なのはは、違う、と感じた。
何が違うのか。
それは、あのフェイトとの勝負の敗北の翌日、新たなジュエルシードの発動を感じ取ったことから始まる。
フェイトと協力するように樹の怪物へと変貌を遂げたジュエルシードを二人がかりの砲撃で倒し、ジュエルシードをゼッド達に預けて試合を始めたのは良い。
だがその試合の戦闘のフェイトの攻撃の一撃一撃が、あくまで試合だったものではなく。
殺すほどの気迫を込めて打ち込んできていると感じた。
この一日で、何があったのかは分からない。
だが、元から無表情だったフェイトの顔を更に凍てつかせ、こんな恐ろしい気持ちを込めた攻撃をさせるに至るその理由を、なのはは知りたがった。
「どうしたのフェイトちゃん!この間と全然違うよ!なんで、なんでこんな……!」
なのはの声に、フェイトは答えない。
ただひたすらに後退してフェイトを引き離そうとするなのはにまとわり付くように飛行し、サイズフォームで切り裂こうとする。
「フェイトちゃん!お話を聞かせて!お願い!こんなの、フェイトちゃんらしくないよ!」
フェイトはなのはの呼びかけに表情を険しくすると、退いて攻撃をかわすなのはに近距離からの射撃魔法を行使する。
「バルディッシュ、アークセイバー」
「アークセイバー、発射します」
下手に実戦慣れしてきた為、なるべく小さな動きでかわそうとしていたなのはに、予想外のリーチをもたらすアークセイバーが直撃する、その直前。
「プロテクション」
なのはを助ける為にレイジングハートが自発的にプロテクションを展開し、ギリギリでアークセイバーを受け止める。
だが三日月状の射撃魔法のアークセイバーにはバリアブレイクの特性があり、プロテクションは小爆発を起こす。
「きゃあ!」
「今っ」
僅かに姿勢を崩したなのはに、フェイトの振るうバルディッシュが迫る。
なんとかレイジングハートを引き寄せ、バルディッシュを防ごうとしたなのはだったが、そこに割り込む影があった。
「ストップだ!君達は封印を施しはしたものの、ロストロギアの近くでこんな魔力戦をするなんて何を考えているんだ!」
なのはを切り裂かんとしていたバルディッシュを大きな円盤が先端に付いたデバイスで受け止め、なのはが防御姿勢を取ろうとしていたからか、彼女に対しては手を向けるだけに留まる。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」
「時空管理局、ようやく来てくれたんだ……」
戦うなのはとフェイトをとめた黒いコートのバリアジャケットの少年を見上げながら、ユーノが呟く。
一方、それまで以前のようなユーノとの口論をすることなく、フェイトの使い魔として本来の姿の獣の形態で戦いを見守っていたアルフが、ギリと歯を食いしばる。
「二人とも、武器を引いて武装解除するんだ」
そういってなのはとフェイト、二人の動きを制するように高度を下げさせるクロノ。
二人を地上に降ろし、更に執務官としての警告を続けようとした時、アルフが行動にでた。
三個のオレンジ色の光を曳く光弾をクロノに射出しながら叫ぶ。
「フェイト、撤退だよ!離れて!」
叫びながら、光弾を容易く弾いたクロノへ更に攻撃を仕掛けるべくさらに雷球のような魔法を放つアルフにその場を任せる。
そして、若干距離の開いてしまったジュエルシードの元へと飛び上がる。
「フェイトちゃん!?ダメだよ!まだ勝負は……」
なのはの引き止める声を振り払うように、速度を上げたフェイトはジュエルシードのもとへ向かう。
それを援護するアルフの放った魔法を避けるため、なのはとクロノが飛び退る。
しかしクロノは直射型の魔法の弾幕を張ることでフェイトを止める、かと思われた。
「何をするんだ!?君は!」
クロノの放った魔法は、全てスペルシャードを盾にしたゼッドによって防がれた。
ゼッドは静かにフェイトに向かって言った。
「どう見ても今回もまたなのはの負けだった。持ってけよ。約束、だろ」
思わず固まったフェイトだったが、苦しそうな顔をした後ジュエルシードをバルディッシュに格納すると、アルフと共にどこかへと飛んでいこうとする。
クロノは苛立ちを覚えながら、その後姿にさらに魔法を打ち込もうとするが、今度はなのはにそれを阻まれた。
「撃たないで!約束なの、私とフェイトちゃんで勝負して、勝った方がジュエルシード持って行くって。だから!」
