東方霊想録   作:祐霊

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#72「お昼寝」

 俺の剣が幽香に届いた。今度は初めから霊力を使って斬れ味を上げている。

 

 自分が砲身となり、レーザーを放つ時には隙が生まれる。物理的干渉の無い光線と違い、質量を持ったレーザーは相当重いため、自身(砲身)は直ぐに方向転換を行えないのだ。

 

 尤も、自分が狙われている時に相手の背後に立つのは不可能であり、その弱点を突くことはできない。今回は、俺ではなく空に浮かぶ擬似太陽を狙っていたためにできた事だ。

 

「──硬すぎる!」

 

 霊力を纏わせた(やいば)でさえ、やはり傷をつけることはできない。大妖怪とはいえ、流石に硬すぎる。何かカラクリがある筈だ。例えば、俺と同じように霊力──彼女の場合は妖力を纏っているとか。

 

 ──試合終了の合図はまだ鳴らない。このままでは幽香が反撃してくる。

 

 攻撃を避けるために後ろへ跳ぼうとしている時、擬似太陽を破壊した幽香は既に俺に斬りかかっていた。

 

 ──避? 否、死!

 

 幽香の斬撃を避けることはできないと、直感で悟った俺は一目散に能力を発動させる。何でも言い、何か斬撃を弱める物を造れ! 

 

「ぐげッ!!」

 

 気づいた時には俺は宙を舞っていた。腹が死ぬ程痛い。臓器が飛び出ているんじゃないか。

 

「ハーイ? 人間打上旅行は楽しいかしら?」

 

 ──!! 

 

 幽香は宙に打ち上げられた俺の先回りをしている。

 

 ──ヤバい、ヤバい! 殺される! 

 

 何か創造しなければ殺される。それだけは理解できる。だが、かつてない程の焦りを感じている俺は思考停止している。

 

 体感時間が無限の如く長くなり、ただ「殺される」という無意味な(どうでもいい)ことしか考えられない。

 

 対策を考えろ、対策を! 

 

 ダメだ、呼吸が乱れて焦点も合わなくなってきた。こんな経験初めてだ。

 

『祐哉! 気を確かに持ちなさい!』

 

 脳内で誰かが叫んだ。俺じゃない。アテナだ。瞬間、頭の中が驚く程クリアになった。思考停止(フリーズ)ではなく、再起動(リブート)だ。

 

 体感時間は変わらず長いまま。死を悟りリミッターが外れたお陰で思考速度が桁外れに上がっているのだ。

 

 ──そうだ。俺が物理攻撃用の盾を用意していない理由を思い出したぞ。

 

「悪いがその傘を破壊させてもらう!」

 

 物体の中に物体を創造する事によって相互破壊する技術──内部破裂(バースト)

 

 幽香の剣速は速い。間もなく俺に当たるだろう。ならば、攻撃が当たる前に物体を造ればタイミングが合うはずだ。

 

「サヨナラ」

「サヨナラするのはアンタの相棒()だよ」

 

 幽香が傘を振り、俺が能力を発動させる寸前でブザーが鳴り響いた。爆音の警告音は二人の意識を簡単に集め、互いに手を引いた。

 

 ───────────────

 

 ──うるさい

 

 少し遠くの方から微かに、しかし()()()()やや喧しい音。何の音だっただろうか。ああ、これは蝉の鳴き声だ。今は夏で……そうだ、霊華と太陽の畑に行ったんだ。

 

 ゆっくりと思考していくうちに覚醒していく。閉じていた瞼を開くと目の前に霊華の顔があった。大きな木の下で眠っていたようだ。それも、膝枕で。

 

「あれ……どうして寝てたんだろ」

「あ、起きましたね。よかった。体調はどうですか? あっ、水飲みますか?」

 

 霊華はガサゴソと荷物を探って竹水筒を取り出した。飲める? と心配そうに見られているのを怪訝に思いながら起き上がり、水筒を受け取る。

 

 ──なんか凄くだるい……熱中症かな

 

 そういえば、幽香はどこに行った? 戦いが終わった後の記憶が無い。倒れたのかもしれない。

 

「あの人なら戦いが終わったあと、気を失った神谷君を私に預けて一言残していきましたよ」

「そう……一言って?」

「神谷君の刀についてです」

「ただの刀じゃないの?」

 

 俺がそう言うと、彼女は首を振った。

 

「その刀には、妖怪の類が嫌う力が込められているそうですよ。私や霊夢が持つ大幣や御札みたいなものですね。その辺の妖怪ならば簡単に両断できるだろうって言っていました」

 

 この刀は妖刀ではないが、妖怪キラーの刀だったということか。

 

「へえ、そうなんだ」

「反応が薄いですね……」

「妖怪と近距離で戦うつもりは無いからね。弾幕ごっこで戦った方が楽だし」

 

 霊華は首を傾げて訊ねてきた。

 

