その日の朝、なのはは浮かれていた。
対照的にユーノは少々大変だった。
実は久しぶりに月村家でのアリサも交えた休日のお茶会に二人とも呼ばれていたからだ。
「んー、ユーノ君やっぱり可愛いねー」
リビングで微笑みながら、そんな男の子に対する賛辞としてはあんまり喜ばれなさそうな事を言う美由希の前には。
すでにおめかしさせられた、薄手のカッターシャツと。
大人しい茶色の少年らしい細さの中に、かすかな力強さを感じさせる太ももの曲線を見せるホットパンツに近いズボンを穿かされたユーノが立っていた。
「あの、可愛いはちょっと……」
「あら、男の子に可愛いはちょっと嫌かな。でもユーノ君って顔の作りも女の子っぽいし……なのはとお揃いの格好でいってもいいのよ」
悪戯っぽく笑ってそんな事を言う美由希に、ユーノはぶるぶると首を振る。
そして必死な様子で腰の辺りを庇いながら美由希に言う。
「か、勘弁してくださいよ。さすがにスカートなんて穿けません!」
それはもう必死な姿に、美由希はおもわず笑って、冗談ですよー、と手を振る。
ユーノがほっと一息ついたところで、恭也も部屋に入ってきた。
そして恭也もユーノを見て頷くと、いまだ洗面所に居るなのはに声を掛けた。
「おーいなのは。ユーノはもう準備できてるぞ。時間もそろそろだし大丈夫か?」
からかいの混じった恭也のこの呼びかけに、なのはも元気一杯に返す。
「大丈夫!あと少しだから」
そう返された恭也はやれやれ、という顔をしているが、美由希はそんな恭也に。
少しむっとしたような顔で言った。
「今日は月村さんちにいくんだよね」
「え?いや、まぁ。なのはの付き添いだしな」
「そんな事言って、忍さんに会いに行くんでしょ、恭ちゃん」
「な、なんだ。別にやましい事はなにもないぞ」
「ふーん」
なんだか雲行きの怪しくなってきたことにユーノが冷や汗を掻いていると、なのはが現れた。
「おっまたせー」
「お、おお、来たな。バスの時間ぎりぎりだぞ」
「あ、じゃあいそがないと」
「そうだねユーノ君。お姉ちゃん、行って来ます」
「いってらっしゃい。あ、そういえばゼッド君は一緒には行かないの?」
「にゃはは……それが、「俺みたいなのがいってもしょうがねえ」って、今日は一人でお散歩するみたい」
「そっか。じゃあ留守番は私一人かー」
はぁっとため息をついてから、気を取り直したように美由希は三人に言った。
「ま、いいわ。三人とも楽しんできてね。恭ちゃんも遠慮しなくていいからさ」
「ん……いってくるよ、美由希」
「はい、行って来ます」
「じゃあ、改めて行って来ます!」
こうして三人はバスで月村家への道をゆくのだった。
そして、その頃のゼッドはというと。
「……この街はよく風が吹くな。海が近いからか?」
一人、ビルの屋上で剥き出しのコンクリートの上に座り込んでいた。
風をキーワードに記憶の底から、風の吹かない世界で故郷であるカーム。
風を持って自らを異世界へ誘ったアミルガウル。
そして、色々ありはしたが、最終的に友人達との安らぎの場になっていた風の国テンプラーに思いを馳せる。
あの、アミルガウルに誘われたことから始まった戦いの旅路は今でも鮮明に覚えている。
力を至上とする国を乗っ取り、そこからさらに全領域を支配しようとしたヒューとの戦い。
絶対規律で民を縛り、いつしかそれに縛られ最後には自滅するかのように国体を崩したネオトピア。
じりじりと削られるような貧しい土地を、タスカーという神のごときスピリットに頼る事でどうにかしようとしたタスクの四天王達。
そして、タスカーのよりしろになりかけて、最終的には越えようとした自分に助けを求めてきた親友、ノア。
さらに死んだ後にも精神となってタスカーの毒で狂い荒ぶっていたゼッドを怒りによって正気にもどしたジーコ。
最後にスピリットの神であるタスカーを、その中心として封印の鍵となっていたアミルガウルと共に倒した事。
そんな長く、深い思い出に浸っていたゼッドに、風が語りかけた。
