東方霊想録   作:祐霊

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#7「幻想入り」

 ──そこは、見慣れぬ森だった。

 

 少女は今困惑している。

 

 彼女は地元の学校に通っている高校生だ。友人と別れ一人で道を歩いていたとき、()()がいた。そう、これから起こることの元凶は今回も()()である。

 

 ───────────────

 

「あれ……? 何処だろう、ここ」

 

 私は下校中に白い()を見つけた。気になって近づいてみると逃げられてしまった……ということはなく、寧ろ寄ってきた。昔からそう。私の周りにはいろいろな動物がやってくる。犬や猫だけでなく野生の鳥と触れ合ったこともある。

 

 とはいってもこれは小学生までのこと。それから今日まで動物から寄って来ることはなかった。

 

「野良猫を触るの久しぶりだなぁ。可愛い~」

 

 飼い猫なのか私が触れても逃げなかった。撫でられて心地よさそうにしていた猫は招き猫のポーズをとる。そういう風に(しつけ)られたのかな。猫は犬と違って芸をするイメージないけど。

 

 ふと頭に浮かんだ。

 

 ──近くの家で飼われてるのかな。付いていってみよう

 

 ───────────────

 

 私の決断は最悪の結果を招いた。猫を追いかけているうちにこの森に辿りついてそして見失ってしまったのだ。素早く動く猫は律儀に道路だけを歩いていた。塀を越えることが無かったから追跡は簡単だった。今思えば塀を越えてくれた方がこんなことにならずに済んだのかもしれない。

 

「ここは……どこだろう」

 

 周りは葉を落とした木々で囲まれている。とはいえ()()ということもあって暗く、目を凝らさないと足元も見えない。枯葉が砕ける音をBGMに森を探索する。十五分程経ったころだろうか。私はあることに気づく。

 

 ──スマホ使えばいいじゃん。

 

 スカートのポケットからスマホを取り出し、指紋認証でロックを解除する。G○○gleマップを開いて……あれ? 

 

『表示できません』の文字が()()された。よく見ると圏外だ。こうなっては折角のスマホも役に立たない。少しずつ込み上げてくる不安を誤魔化すように音楽を聴くことにする。

 

 音楽アプリを開いていると、後ろから足音が聞こえた。人がいるなら出口を聞こう、そう思って目を向けると信じられないものが目に映った。

 

「グsssss……ヌォ……」

 

 足音の主は()()()()()()()()()()()()。いや、妖怪(バケモノ)だ。私は気づいたら走っていた。

 

 ──怖い、怖い……! 

 

 後ろを振り向くと先ほどのバケモノが追ってきている。ドロドロとした液状の体を滑らせ、六本の腕で地面を叩いている。必死に走るが恐怖のせいか視野が狭まって思うように走ることができない。そして──

 

「あっ……」

 

 木の根っこに足を引っ掛けて躓いてしまう。

 

 早く起きないと、追いつかれちゃう。そう思っても身体はまったく動かなかった。バケモノはもうすぐそこ。もう……。

 

「い、いや……。誰か……助けて……」

 

 助けを呼ぶ声にしてはあまりにも小さすぎた。だけど──

 

()()()()()()()()()()()!!」

「きゃああああ──ー!!」

 

 誰かの掛け声が聞こえた後目の前が光に包まれた。一瞬遅れて轟音が鼓膜を襲う。なにがなんだかわからない。ただただ怖いという思いだけが自分を支配している。

 

 ───────────────

 

「大丈夫?」

「…………」

「ちょ、ちょっと!」

 

 妖怪を倒した後女の子は倒れてしまった。気を失っているようだ。少し様子を見て、起きないようならおぶって神社に連れていこうか。

 

 布団を創造してその上に寝かせる。便利な能力持っててよかったな。

 

 今の所妖怪の気配は感じない。少しくらいならこのまま休んでいても問題ないだろう。

 

 女の子の方に目を向ける。おそらくこの子は俺と同じ外来人だろう。彼女が着ている制服には見覚えがある。それに、顔もどこかで……? 

 

「うぅ……」

「起きた?」

「ここは──っ!?」

「ああ、大丈夫。さっきの妖怪(バケモノ)なら倒したから」

 

 目を覚ました女の子は、気を失う前の状況を思い出したのか、警戒していた。妖怪がいないことがわかると少しホッとしたようだ。

 

「貴方がアレを……?」

「うん」

「…………」

 

 あ、この沈黙は疑われてるな? まあ当然の反応だな。寧ろさっきの出来事を夢と思わないだけすごいと思う。

 

「ここから出るにはどうしたらいいですか?」

「森から出るならあっちが近いけど、根本的な解決にはならないかな」

「……?」

 

 外来人ならば元の世界に帰りたいはずだ。異世界生活に憧れていれば別だけど。こういうことは霊夢に任せるべきだ。面倒なことになる前にさっさと神社に移動しよう。

 

「きゃっ!」

 

 突然女の子が叫ぶ。指を指している方を見ると一体の妖怪が背後に迫っていた。チッ、面倒なことが起きてしまった。俺は若干イラつきつつ針を創造して投擲する。妖怪の肉体は強いため俺の針ではワンパンできない。

 

「足止め程度だ、捕まって!」

 

 女の子の手を掴んで走る。

 

 ──おかしいな

 

 妖怪は主に夜に活動する。今はもう()だというのに何故? 

