楽しんでいってください!
目が覚めた。疲労が溜まって重たく感じていた頭もすっかり軽くなり、調子が戻っていた。
ふと横を見ると、霊華が俺の肩にもたれかかっていた。すぅすぅと軽い寝息を立てて眠っている彼女を見ると次第に脈が上がっていくのがわかる。
好きな子が、自分の方へ体を傾けているのだから、意識せずにはいられない。ぎゅっと抱き締めたい欲が生まれるが、流石に調子に乗りすぎてはならないと自制する。
──でも案外許してくれるんじゃないか? 昨日も一緒に寝たんだし
という囁きが脳内にチラつくが頭を振って払う。
抱きしめる代わりに、俺も彼女の方へ体重を掛けてもう一度眠ることにする。
──幸せだなぁ。幸せすぎて、これが夢なんじゃないかって思う。実は現実の俺は幽香に負けて殺されているのかもしれない……
笑えない冗談だな。
再び目を覚ました。これだけ寝ていればそろそろ陽も傾くんじゃないだろうか。俺の予想に反して未だに青いままの空を眺めていると数羽の鳥が飛んできた。鳥はすぐ近く──霊華の手に止まった。
俺は驚きのあまり声を出せなかった。
野鳥が人間の体に止まるところを見た事がないからだ。霊華の元にやって来ていたのは鳥だけではなかった。一体どこから来たのか、猫が膝の上に乗っている。隣で心地良さそうに眠っているのは──犬にしては大きい。狼だろうか。彼女の右手にはカブトムシまでいるではないか。
哺乳類や鳥類だけでなく、昆虫までもが彼女に近づいているのだから驚かずにはいられない。
「ネコちゃんはこの近くに住んでいるの? ──そうなんだぁ。うん、うん、へぇ〜」
──猫と会話している、のか?
霊華に優しく撫でられている猫は心地良さそうに鳴いている。
──野生の動物の気持ちが分かるのかな。凄いなぁ。
聞いてみたいとは思うが、ここで声を掛けたら周りの動物を驚かせてしまうかもしれない。俺は静観することにする。
じっと霊華の様子を見ていると、俺の視線に気づいた彼女が話しかけてきた。
「あ、おはようございます。凄くないですか? 皆、寝ていたら集まってきてたんですよ。ここは皆のお昼寝スポットなのかも!」
「すごい懐かれてるね」
カブトムシと野鳥が飛び立った。
「その猫、俺も触りたいな」
「触りたいって。良い? 怖くないよ。私の友達なの」
霊華は猫に話しかけて許可を取る。すると猫は大人しく俺に近づいて膝の上に乗ってきた。
「わあ! 生まれて初めて猫から近づいてくれた!」
猫派の俺にとっては感動ものである。軽くうるっと来た。野生の猫と触れ合いたかったが、手段がわからず追いかけ回すという暴挙に出た懐かしき中学時代を思い出す。
「まずはおでこを撫でてあげてください。敵意を込めなければ逃げられないですよ」
「し、失礼します……」
指が猫の毛に触れたとき、温もりを感じた。撫でてあげると猫が鳴いた。
「及第点らしいです」
「あざす」
しばらく遊んだ後、猫はどこかへ行ってしまった。残っているのは霊華の隣で寝ている狼だけだ。
「よく襲われなかったね」
「お腹すいてないのかもしれないですね」
「空いてたら食われていたと?」
「そうかも……」
ひええ!! おっかないな。ていうか狼って山にいるものだと思っていたんだけど……。
「博麗さん、動物と話せるんだね」
「あっ……」
霊華は突然不安そうな表情を浮かべた。一体どうしたの言うのだろう。
「……話せませんよ。一方的に話しかけているだけです。飼い主が、ペットの犬に話しかけることがあるでしょう。それと同じです。野生ですから、意思疎通は出来ないですよ」
「……どうしてそんなに必死なのさ?」
そう、霊華は何処か必死に、何かを弁解するように言葉を紡いだ。俺にはそう見えた。
「必死って訳じゃ……」
「よく分からないけど、何となく辛そうだよ。何か嫌なことでもあったの? 俺から訊くことはしないけど、話してくれたら聴くよ」
