東方霊想録   作:祐霊

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#77「解析結果」

 さて、随分と長い間年表を見ていたが、彼方の妖怪たちは未だに賑わっている。

 

 そんなに強そうな妖怪が見当たらないため、俺は堂々と近づく。霊華は若干緊張気味に、俺の半歩後ろに付いてくる。

 

「成程、()()()()()()()()()()か」

「DNAを提供すれば何の妖怪か当ててくれるんですね。面白いな」

 

 確かに面白い。この方法ならば様々な妖怪のDNAを自然な形で()()()()()。研究者の目的は妖怪の生態を調査すること。そして、架空の存在を生み出す研究をしていると言っていた。つまり──

 

 ──彼らは妖怪を作ろうとしている。

 

 それが良いことなのかどうかはわからないし、どのような問題を引き起こすのかはわからない。これは監視した方がいいだろう。だが、それは俺の仕事じゃない。幻想郷を管理している紫の仕事だ。これだけ目立つイベントを開催していればあの人も気付くだろう。明日になってもイベントが開催されていたら紫公認の存在だと言っていい。

 

 ──もし何か問題が起きても俺には関係ない。

 

 ───────────────

 

「楽しかったですね! 来て良かった」

「そうだねー」

 

 一通り研究所を見学した俺たちは、帰ろうとしていた。廊下を歩いていると、小さな女の子とすれ違った。

 

 ──見たことある気がする

 

 そう思うと、無意識に声をかけていた。

 

「あの……!」

「うん?」

 

 呼び止められて振り返ってきた女の子は、白衣を着ているが女性と呼べるほど大人びていない。童顔とは違った雰囲気だ。

 

「俺のこと覚えてない?」

「……ああ、()()()()()! この前はありがとうね!」

「こちらこそ、君にアドバイスを貰えたおかげで力を使えるようになったんだよ」

 

 後にいる霊華は、少女が俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでいることに驚いている。

 

「博麗さん、この子は俺に能力があることを教えてくれた子だよ」

「初めまして、月見 菜乃花(つきみ なのか)です」

「初めまして、博麗霊華です。菜乃花さんはここの研究員なのですか?」

「良くわかりましたね、皆はコスプレだって言ってくるのに……」

 

 まあ、身長145cmくらいの女の子が白衣を着ていればそう思われても不思議ではない。それにしても、俺に対する態度と差が有りすぎないか。子供らしい話し方の方が好きだ。

 

 それにしても、この子の名前は初めて聞いた。前に会った時、俺の名前を言い当ててきたから、菜乃花は俺の名前を知っているのだろう。

 

 この研究所にいるという事は、菜乃花も27世紀から来た子。俺の能力を含めた個人情報をまるで資料を読むように列挙できたのは、『脳内挿入型記憶装置(BISD)』にインストールした能力の効果であると見れば納得がいく。

 

 ──27世紀では、プライバシー保護法は無くなったのかな?

 

「菜乃花ちゃんと会ったのは随分と前だけど、あの時既に研究所があったの?」

「違うよ。あの時は私一人だけだったの。一度元居た世界に返してもらったあと、()()幻想郷に来ることになったんだよ。──ところで……お兄ちゃん、こんなに綺麗な彼女が居たんだね。いいなぁ」

「か、かのじょ!?」

 

 菜乃花のコメントに対して過剰に反応したのは霊華だ。俺は慌てて否定すると、菜乃花は不適に笑った。

 

「これからかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ、どうしてそのことを?」

 

 能力の存在を当てられた霊華は聞き返す。

 

「私は頭がいいからね。わかっちゃうんだよ。……お兄ちゃん、また明日、一人でここに来てくれない? 良いこと教えてあげる」

「ん? 別に今でもいいけど」

「ダメだよお兄ちゃん。デート中なんでしょ?」

 

 あらまあ、鋭い子だこと。賢い子は好きだよ。

 

 ───────────────

 

 翌日、菜乃花に言われた通り研究所に向かうと、応接室に案内された。席に腰を掛けると、菜乃花がコーヒーカップを持ってきてくれた。

 

「菜乃花ちゃんって何歳なの?」

「12歳。……ガキの癖に珈琲飲むのかよ。とか思った?」

「待ってくれ、俺はそんな性格悪くないぞ。ただ、その体に対してカップ一杯の珈琲は多いんじゃないかって」

「大丈夫。自分に適した量と濃度を解析してあるから」

「へぇ、『解析』か。BISDだっけ? 便利そうだね」

 

