俺は段々と夜行性になりつつあった。
紫と会った翌日から追っ手と思われる妖怪に襲われることが増えた。おかげで8時間睡眠から3時間睡眠に変わってしまった。急に睡眠時間を減らしたので身体への負担が大きい。戦闘で体力も使っているし、精神もボロボロになっていく。
まだ原作キャラに襲われたことは無いが、人型である分、気が抜けない。原作にいた妖怪は特徴程度なら粗方知っているはずなので、むしろ知らない敵の方が恐ろしいかもしれない。
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夕方過ぎ。日が沈みかけている頃、黒い球体が宙を泳いでいた。その様は「ふよふよ」という表現が最もしっくりくる。ソイツはふよふよと宙を泳いでいる。
──アレは……見覚えがあるような
黒い球体は徐々に俺に近づいてくる。いつでも刀を抜けるように構えつつ、できるだけ接触しないように移動する。
──ダメだ、コイツは俺を狙っている
動き方からして間違いない。どうしようか。こちらから仕掛けるか? それとも、走って逃げる?
『紫が送ってきた刺客かもしれませんよ』
『ぶっ倒して吐かせますか?』
『それがいいでしょう』
全身に霊力を纏って臨戦態勢をとると、黒い球は少し離れていった。
怖気付いたのだろうか。十中八九妖怪だけど、大した力は無いのかもしれない。
これは刺客ではなさそうだ。偶々俺を見つけて食べようとしたんだろう。
それなら無視しよう。襲ってこないなら退治する必要も無い。
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今日は新月だ。日も暮れて灯りがなければ何も見えない。俺はいつも寝ている開けた場所でテントを張っている。文字通りテント。しかし透明な壁をそれっぽく配置しただけだ。俺は灯りを消して耳を澄ましながら目を瞑る。
2週間以上野宿をしていれば直ぐに眠りにつくことができる。もう少しで夢の世界へ旅立てるという時に報せが届いた。
──敵か。
テントの透明な壁にぶつかったらしい。その様子を見ていた監視用の使い魔が報告してくれた。俺は敵に向けて創造した刀を投射し、着弾するまでの間に起き上がる。
暗視機能を付与した眼鏡を掛け、視界が暗黒からモノクロに変わった。あのシルエット……そうか。
俺は刀を抜くと霊力で地面を蹴り、敵に突進する。敵は俺の動きに驚いている。──雑魚だな。
刀を敵の首に当てて地面に押し倒すことに成功した。手と足を創造した鎖で縛り、馬乗りになって刀で脅す。
「よう、お前は
「うぅ……なんなのよ……あんた人間じゃないの?」
思ったより弱気な様子を見て加虐の心が煽られた。刀を首に押し付けてもう一度問う。
「質問してるのはよォ〜俺の方なんだぜ? お前は食べてもいい妖怪かって聞いてるんだ」
「……溜まってるの?」
「は?」
「え?」
は……?
「お前は人喰い妖怪──ルーミアだろ? 人間を食べるってことは、当然、逆に食べられる覚悟もしているんだよな?」
「……あんたは豚や鳥に食べられる覚悟があるの?」
「ははは! まさか! 畜生共に食われる人間じゃあないぜ」
「そういうこと。私はお腹がすいているの。この程度の鎖で拘束できると思った?」
暗視眼鏡越しなので分かりにくいが、金髪の人喰い妖怪──ルーミアは不敵に笑って八重歯を見せる。かなり重たい鎖で手首と足首を拘束したのだが、プルプルと震えていることから大した効果がないことが伺える。
──1面ボスは雑魚だと思ってたんだけどな
「へっ……お前が暴れる前にこの刀で串刺しにすりゃ朝まで安心して熟睡できる。違うかい?」
俺はルーミアの心臓に狙いを済まして様子を伺う。
「やるなら頭にしなよ。心臓を刺しても死なないよ?」
「ああ、そうかい。アドバイスありがとう。じゃあね」
俺はルーミアの頭蓋を串刺しにした。
──はずだった。
「てめぇ! なんで避けた!」
俺の刀が刺さった先はルーミアの頭ではなく、彼女の髪と
──やばっ! 確かこの髪留めは……!
