霊想録の世界は主人公にとってハードモード……或いはLunaticであることを思い出せる回となります。
それでは楽しんでいってください!
一人になってから三日経った頃にはサバイバル生活とも言える現状に慣れてきていた。一番懸念していた寝床問題だが、地名なんて無いただの草原で寝る事にした。周りに何も無いからこそ、警戒がしやすいと考えた結果である。
最初は遥か上空に能力で部屋を作って寝ようとした。俺が上空を選んだ理由は、高いところに行けば妖怪のテリトリーから外れることができると思ったからだ。
妖怪は空を飛べるが、それは可能であるというだけで、普段から空を飛んでいる者はあまりいない。だから比較的安全なのだ。
だが、この考えはアテナに反対された。理由を訊ねてみれば、『睡眠中に奇襲を受ける訓練が必要』ということだった。一度は俺も首を傾げたが、直ぐに理解した。俺が最も恐れている存在は八雲紫だ。指名手配することによって、他人に俺を処理させるつもりだとしても、アイツ自ら襲ってこないとは限らない。
上空で寝ることによって奇襲を受ける確率を減らせるが、八雲紫が相手では確率も何も無い。アイツが俺を探し始めれば、必ず見つかるだろう。
それなら、奇襲を受けることに慣れておいた方が紫に対応しやすい。
ところで、何故俺がこんなにも八雲紫を恐れているのかというと、幻想郷を作った妖怪の賢者だから……と言うだけではない。大妖怪というだけで恐れの対象になるが、それよりも紫の能力が気になる。
八雲紫の能力──『境界を操る程度の能力』──は空間に境界を造ることによってスキマを空け、顔を覗かせるというドッキリ能力では無いのだ。それはただの一例に過ぎない。
『祐哉、境界を操る能力について知っていることを教えてください。情報を共有しておきたいのです』
アテナにそう言われ、俺は改めて『境界』について考え始める。
『境界っていうのは、物と物、概念と概念との間に生じる柵みたいなもの。コーヒー牛乳が分離して、コーヒーの層とミルクの層で別れてできた一線。イメージ的には、紫はその一線を操ることができる』
『……空と海が一緒にならない理由は、水面という境界があるからであり、その水面を操ると?』
『そんな感じですね。境界があるからこそ物体は存在できる。境界を操るということは創造と破壊ができるということになります』
幻想郷縁起には『論理的な創造と破壊』って書いてあった気がする。
『更に、物体だけでなく、概念の境界も操れます。憶測ですが、生と死も操れそうです。正直なんでもできそうだから怖いんですよ』
考えれば考えるほど応用が利く能力であり、それは俺の『物体の創造』よりも反則能力だろう。
やらないと言っていたが、紫がその気になれば、俺の境界を弄って殺すことができるはず。正直支配の能力で防ぐのも難しいだろう。
これは支配の能力が境界操作に劣るということではない。優劣の話をすれば、支配の能力が上位互換だ。しかし支配するにはかなりの制約が存在し、そう簡単には発動できない。
『全てを支配する程度の能力』の発動には強い思いが必要なのだが、この『強い思い』というのが難しい。生命の危機に陥ったり、本当に大切な物を失いそうにでもならない限り発動はできないと言える程だ。
『
『未然に防ぐ為に能力を使うのはほぼ不可能ですね。霊華の為の行動だったからこそ成功したのでしょう』
傍から見たら俺の想いは「重い」だろうな。
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霊華は祐哉を探し、博麗神社に連れて帰ることにした。祐哉が行方不明になってから一週間。霊華は、彼が失踪した理由は自分が拒絶してしまったからだと考えている。会って謝罪し、もう一度皆で楽しい時を過ごしたい。そのためなら幻想郷中を探し回る覚悟を決めた。
霊夢と魔理沙も祐哉を探すことにした。霊華を助けるためでもあり、また、自分の友人の安否が心配だったからだ。
紅魔館、白玉楼、永遠亭、人里……彼が訪れそうなところは既に訪ねたが見当たらないのだから心配にもなる。
因みに、祐哉の安否を心配しているのはいつもの3人だけではない。彼の師、妖夢と妖梨、そして共に切磋琢磨する仲である叶夢もまた心配している。唯一、幽々子だけは気に留めている様子はない。彼女もまた、半年程共に過ごした者であり、少なからず交流があったので本来なら心配する素振りを見せたかもしれない。しかし幽々子は真実を知っている。
