生身での空中遊泳に驚きを隠せなかったなのはだったが、少年を誘導して夜の公園へと降り立った。
そして今は、ベンチに腰掛けて少年とぽつりぽつりと会話を交わしていた。
「俺はゼッド、お前の名前は」
「えっと、高町なのはです」
並んで座り、お互いの顔を覗きあう二人。
なのははいまだ包帯の取れないフェレットを抱えていた。
ゼッドは幼い少女の顔をただ、幼いと受け取る。
なのはは釣り目勝ちで、目元に隈取のような赤いラインの入ったゼッドを、街中で見ただけだったら怖いお兄さんだと思っていたかも、と感じた。
「そうか。こんな時間になんであんなところに居た?」
「えっ、それは、助けてって声が聞こえたから……」
正直に言ってみれば、ああ、と声を発してゼッドは納得した様子だった。
「そういえば、その……なんだ、そいつがこの街で声が届いたのはお前だけだって言ってたよな」
「はい。あの、ゼッドさんはなんであの場所に」
ぶっきらぼうなゼッドの言葉遣いに、怖い人なのかなと思いながらその瞳をなのはは覗き込む。
だが、そこにあった少し変わった蒼い瞳の中には、小さな女の子を心配する、年上の少年の温もりのある光が見えた。
「……しいて言えば風に吹かれるままに行ったって所だな。どうせ面倒ごとだろうと思ったら案の定だ」
「あ、あの、ごめんなさい……」
「お前が悪いんじゃねえ。気にすんな。それに、厄介ごとが付いて回るのは俺の性分みたいなもんだ」
「性分ってなんですか?」
「ん?ああ、なんつーかな。そうなるのがなれっこっつーか。お約束みたいになっちまってるんだよ」
苦笑するようなゼッドの言葉に、なのははフェレットの様子を見る合間に、ゼッドにも心配そうな視線を向ける。
「大変、なんですね」
「生きてりゃ、どんな形でも大変はあるもんだ。気にしてねえ」
「そう、ですね。なんとなく解ります」
なのはは、ゼッドの言葉で大変だった頃を思い出す。
あれはまだ小さい頃で、お父さんが入院して、お母さんはお店が忙しくて、お兄ちゃんもお姉ちゃんも自分に構っていられないくらい、武術の鍛錬に打ち込んでいた、あの頃。
あの頃は寂しかった、辛かった。
きっと、ゼッドのいう大変はそういうことなのかな、と思いながらなのはは言葉を続けた。
「あの、ゼッドさんはどこの人なんですか?」
「どこの人ってわけでもねえよ。しがない旅人だ」
「ゼッドさん学校は?」
「学校なんざとっくに卒業……はしてねえか。でも、さっきまでの俺を見てりゃ解るだろ。学校なんざ、通えねえよ」
「あ……その、ごめんなさい。ゼッドさんの事よく知らないのに勝手な事いっちゃって」
「いいから。そんな質問慣れっこだぜ。そんな縮こまるな」
「うう、そうはいっても」
尚更縮こまるなのはに、ゼッドはそれ以上何も言わなかった。
ただ、太ももの上に腕を置いて、頬杖を付いた姿勢で見つめるだけだ。
その視線に晒されて、なんだか気恥ずかしくなったなのはに、ゼッドが声を掛けた。
「なぁ」
「は、はい」
「お前、よくやったよ。頑張ったな」
「あ、ありがとう、ございます、なの」
僅かに流れた沈黙の後、ゼッドは言った。
フェレットの事を見つめるなのはの心に届くように、言葉に力を込めて。
「お前は、力を手に入れてどうする」
「力、ですか?」
「ああ、力だ。そいつの言い方だと、攻撃する魔法とかあるんだろ」
「あっ……」
言われて初めて気づいた、と言うように。
初めて魔法を使って、街を守ったという事実で高揚していた気分の温度を下げる。
「俺は、力を得る為に色んなものを捨てちまった奴らを何度も見てきた」
「私も、そうだって言うんですか」
僅かに篭る恐れの色。
自分が力に溺れるなんて、自称平凡な女の子のなのはにとって、それはとても怖い事だった。