そんな気がした。
「何か、あるみてえだな。いくぜ。アミルガウル」
そしてゼッドは飛び立った。
一方その頃、なのはとユーノは月村家の敷地内の森を走っていた。
「なんだか違和感を感じたけど、これがジュエルシード発動の感覚なだねユーノくん」
「そう。ちょっと強引に抜けてきちゃったけど大丈夫かな」
「うーん。最近私が元気な理由を聞かれてたから、ちょっと変な誤解はさせちゃうかも」
「うっ。ご、ごめん」
「にゃはは、いいのいいの。ユーノくんとはお友達だもん」
そんな事を言いながら走る二人の目の前に、巨大になった猫の姿が見える。
バスほどのサイズになった猫はのんびりとごろごろしている。
「ユーノくん。あれ……」
「う、うーん。もしかして猫の大きくなりたいって願いが、正しくかなえられた、のかな?」
「あはは、そっか。どうしよう、ゼッドさんに連絡は取れないし」
「うーん。あの猫は大人しいみたいだし、僕達だけで封印しちゃおう」
「ん、わかった。じゃあお願い、レイジングハート!」
さっそくセットアップして魔法少女の姿へ変わろうとするなのはを、ユーノが止める。
「あ、待って。今結界を張るから」
「訓練の時に使ってる奴だね。お願いユーノくん」
「任せてなのは」
地面に魔方陣を展開させ、結界を形成するユーノ。
そしてセットアップを行い、準備万端となったなのはが猫が発動させたジュエルシードを封印しようとしたその時だった。
巨大猫の横腹に金の光が直撃し、輝く魔力光を放つ。
鳴き声を上げる巨大猫。
それに釣られて光の飛んできた方向をなのは達が見ると、電柱の上に赤い裏地の黒のマントと、腰に白い布を纏ったレザージャケットのようなバリアジャケットを着た金髪の少女が、杖を構えていた。
「あの子、なんなの!?」
「あ、アレは魔導師!?何でこんな所に!」
「まだ構えてる……やめてぇ!」
「ファイラーフィン」
ユーノの封時結界……要約すると作った人間以外の時は現実と離れ隔離される閉鎖空間……で一番に練習した飛行魔法で猫の傍に飛んで行くなのは。
続く金色の魔力光を放つ攻撃を、円形の盾の防御魔法で受け止める。
「プロテクション」
「ありがとうレイジングハート。あの!あなた誰ですか!?この子おとなしそうだから、そんな魔法使わなくても封印、できると思うんですけど!」
<なのは!気をつけて。もう少し時間は掛かると思うけど、次元をわたる警察のような次元管理局が来るまで、このあたりに魔導師なんていないはずなんだ!>
<え、それってどういう事?>
<……ジュエルシードを運ぶ船が落ちたのは誰かの仕業で、その子がその仲間かもしれないって事>
二人が念話をする間にも、少女は攻撃の手を緩めない。
「バルディッシュ、フォトンランサーセット」
「畏まりました」
「シュート」
「うわっ!」
なのはのプロテクションに当たり爆発を起こす攻撃魔法。
少女は戦いなれているのか、即座にその爆発の煙幕に紛れてなのはに接近し、近接用の鎌のようなフォームに変えたデバイスで斬りかかる。
「わ、わわっ」
一方、なのはは魔法を使う練習はしてきたが、戦闘のシミュレーションはあまりやってこなかった。
そのため、少女の斬撃を防御範囲の広いプロテクションで耐えるしか出来ない。
飛んで退く訳には行かない、後ろには猫が居るのだ。
「……この子……埒が明かない」
一旦距離を離し、デバイスを砲撃形態に変えて魔力を十分充填してから構える。
「フォトンランサー、連続発射」
「よろしいのですかマスター」
「いいのバルディッシュ。あの子には怖い思いをさせるかもしれないけど……母さんの為なんだ」
「了解いたしました」
少女が離れ、プロテクションを解除して様子を伺っていたなのはには見えた。
杖は攻撃しようとこちらに向けているのに、どこかそれ自体が哀しそうな少女の顔を。
「あの子、なんであんな泣きそうな顔で戦ってるの……?」
「シュート!」