それっきり霊華は黙ってしまった。そうなってしまった原因は俺には分からない。故に、どうすればいいのか分からずに悩んだまま時間が過ぎていった。
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動物と話せる事が彼にバレてしまった。油断していた。神谷君にだけは知られたくなかった私の能力……。動物と話せるという
この力の事は霊夢にしか話していない。
──話すべきか……でももし不気味だと思われてしまったら、私は立ち直れない。神谷君にだけは嫌われたくないんだ。
──でも、隠し事をするのは辛い。神谷君は頭が良いから、私が違うと言っても真実を悟られてしまうのも時間の問題だろう。
──彼の憶測で嫌われるより……真実を話して嫌われたい。
「……神谷君。ごめんなさい。私、貴方に隠していることがあるんです。これを話すのはとても辛くて……その……」
「ほお。隠し事か。それなら話さなくていいよ? ……俺も、誰にも言えない隠し事だらけだから。親友である霊夢や魔理沙にさえ話していないことがね」
「……違うんです。神谷君には知って欲しいんです。──聞いて貰えますか」
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霊華はレジャーシートの上に正座して俺を見る。俺は体育座りをしたまま一言口にした。
「うん。聞かせて欲しいな。その前に一つ質問したいんだけど、博麗さんにとってその
「……私が隠していることの中では一番です。神谷君の受け取り方次第では今後の関係が変わります」
今後の関係? 告白でもされるのか俺は? 心の準備が!
──待て、そんな訳が無いだろう。博麗さんの好きな人が俺なわけが無い。
『何故そう思うのです』
『根拠はないですけど……過去のモテなかった経験からそんな気がします』
「これは、幻想郷風に言えば私の
「博麗さんの……程度の能力? 分かった。そういう事なら俺も覚悟を決めよう。──こちらからは俺の
霊華が何か重大な秘密を暴露するというのなら、俺もそれに応えるべきだ。話しにくいことを話すなら、俺も話す。これは受け取った側にとっての価値ではなく、話した者に求められる覚悟の強さが大切だ。互いに覚悟を決めれば話しやすくなるだろう。
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神谷君がもう一つの能力を持っているなんて知らなかった。隠していたのだから当然といえば当然だけど。一緒に覚悟を決めてくれたのだと思うと、巻き込んでしまったことに対して申し訳なく思う反面、嬉しくなった。
「私は、神谷君の言う通り動物と会話できるんです。会話と言っても、気持ちを感じることしかできないこともあります。でも、コロやさっきの猫とはちゃんと会話できました」
「やっぱりそうだったの? 凄いじゃん!」
「えっと……え? 動物と話せるんですよ? 気味悪くないんですか」
「なんで気味悪いのか分からない。そんなこと言ったら、自分の使い魔と会話している俺の方が気味悪いでしょ? それに、俺たちには神様と会話できる友達がいるからね。全く変な事じゃないよ」
言われてみれば、霊夢は巫女だから神様の声が聞こえるんだ。そんな彼女と暮らしているのだから、彼にとってはそんなに変な事じゃないのかもしれない。
「私、過去にトラウマがあるんです。小学校の時──」
私は幼少の時から動物の声が聞こえたこと、それが原因で弄られ、動物が酷い目に遭わされたことを話した。話している途中、神谷君は怒っていた。「俺がその場にいたらぶん殴ってやれたのに」と。私が原因で問題を起こされてしまっては申し訳なさすぎるけど、味方になってくれることが嬉しかった。あの時、もし私に味方が居たら少しはマシだっただろうな……。
「辛いのに話してくれてありがとうね。俺が博麗さんを拒絶しないかって怖かったんだよね? 信じてくれてありがとう」