自らのデバイスの前に自分から飛び出したなのはの行動に、さらに何を悠長な事をという苛立ちを募らせたクロノだが。
それをむっつりとした厳しい表情に変えてなのはに言った。
「君は自分のしていることがわかっているのか。ロスト・ロギアは玩具じゃない。子供の石取りみたいにやりとりしていいものじゃないんだぞ」
「解ってるよ。でも、約束だから……ごめんなさい」
フェイトが飛び去り、肩を落とすなのはにクロノはため息をついてから言った。
「まぁ事情もまだ飲み込めていないし。話は次元空間航行艦船アースラで聞く。当然、僕の邪魔をしたあの少年もだ。よろしいですか艦長」
それで取りあえずの話は終わりだというように口を引き結び、ゼッドを睨むクロノ。
その様子を、アースラに居る彼の母リンディ・ハラオウンはモニターしていた。
それとリンディは同時に逃げ出したフェイトとアルフが多重転移で逃亡を行った為、追跡失敗の報を受ける。
「戦闘行動は迅速に停止させるも、謎の少年の妨害でジュエルシードの確保はならず、か。この一手が後々痛いことにならなければいいけれど」
呟いた彼女の表情は、少し固いものだった。
だが、彼女はすぐにそれを消し、意図して少し険しい表情を出しながら、クロノの元へ空間投影ディスプレイを出現させ、なのは達に話しかける。
空中に投影された長い翠の髪をポニーテールにした女性の険しい表情に、なのはがうな垂れる。
「私はアースラの艦長、リンディ・ハラオウンです。貴方達に今回のような行動にでた事情を聞く必要があると判断しました。そちらに居るクロノ執務官の誘導に従って、アースラに来なさい」
リンディが意図的に固めた言葉の感触に、なのはは母に叱られたかのような気分になりながらも、小さくはい、とだけ答えた。
ユーノは何かの決意を固めたように、口を引き結んでいた。
そしてゼッドはというと、全てを受け入れるようにただ静かになのは達の傍に降り立った。
こうして三人は時空管理局の指揮下にある次元空間航行艦船、アースラに乗り込むことになったのだった。
クロノに誘導されながら、なのははユーノにアースラについて色々質問をしていた。
だがゼッドだけは無言。
彼にとっては、アースラという船がどういうものなのかというのは些細なことなのかもしれない。
あるがままを受け入れ、そうすることで精神の調和を図り強さを養う。
彼の師匠だった男の言葉だ。
その後は、クロノがなのはにバリアジャケットとデバイスの解除を進めたり、細かいことはあったが。
すぐに三人は艦長であるリンディの元へと通された。
通された場所は無機質な大きなデスクと、いくつもの椅子が並ぶ小さな会議室のような場所だった。
なのは達は参考人ではあるが、微妙な立場である。
主にゼッドの行動によって。
もしゼッドがクロノのジュエルシード確保を邪魔していなければ、もっと柔らかい対応もあっただろうが。
あれのおかげで個別に取調室に入れられなかっただけ御の字、という状況だ。
そして聴取が始まった。
「なるほど、そういうことですか。貴方がジュエルシードの発掘者なのね」
「そうです。そして、独断で現地協力者を作り、危険な戦いをさせた人間です。なのはとゼッドさんに罪はありません。全て僕の責任です」
「そこまで言わなくても……とは思うし、事実そうなんですけどね、特に……先ほどのゼッド君?の行動は、貴方の責任ではないように見えました」
リンディはユーノには柔らかい対応をしつつ、ゼッドに警戒心を見せて見せる。
こうして言外にゼッドにさきほどの行動の理由を話せといっているのだ。
「回りくどい言い方は好きじゃねえ。だから言わせて貰うが、なのはとあいつ、フェイトは一対一の勝負で封印後のジュエルシードの争奪戦をしてた。俺はそこのクロノって奴が割り込んだ時点でなのはが負けたと思ったから、取り決めどおりフェイトの奴にジュエルシードを渡しただけだ」
何の迷いも気負いもなく、自分は自分の思うことをしたと告げるゼッドだが。
それですませられない立場なのが時空管理局の執務官であるクロノである。
「君達は本当にあのジュエルシードの危険性を解っていて、そんな事を言っているのか!?あれは次元干渉型の遺物で、下手をすれば次元断層という、世界を崩壊させかねない事象を意図的に起こせるものなんだぞ!」
「そんな……僕達はジュエルシードが願い事をいびつに叶えるくらいの危険性しか知らずに……」