少女の様子にあっけに取られたなのはが同様していると、少女の頭上に次々放たれる光の矢の群れがなのはに向かって襲い掛かる。
それを見て慌ててなのはは一層強いプロテクションを張ろうとするが。
<なのは!それは僕に任せて!>
<ユーノくん!?」
<なのは、防御は僕に任せて、君は誘導弾であの子に攻撃するんだ>
<で、でもユーノくん……あの子、なにか哀しい眼をしてる>
<……話をするなら、まずは状況をどうにかしなきゃ。だから、頑張ってなのは>
「妙たえなる響き、光となれ、癒しの円のその内に、鋼の守りを与えたまえ!」
ユーノの叫びと共になのはの周囲に強力な防御魔法が張られ、それは黄金の矢の群れを見事に受けきった。
そうなればなのはも、戸惑ってばかりは居られない。
「レイジングハート、アクセルシューター!」
「了解しました」
「お願い、こんな事やめてよ!お話しよう!」
なのはは切なさを込めて声を上げるが、金髪の少女は、それを少し眉をひそめて返す。
「それは、きっと意味が無い」
言葉と共に近接形態のバルディッシュから伸びた魔力刃で誘導弾を切り裂いた少女は、再びなのはに接近を試みる。
ユーノが拘束魔法でそれを阻もうとするが、少女はすべらかな飛行でそれをかわしてなのはの懐に入り込む。
「私はジュエルシードを集めなきゃいけないんだ。邪魔しないで」
「私は、ジュエルシードの取り合いをしてるつもりはないよ!猫さんが可哀想だから攻撃はやめてっていってるだけなの!」
一瞬、沈黙が降りる。
少女が状況を理解するのに思考を停止したその瞬間、ユーノの拘束魔法が少女を止める。
「し、しまった!」
失態、それを自覚した少女がもがく。
「は、放して!私はジュエルシードを……」
「ごめんね、ちょっと待ってて」
もがく少女を尻目にして、なのはは魔法戦の音に驚いた様子で毛を逆立てている猫に向かって、封印魔法をかける。
すると、桃色の光に包まれた猫が縮み、普通のサイズになると共に。
シリアルXIVのジュエルシードが浮かび上がる。
「なのは!気をつけて!バインドが破られる!」
「え?」
そう、まさにその時死に物狂いで拘束を解いた金髪の少女がなのはに向かって鎌を振るい……風が二人の間に降り立った。
「ゼッドさん!」
「大丈夫かなのは。とっとと仕舞っちまえ」
バルディッシュの魔力刃を避けて、デバイスの柄を掴んだゼッドがそこに居た。
新たに現れた人間も敵だと判断すると、少女は撤退を決意し、どうにかゼッドを振り払おうとしたのだが。
「待って!あのね、貴女がジュエルシードを捜してる理由を教えて!」
「だから、意味が無い」
「無い分けないよ!ジュエルシードは危険なものだけど、貴女の眼、なにか理由があってこれを捜してるっていう眼だもん!」
「それが、貴女に何の関係があるの」
「ユーノくん、この子が事情を話してくれたら、このジュエルシードあげても譲ってもいいかな?」
地上のすぐ近くに居るユーノは、その提案に眼を丸くする。
「だ、ダメだよなのは!ジュエルシードは危険って、自分でもいってるじゃないか!」
「うん。これは私のわがまま。でも、この子も封印はするわけだし、ただ奪い合うだけは、ちょっと哀しいから。ね、教えて金髪さん。貴女の目的と、名前。私はなのは、高町なのはだよ」
なのはの無茶な言葉に、ゼッドは何も口を挟まない。
ただ少女を釘付けにしているだけだ。
むしろ彼は、なのはを援護した。
「好きにさせてやれよユーノ。もしこいつがジュエルシードで何か企む人間なら、なのはにけじめをつけさせる。それでいいだろ」
「そうは言っても……ゼッドさんも止めてください」
「悪い事ばっかりでもねえだろ。相手の目的がわかるならその後どう対応するかも考えられる。それに」
「それに?」
「それがなのはの考える、通したい筋って奴なんだろ。見守ってやれ」
静かな、刃を向けられていると言うのに澄んだ瞳のゼッドの言葉に、少女の瞳が揺れる。
そしてその心の中に、どんな感情が渦巻いているのか。
