東方霊想録   作:祐霊

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#82「平和ボケした人間の末路」

「おめでとう。貴方──不合格よ」

 

 ───────────────

 

「は?」

「不合格。まあ、結果的には合格になるかもしれないけれど」

「どういうことですか。テストを受けた覚えはないのですが」

「不合格となった貴方は幻想郷永住資格を剥奪される」

 

 驚いたぜ。俺はいつの間にか、幻想郷永住資格というものを取っていたらしい。そして、いつの間にか受けていたテストでは合格点を取れなかった。よって、免許剥奪と言うわけだ。なるほど。

 

「そうですか。それで、俺は外の世界に返されるのですか?」

「今更外に帰れるほど、世の中甘くないのよ。力を持っている以上屍となってもらう」

「嫌です」

「永住資格は剥奪された。貴方に拒否権はない」

 

 ついに紫が本性を現した。扇子を畳み、淑女の顔は厳格な賢者のものへと変わっていた。愛の女神のような暖かな瞳は、殺意に満ちており、まともに目を合わせることができなくなった。その眼力だけで殺されると直感で判断した。蛇に睨まれたカエルとはこのことか。筋肉が硬直して動けなくなってきた。まるでギリシア神話に登場するメドゥーサの持つ石化の眼のようだ。生まれたての小鹿のように足を震わせ、さっき用を足していなければ失禁していただろう。いくら()だからといって。女性の前で漏らすのは一生の恥だ。

 

「──その一生がここで終わろうとしているって言うのに、何言ってんだかな……」

「独り言? 辞世の句を読む時間くらいは与えてもいいわ」

「考える時間は?」

「5・4・3──」

 

 以上に短い余命。だがそれが俺の中のスイッチを切り替えさせた。

 

 ──アテナ、俺はどうすればいい? 

 

『一時撤退ですね。竹林に逃げましょう』

 

 ──了解

 

 紫のカウントが「1」になったのと同時に俺は霊力を使って地面を蹴った。猛スピードで竹林へ駆け込み、無我夢中で逃げる。途中で後ろを振り返るが追いかけてきてはいない。だが相手が八雲紫である以上安心はできない。

 

「はっ! はっ──!」

 

 紫には勝てない。戦えば殺されると理解しているから俺は恐怖している。それ故か上手く呼吸ができない。

 

 ──クソ! なんなんだよ! どうして俺がこんな目に会わなきゃならないんだ! 

 

 竹の配置を瞬時に把握し、隙間を縫うようにルートを導く。移動速度が早いからか、どうやら真っ直ぐ走ることができたらしい。竹林の外に出ることに成功した。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 ──立ち止まっちゃダメだ。紫なら簡単に俺の位置に気がつく。できるだけ動き続けて襲われないようにしないと! 

 

 その後も俺は意味も無く幻想郷を駆け回った。

 

 人というものは焦ったり、心が恐怖に支配されると思考が鈍る。故に人目につかない暗がりに逃げ込んでしまうのだ。森や竹林といった遮蔽物に囲まれた空間なら居場所がバレにくいということを本能で理解しているのだろう。だがそれは悪手だということに気づけない。

 

 八雲紫の前では、どんな足掻きも無駄である。人目に付く場所に行った方がまだマシかもしれない。何故なら、人目につかない状況は相手にとって好都合だからだ。

 

 暗がりに居るせいで案の定、紫は現れた。

 

「ふふ、見つけた」

「うわぁ──!!」

 

 走っている横に突然紫の頭が現れた。スキマを開いて顔だけ覗かせているのだ。俺は条件反射で刀を振り抜いて紫に斬りかかった。

 

 ──今ので斬れるはずがない。どうする。どうする! 

 

 このままでは紫に殺される。どうすればいい!? 