 BISDという単語を口にした時、菜乃花は明らかに反応を示した。

 

「展示、見てくれたんだ? あの年表を纏めたのって私達なんだよ。でもおかしいな。私が解析の能力を持っていると断定するには情報が足りないはずだけど」

「確かに『脳内挿入型記憶装置(BISD)』に知識をインストールする、とは書かれていたけど、超能力については書かれていなかったね。研究が開始されて、その後どうなったのか、俺は知らない。でも25世紀から超能力の開発を始めれば27世紀には何らかの成果を出しているだろうよ」

「開発が途絶えた可能性は?」

「もちろん有り得る。でも、菜乃花は知らないはずの個人情報を知っている。それは超能力だと言えるだろう。このことから、超能力の開発は十分に進み、菜乃花の『解析』はBISDにインストールした能力であると推測できる」

 

 長い証明を唱え終えた後珈琲を飲んで喉を潤す。

 

「私の解析では、お兄ちゃんはそんなに頭がいいわけじゃないはずなんだけど……」

「そう難しい事じゃないし、誰でも推測できるんじゃないか?」

 

 あの資料に興味を持ち、熟読する必要があるが、その課題をクリアしている上に菜乃花の特技を目の当たりにすれば誰でも考えつくだろう。

 

「まあいい、菜乃花も暇じゃないだろうし、本題に入ろう」

「うん。今日来てもらったのは、あのお姉さんの能力について話したかったからなの」

「霊華の能力? 動物と会話できる力のことなら知っているけど」

「それは能力の一部であって、本質では無いんだよ。そしてこれは、本人に伝えるには少し残酷な要素がある」

「それなら、何故俺に? 仮にも個人情報だ。本人の同意無しに他人に話すのはよくないと思うけど」

 

 菜乃花は少し間を置いて口を開いた。

 

「お姉さんを解析した時、分かったの。あの人はお兄ちゃんをとても信頼している。そして、お兄ちゃんはあの人を大切に思っていて、守りたいと思っている。そうだよね?」

 

 無言で頷く。

 

「それなら、彼女が自身の力を理解する必要は無いんだよ。だってこれは()()()()だからね。本人がこの事を知ったら少なからず悪影響を及ぼす。だから、守護者が頭に入れておけばいいの」

「不幸体質……」

「その様子だと心当たりがありそうだね」

 

 随分と前に、霊華の体質について霊夢と話した。霊華と出会った時、昼間なのに妖怪に襲われていた事が不可解だった。妖怪は普通夜中に活動するのだ。特に、低級妖怪なら尚更だ。だが、あの時霊華は多くの低級妖怪に襲われた。

 

 また、初めて迷いの竹林に行った時も、少し別行動をしている間に沢山の低級妖怪に囲まれていた。コレは異例だ。妖怪退治の専門家である霊夢が言ったのだから間違いないだろう。

 

 俺と霊夢は、霊華が不幸体質……厳密には、『妖怪に好まれる体質』なのではないかと推測した。

 

 ──妖怪に好まれる体質。動物と会話。

 

 待てよ。太陽の畑に行った時、霊華の周りに色んな動物が寄っていた。あれは妖怪ではない。ならば、『妖怪に好まれる体質』ではなく、『動物に好まれる体質』なのではないだろうか。

 

「俺の推測では、霊華は動物に好まれる体質だ。でもそれの何処が不幸なんだ?」

「単純な動物限定ではないからだよ。自然、運、動物、植物までもがお姉さんを好む。この世界で言うと……妖精や妖怪は勿論、神にだって愛されるみたい」

「それが本当ならスケールがデカイな……」

 

 菜乃花は俺の言葉に同意するように頷いた。

 

「あらゆるものから『愛される』体質。一見幸せに満ちた体質だけどね、そう都合良くないみたいだよ」

「『愛』が必ずしも綺麗なものとは限らないから?」

「その通り。どんな形であろうと、お姉さんに降り注がれる想いは殆どが愛情。宗教だと、神は人間に対して『愛故の試練』を与えるよね」

 

 神が与える愛が人間にとって必ずしも有難い物とは限らない。獣が『愛故にじゃれつく』かもしれない。だがそれは、霊華にとっては『襲われる』事にほかならない。獣の力が強過ぎるからだ。

 

 霊華の元には当然、『綺麗な愛』が降り注ぐが、同時に『不器用な愛』、『歪んだ愛』と言った厄介な愛情までもが寄り付く。

 

「なるほど。全て理解した。俺の誓いの難易度が高い事も含めてね」

「忘れちゃいけないのがもうひとつあるんだ。これはある意味では幸せなのかな。──────」

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────

 