「こちらこそ、聞いてくれてありがとう。大分スッキリしました」
そっか、と言って神谷君は深呼吸をした。
「次は俺が命をかける番だ」
「待ってください! もう私は話終わりましたし、無理しなくていいですよ?」
「有言実行しなきゃ気が済まない」
「でも、バレたら命が危ういって……きっと、創造の能力より規模が違うんですよね? 死んじゃ嫌です」
「博麗さんがバラしたり、今ここで聞き耳を立てているものがいて、悪用されたらの話だよ」
神谷君を利用して能力を使わせると死んでしまうというのだろうか。私の想像が及ぶ規模じゃないことが窺える。
「聞きたくないです……」
「でも、博麗さんに聞いて欲しいんだよ。俺を信じてくれた博麗さんに。……俺の力は、地底に落とされてもおかしくないくらい危険な物。博麗さんは俺から距離を取りたくなるかもしれない。もしそうなるなら、早めに知って欲しいんだよ。お互いに傷は小さい方がいいからさ……」
そんなことを言う神谷君はとても辛そうだ。さっきまでの私はこんな顔をしていたのかもしれない。
今ここで聞くことを拒否したら、神谷君は
「……分かりました。じゃあ名前だけ聞かせてください」
「分かった。俺の2つ目の能力は──全てを支配する程度の能力って言うんだ。内容は名前の通りだよ」
全てを支配する。彼はそう言った。あまりにも抽象的過ぎて想像できない。だが、名前の通りだと言うなら世界規模に多大な影響を与える力だということが分かる。
──どうして神谷君がそんなに重たい力を……
──神谷君はただの人じゃないのかな?
「神谷君って……神様なんですか? 偶に神力を感じますし……」
「……バレてたんだ。俺は人間だよ。信じるか信じないかは君次第だ。そして、俺の力を考えれば分かるはずだよ……俺が如何に危険な存在なのか……怖かったら、遠慮なく言ってほしい」
神谷君の表情はどんどん暗くなっていく。感情を抑えるように無表情になり、目から光が失われていく。
──神谷君の霊力が、
私は
「怖いよ……」
「そっか。それじゃ──」
感情の無い声で呟き、スっと立ち上がった。そのまま立ち去ろうとする神谷君を慌てて止める。
「ま、待って! 私が怖いのは! そうやって神谷君がいなくなっちゃう事なの! 能力は神様みたいな力で、使い方によっては確かに怖いことができると思う。でも!」
神谷君が居なくなることなんて微塵も考えたくない。私は彼の味方になりたい!
「神谷君は悪い使い方をしない。そうでしょ? 能力だって、使ったことあるのかな。もし使えば異変解決も簡単だし、レミリアさんや幽香さんにも負けないよね?」
「……一度だけ使ったよ。どうしても、使わなきゃならなかったんだ。そして、
覚悟という言葉を口にした瞬間、神谷君の目から力を感じた。世界を敵に回してでも能力を使う。そんな覚悟をさせるほどの人──その人こそが神谷君の好きな人なのかもしれない。その人は幸せ者だ。とても愛されているんだ。きっと魅力的な人なんだろうなぁ。いいなぁ。
「──居られますよ。だって神谷君は私の……大好きな友達ですから!」
私がそう言うと、神谷君は私を引き寄せた。突然の事に対処できずバランスを崩した私を受け止め、抱きしめてくる。
「ありがとう……博麗さん」
「お礼を言われることじゃないですよ」
好きな人を支えたい。悩んでいるなら、助けてあげたい。例え神谷君が私以外の人を想っていたとしても、関係ないんだ。
ありがとうございました。これにて第3章は終了です。
霊華が自分の過去と動物会話の能力を打ち明ける回でした。小さい時周りに弄られてしまったトラウマと戦い、それでも祐哉に知って欲しいと思う霊華と、霊華が覚悟を決めたのなら、自分もそれに付き合うという祐哉。祐哉の覚悟は霊華が知る必要がないんです。だから彼は微妙に濁しています。
それぞれの思いを楽しんで頂けたのなら嬉しいです。
次回、第4章。お楽しみに!