白玉楼に住む、祐哉の師と友人は交代で捜索している。
少なくとも紅魔館と白玉楼には、祐哉がお尋ね者になったことは
それは彼の身近に居た者では情が移って殺せないだろうという紫の考えあっての事なのだろうか。
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紫に追放されてから一週間が経った。食事以外のサバイバル生活にも慣れ、
簡単に言うと、俺は精神的に病み始めている。
何のために逃げているんだろうと考えることが増えてきた。
紫から逃げている理由は簡単。死にたくないからだ。それは生き物の本能だろう。だが、必死に逃げたところで紫を倒せるわけではない。妹紅とは違い、修行して戦略を練ったところで叶う相手じゃない。
紫の場合は境界を操る力の応用力が高すぎて弱点が見当たらない。
──ああいう能力こそチートなんだよ
「このまま逃げ続けても、紫を倒さない限り俺は平和な日常に戻れない。もし俺を狙うやつが居なくなったとしても、俺に帰る場所はない」
──俺が今まで頑張れたのって、霊華がいたからなんだな……
あの子の笑顔があったから頑張れた。あの子の笑顔を守る為に強くなる。そういう分かりやすくて強力な理由があったから半年も剣術の修行に耐えられたんだ。
『魔理沙が無実を証明してくれるじゃないですか』
無実が証明されたところで、今となってはもう無意味だろう。一度生まれた亀裂は時間が経てば経つほど大きくなる。もう1週間だ。今頃霊華の中の俺は完全に恐怖の対象だろうよ。もう戻れないんだ。
『……貴方の中から霊華を見てきたので性格は理解しています。無実が証明されたら、霊華は自分を責めて泣くでしょうね。そして謝罪し、神社に連れて帰ろうとすると思います』
脳内に浮かぶアテナの言葉に、俺は声を出して返答する。
「今来られても困るんだよ……。皆を巻き込むのは申し訳ない」
「こんばんは。まだ起きていたのね」
「──! お前は!」
意識をアテナとの会話に割いていた俺は突然現れた存在に気づくのがやや遅れた。
数メートル先に現れたのは八雲紫だった。一週間ぶりの再会である。
──暫く来なかったから油断してたな。
今まではアテナと使い魔が近づいてくる敵の存在を感知して知らせてくれたが、突然現れる紫は別だ。
「とっくに死んでいると思っていたわ。誰かに襲われなかった?」
「襲ってきたのは雑魚みたいな妖怪だけだ。皆蹴散らしてやったよ。……だがアレは追っ手では無いだろう?」
「もちろん。少なくとも、私はまだ何もしていない。孤独な人間を放置すれば何もせずとも土に還ると思っていたから」
弾幕で殺すとか言いながら孤独死を狙っていたのか? 正直、アテナが話し相手になってくれるから生きている。彼女の助力が無ければ紫の言う通り死んでいる。今まで仲間に恵まれていた分、不安と孤独感という、強烈な苦しみには耐えられない。
「でも忘れていたわ。貴方はただの人間じゃなかったわね。
アテナ達の力を見破ったか。だがその程度で驚きはしない。幽香や幽々子にも指摘されたし、なんなら霊華にも気づかれていた。間違いなく霊夢も察している。
「──貴方の
紫め、殺気を放ったまま話を振るな。攻撃されている方がまだやりやすい。味わったことも無いプレッシャーに震えながらでは、まともに会話できない。
「なんて言ったかしらね、創造と……
──! 何故紫が支配の力を知っている!?
まさかまさかまさか──!
全てを支配する程度の能力は霊華にしか話していない!
霊華は約束を破るような人じゃない。なら、情報を漏らしたのではない。
──そうか
「お前、あの時太陽の畑で
「よく考察したわね。その通り。貴方達の内緒話は筒抜けだったということ」
終わった。やはり第二の能力について誰かに話すべきではなかった。
「俺を始末する理由は能力が危険だからか」
紫は何も言わずに、よくできましたと言うように微笑む。目は笑っていないが……。
「こんなこと言っても無駄だろうけど、アンタが思っているほど気楽に使える力じゃないんだよ。幻想郷を支配する可能性を考えているんだろうが俺はそんなことはしない!」
「貴方にその気があるのかどうかは問題ではない。幻想郷を支配できるという事実だけで十分」
あんまりだ! 創造も支配も、好きで身につけた力じゃないのに!
