朝、変な夢……少年が森で変な毛むくじゃらの獣と相対して追い払う夢……を見たり。
どこか浮世離れしたそれを見た上に、学校帰りに友人二人と帰っている間に聞こえた助けを求める声に導かれてフェレットを助けたりしたからか。
それらは少女を非現実へ誘うのに十分な要素だったのかもしれない。
あるいは、どこか日常の中で自分を生かすべき道を見出せなかった、そんな感情に魔が差したとでもいうのか。
彼女、高町なのはには危機が迫っていた。
夢と、学校帰りに聞いた声に導かれるまま、フェレットを預けた槇原動物病院へ向かったなのはは、まず音に襲われた。
それは甲高い、耳障りな音で、思わず彼女は耳を押さえた。
そして、昨日の夢で見たあの獣が、病院の中から飛び出してきたフェレットを狙い飛び掛り。
なのはは獣の爪から逃れたフェレットに思わず手を伸ばし、クリーム色の色の長袖の上着を着た胸の中に受け止めた。
「なに?なになに!?何が起こったの?」
「来て、くれたの」
「喋った!?」
本来どちらかといえばのんきというか、天然気味ななのはもこれには慌てた。
だって喋っているのはフェレットだ。
そんなの、作り話の中にだけある事だと思っていた。
だから、混乱して一瞬、獣の事を忘れてしまっていた。
唸るような叫びを上げた獣が、なのはとフェレットを狙って飛び掛る。
なのははオレンジ色のスカートとニーソックスを身に付けた足を動かす事が出来ず……彼女はどちらかといえば運動は得意ではない……すでにその獣に二人が無残な姿にされるのは、避けられない事かのように思えた。
だが、その時風が吹いた。
それは天から薄い翠の光を放ち、紅く輝く剣を持って降り立ち、喰らいつかんとする獣を一閃で断ち切った。
「え?なに、なんなの?」
「これは、一体……」
しばし直前のフェレットが喋ったという驚きに続いての展開に追いつけず、意味の無い言葉を漏らすなのは。
それとは対照的にフェレットはその場の状況を把握しようと詰めているようだ。
切り裂かれて粘液を撒き散らした獣、フェレットに変身している彼はジュエルシードと呼ばれる遺失物の思念体だと認識しているソレは、既に再生を始めている
これはいい、なぜなら封印魔法で思念体の核であるジュエルシードの暴走を止めなければ止まらない物なのはわかっているから。
ではアレはなんだろう?
翠の輝く羽を仕舞い、左袖は半袖にねり、前後から腕にかかるようにベルトが垂れている赤いロングコートを翻し、黒い皮製のズボンを履いて、薄茶のシャツを着込みながら、思念体を油断無く見据える。
銀の髪を逆立てた褐色の肌の少年は。
無造作に剣を持っているようで居て、その姿に隙は無い。
思わず持っている武器からベルカの騎士の類かと思ったが、彼からは魔力は感じられない。
ただ、翼があったことを考えると人間ではない何かなのかもしれないが、フェレットはこの場がどうなるか、どうするべきか思考をめぐらす。
だが動きは少年の方からあった。
「おい。こいつが何で、どうすればいいのか解るか?」
再生を終えた思念体が、脅威を感じたのか少年に襲い掛かるも再び一刀の元に切り伏せられているのを目にして、フェレットは賭けに出た。
「それは、ロスト・ロギアと呼ばれる危険な過去の遺物の一つから現れた思念体で、どうにかするには魔法の力で封印する必要があります!」
「魔法での封印、それは俺にできるか?」
「それは……無理です、貴方からは魔力を感じません」
「そうか。お前は魔力はあるのか?」
「すいません。僕の今の魔力じゃ、現状では封印できる可能性は……本来の人型になることすらおぼつかないんです」
申し訳なさそうに手の中でうな垂れるフェレットの姿になのはが気を取られていると、眼光鋭い銀髪の少年が静かに言う。
「……この近くに封印を出来る魔力を持ってる奴は居るのか?」
