俺は華扇に修行をつけてもらえることになった。華扇が作ってくれた料理は栄養満点だったので、俺の体調は万全となった。うつ症状も栄養面と睡眠でカバーできるらしく、気持ちの方も元気である。華扇にはとても感謝をしている。
さて、俺は今、屋敷の廊下を1人で掃除しているのだが……
「はぁ、はぁ、1人でこの広さはキツすぎる!」
そう、1人で掃除をするにはあまりにも広いのである。
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「はいお疲れ様。少し休憩したら早速修行に移りましょう」
和室の掃除、廊下の雑巾がけ、庭の落ち葉掃きなどを終えるのに数時間かかった。疲れたことには疲れたが、なんというか、日頃と比べれば全然マシだと思える。
生死をかけた戦いをしなくていいのなら、大半のことはマシと言えよう。
休憩を挟んだ後、華扇の指示で庭に出た。
「本格的な修行に入る前に、まずは貴方の実力を知りたいわね」
「俺は弾幕より剣術の方が自信があります」
「それならこうしましょう。合計で10分の決闘。はじめの5分間は剣術を使う。それから5分間は弾幕で戦う。これでどう?」
「分かりました。そうしましょう」
華扇は頷いて、少し離れていった。
「私はこの身体のみで御相手するけど、遠慮はいらないわ」
「訳アリの仙人ということは知っています。
俺は刀を鞘と一緒に創造して抜刀術の構えを取る。
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ふむ。自信があると言うだけあって、構えが様になっている。
私は砂利を宙に放り投げた。その砂利が地面に落ちるのを合図に、彼が仕掛けてくる。
大した瞬発力だ。瞬間速度なら霊夢以上かな。
一瞬のうちに私の懐まで接近した彼は刀を抜いた。抜刀の速度も速いが避けられないわけでは無い。いや、これは──?
横に避けようとした先には別の刀が迫ってきていた。
これは、前と左右3方向からの斬撃……!
「はっ!」
気合一声で発生させた衝撃波のみで左右の刀を吹き飛ばす。そして、前から振り上げられる刀を手で掴み取ってみせた。
「──嘘だろ」
「私も驚いたわ。まさか3方向から斬撃を繰り出すとは。幻術ではなさそうだし、貴方の能力を使っているのかしら」
「この『斬造閃』を躱した人はいるけど、こんな崩し方をしてきた人は初めてです。でもね──」
エモノを掴み取られた彼はあっさりと刀を手放した。その後地面に沈み込むように体勢を低くした後、足のバネを利用して更に肉薄してきた。数瞬前までは確かに無手だったはずだが、その手には刀が握られている。
「でぁあああ!!」
「ほう──」
彼が放つ刺突を、先程奪い取った刀を持って逸らす。
──隙だらけだ
刺突を逸らされた彼は私に背を向けている。これで終いだ。
「まだだ! ──創造」
「おっと」
彼の背から数本の刀が出現し、私に向かって投射された。飛んでくる刀の対処をしている間に体勢を立て直した彼は、私に袈裟斬りを繰り出した。その斬撃を刀で受け止めて鍔迫り合いをしていると、彼は不敵に笑った。
「──消えろ」
彼がそう言うと、私が手に持っていた刀が光の粒子に変わった。行方を阻んでいた障害物が消え、彼の斬撃は真っ直ぐ私に繰り出される。私は咄嗟に後ろへ飛び退くことで斬撃を躱す。
──器用、というよりは他に見ない個性的な戦い方をするわね。
私が持っていた刀は、彼が能力で生み出した物。自分で生み出したものは任意のタイミングで消すことができるのか。
──刀を奪うまではいいけど、それを使って攻撃したり、投擲しても意味がないということか。
彼が動き出した。振り下ろされる斬撃を左腕で難なく受け止めてみせると、またもや驚いた様子を見せる。
「妖怪ってのは本当に皮膚が硬いですね。見た目は綺麗な女性なのに、どんな中身なんですかね」
「別に私は人間の姿に化けている訳では無いのよ?」
「まあ、頑丈なお蔭で、女だからと手加減する必要がなくて楽ですよ」
「紳士なのね」
「まさか──」
彼はそう言ってもう一度斬りかかってくる。私は同じように片腕で受け止めてみせる。
──さっきよりも鋭い
刀を見てみると、霊力が込められていた。それも、ただ刀に霊力を纏わせているわけでは無い。纏わせる霊力の無駄をなくすため、薄く、鋭くなるように洗練されているのが分かる。相当な訓練を積まなければこの域には達しないだろう。
「──俺は、今から腕の一本は切断して見せようかと企んでいる外道ですよ」
「できるかしら?」
「やりますよ。俺は魂魄妖夢と魂魄妖梨の弟子だ。腕の一本取れなくては師に恥をかかせるというもの」
──この子、スイッチが入ると良い目をする。
彼は全身に霊力を纏い始めた。屋敷に連れてくる前には見られなかった生気を強く感じる。これが彼の全快か。
──悪くないわね。
「──行きます」
彼は地面を強く踏み込んだ。霊力を使った加速は凄まじく、先程までとは別人のように速い。
彼は斬撃を高速で繰り出し続ける。剣撃も重く、鋭くなってきた。しかしそれでも私の腕には傷一つ付かない。
「残念ね」
「まだだ。──
──これはっ!?