「私達幻想郷の賢者は貴方を追放する。こちらは数多の妖怪を送り込む手筈が整っているわ」
そうなってくれば変なプライドは捨てて霊夢に助けを求めるしかない。紫と霊夢の関係を破壊しかねないから巻き込みたくなかったが、紫の他にも妖怪を相手にしなければならないなら味方が必要だ。
「相手はただの人間なのに大勢で襲うつもりか? 妖怪としてのプライドとか無いの? つーか、アンタ1人で俺を殺れるくせに。何故手を抜く?」
「……せめてもの贈り物よ」
「は?」
「ずっと幻想郷に来たがっていたでしょう。それは幻想郷の妖怪や人間と触れ合いたかったから。違う? 私は気まぐれで貴方を招待した。けれど、始末せざるを得なくなった。だから、貴方は多様な弾幕であの世へ送るの」
それは紫なりの謝罪のつもりなのだろうか。俺を幻想郷に連れてきたのは、やはり紫だったようだ。適当に連れてきた人間が思いもよらぬ力に目覚め、幻想郷を存亡の機に陥れる可能性が生まれた。それは紫の責任だ。幻想郷の管理者という立場を考えれば、紫はミスをしたのだ。だから、自分のミスは自分がリカバリーする。
「理屈は分かった。けどよ、『はいそうですか』と言って死ぬ訳にはいかねぇんだよ! 大体の人間には『生きたい』という気持ちがある! 俺は俺の仲間に頼らせてもらう」
「霊夢と魔理沙に頼るつもりかしら。それでは意味が無いわ。折角沢山の弾幕に触れて貰おうとしているのに」
「それはアンタの都合だ。アンタなりに俺を気遣っての計画だ。俺は死にたくないって言ってるんだ。アンタの書いた
紫が言っているのはこういう事だ。『神谷祐哉を招いておきながら殺さないといけなくなった。だからお詫びに貴方が見たかった弾幕で殺します。色んな妖怪の弾幕を見てから死んでね』と。勝手すぎるだろう!
話が平行線であることに気づいた紫は溜息をついて、自分と俺の間に1つのスキマを作った。それを見た俺は刀の柄に手をやって臨戦態勢をとるが、様子がおかしい。スキマの先に見えたのは動物だった。
「それはリスね。どこにでもいるネズミ目リス科に属する動物」
スキマを挟んだ向こう側にいた紫は、俺と一緒にスキマを眺められるように移動した。そうは言っても俺と紫の距離は数メートル離れているが。
「ご存知の通り、私は境界のスキマを作れる。今回は此方からのみ干渉できるようにしたわ。どういうことがわかる?」
紫は俺に問い掛けながら針を構えた。針は突然現れたように見えた。
「……その針でリスを刺せるが、リスは今俺達に見られている事に気づかないし、仮に攻撃した場合不意打ちを食らうことになる」
紫は満足気に頷いた。
「意図を汲み取る力は式神以上ね。……その通り、そこの小動物は私の気まぐれで命を終えるの」
「よく分からないけど、そういうのをサイコパスって言うんじゃないか?」
「人間と妖怪の常識を混同するのは良くないわ」
で、紫は何を言いたいんだろうか。今更『お前はいつでも殺せる』と言うわけじゃないだろう。そんな事は外の世界にいる時から分かっている。
「さて。ここで私が指を鳴らすと……」
二つのスキマが現れた。二人でスクリーンを観るような位置だ。それにしてもこの演説するような態度がやりにくい。
「それは白玉楼と博麗神社に繋がったスキマ。さっきと同様、
紫は扇子で左のスキマを指し示す。
「そこから見えるのは言うまでもなく白玉楼に住む叶夢。貴方の友人であり、共に修行した仲間。そして──」
今度は右のスキマを指し示す。
「右に見えるのは博麗霊華。貴方にとって友人であり、あるいはそれ以上の関係の少女。あら、
「……急にプレゼンテーションなんか初めてどうした? 何が言いたいのかまるで伝わってこない。そんなんじゃ単位を落とすぜ!」
紫は再び針を取り出した。嫌な予感がする。
「
「……一般に『テメェ』と『貴様』は同じ意味で用いられるのだけど。それは『頭痛が痛い』と言っているのと同じ。重言よ」
「んな事どうでもいいんだよ! その針で2人を攻撃する気か? 或いは、『私はいつでもお前の友人を殺せる。それが嫌なら私の
「おお、よく分かっているじゃない。その理解力、私は好きよ。分かったのなら、始めましょう。私も暇じゃないの」
本当に妖怪ってのは何奴も此奴も腹が立つ。
「いいや嘘だね! アンタは暇なんだ。妖怪ってのは長生きしすぎて大体退屈してんだろ!」
「それは自惚れというものよ。スペルカードは1枚。── 結界『動と静の均衡』」
紫は背後に魔法陣を展開し、スペルカードを使った。
「面倒だ。悩みの種は今ぶっ倒す! 星符『スターバースト』!!」
スペルカードは1枚なら、『動と静の均衡』を破ればこの弾幕ごっこは俺の勝ちになる。早くもカードを使った紫に合わせ、俺も使用する。スターバーストのレーザーによって多くの弾幕は飲み込まれ、そのまま紫に向かっていく。
──アテナ!
