ゆるキャン△短編まとめ   作:パープルフレイム

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土岐綾乃が各務原なでしこにナッツ入りうなうなパイを持ってきた理由の考察ssです。
各務原桜さんがなでしこに強制ダイエットを課した理由の考察ssでもあります。


独占欲

 今年の秋に山梨へと引っ越したなでしこが、正月に戻ってくる。

 メッセージアプリにてその報告を受け取った私は、ふと中学時代の彼女に思いを馳せた。

 

 各務原なでしこ。私の幼馴染。食べることが大好きな父親の影響を受けたせいか、中学までは丸かった。

 その食欲は正直引くレベルで、フードファイターにすらなれるんじゃないかと思えるくらい。しかも食べっぷりが凄い。なんというか、本当に美味しそうに料理を貪るんだ。別にそんなに食べたいと思わない食べ物でも、なでしこが食べていると「一口ちょうだい」って言いたくなる。グルメレポーターの素質があるんだ。

 ……まあ、なでしこのお家の人って皆そういうところがあるんだけど。なでしこのお姉さん以外、つまりお父さんとお母さんも美味しそうに食べる。各務原家の人にはグルメレポーターの素因が遺伝子レベルで刻まれているのかもしれない。それだとお姉さんがあんまり美味しそうに食べれない(あの人、食べるときにめっちゃしかめっ面になるんだよね)ことの理由がつかないが、まあ遺伝しなかったんだろう。

 顔はぷにぷにしていて、生粋のもち肌。ほっぺを引っ張るとそれこそお餅のようによく伸びる。運動することが好きではなく、部屋で炬燵に埋もれながらゴロゴロしている姿が印象的だった。

 私はそんななでしこが好きだった。丸いなでしこが美味しそうに食べ物を頬張っているのが好きだった。光合成する植物のようにうっとりと日向ぼっこするなでしこが好きだった。涎を垂らして眠りこけるなでしこの表情を眺めるのが好きだった。丸っこい顔の中に時たま出てくる、母親や姉の面影というか、そういう美人な表情を見つけ出すのが好きだった。

 丸いなでしこが好きだった。魅力的で、可愛くて、隠れ美人で。……丸いお陰で、その魅力に気づいている人が少なくて。

 私は丸いなでしこが好きだったんだ。

 

 

 ○

 

 

 中三の夏休み。なでしこは突然ダイエットを始めた。……もとい、始めさせられた。

 何でも、食べるだけ食べて特に運動もせずにゴロゴロしていたのがお姉さんの逆鱗に触れたらしい。毎日浜名湖を自転車でぐるぐる回らされているとか。

 浜名湖一周って言っても、具体的にはどのくらいの距離なのか。とりあえず長いことはわかるんだけど。

 と思って調べてみたら、最短でも約五十キロ。最長だと八十五キロもあり、しかも坂道のおまけまでついているらしい。

 いくらなんでもスパルタが過ぎる。流石に毎日走るような距離じゃない。本人が望んだダイエットのためじゃなく、やらされているダイエットのためとなれば尚更だ。

 毎日送られてくる、グロッキー状態になっていることが容易に想像できるメッセージ。見てられないとばかりに、私はお姉さんに文句を言いに行ったことがあった。

 

「いくらなんでも厳しすぎじゃないですか? ダイエットするにしてももう少しいい方法があると思うんですけど」

「これくらいしないと痩せないのよ、あの子」

 

 お姉さんはため息を吐くように言った。私は口を尖らせた。

 

「それなんですけど、別に痩せる必要はなくないですか? 本人が痩せたがってないんですから」

「そこなのよね。あの子が痩せる気がないのが問題なのよ」

「だったら――」

 

 私の台詞を遮って、お姉さんはどこかうんざりしたように言った。

 

「綾乃ちゃん。うちの妹、可愛いと思う?」

「えっ。……その、まあ、はい。丸いからよく見ないと分からないですけど、美人だと思います」

 

 いきなり聞かれてしどろもどろになる私。

 お姉さんは気にも留めず、独白のように語り始めた。

 

「そう。なでしこは可愛い。顔がいいのよ。丸いから目立ってないだけで、痩せたらあの子は絶対に化ける」

「……そうですね」

 

 私は同意した。実際、なでしこの顔がいいというのはそうだ。なでしこのお母さんは美人だし、目の前のお姉さんだって普通に目を引く美人。彼女は美人の系譜なんだ。本当に、丸っこいから目立ってないだけなんだ。

 

「それなのに、あの子が丸っこいだけで論外みたいな扱いを受けているのを見てると……ね」

 

 僅かだが、お姉さんの話しぶりに怒りが滲んだ。恐らくそういう状況に出くわしたのだろう。

 

「無視すればいいじゃないですか。なでしこは現にそうしてますよ」

 

 私だって、と言いそうになったが飲み込んだ。なんとなく、それはこの人の前では言うべきではないように思った。

 お姉さんはふっと笑みを浮かべた。笑みは笑みでも、それは嘲笑のように私には見えた。「あなた、何にも分かってないのね」と言われているようにさえ感じた。

 

「それは無視してるんじゃないのよ」 お姉さんは言った。 「聞こえないようにしているだけ。見ないようにしているだけなのよ」

 

 何も言い返せなかった。お姉さんは続ける。

 

「私はなでしこに痩せてほしい。痩せて、黙らせてほしい。そういう声が聞こえなくなるくらい、痩せてほしい。綺麗になって、そういう声を出していた奴らに後悔させてほしいのよ」