「それならどうして剣術を習っているんですか?」

「近接戦闘もできるようになりたかったから。弾を飛ばすだけが弾幕ごっこじゃ無いからね。戦術の幅を広げたかっただけで、積極的に近接戦闘で戦う訳ではない」

 

 霊華は益々腑に落ちない様子。彼女の言いたいことは分かる。幽香との戦いで思い切り剣術で戦っていたからだ。俺の言動に矛盾が生じている。

 

「さっきのは別ね。今の俺が何処まで剣で戦えるのか知りたかったんだよ」

「どうでした?」

「悪くはない。状況や気分によって使い分ける感じかな」

 

 ───────────────

 

 神谷君はため息をついた。何だか気だるそうにしている。当然だろう。風見幽香という妖怪から感じた力は輝夜姫や幽々子さんと同じくらい強いものだった。妖怪と戦う力を持つ人間でも、より優れた者でないと太刀打ちできないと思う。

 

 5分間とはいえ、そんな相手と戦ったのだから精神的にも体力的にも相当疲労が溜まるはずだ。

 

 日陰を作ってくれる木もあることだし、もう少し休もう。

 

「神谷君、一緒にお昼寝しませんか」

「する」

 

 即答されたことに私は少し驚いた。私は神谷君と密着する程近づいて、木に背中を預ける。眠りにつくために目を閉じると、彼に声を掛けられる。

 

「頭に可愛いの付けてるね。いつの間に?」

「あ、気づきました? これはあの人が帰る時に……」

 

 私の頭には向日葵の花飾りが付けられている。幽香さんが、「きっと似合うと思ったの」と言って付けてくれた。

 

「似合ってるよ。めちゃくちゃ可愛い」

「えへへ、嬉しいです」

「写真撮ってもいいかな!?」

 

 神谷君は何故か満面の笑みを浮かべてカメラを造り始めた。ご丁寧に三脚とリモートスイッチまで付いている。

 

「良いですけど、折角だし一緒撮ろう?」

「えぇ……俺は写真写り悪いから嫌だなぁ。台無しになってしまうよ」

「もう! 私一人じゃ恥ずかしいんです! こっち来て!」

 

 私は写真に写りたがらない彼をカメラの前に引っ張る。神谷君からスイッチを奪い取り、あからさまに嫌そうにしている彼の腕に抱きついて「笑って」と言うと、観念したように、しかし何処か嬉しそうに笑ってくれる。私たちの視線がカメラの方へ向いた時、左手でスイッチを押してシャッターを切る。

 

 撮影後直ぐに現像された写真を二人で眺める。写真の中の私たちはとても幸せそうに笑っていて、二人の距離がとても近いからか、私が彼に密着しているからか、恋人のように見える。

 

 私と神谷君の今この瞬間の()()をずっと残せることがとても嬉しく感じた。

 

「素敵な写真です……」

「いいなあ、家宝にしたいなあ」

「神谷家の家宝ですか?」

「そう。可愛い子とのツーショットを子孫に見せて自慢するんだよ」

 

 神谷家……か。神谷君もいつかお嫁さんを貰って家庭を築くんだよね。

 

 ──切ないなぁ

 

「……他の女の人との写真を残しておいたら、お嫁さんが嫉妬しますよ?」

「……俺のお嫁さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()だといいなあ」

 

 ヤキモチを妬かない人か。世界は広いから……そうは言っても幻想郷から出られないから限りはあるけど、色々な人がいるからヤキモチを妬かない人と出会う可能性もあるだろう。私だったら妬いちゃうなぁ。

 

 ──だって、今がまさにそれだもん

 

 私は未来の神谷君のお嫁さんが羨ましいんだ。いっそ、今ここで想いを伝えたい。けれど、それだけの勇気は私にはない。だから苦しいんだ。幸せだけど、切ないんだ……。

 

「博麗さん、どうした? 具合悪いの?」

「え、どうして?」

「急に俯いたから、熱中症になったのかなって。まだ水残ってる?」

「ちょっと眠くなっちゃって……今度こそお昼寝しましょう?」

 

 嘘だ。確かに炎天下の中、向日葵畑の中を歩いた疲れもあるから寝ようと思えば眠れるだろう。でも、私は眠いから俯いていた訳じゃない。告白する勇気がない私に本当の事を話せるはずも無く、誤魔化してしまった。

 

 幸い神谷君には気づかれていないみたいだ。「そうだね」と言って、今度は神谷君の方から私に張り付いてきてくれた。

 

 変なことを考えてしまったから、ドキドキしてお昼寝どころじゃない。

 

 一応目を瞑って眠りにつこうとはするものの、中々寝付けずにいると、神谷君の方から掛けられる体重が急に増えた。

 

 ──寝たのかな

 

 目を開けて神谷君が寝たのを確認した後、彼の袖を握って再び目を閉じた。

 

 




ありがとうございました!

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