視線を刃を向ける相手から外し、俯いた少女は。
「バルディッシュ。サイススラッシュ解除」
「……了解です」
少女のデバイスから伸びていた魔力刃が納まる。
それを確認するとゼッドは黙って手を引いた。
「私は、フェイト・テスタロッサ。母さんの願いでジュエルシードを集めている」
「フェイト、ちゃん?ジュエルシードを集めるのはお母さんのためなの?」
「そう。ジュエルシードを集めたら、母さんが、笑ってくれると思うから……」
そういって寂しげに笑うフェイトの顔に、なのはの胸が締め付けられれる。
なんて哀しそうな顔だろう。
こんな顔をさせるくらいなら、ジュエルシードをすべて渡してあげてもいいんじゃないかという気持ちが、一瞬だけ過ぎる。
だがそれは出会った当初に見たユーノの、責任を取りたいという必死な姿や、街を守ると言う目的に打ち消される。
けれども、それだけでは終われないのが高町なのはという少女だった。
「じゃあさ、フェイトちゃん」
「何……?ええと」
「なのは、なのはって呼んで。あのね、次からは、ジュエルシードを見つけたら協力して封印して、勝負をしよう」
「しょう、ぶ?」
「うん。お互い、譲れないものだから。精一杯戦って、勝った方が持っていって恨みっこなし、これで……」
なのはがそこまで語った所で森の中からオレンジ色の髪の、犬耳を付けた女性が飛び出してきた。
「フェイト!そんな奴らのいう事信じちゃあいけないよ!どうせ、いざ負けたら数で奪い取ろうとするに決まってる!だ……ちょ、ちょっとなんだいあんた!邪魔すんじゃないよ!」
「アルフ!?」
「うっせえ黙ってろ。今はあいつらのサシの話だ」
アルフと呼ばれた女性の、握り固めた拳を止めて、ゼッドはなのは達に会話を促す。
「ほら、続けろよ。なのはの提案を受けるかどうか」
攻撃を止めはするが、明確な敵対行動を取らないゼッドの言葉に、フェイトはアルフとなのはを交互に見比べ。
しばらく黙った後に言った。
「まだ、信じ切れないから。この先それを証明していってほしい。もし信じられるなら。私もその方が良い」
か細い、しかし確かに聞こえた嬉しいと言う言葉に、なのはは笑顔になる。
「ありがとうフェイトちゃん!私信じてもらえるように頑張る!じゃあ、まずは今回のジュエルシード、渡すね。
すっとレイジングハートを差し出すなのは。
少しとまどってから、バルディッシュを同じように差し出すフェイト。
杖の先端が重なったとき、確かにシリアルXIVのジュエルシードはレイジングハートからバルディッシュの中へと移動していった。
「あ、本当に……くれた」
「約束は守るよ。じゃあ、フェイトちゃん。次からの戦いは、私負けないから」
「……私も負けない。母さんの為に」
「じゃ、またね」
「……うん。アルフ、帰ろう」
マントを翻し、その場を立ち去ろうとするフェイトを追おうとするアルフをゼッドは開放してその背中を見送る。
ゼッドは残ったなのは達に言った。
「やるからには全力でいけよ。手加減されるってのは、案外相手を傷つけるからな」
「しないよ!……そもそも、手加減なんて出来る相手じゃなさそうだし。でも、私頑張る」
「な、なのは。頼むよ!お願いだから勝ってね!?」
「もー、ユーノくんは心配性だなぁ。全力は、尽くすよ」
「ま、そういう事だな。俺はまともな入り方してないから飛んで帰るから、ここいらで一旦おさらばだ。お前らもお茶会とやらは終わったのか?」
ゼッドの問いにあっという顔になるなのはとユーノ。
「ど、どどどどうしようユーノくん!絶対問い詰められるよ!」
「え、えと。ね、猫!そこに寝てる猫を連れ帰ってさ、遊んでたらついついみたいな感じで行こう!」
「解った。うう、絶対つっこまれるよ……」
「あ、あはは……」
そんな、ちょっと困った様子の二人を残してゼッドは再び羽ばたいて空に飛んでいった。
当然、なのはとユーノはそのごアリサに散々二人で何をしていたのかつっこまれて、ぐったりして帰って恭也を呆れさせたのだった。