス発動」

 

 上空に浮かんでいる赤く発光した球体は輝きを増して稼働を始めた。球体内のエネルギーが漏れて緩やかな放物線を描くように赤いレーザーが放たれる。

 

()()のレーザーが、人妖問わず無差別に襲う。幽香は傘を差して様子見を──否、微笑んでいる……だと? まるで天気の良い日に散歩をしているというかのようにゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「馬鹿な! 何なんだその傘は! 何でできているんだ?」

()()は私の枯れない花よ。この程度、何ともない」

「バケモノめ!」

「ふふ、妖怪の私にとってそれは褒め言葉よ」

 

 確かに、あの日傘は弾幕を弾けるという情報は知っていた。だがそれは飽くまでも弾であって、レーザーを喰らえば一溜りもないと思っていたんだが……。妹紅といい、幽香といい、弱点らしい弱点が見当たらない奴らが多すぎる。

 

──俺も巫女になろうかなぁ!! 問答無用で封印してやる!

 

『こんな時にギャグを言わないでください!』

 

「そろそろ向日葵の方にもレーザーが届くけど、どうするつもりだ?」

 

 プロミネンス(紅炎)は徐々に大きく、派手に踊り始める。あと数秒もすれば太陽の畑は飲み込まれるだろう。

 

 俺は自身の周りに反射鏡を用意しているのでこの技の影響は受けないようになっている。

 

 幽香は傘を畳み、先端を天に浮かぶ太陽に突きつける。

 

 ──頃合だな。上手くやれよ、俺。

 

 俺は刀を納刀した後、身体能力を強化するため、全身に霊力を纏う。

 

 幽香の傘から極太の閃光が放たれる。地面を揺らす程の爆音、規模、全てが人間の放つレーザーとは比にならない、真の破壊光線と言えよう。太陽も直に崩壊する。

 

 その迫力に圧倒されそうになるのを頭を軽く振る事で踏みとどまり、思い切り地面を蹴る。

 

 霊力を利用した最速のスタートダッシュ。レーザーを放つことに夢中になっている幽香は俺の高速移動について来れないはずだ。

 

 ──後ろを取った! 振り抜け! 

 

「──我流抜刀術! 斬造閃!!」

 

 着地に利用した左足を軸に体重移動し、右足で踏み込み幽香の首目掛けて抜刀する。

 

 振り抜いた直後、幽香はハッと俺を見た。だがもう遅い。俺もレーザーを使う者。レーザーを撃つ時の()()は知っている!

 

「もらったあぁああああ!!」

 

 幽香が対策を講じる前に俺の刀が届いた!




ありがとうございました!
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