ゆるキャン△短編まとめ   作:星見秋

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あきちゃんに「しまりんがクリキャン参加する」と伝えられたなでしこちゃんの話です。前の話と微妙に繋がってます。


障害物競走

 それは、リンちゃんが上伊那にソロキャンしに行った日の夜。

 お見舞いついでにほうとうを振舞ってくれたあきちゃんも帰ってしまい、自室のベッドに横たわる以外に私のすることがなくなっていたときのことだ。

 突然スマホが鳴った。SNSにて新着メッセージが届いた音だ。

 何の気なしに見てみると、あきちゃんからのメッセージだった。曰く、『しまりんもクリキャンに参加するってさ』

 目を疑った。

 

『ほんと!?』

『ほんとほんと。さっき本人から「やっぱ考えとく」って連絡きたから』

 

 ……どうやら本当みたいだ。あきちゃんが吐く嘘はもっとわざとらしい。一目見てすぐに分かるような嘘はよく吐いても、本当かどうか分かりづらい嘘を吐くような人間じゃない。

『素直じゃないよなー』と続いて表示されるメッセージを読みつつ、私は無言で文字を入力した。『わーい!!』とか、『やったー!!』とか。喜んでいるふうに見えるような文字列を入力した。

 文字のやり取りには色がない。どんな表情をしていようが、そこに感情は滲み出ない。言葉通りの意味だけが相手に伝わる。

 

『喜ぶのは分かるがもう遅い。今日はゆっくり休みたまえ、各務原隊員』

『りょーかいしましたっ!』

『おやすみー』

『おやすみなさい』

 

 ついでにマスコットが鼻提灯を出すスタンプも添えると、スマートフォンの電源ボタンを押した。画面が真っ暗になり、私の顔が写る。

 私は目を伏せて笑っていた。嘆くように、見たくないものを見せられたとでも言うような目と共に、口元だけで笑みを作っていた。

 深く、息を吐いた。

 

「そっかあ。リンちゃん、野クルのキャンプに来てくれるんだあ」

 

 ひとりごちる。

 多人数キャンプを、もっと言えば野クルを避けてたリンちゃんがついに野クルキャンプに参加する。

 なんだろう、それは嬉しいことなのに。とてもとても、嬉しいことのはずなのに。でも、私は素直に喜べる気になれなかった。

 どうして今のタイミングなんだろう。さっきあきちゃんが、野クルが、私たちが誘ったときは拒否したのに。なんで急に参加に意思が傾いたんだろう。

 ……いや。なんでとは言ったけど、なんとなくその答えは分かる。斉藤さんだ。斉藤さんがリンちゃんを誘ったのだ。

 斉藤さんはリンちゃんのお友達だ。確か、中学からの付き合いらしい。たかだか一ヶ月ちょっとしか付き合っていない私たちに比べると、その年月は遥かに重い。私たちがリンちゃんと付き合うにはまず氷を溶かすところから始めないといけないけど、斉藤さんはそんなの一切気にせずに飛び越えることが出来るんだ。氷を溶かしきる頃には既に斉藤さんはリンちゃんに侵入している。ゴールテープを切って、一位の席に座っている。唯一無二の座を獲得して、障害物競走に励む私たちを見下ろしている。斉藤さんのレーンにだけ、障害物が設置されていないのだ。

 ずるいなあ、と思った。とてもずるい。ずるいよ、斉藤さんはずるい。リンちゃんと一緒に過ごした、その時間を分けてほしい。そうすれば、私だって一位争いに加われるのに。

 でも、私とリンちゃんはこないだ出会ったばかりの新しい友達で。リンちゃんと斉藤さんは中学からの友達だ。事実は覆らない。どうしようもなく手出しできない現実として私の目の前に転がっていて、どんなにやり直しを要求しても受け入れはされない。ただ、鼻で笑われるだけだ。

 斉藤さんはずるい。そして、斉藤さんが羨ましかった。

 結局、リンちゃんを変えられるのは斉藤さんなんだ。まだゴールしていない私にその権利はない。現に私たちの誘いは断られた。リンちゃんが参加してくれたのは、斉藤さんがリンちゃんを変えてくれたからなんだ。

 本当に、斉藤さんは唯一無二の立ち位置なんだ。

 

「斉藤さんはずるいなあ」

 

 私は呟いた。苦い飴玉を口の中で転がしているような気分だった。

 

 

 後日、クリキャンの打ち合わせということで斉藤さんが野クルに来た。

 いつものようにたおやかな、しかし底知れない雰囲気を貼りつかせている。はがす気配なんて全くない。あきちゃんの賑やかなノリに包まれているときでさえ、それは変わらなかった。

 それが、なんだか妙に気になったんだ。

 あおいちゃんが緩い関西弁で持ち物の説明を終えたとき、思い切って私は話しかけた。なるべく無難な言葉遣いになるように気をつけながら。

 

「リンちゃん、来る気になってよかったよね」

 

 果たして、斉藤さんは。

 

「だね!」

 

 頬の筋肉を持ち上げてにこりとした。こういうふうに筋肉を動かせば笑顔に見える。そう思い込んでいるかのような表情だった。

 私は、そこにかすかな屈託を見て取った。

 雲が流れ、太陽の姿を隠していく。突如生まれた日陰が斉藤さんの顔を覆った。

 何かが致命的に噛み合っていない。そう、私の感覚が告げていた。


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