彼が何かを呟いた瞬間、手に持っていた刀が白く発光し始めた。同時に身体を震わせるナニカを感じた。
「確か……貴方は陰陽玉に触れられなかったはず。ならば! 妖斬剣が効くはずだ!」
「くっ!」
剣撃を躱すこと。これ自体は造作もない。所詮、速いといっても、人間ではない私から見れば大したことはない。だが、私はこの斬撃を恐れている。
──あの刀から嫌な力を感じる。
まるで
──あの刀に触れてはいけない!
「そろそろ5分経つ頃だろう! ──創造『
勝負はそのまま弾幕戦に移った。彼は数十本の刀を瞬時に作り出すと、真っ直ぐ投射した。
私は安堵した。今私を包んでいる弾幕は全て普通の刀なのだ。これなら何も心配はいらない。私が余裕の笑みを浮かべてみせると、彼は何かを覚悟するように、目を細めた。
「──祓え、妖斬剣!!」
「ここまでとはっ!」
全ての刀が彼の叫びに呼応した。私を囲う弾幕は全て白く発光し、邪気祓いの力を放ち始めた。
「これは妖しき者を斬る剣! この弾幕に包まれた貴方は酷く消耗するはずだ」
全くもってその通りである。過去のトラウマを引き起こすような物体が無数に飛んできてはたまったものではない。
──神谷祐哉。この子は霊夢や魔理沙から聞いていた情報より数倍強い。
「え──?」
突然、全ての弾幕が光の粒子となって消滅した。邪気祓いの力が空気中に広がり、肌を痺れさせた。
「くそ……霊力が……」
彼は膝から崩れ落ちた。先程まで感じていた生気を感じない。
──霊力切れか。なるほど、あれだけの代物を作り出すにはそれなりに消費するようね。
危ないところだったと、私は思うのだった。
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目が覚めた。外は暗い。使い魔によれば、今はまだ深夜のようだ。
二度寝を決め込むにしても、目が覚めてしまった。
俺は身体を起こして部屋を出ると、すぐそこの縁側に腰を下ろす。
──やっぱり、妖斬剣の創造は消耗が激しい。
慣れていない物体の創造には、多くの霊力を消費する。さらに、妖斬剣は
消耗が激しいからと言って、諦めるという選択肢はない。妖斬剣は、紫を倒す為の秘策になると考えているからだ。そのため、どうしても
──練習あるのみ。妖斬剣を創造しまくっていけば、段々慣れて霊力消費量が減るはず。
今までもそうやってきたのだ。経験値が増えれば創造の精度は高まり、コストも下がる。
「──創造」
刀を100本だけ創造した。たったの100本だが、俺の視界を埋めるくらいには多い。
俺は深呼吸して、気合を入れる。
「祓え、妖斬剣」
俺の声に反応した刀は全て妖斬剣へと変わった。
俺は少しずつ妖斬剣を増やし続け、128本目を創造した時に華扇に話しかけられて気が散った。
「何かと思ったら、貴方だったのね、祐哉」
「わっ! 華扇さん? すみません、起こしちゃいましたか?」
「晩酌していたら身体が痺れてきてね。何事かと思って見に来たのよ」
「痺れ? ……飲みすぎでは?」
「まさか。私を誰だと思っているの? ……それはいいとして、その刀は何ものなの?」
華扇はそう尋ねながら隣に腰掛けた。
「一言で言うなら妖怪の類によく効く刀、ですかね。元々は実体だったんですよ。折れちゃったけど。気に入ってたから、こうして創造する事で使い続けているんです」
「なるほど。確かに、並の妖怪なら少し触れただけで深刻なダメージを受けるでしょうね。恐らく私も、軽傷では済まない」
──華扇にそこまで言わせる程強いのか……
「ただ、量産するには霊力が足りないんですよね。俺の霊力も増えてきたけど、それでも百数本しか創造できない」
「それは心許ないわね」
そうなのだ。数だけで言えば十分に感じるが、スペルカードとして成立させるには数千本は欲しい。
勿論、
「しかし納得がいったわ。身体が痺れる原因はその刀よ。離れていても嫌な感じがする。妖怪相手なら精神的にも、肉体的にも追い詰めることができる刀。貴方の切り札ってところかしら?」
「そうですね。コレなら
せめて、白玉楼には戻りたい。俺の成長を師匠たちに見てもらいたい。
そして、できたらどうか、あの子ともう一度話がしたい。
「──必ず完成させる。日常を取り戻すために……!」
ありがとうございました。良かったら感想ください。