東方霊想録   作:祐霊

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#95「仙人の優しさに触れて」

 

 目が覚めた。何か夢を見ていたような気がするけど、思い出せない。思い出したところで碌でもない夢だろうから、むしろ思い出せない方がいい。

 

 ──ここは……どこだ? 

 

 どこか知らない部屋で眠っているようだ。何故? 

 

 俺は警戒しながら身体を起こした。

 

 俺は布団から離れて和室を出る。どうやら相当大きな屋敷にいるようだ。だが、永遠亭では無いようだし、白玉楼でもない。ならばここは何処だろうか。突然知らない場所で目が覚めたのだから、流石に「どうでもいい」という一言で終わらせることはできない。

 

 ──ここは雰囲気が明るいな

 

 まるで幻想郷とは別世界のようだ。冬が近づいてきて寒くなりつつあったのに、ここは春のように暖かい。

 

「あら」

 

 突然、横から声がした。

 

「──っ!」

 

 俺は大きく飛び退いて刀を数本創造する。いつでも放てるように準備をしつつ、手にも刀を握る。

 

「ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったんだけど……。そんなに警戒しないで?」

 

 声の主は茨木華扇だった。そうか、ここは華扇の屋敷なのか。だが何故俺はここにいる? 

 

 俺は警戒を解くことをせず、そのまま問いかけた。

 

「貴方は()()()ですか? 仙人なのか、()なのか」

 

 鬼という単語を出した時、華扇はとても驚いたような顔をした。もっとも、一瞬で元の微笑んだ表情に戻ったが。

 

「私は今も昔も仙人よ。貴方を取って食おうとしている訳じゃないわ」

 

 ──原作に出てきた華扇は嘘をつく様な人じゃないだろう。警戒しなくてもいいかもしれない。

 

「俺を売り飛ばそうとしているんじゃないですか?」

「生憎、お金には困っていないわ」

 

 彼女から敵意を感じない。試しに信じてみようか。もし裏切られたらその時はその時だ。

 

 俺は創造した物を全て消した。その瞬間、全身から力が抜けた。

 

「大丈夫?」

 

 そのまま地面に倒れるはずだった俺は、華扇に抱き抱えられていた。

 

 ──疲れたな……

 

 俺は返事をすることもできず、再び眠りについた。

 

 ───────────────

 

 いい匂いがする。目を開けて見ると、隣で華扇が正座していた。俺はというと、また布団で寝かされていた。

 

「目が覚めたのね。貴方、眠ってばかりじゃ弱っていく一方よ。これを食べなさい」

 

 差し出されたのはお粥だった。俺は病人では無いんだけど……と思いつつも、自然と手が伸びた。

 

「いただきます……」

 

 蓮華を使って一口食す。何かの出汁を使ったお粥に梅干しを載せたシンプルなものだ。だがそれは今の俺にはとても美味しく感じられて、何より温かいものを口にできたことに感動した。

 

「お代わりはいかが?」

「……ください」

「はい。ゆっくり食べてね」

 

 何日ぶりの食事だろうか。最後に満腹になったのはいつだろうか。

 

「ご馳走様でした。あの……美味しかったです」

「お粗末様。また少し休めば次第に元気になるはずよ。シンプルに見えて栄養満点なの」

 

 華扇はそう言って笑みを浮かべた。

 

 ──久しぶりに人の純粋な笑顔を見た気がする。

 

 最近見た笑顔といえば、八雲紫の冷徹な笑みだ。華扇の笑顔は極普通の、()()の笑みだ。

 

 笑うということは正の感情から引き出されるものであるということを忘れていた。

 

「さて、私は食器を片付けてくるわね。貴方は眠っていていいわ」

 

 華扇はそう言って部屋を出ていった。

 

 俺はそれを見て、こう感じた。

 

 ──もっと、傍にいて欲しかったな……

 

 別に、華扇に恋情を抱いたわけじゃない。ただ、人の温もりに触れることができて、今まで我慢していた物が込み上げてきたのだ。我ながら、母親に甘える子供のようで面倒くさいと思う。

 