再び、思念体の一部を切り飛ばしながら聞く少年の声に、フェレットは小さな声で言う。
「……の……近では……この……しか……」
搾り出すような声のフェレットに、少年は激を飛ばす。
「聞こえねえ!もっとはっきり言え!」
その声に押されて、フェレットは声を張り上げる。
「この付近では、僕の念話を受け取れたこの女の子しか、居ません!」
「ふぇぇぇ!?わ、私なの!?」
「ごめん、こんな事に巻き込んで。でももう頼れるのは貴女しかいないんです。お願いだから、話を聞いてくれませんか」
「え、えと、あの……」
戸惑うなのはに、戦っているというのに優しい声を掛けたのは少年だった。
「おい。どうしても嫌なら逃げて良いんだぞ。探せば他にも誰か居るはずだ」
「で、でもそれじゃ思念体が!策はあるんですか!?」
「ねえ。ただ、そいつがダメなら俺はここでこいつをぶった切り続けるだけだ。封印の出来る奴が現れるまでな」
「そんな無茶な!」
なのはは状況を把握した。
少年は戦う事は出来る、でもあの怪物を止める事は出来ない。
それができるのは、自分だけ。
そう自分だけなのだ。
大好きな友達も、大切な家族も居るこの街で、アレを止められるのは自分一人。
それなのに、突然現れた少年、といってもお兄さんと言っていい年頃のようだが、は逃げていいと言ってくれた。
本当は怖い。
言葉通りに逃げ出したい。
でも、それはしてはいけない事のような気がして、なのははフェレットに声を掛けていた。
「フェレットさん。私、どうすればいいの?」
「えっ。協力、してくれるんですか」
「うん。私この街の皆を護りたい。それに、あのお兄さんが一緒なら、大丈夫だと思うの」
再生を続け、巨大さを増す思念体と渡り合う少年の背中は、なのはに勇気を与えてくれた。
何のとりえもないと思っていた自分に、できる事がある。
それらの想いが彼女の背中を押した。
「解りました。御礼はあとで絶対するから、僕の言葉に従って」
「お礼なんていいよ。それより、どうすればいいのか教えてフェレットさん」
「うん、ではまず僕の体に掛かっている赤い宝石を持って」
「うん、解ったよ」
「細かくは今は省くけれど、それは魔法を使うための道具だよ。それを起動させるには呪文が必要なんだ」
「呪文……」
「うん。目を閉じて、心を澄ませて僕の後に続いて唱えてね」
「うん!」
「いくよ」
『我、使命を受けし者なり』
『契約の元、その力を解き放て』
『風は空に、星は天に』
『そして、不屈の心は』
『この胸に!』
『この手に魔法を、レイジングハート、セットアップ!』
「起動準備完了、セットアップします」
争う思念体と少年の背後で、レイジングハートと呼ば、天に掲げられた宝石から長大な桃色の光が天に伸び雲を払う。
少女が魔法を得るまでに、後少し。
「落ち着いてイメージして、貴女のの魔法を制御する魔法の杖の姿を、そして、君の身を護る強い服の姿を」
「きゅ、急にそんな事言われても……えっと」
なのはがイメージしたのは、赤い宝石を半月状に囲む金の輪、そしてその根元がピンクで、もち手の部分となる柄は白いく、先端が再び桃に染まる機械的な杖の姿。
そして、日々身に付けて馴染んでいるある衣服の形状。
「今はちょっとでも早く……これで!」
なのはがイメージを定めると、レイジングハートに導かれるように体が動き、僅かな間裸身を晒しながらイメージしたとおりの杖を掴むと、その体は普段学校似通う時に来ている白いジャケットとロングのワンピースの制服を青で縁取ったような服が身に付けられ、最後にツインテールにしていた髪を改めて白いリボンが纏める。
姿が定まったなのはは思わずポーズをとるが、次の瞬間には自分の体を見下ろして驚きの声を上げる。
「な、なんなのこれぇっ」