 

「前からも来てます!」

 

 前からだけではない。左右に三体。囲まれた。四足歩行の獣のような妖怪が前足で切り裂きに来る。これは本気出さないと死ねるな。

 

「ちょっと失礼」

 

 俺は女の子を抱き上げて空を飛ぶ。これでこいつらは撒いただろう。そう思っていた。

 

『グルゥゥアアア!!!!』

 

 だが四足歩行の妖怪は周りの木を使って登ってきた。その動きはとても速く、避けきれそうにない。万事休すか──

 

「しつこいんだよ!」

 

 ──星符『スターバースト』! 

 

 下から迫ってくる妖怪へ向けて光線を放つ。極太のそれは残りの妖怪も飲み込み、かき消した。

 

 ……いくら何でもおかしい。兎に角、早く神社に行こう。

 

 一気に浮上して森を抜ける。もうすぐ神社だ。しかし──

 

「後ろからまた来てます!」

 

 今度は羽の生えた妖怪が四体。そのどれもが低級の部類だった。この距離ならば撃墜するよりも神社に行ったほうがいい。俺は加速して神社に飛び込む。

 

「霊夢ぅぅうう!!!」

「あら、祐哉? どうしたの──ああ、任せなさい」

 

 境内の掃除をしていた霊夢を呼ぶ。すぐに察した霊夢は御札ではなく大幣を投げつける。大幣は直線上に並んでいた妖怪を貫いた。近接武器を投げつけるとか霊夢さんマジパネェっす。それで? 飛んで行った大幣はどうす──

 

「あー、取って来てくれる?」

 

 アッ……

 

 ───────────────

 

「──という訳よ。今後どうするか決まったら言って。ああ、そんなに焦る必要は無いわ。いつでも戻れるから」

 

 幻想郷(こっち)には来れないけどね、と付け足す霊夢。

 

 女の子はあの後霊夢から幻想郷についての説明を受けていた。俺の場合は問題なかったが、幻想郷や"原作"を知らない人にはまずここが別世界だと言うことを認識させる必要があった。別世界と聞いた時の反応は十人十色。歓喜する者もいれば「別世界? 幻想郷? なにそれ?」という者もいるという。説明しても理解してもらえない場合は問答無用で追い返すそうだ。博麗の巫女大変だわ。

 

 さて、この子はどうするのかな。因みに残る選択をすると人里で暮らすことになる。俺が博麗神社に居候させてもらってるのは紫の言う「特別な力」のお蔭だろう。なんかよくわからないが修行をつけてもらえているのだ。

 

 それはさておき──

 

「なあ、霊夢。今の説明だけど──おい、何で目を逸らす?」

「い、いや、別に? なにか間違えたかしら」

「ああ、“いつでも戻れる”ってどういうことなのさ。確か俺の時は……」

「確かに戻れるわ。だけど時間が経てば経つほど面倒なのよ」

 

 あー、そういう感じ? 俺が幻想入りした時、霊夢はやる気がなかったってことか。面倒だからさっさと送り返しちゃえ、と。これが博麗の巫女かぁ……。

 

「まあ、ゆっくり決めていいから。祐哉、この子を案内してあげてくれる? 貴方の挨拶回りにでも連れて行ってよ」

「わかった。でも次白玉楼行くんだけどどうすれば……」

「魔理沙に頼めば案内してくれるわよ。さて朝ご飯にしましょ。手伝ってくれる?」

 

 ちょうどお腹が空いていたところだ。台所へ向かう霊夢に付いていこうとすると女の子に話しかけられる。

 

「さっきは助けてくれてありがとうございました」

「ああ、間に合って良かったよ。神社から出る用がある時は俺か霊夢に言ってね」

「霊夢……霊夢ってさっきの人ですよね? 名字は博麗……不思議ですね」

 

 女の子は怪訝そうな表情を浮かべる。一体どのへんが不思議なのかわからない。軽い気持ちで質問すると驚くべき答えが返ってきた。

 

「まだ名乗ってませんでしたね。私の名前は『博麗霊華』です。宜しくお願いします」

「えっ……?」

 

 ──()()霊華。彼女は確かにそう言った。

 


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