『舐められたものですね。紫は真後ろ20メートル先に現れました。行きなさい!』
お前がスキマを使ってスターバーストから逃れる事は分かっていた! 逃げた先はアテナが感知し、弾幕を再構成する間に生まれる隙を俺が突く!
俺は帯刀の柄に手をやり、霊力を込めて後ろに向かって地面を蹴る。イメージは背泳ぎ。空中で背泳ぎするように跳び、身体を回転させながら抜刀する。
霊力を込めて斬れ味を向上させた刀による斬撃。それは間違いなく紫が逃げるよりも先に繰り出された。
「食らえー!!」
抜刀し、紫の首に当たる瞬間に最大速度を出せるようにした。何かを斬った感触がした。身体の勢いは止まらず、紫の先にあった木を数本斬り倒した。
──我ながらめっちゃ強くなったと思う。これなら紫も……!
着地した俺は振り向いて紫の姿を探す。
「なっ……!?」
紫はただそこに立っていた。彼女の後ろ姿を観察するが傷一つ見当たらない。
だが次の瞬間、紫の首は斜めに切り落とされていく。
──斬撃が早すぎただけか? だがあまりにも……
「殺れたと思ったかしら」
「うわああああ!!」
突然目の前に紫の生首が現れた。俺は反射的に生首を斬る。
しばらくすると生首が切れていく。
──違う。これは俺が斬ったんじゃあなく、紫の能力で分裂したように見えているんだ!
その証拠に紫の首からは血が流れていない。
「ふふ、良い反応ね」
「うるさい! 驚かせやがって! 俺は驚かされるのが嫌いなんだよ……!」
もう一度斬りかかろうとするがその前に生首が消えた。
いつの間にか首から下と合体している紫は振り向いて魔法陣を消した。
「そのうち斬りかかって来ると思っていたの。だから私の特技を披露しようと思っていてね。『当たった』という感触があったでしょう。残念だけどアレは私ではなく、その辺にいた動物よ」
俺が全速力で斬りかかっている間に紫は動物を連れてきてあたかも斬ったように思わせたというのか。悔しいが実力差が天と地の差どころじゃない。
全速力は欠伸が出るほど遅かったに違いない。斬られた演技ができるのだから、避けようと思えば避けられた筈だ。やはり紫には勝てない。
「今回は貴方の勝ちにしましょう」
「は?」
「良く考えれば、私があの手を使えば絶対に被弾しない。それは無敵ということ。それじゃあ楽しくないわ」
舐めやがって。こっちは命懸けで戦っているのにお前はお遊びか! 勝ち負けのこだわりも無いというのか!
「それじゃあ、また来週。貴方が生きていたら……」
紫はそう言うとスキマの向こうに消えていった。
「…………。──だあああ!! イライラする! 何なんだよ! 突然現れて人の友達を人質に取って襲ってきたかと思えば巫山戯た真似して! 勝手に居なくなるしよ〜!! 訳が分からない! 殺したいのか殺したくないのかハッキリしろ! 俺はアイツが大っ嫌いだ!!」
『……スッキリしましたか?』
『多少は! でもまだイライラする』
『紫は間違いなく貴方を始末する気でいる。けれど、今すぐ殺すつもりは無いようです。自分が殺すという意思も感じられない。危険因子に対して些か呑気な気がしますが……それが妖怪というものなのでしょうか?』
『退屈だから?』
『退屈だからです。盛り上げようとして異変を起こすような存在なのでしょう? 実は貴方が何かやらかしても多少は構わないと思っているのかもしれません』
──なんかもう訳が分からない……
『妖怪と人間の思考の違いですね。要するに、何か起きても死にはしないし、幻想郷が崩壊するとしてもその前に何とかしようと動く事になる。それはそれで退屈しのぎになるんですよ』
『わかりそうでわからない。要は俺は玩具にされてるってこと?』
『ああ、その通りかもしれません。ええ、的を射る良い例えですね』
あーあ、ムカつく。
ありがとうございました。
うちの八雲紫は今のところ敵です。
二次創作で見かける紫って皆主人公に甘いですよねー