「その服はバリアジャケット、君を護ってくれる」
「そ、そうなの?」
「うん、それより今は封印を」
促されてなのはが少年の方に視線を戻すとそこにはいまだ一歩たりとも思念体に譲らない少年の背中があった。
「僕等の魔法は発動体に組み込んだプログラムと呼ばれる法式なんだ」
「う、うん」
「そしてその法式を発動させるのに必要なのは精神エネルギーなんです」
「精神エネルギー……なんだか凄いね」
「それで、基本的な攻撃や防御の基本魔法なら呪文無しでも発動体、この場合レイジングハートの助けがあれば詠唱なんかは必要ないんですけど」
「お任せください」
「でも、あの思念体を封印して止める、元に戻すような強い魔法には詠唱が必要なんだ」
「そ、そんなこと言われても私呪文なんて……」
解らないよ、と肩を落とすなのはにフェレットは続ける。
「心を澄ませて。そうすれば貴女の呪文が浮かぶはず」
「こ、心を済ませる……うん。解った」
護られている。
その安心感の中で、なのははスムーズに集中状態に入る。
すると、その呪文はすぐに浮かんできた。
これまでのやり取りの間、休まず剣を振るっていたにも関わらず少年に疲れの色は見えない。
だから、なのはも力強く呪文を唱える。
「リリカル、マジカル」
「封印すべきは忌まわしき器、ジュエルシード!」
「ジュエルシード、封印っ」
「封印モードフォームチェンジ」
なのはのもつレイジングハートの、金の輪の根元についた二つの突起からピンク色の羽が現れる。
さらにレイジングハートの赤い球体からピンクのリボン状の光が少年と戦っている思念体の不意を付くようにその体に絡みつく。
少年の剣で切り裂かれる時のように、苦しみのうめき声を上げる思念体。
その額にはXXIの文字が浮かび上がる。
「準備完了です」
「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアルXXI、封印!」
「封印します」
拘束された思念体の体を更にレイジングハートから放たれた桃色の光が貫いて思念体を消滅させる。
後に残されたのは、青く輝く結晶体、ジュエルシードだ。
「それがジュエルシードです。レイジングハートで触れて」
「うん」
なのはがレイジングハートをジュエルシードに向かって突き出すと、まるで導かれるかのようにレイジングハートの赤い球体部分にそれは飲み込まれた。
「再封印、シリアルXXIです」
レイジングハートが告げ、自身の着衣が元に戻ると、なのははほっとした様子で一息ついた。
「終わったの、かな?」
「はい、貴女と……彼のおかげで。ありがとう、二人と……も……」
なのはの問いかけに答えたフェレットは、気力で意識を持たせていたのか、気を失ってしまう。
「ちょ、ちょっと!大丈夫!?ねぇ!」
「……おい。そいつを持ってここから離れるぞ」
「ふぇ?」
「サイレンの音だ。なるべく辺りを壊さないように戦ったけど、やっぱダメだったみてえだな」
「ふぇえ?あ、あー!回り中穴だらけ!」
「あいつ、切りつけても液体みたいに分かれるだけで勢いはさほど殺せなかったからな……ちっ、面倒な事になる前にいくぞ」
「行くっていってもどこにいけばいいか……」
「解った。とりあえず飛ぶからひとまず落ち着けるところまで誘導してくれ」
「え?ふぇえええ!?」
いきなりのお姫様抱っこだった。
中高生と思しき体格の少年が、九歳のなのはを抱えて飛ぶとなると自然にこうなるだろうが、なのはは慌てた。
「と、飛ぶって」
「飛ぶんだよ。いくぜ、アミルガウル」
「アミル、ガウル?」
少年の口から漏れた、何かの名前になのはが疑問を寄せるのを無視するように。
少年の背中から再び翠の翼が現れ羽ばたく。
すると少年はなのはを抱えたまま浮かび上がり始め、瞬く間に夜の闇へと消えていった。