「そうとはいわねえ。だけどな、力を求めるあまりに大切な事を忘れちゃいけないって事は、覚えとけ」
「はい」
「そうじゃねえと、お前の家族が悲しむ」
僅かに、ゼッドの眼が遠くを見る。
まるで何かに思いを馳せるかのように。
「えっと、力を求めすぎるとどうなるんですか?」
「自分が本当に護りたかったものが、本当に欲しかったものがなんだったのか忘れて、破滅しちまう。少し、話聞くか?」
「あ、聞きたいです」
「俺はキースピリットっていう、力の象徴そのものと関わってきた。ソレも特に強いアミルガウルっていうスピリットとな」
「スピリット、ってなんですか?」
「シャードキャスター、俺みたいな戦士が精神力で従える、でかい精霊みたいなもんだ」
精霊、その言葉になのはは心をときめかせそうになったが、すぐに思い直した。
ゼッドはそれを力の象徴と言った。
それはきっと、なのはのような普通の子供が考える精霊のようなものではなく、もっと怖いなにかなのだろうと思ったから。
「アミルガウルに限らないんだけどな、スピリットは心弱いものが手に入れると、その人間を狂わせて、自分の言いように動かす毒をもつ」
「それは……そんなのと一緒に居てゼッドさんは大丈夫だったの?」
「そこらへんは色々あった。一時的に左腕、このシャード穴が付いてる部分が石みたいになったこともあった」
「……」
「俺の知る限り力ばかりを求めた奴は、皆死んじまったよ。師匠だったデュマスの野郎も、胸糞悪いヒューって奴も、アミルガウルの先にあるタスカーっていう力を求めた爺もな」
「ゼッドさんは、その、さっき「行こうぜアミルガウル」って。まだ、持ってるんですか?アミルガウルを」
不安そうななのはに、ゼッドは目を瞑り息をついてからゆっくりと言葉を紡いだ。
「アミルガウルは俺と一体になるまで……真の所有者を見つけるまでの選別のために毒をだしてた。俺はアミルガウルで、アミルガウルは俺だ。だからもう、毒もない」
「そうなんだ……よかったぁ」
なのはがゼッドの言葉に安堵すると、フェレットが身じろぎして目を覚ましたようだった。
彼は周囲の様子を確認すると二人に言った。
「先ほどはありがとうございます。僕はユーノ・スクライア、ユーノが名前です。古代遺跡の発掘なんかをしています」
「あ、そうだね、お名前教えてなかったよね。私、高町なのは。小学三年生だよ。よろしくね」
「ゼッドだ」
ユーノを労わるように撫でるなのはと、ぶっきらぼうに名前を伝えるだけのゼッド。
そんな二人にユーノは感謝の言葉の続きを言った。
「すみません。お二人を巻き込んでしまって」
「俺は気にしねえ。お前も気にすんな」
「わ、私も!ちょっと、怖かったけど。皆を守れてよかったなって……」
「そういっていただけると、ありがたいです。でも、もう大丈夫です。後は僕一人でやりますから」
空元気を振り絞るようなユーノの言葉に、なのはが固まった。
「え?で、でも!怪我してるよ!?」
「すいません。先ほどの戦いで使わなかった分の魔力を怪我の治療に廻させていただきました。ほら、この通り」
ユーノが身じろぎして包帯をほどくと、確かにそこには傷の癒えた体があった。
それを見たなのはが感嘆の声をあげる。
「すごい。本当に治っちゃってる。ユーノくん凄い!」
「僕こういう魔法は得意なんです。だから……」
「おい」
全てを背負ってしまおうとするユーノに、ゼッドが声を掛ける。
ユーノは、何かを見透かされた気がしてびくりとし、うろたえた。
「な、なんですか?」
「お前、本来の人型になれないつったよなぁさっき」
「ん?そんな事言ってたんですかゼッドさん」
「言ってた。言い逃れはさせねえぞユーノ。お前、傷は治っても魔力はまったく本調子じゃねえだろ」
「あ……う……」