俺は慌てて髪留めを取って彼女の髪に結びつけようとするが、その前に強い殺気が当てられる。俺は本能的に距離を置いた。
──くそ、やらかした。
暗視眼鏡越しに見えるルーミアは徐々に闇と同化してしまった。
どうしよう! ルーミアが覚醒してしまった! 妖力を感じる力が殆ど無い俺でさえ感じ取れる得体の知れない……だがかつての異変で味わったことのある感覚。心臓を握られている感じ……これが殺気なのだろう。
これ程の殺気を感じたのは十千刺々や風見幽香、八雲紫以来だ。
モタモタしている間にルーミアは覚醒を終えて闇から姿を現した。
「ありがとう。あの忌々しい封を解いてくれて」
「へ、どういたしまして。随分と美人だな」
金髪に赤い目、より一層尖った八重歯、幼女体型だったその身は成人女性の様になり、体付きも相応なものになった。
「褒めてくれるの? ありがとう」
「ずっと思ってるんだけどさ、覚醒して身体が大きくなるやつ居るじゃん。アンタみたいにさ」
「うん」
「なんで服も一緒にデカくなるんだ? おかしくない?」
「やだ、変態っ! エッチスケベ!」
うーん、調子狂うな。発言だけ聞いてるとイチャついてるように思えるが、現在進行形で濃厚な殺気を放たれている。俺は冷や汗をかきながら気分を紛らわすために話しかけているのだ。
「何言ってんだよ。俺が言ってるのはさ、物理法則の話なんだよ。身体が大きくなるのは細胞分裂が物凄いスピードで行われている結果なんだろう。そこは妖怪だから突っ込まない。けどよ、服はおかしいだろ? 服も含めて妖怪なのかい?」
「どうでもいいわ。あんたは今から私に食べられるのだから」
「つまらないねぇ。まあいい。──時間稼ぎも十分だ」
これは強がりではない。お喋りをしている間に作戦を練ることができた。
俺が指を鳴らすと、辺りいっぱいに火が灯った。
先ずは視覚を取り戻す。
「無駄よ」
今度はルーミアが指を鳴らした。瞬間辺りが再び闇で満ちた。
──『闇を操る程度の能力』か!
ルーミアの能力、そう広い範囲では使えないと踏んでいたが覚醒して能力もパワーアップしたか。
まあ、創造した暗視眼鏡がある限り何とかなるだろう。
「俺からは何も見えないからさ、串刺しにしちゃっても文句言わないでね」
「できるものならやってみな」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
──
暗視眼鏡越しに見えるルーミアの位置を、さっき明るくなったほんの一瞬で見えた位置と照らし合わせて修正、補足。その後彼女の身体の内部から数本の刀を創造した。
「グッ……ゴフッ」
狙い通りルーミアに刀が刺さった。突然体内に現れたのだからさぞかし驚いているところだろう。
俺はその間にルーミアの背後に移動する。
──ルーミアが付けていた髪留めは御札だった。元の姿に戻すには御札を使って封印しなければならない。
しかし、御札はさっき俺が切ってしまったため再利用はできないだろう。
──無いものは創造すればいいだけなんだけど、問題は抵抗される前に封を結べるかどうかなんだよな。
先ずは動きを止めよう。可能な限り弱らせたい。
「ククッ……グァッハハッ! 面白い奇術ね。でも妖怪の私に物理攻撃は大して効かないわ。元の姿に戻った今なら尚更ね」
ルーミアは狂ったように笑いながら身体に刺さった刀を抜いていく。身体はみるみるうちに再生していく。
──ほんっとに化け物ばっか。勘弁して欲しい。
まあ、死なないってわかってて串刺しにしたんだけど……ちょっとくらい弱ってくれてもいいじゃないか。
「今度はこっちから……」
「その前におかわり喰っとけ」
もう一度
「原作キャラを痛めつけるのは心が痛むけど、封印を解いてしまった俺には、再封印する義務がある。然もなくば関係の無い人間を巻き込んでしまう」
「グゥ……何故だ! 一体どんな手品を使ってる!?」
「……封印されていたってことは何かワケがあるんだろ? 例えばお前は人間を喰いすぎたとか。それじゃあ見逃す訳にも、怖気付いて逃げるわけにもいかないよな」
今は深夜だ。霊夢は眠っているはず。今ルーミアを神社まで誘い込むのは危険すぎる。これは俺が一人で解決しなければならない。
──独りには慣れてきたんだ。怖い気持ちはあるけど、やるしかない。
「お前は何なんだ! 本当に人間か?」
「人間だよ。孤独な人間さ……望んだ覚えのない力を持っているせいで一人になってしまった、普通の人間だ」
ルーミアは四肢に刺さった刀を乱暴に引き抜く。その際に腕が引きちぎれそうになるが持ち前の再生力で即時回復する。
「舐めるなよ……人間がァ!!」
「──
「──無駄ァ!」
俺が内部破裂を使用した時、ルーミアは素早く横に移動した。数本の刀が虚空を突き刺した。
「フン、突然体内に刀が生まれるものだから、てっきり鉄分を使っているのかと思ったけど違うようね」
ルーミアは宙に浮いている刀を掴むと、物凄いスピードで俺に近づいてくる。型など無いただの振り下ろし攻撃に対し、俺は抜刀術をもって対抗する。互いの刀が衝突した瞬間に決着がついた。
「……残念だけど、その刀は撃ち合いに向かないんだ。こうやって斬り合うと簡単に砕ける」
勝ったのは俺の刀。俺は、未だに完璧な刀を創造できない。故に勝負はやる前から終わっていた。
「それがどうしたァ!!」
「──っ!」
勝負がついたと言っても、それは剣の打ち合いの話だ。武人ではないルーミアに誇りなどあるはずもなく、折れた刀を捨てて鋭い拳を繰り出してきた。ゼロ距離で放たれる
「ウグァッ!」
咄嗟に障壁を創造してダメージを抑えるが、身体が上空に打ち上げられた衝撃も相まって意識を持っていかれる。
『起きなさい! 踏ん張るのです!』
アテナに叩き起され、1秒にも満たない間に目を覚ます。ルーミアは呑気に俺を見上げている。チャンスだ。
俺は天井を作るように壁を作り、身体を回転させて壁を蹴る。霊力を用いた鉛直落下斬撃。この速さなら絶対にルーミアを斬れる!