 

 お姉さんの言いたいことは分かる。……でも、それは、

 

「……それはお姉さんのわがままじゃないですか。なでしこ本人は別に痩せたいとか思ってないですよ」

「確かにそうね。でも、なでしこはそういう声から開放されたいとも思っているはずよ」

 

 お姉さんはにべもなく言った。

 

「綾乃ちゃんの方こそただのわがままじゃないの?」

「なっ……」 私は目を見開いた。 「……なんてこと言うんですか。私はただ、なでしこがダイエットが辛そうだから、もっと甘くしてもいいんじゃと打診しただけですよ」

「それは本当? 本当に、本心からそう言える? 断言できる?」

 

 レーザービームが放てそうなくらい、お姉さんは私の目を凝視してきた。

 目が焼き焦がされるかと思った。心が苦しかった。お姉さんの目を凝視し返せばよかったのに、出来なかった。虚勢を張れなかったのだ。

 私は目を逸らした。お姉さんはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「……綾乃ちゃんは、なでしこを甘やかしたかったんでしょう。甘やかして、そうして……なでしこを独占したかったんでしょ」

「それは、そっちは違います」

 

 急いで言った。やはり訝しげに、お姉さんはレーザービームを放つ。

 

「本当に?」

「……っ、ほん、とうです」

 

 小骨が喉につっかえたような返事しか出来なかった。

 勿論、嘘だ。違うなんてあるわけがない。

 だって自覚していたんだ。私は丸いなでしこが好きなんだって。丸いなでしこが食べ物を美味しそうに頬張っているのが好きなんだって。

 なでしこは可愛い。なでしこは美人なんだ。でも、なでしこは丸いから目立ってない。だから、そのことに気付いている人は少ない。

 でも、もしなでしこが痩せちゃったら? 多分、お姉さんやお母さんに負けないくらいの美人になるだろう。天真爛漫、子犬みたいに元気で明るい美少女になるだろう。当然、皆がなでしこの可愛さに気付く。世界が各務原なでしこは美人だと認識する。するとどうなる? 皆がなでしこを可愛いと言い始めるだろう。ひょっとしたら男が纏わりつくかもしれない。そんなぽっと出、にわか達のためになでしこと会う時間が減るかもしれないのだ。

 それは嫌だった。丸いからこそ、私はなでしこと仲良くいられるんだ。

 だから、私は丸いなでしこが好きで、丸いなでしこが美味しそうに食べ物を頬張っているのが好きなんだ。

 ……これが紛れもない事実だからこそ、嘘を吐くしかないんだけど。でも、どうやらお姉さんはお見通しのようだ。

 

「……そう。それなら、いいわ」

 

 冷たい視線で私を眺めた後、お姉さんは場を離れた。車のキーを持ってたから、多分ドライブに行くのだろう。

 お姉さんの姿が完全に見えなくなってから、私はふーっと息を吐いた。思っていたより随分ボリュームのある溜め息だった。それで私は自分が長い間呼吸を忘れていたことに気付いた。

 

 さっきの極寒の視線を思い出しながら、ぽつりと呟いた。 「あれは気付かれてたな。じゃなきゃあんな目は向けないだろうし」

 

 お姉さんは私のことをどう思っているだろうか。実の妹に、太ったままでいてほしいと願っている私のことをどう思っているだろうか。

 ……まあ、あんまりいい思い出は抱いていないだろうな。というか、ダイエットさせようとしているところにそんな友人がいるのを知ったら、私が姉なら全力で遠ざけようとするだろう。「もうなでしこには近づかないでほしい」って言われなかっただけましなのかもしれない。

 と、そんなことを考えていると、

 

「ただいまー。今日も浜名湖外周、完走したよー……」

 

 なでしこの声が聞こえてきた。なんというか、青菜に塩を体現したような声のトーンだ。

 家に上がるなり、私の姿を目に入れたなでしこは。

 

「あれ? アヤちゃんだ。お姉ちゃんは?」

「お姉さんなら、さっきまで一緒に話してたんだけどね。今は外に出かけちゃったよ」

 

 多分ドライブでもしてんじゃないかなー、と付け加える私に、なでしこは興味深そうに「へえ~」と言った。

 

「お姉ちゃんとアヤちゃんが一緒に話すなんて珍しいね。何話してたの?」

「なでしこを人気者にする話をしてたよ」

「およよ?」

 

 まあ、間違ったことは言ってない。きょとんとするなでしこを見て、私はこのまま煙に巻くのが懸命だと思った。

 この話は地雷源だ。いつどこで地雷を踏み抜くか分からない。万が一爆発して、なでしこに丸いままでいてほしいことがばれてしまったとしたら。

 ……やっぱり私には、この話を続けることは出来なそうだった。

 

 

 ○

 

 

 ……回想に浸りすぎていた。

 ふと時計を見ると、結構な時間が経過している。報告に返信しないといけないのに。

 このままでは、なでしこの帰省報告を既読無視した薄情な女という汚名を被ってしまう。早く返信しないくては。

 そう思って再びスマホに目を通すと、いつのまにか写真が送られていた。

 天真爛漫で、子犬みたいに可愛いなでしこの自撮り写真。写真の中のなでしこは痩せていて、数年前まで丸っこかったなんて想像すらできない。

 

 不意に、なでしこが何か食べている姿が見たくなった。

 


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