戦闘中に、つい咄嗟に言ってしまった言葉に追い詰められて、ユーノは口を閉ざす。
その様子にゼッドの言葉に間違いは無いと感じたなのはは声を張り上げる。
「ダメだよユーノ君!そんな状態で一人でどうにかしようなんて、無理だよ!」
「で、でもこれは僕がどうにかしないといけない事なんです。ジュエルシードは、僕が発掘してしまったものだから」
それでも意地を張ろうとするユーノを、ゼッドが掴みあげて視線を合わせる。
「間違えんな。理想だけじゃ、どうにもならねえんだ。俺はお前を手伝う。だから俺を頼れ」
「ゼッドさん……いいんですか?」
「もう首を突っ込んじまった事件だ。最後までケリをつける」
「ありがとうございます。あの、でもなのはさんはやっぱり……」
「わた、私もお手伝いする!ユーノくん、なんていうか、ほっとけないもん!」
「そ、そんな理由で!」
「それに……ゼッドさんが、護ってくれるきがするの」
なのはの言葉に目を細めるゼッドの眼差しは、優しさが篭っていた。
「いいぜ。なのはの事も出来るだけ守る。さっきの封印の様子を見ると、なのはの力はすげえんだろ、ユーノ」
「あ、はい。素晴らしい才能はあると思います。でも、無関係な人をこれ以上巻き込むなんて僕には……」
「無関係じゃないもん。もう私、関係してるよユーノくん」
「それは、巻き込んでしまったから!今ならまだ引き返します!ゼッドさんも止めてくださいよ!」
「俺は」
ユーノの訴えに、ゼッドは言葉に力を込めて答えた。
「力を手に入れたとき、選ぶのはそいつ次第だと思ってる。使うのも、捨てるのも。なのはは使うことを選んだ。ならユーノ、お前はソレを助けてやれ。それが力を渡しちまった責任って奴だ」
「でも危険な事に巻き込むのは申し訳なくて……」
「だから、それも背負う事が力を与えちまった奴の責任なんだ。しっかりと背負え」
「ゼッドさん……解りました。僕も、僕なりに全力でなのはさんをサポートします」
決心を固めたユーノの声に、なのはは笑顔になり言う。
「ユーノくん、だったら私達、もう友達だよね。友達は私の事、なのはって呼ぶよ」
「……わかった。ありがとうなのは。僕を助けて」
「はい!任されました!」
ゼッドの手からユーノを受け取り、腕の中に収めて嬉しそうななのはに、ゼッドがぽつりと告げた。
それは実は今もって進行中の、ある意味で大問題の話だった。
「ところでなのは。時間は大丈夫か?家族、心配してるんじゃねーか」
「ふぇ。あ、あぁぁぁーーー!そうだった!お兄ちゃん達に怒られるよぅー!どうしようユーノくん!」
「そ、それは僕にはちょっとどうしようもないかな」
はふぅとがっくり肩を落としてしまったなのはと、困ったように頭を掻くユーノに、ゼッドは言った。
「家まで付いてってやるよ。これからお前がやろうとしてること、家族にも話さなきゃならねえだろ」
「え。あの、お話しなくちゃ、ダメですか?」
「当たり前だろうが。お前みたいなガキが危ない事に首突っ込むんだ。俺が守るっつった手前、筋は通しとかなきゃならねえ」
「あ、ゼッドさんが話してくれるの?」
「俺と、ユーノも話す。だけどな、親はきっと、お前の事心配して、絶対やめろって言うと思うからな。自分の気持ちを自分で素直に伝えて、それで許可を貰え」
「は、はい!」
「ユーノもそれでいいな?」
なのはの腕の中にいるユーノも、こくりと頷いてからゼッドに続く。
「はい。こうなったら覚悟は決まりました。自分が悪人と思われてもいい。だから、なのはのご家族にはきちんと話をします」
「よし。じゃあいこうぜ。なのは、案内してくれ」
「わ、分かりました!じゃあこっちなの」
「よろしく頼むぜ」
夜の街を、二人と一匹が歩いていく。
それぞれに話すべき人に、何をどう話すかを考えながら。