 

「刃物を振り回すなんて危ないわ」

「──くっ」

 

 紫が後ろに立っている。

 

 ──八雲紫を無力化するにはどうすれば……

 

 スターバースト、 弾幕ノ時雨(レインバレット)内部破裂(バースト)、剣術……どれを使っても紫に勝てるとは思えない。

 

「どうしても死にたくないようね」

「未練しかないものでね」

「私は貴方を始末すると言ったけど、何も問答無用で殺すわけじゃないのよ。()()()()()()弾幕で葬ってあげる」

 

 そういうと、紫は背後に大きな魔法陣を展開した。

 

 ──この期に及んで弾幕ごっこか

 

 これは困ったことになった。俺は弾幕戦の修行をしていない。ここ数ヶ月はずっと刀を振っていたから無性に斬りたくなる。

 

「──その様子。まさか弾幕決闘の修行はしてこなかったのかしら」

「おかげで貴方を斬りたくて仕方ないんですが何か問題でも?」

「野蛮なのね。殿方には弾幕の美しさが理解できないのかしら」

 

 理解できないわけじゃない。単純に、弾幕を造る霊力が無いだけだ。あーあ、嫌なこと思い出した。刀で斬った方が手っ取り早くて好きかも。

 

「まあいいわ。私を斬りたいなら斬りなさい。斬れるものならね。──魍魎(もうりょう)『二重黒死蝶』」

 

 紫が動き始めた。彼女の背に展開された魔法陣から2種類の蝶が飛んでくる。

 

『その蝶はただの昆虫ではありません。恐らく触れればただでは済まない……気を付けてください』

 

 アテナの助言を受け、俺は避けに徹する。相手の斬撃を見切り、躱す修行をしているから一つ一つの蝶を避ける事は容易い。だが、弾幕の中という閉鎖空間内で躱すとなると話が変わってくる。蝶を躱した先にも別の蝶が居ることに注意しなければならない。

 

 ──弾幕決闘ってこんなにストレス溜まるものだったかな

 

 蝶を斬り払う手はあるが、それをやったところで紫に近づけないのではまるで意味が無い。

 

 暫く避け続けていると蝶に加えナイフのような凶器が混ざってきた。

 

 弾幕は物騒だ。アテナ曰く触れてはならない二種類の蝶に当たれば怪我をする凶器。神経はすり減るが弾速と密度は大したことがない。体感時間で10分……実際には2分程経っただろうか、紫は魔法陣を消した。それ以降、蝶も凶器も飛んでこなくなった。

 

「今日はここまでにするわ」

「え……」

「私も暇じゃないの。貴方を指名手配犯として情報を流すから、そのつもりで。精々残りの時間を有意義に過ごしなさい。と言っても、貴方に居場所は無いのだけど」

 

 紫は言いたい事を一方的に告げるとスキマの向こうに消えていってしまった。

 

 ──取り敢えず生き延びた。そう考えていいのかな

 

 紫は消えた。だが油断はしなかった。既に八雲紫を信用していないからだ。()()()は終了宣言をしたが、それが本当だという保証はない。

 

 刀を右手に握り、警戒しながら道を進む。

 

 ──これから俺はどうすればいいんだろう

 

 博麗神社に帰る? でも霊華に嫌われた状態で帰るのはなぁ。もしかしたら霊夢も俺を疑っているかもしれない。それなら俺は博麗神社(あそこ)には居られない。

 

 俺を信じると言ってくれた魔理沙は、何処にいるのか分からない。今は俺の無罪を証明するために調査に行ってくれているだろう。人里に行くか? 

 

 それとも、白玉楼に戻ろうか? 

 

 ──いや、それは()()()()()()!! 

 

 白玉楼の幽々子と紫は繋がっている。あの二人の交友期間は、俺と幽々子が過した半年が1秒にも満たないほど長い歳月になるだろう。

 

 当然紫は幽々子に話を通してあるはず。更に幽々子には「死を操る程度の能力」がある。死を操ると言うくらいだから、無抵抗に殺すことが可能だと考えられる。つまり狙われたら最後。幽々子は敵に回ったら絶対に勝てない相手ということ……。

 

 紅魔館。考えてみればあそこは悪魔の館。俺を気に入ってくれたが、匿ってくれるとは限らない。紅魔館の住人全員が敵に回ってしまえば俺は勝てないし、何より精神的に辛すぎる。

 

 はぁ、と溜息をついた。

 

「──もう、俺に居場所は無い」

 

 ぽつりと呟いたその声は、

 

「あの子にだけは……嫌われたくなかったなぁ」

 

 自分でも分かるほどに低く、重く、そして寂しいものだった。




ありがとうございました。

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