 ──華扇は俺の事情を聞いてこなかったな。知っているのかな……。なんでここに連れてきたんだろう。

 

 ───────────────

 

 また、いい匂いがしてきた。目を開けるとやはり、華扇がいた。

 

「すみません、寝てばかりで……」

「構わないわ。私は貴方を回復させる為にここに連れてきたのだから」

「……華扇さんは、何故俺を連れてきたんですか? もう少し詳しく教えて欲しいです」

 

 華扇は俺にお粥が入った器を渡してから説明してくれた。

 

 博麗神社に行こうとしている時にたまたま目に写ったらしい。酷く弱っていたから連れてきて、こうして面倒を見てくれているようだ。

 

「……最近、大変みたいね」

「知っているんですか?」

 

 華扇は横に首を振った。

 

「ただ、話によると放浪しているそうじゃない。霊夢も魔理沙も、霊華も皆、貴方のことを心配していたわ」

「……俺は元気だって伝えておいてください」

「それはできないわね。元気になってからじゃなきゃ」

 

 俺は俯いた。華扇の言う通り、俺は全然元気じゃない。

 

「俺は帰れないんです。霊華に嫌われちゃったから」

「その話は聞いたわ。犯人は確か、化け狸だったかしら。霊夢と魔理沙が事件の真相を突き止めたそうよ」

 

 狸かよ。なんてくだらないんだろう。狸のせいで独りになっているのか。

 

「霊華は貴方を探しているそうよ」

「どうして……」

「言っていいのかな。でも多分、貴方は相当悩んでいるのよね。じゃあ言った方がいいかな。……貴方に謝るんだって。それで、また一緒に神社で住むんだって言ってたわ」

 

 ──()()()()()()()()()()()()

 

 いや、そんなことは無いはずだ。むしろ、俺が今思い描いている霊華の方が偽物。これは俺の不安が作り出した、最悪を想定した偶像に過ぎない。

 

「俺は、霊華に嫌われたんです。俺は何もしてないって言っても、信じてもらえなくて……俺はそれが悲しくて……もう、嫌なんです。あの子に嫌われるってことが……! 何よりも辛い……!」

「大好きだものね。ショックだよね」

 

 感情がぐちゃぐちゃになってくる。

 

 華扇はそんな俺の頭を優しく撫でてくれた。まるで母親に慰めてもらっているような気分だ。そう思うと余計に全てを吐き出したい気持ちになる。

 

「俺たちの仲も、所詮その程度だったんだって! 狸に邪魔されて終わるくらい大したことなかったんだって思うと……」

「辛かったね。……霊華もね、凄く泣いてたわ。今の貴方のように、私に色々話してくれたの。あの子は自分をとても責めていた。どうして信じてあげられなかったんだろうって。どれだけ貴方を傷付けただろうって。傷を付けて勝手だけど、貴方と会って謝りたいと言っていたわ」

 

 アテナの言う通り、霊華は俺に謝ろうとしている。でもやっぱり、俺は謝って欲しいんじゃない。あの子と一緒に居たいだけだ。謝られたところで、もうひとつの問題が解決しなければ彼女と関われない。あの子に近づけば、あの子が紫に殺されてしまう。

 

 ──華扇に紫のことを話すか? ……いや、やっぱりダメだ。華扇と紫の仲は複雑でよく分からない。余計に掻き乱してしまうかもしれない。

 

「俺は、ある人に弾幕で勝たないと皆と会えないんです。だから、霊華とも……」

「それは、()()()()()?」

「──! 分かりません」

「隠さなくていいわ。ここは何重にも結界が張ってある。盗聴の恐れはないわ」

 

 ──紫相手なら結界も意味がないのでは? 

 

 やっぱり華扇に話すことはできない。この人にまで迷惑をかける訳にはいかない。

 

「分からないものは、分かりません。あの人はそんなに偉い人なんですか?」

「誰の事を言っているか分からないからなんとも言えないわね。まあ、そういう事ならある程度協力できるかもしれないわ」

 

 華扇は考える仕草を取ってから口を開いた。

 

「弾幕の修行をつけてあげる」

 




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