「じゃあね、お兄ちゃん。ここには1ヶ月居るから、その間に用があったらまた会いに来てね」

「ああ、色々教えてくれてありがとう。特に俺の能力について教えてくれたのは本当に感謝している。お蔭で今生きているようなものさ」

 

 そう言ってお兄ちゃんは研究所を去った。

 

「ふぅ……。これがもし漫画やドラマの世界なら、あの二人はこれから苦労するんだろうなぁ」

 

 私は独り言を呟いた。彼らの運命にイタズラを仕掛けるのは神だ。或いは悪魔か。だが、彼はきっとそれを乗り越える力を持っている。

 

 ──頑張れ、お兄ちゃん。

 

 まるで一段落経つのを待っていたというようにポケットが小刻みに揺れた。手を入れて中にある端末を取り出すと研究メンバーから通知が来ていた。研究所内はイントラネットを構築している為、一定の範囲内なら電子機器でやり取りができる。

 

 ──時間を潰している間に計画は順調に進んでいるみたいね。

 

 私は研究室へ足を運ぶ。少し歩いて部屋に入ると、メンバーは既に作業を開始していた。

 

 研究所は研究員27名で運営している。その中で大きくわけて3つのグループに別れており、私達のグループは今さっきまで非番だった。

 

 具体的には情報収集部隊が集めたデータを私達のグループが解析、生成する。3つ目のグループは他グループの補佐、事務が仕事だ。

 

「イベントは成功だな。初日で十分データが集まった」

「あと数日は研究所に足を運ぶ客が来るだろうな。それ以降は来客数が急減する」

「ああ、後は情報収集部隊の頑張り次第だな」

 

 展示室に設置した機械……DNAを提供すれば正体を当てるマシンは好評だった。実はあの機械はDNAを元に正体を当てている訳では無い。そもそも、私達の手元にある妖怪のデータは非常に少ない。それ故に集めているのだから、DNAを受け取ったところで正体を当てることはできない。しかしながら、あのマシンは良く当たると評判だった。理屈は簡単で、マシンに取り付けられた隠しカメラから容姿をスキャンし、『解析』したのだ。

 

 この解析は私がやったのではなく、解析プログラムを用いた。

 

 解析できるのなら、DNAを集める必要は無いように思える。実は解析とは言っても、「○○に縁のある妖怪」という程度である。妖怪についての昔の情報と、カメラで読み取った容姿の特徴を比較し、最も近い存在を挙げる。

 

 例えば氷の妖精ならば、背中に生えている氷の羽から『氷に縁のある妖怪』とし、またある妖怪なら、頭に生えた角から『鬼』と判断する。とてもくだらないアルゴリズムだが、技術を持たないものにとっては十分感銘を与えるものなのだ。

 

 解析の性質上、手元に情報があればあるほどより細かく解析できるため、クローンを作成するには遺伝子情報が必須なのだ。

 

 採取したデータは、容姿映像とDNA、解析結果がセットになって保存されている。容姿映像から解析結果を見た時の反応を確認し、解析が成功したようならクリアとする。

 

 背中から氷の羽が生えた者は『氷に縁のある妖怪』と解析したが、彼女は「あたいは氷の妖精だ!」と叫んでいることから、正体は氷の妖精に訂正される。

 

 稀に、怪しい解析を行ったケースがあった。青い服を着ているというだけで特にこれといった特徴がない妖怪に対し、マシンは「水に縁のある妖怪」と解析した。これは青い服=水という曖昧な評価をした結果である。幸いにも、その妖怪は水を操る能力を持っているようで、更には自分の正体は『河童』であると暴露してくれた。

 

 今日の最も難関なターゲットは黒い服を着ている妖怪だ。三又の槍を持ち、赤と青の尖った羽のような、尾のような物を生やした妖怪だ。判定結果は「烏」だ。結果を見た妖怪は不敵に笑い、「私の正体は当てられないみたいだね」と言い残して去った。他の妖怪は皆親切で、自ら正体を言い残して言ったのだが、この妖怪だけは違った。お蔭でお手上げである。()()()()()()()ということになった。

 

「まあ、DNAさえあればクローンは作れる。作った後に実験を繰り返せば突き止めることは可能だろうさ」

「ええ、それじゃあ早速今日の解析分を作成しましょう」

 

 クローン作成には、細胞分裂促進剤を投与するため、予定では4週間あればオリジナルと同じように成長させることができる。




ありがとうございました

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