「でぁぁあああああ!!」
「ぎゃぁああっ!?」
ルーミアの悲鳴を聴きながら俺は地面にめり込んだ。
「うっ……ぐっ……」
必死過ぎて着地の際に受け身をとることができなかった。霊力で身体強化をしているとはいえ、モロに衝撃を食らったのでダメージが大きい。骨折しなかっただけマシだろう。
──だがこれでルーミアは真っ二つの筈だ!
着地の振動が脳にまで伝わったことで引き起こされた頭痛に顔を歪ませながらルーミアの様子を確認する。
「ばかな……」
真っ二つに切れた身体は、互いを求めるように得体の知れない枝が伸びて密着し、再生してしまった。
「グヴウゥゥ……!! 痛い……痛い痛い痛い痛い──ー!! 許さないぞ……人間!!」
「うわぁっ!?」
悲鳴か怒号か区別がつかない声で叫ぶルーミア。彼女から放たれる圧力は一層高まり、おぞましい物になった。俺は一瞬で戦意喪失し、身体を震わせる。
──ダメだ。ダメだダメだダメだ……!
──俺じゃコイツを退治できない……!
なんでだ。どうして? 俺の刀は妖怪に対して強力な武器なんじゃないのか? どうして効かないんだよ! こんな化け物どうやって倒せば!
──倒すどころか、俺は1秒以内に殺される……!
「よくもここまで痛めつけてくれたな! 私を封印したかつての巫女でさえこんなことはしなかった! お前は楽には死なせはしない……!」
ルーミアは血走った目で俺を睨み、冷凍庫にぶち込まれたかと錯覚するほど冷たく、湿度が高い時のようにねっとりとした殺気を放つ。一見矛盾した感覚。俺の感覚は既に正常ではなくなっている。
「俺は……死ぬ……」
戦意を喪失したことで、今まで誤魔化していた恐怖が一気に押し寄せてくる。迫り来る死を悟り、強い吐き気を催す。身体がカタカタと震え、腰が抜けて力が入らない。血流が加速して視野が狭まる。思考もとっくに停止していて、俺の脳内は「死」で満たされている。
──終わった。死ぬ前にもう一度会いたかったなぁ
「……あ、あう? ……だれ……に……」
「ウフフ! なぁに独り言呟いてるの? いい顔になってきたねぇ。ようやく自分の立場を理解してくれたんだねぇ。人間の! 立場を!」
ルーミアに蹴飛ばされた俺は受身を取れるはずもなくただボロ雑巾のように地面に倒れる。
──痛い……! もう嫌だ……どうしてこんなことに……
「ほらほら、気ィ失ったりするなよなぁオイ! オイ聞いてんのかよォ?」
「ぐっ……」
吹き飛びはしないものの、チンピラに痛めつけられているように惨めな思いをする。
──こんなところ誰かに見られたら嫌だなぁ
──嗚呼、どうでもいいか。俺は独りなんだから
「うっくそ……ちくしょう……」
「アハハっ!! さっきまでの威勢の良さはどうしたんだよォ! ほら! さっきみたいに手品使ってこいよォ!」
手品……か、大人しく里で過ごして手品師にでもなればよかったかなぁ……
でもそれじゃあ、霊夢や魔理沙、霊華とは居られなかった……
「れい……か……あいたい……また……」
「おー? 手品なんかに頼らなくてもイイもん持ってるじゃん。そら、寄越しな」
ルーミアは俺の手から刀を奪い取って、逆手に構える。
ダメだって。俺はあの子に嫌われちゃったんだから。もう俺に生きている意味は無いんだ。馬鹿みたいに悪あがきしちゃって……俺は何がしたかったんだろうな。
「ガハッ……」
腹を刺された。痛い……。ルーミアがこんなに強いとは思わなかった。俺は東方紅魔郷1面ボスにさえ勝てなかった。なにが霊華を守るだ。寝言は寝て言え。
あの子には嫌われちゃったけど……幸せに生きて欲しいなぁ……。できることなら、一緒に幸せになりたかったなぁ……。
もう
俺は
死ぬ。
ありがとうございましたぁ! (こいつすーぐ死にかけるんだよなぁ)
霊想録のEXルーミア
容姿:ご想像にお任せします
能力:闇を操る程度の能力(真の姿に戻ったことで大分強くなった)
概要:スペルカードルールが採用される前の記憶しかない為、妖怪らしく人間を襲う。(正確には、幼女形態のルーミアはIQが下がってしまったので記憶力が薄い。封印されていた時の出来事を全く覚えてない訳では無い)