「そんな程度で済む物じゃないんだアレは。発掘しただけのユーノ君には伝わりきっていなかったのかもしれないが、今まで次元震の予兆すらなかったのが不思議なくらいだ」
「えと、じゃあ、もしかして私の我がままのせいで……」
「この世界だけでなく、下手をすれば亜空間を挟んで隣り合う世界まで滅ぼす事になっていたかもしれないな」
「……」
なのはは、街一つどころか複数の世界が滅ぶ危機だったと知らされて蒼白になって黙り込む。
ユーノに至っては、誤った知識で他次元の多くの人々を巻き込む所だった事に愕然としている。
さすがにゼッドもクロノの言葉には小さく、マジかよ……と呟いて驚きをあらわにする。
「自分達のしていた事の危険性は十分理解してもらえたようね。では、これ以後ロスト・ロギア、ジュエルシードの回収については時空管理局が全権を持ちます」
「君達は今回の事は忘れてそれぞれの世界に戻って欲しい……と言いたいところだが、恐らく時空犯罪者を庇ったゼッド、君については多少の責任問題が発生すると思う」
「好きにしろよ。牢にでも何でも入ってやる」
「……開き直っている、わけじゃないようだな。覚悟の上での行動か。なら僕達時空管理局は今このときを持って君を拘束する」
重々しく宣言し、アースラにのる武装局員を呼ぶクロノだが、それになのは達が思わず反応する。
「拘束だなんてやめて!ゼッドさんはジュエルシードを探し出す最初から、ずっと私達を守ってくれた優しい人なの!」
「そうはいってもな。あの行動は明確に執務妨害だった。ジュエルシードの真の脅威を知らず、という点で酌量の余地はあるかもしれないが。規則は規則だ」
「そんな……ゼッドさん!」
不安げに横に座るゼッドを見上げるなのはに、ゼッドは眼を閉じて澄ました顔で言った。
「心配するな。牢に入るのには慣れてる」
「な、慣れてるって……」
「うーん、牢に入るのに慣れている、というのは少し気になるけれど。とりあえずそれはおいて置いて」
リンディはなのはとユーノに言った。
その表情は柔らかい。
「とりあえず、貴方達の冒険はここまで、お家に帰ってご家族を安心させてあげなさい」
「えっと、あの!」
「なにかしら?」
「次元……震ですか?それは知りませんけど、私がジュエルシードを捜しているのは家族の皆は知っています!」
「何が言いたいの、なのはさん」
「私に、チャンスをください!フェイトちゃん、昨日戦った時はもっと優しい子だったんです。それが、今日になって、氷みたいに自分を冷たくして……私、その理由が知りたいんです!」
「それは、ジュエルシードの回収に協力したい、と言う解釈でいいのかしら?なのはさん」
「はい。お願いしますリンディさん」
真っ直ぐにリンディを見つめるなのはの視線を受けて、少し困った顔を浮かべるのを見て、ユーノはなのはの方を向いて説得する。
「だ、ダメだよなのは!時空管理局が出てきたんなら、もう彼らに事を任せるべきだ!悔しいけど、僕らは素人なんだから……巧くできる人に任せた方がいい」
最後には、無力感をだしてなのはを止めるユーノだが、そんなものでなのはは止まらなかった。
なのはの心の中は、フェイトのことで一杯だった。
何故あんな冷たい顔をするようになってしまったのか。
どうしてもそれが知りたかったから。
「ジュエルシードを賭けての勝負をさせてくださいとはいいません。ただ、フェイトちゃんを止めて、話を聞きたいんです!お願いします!」
友達になりたい、今この事件を管理局の人達に任せたら、きっとそのつながりの糸は切れてしまう。
そう思って、なのはは精一杯の気持ちを込めて頭を下げた。
彼女の様子に、リンディはため息をつきながらも、優しい目で言った。
「解りました。貴方の希望を聞き入れましょう。身柄は一時的に時空管理局の預かりとします。そして、私達のいう事にはきちんと従うこと。それが貴方の事件の捜査への参加条件です」
「母さん!?」
「クロノ、貴方のことは信用しているわ。でも、ここまであの黒い少女と渡り合ってきたなのはさんも、内に秘めたものがあるはずよ。そしてやる気は十分。もしここで下手に排斥すれば制御をなくして暴走するかもしれない。なら、きちんと指揮下に置くのが正道でしょう」
「それは、そうですが」
幾分、納得できなさそうなクロノから、それ以上の反論は聞きませんと言うようにリンディは視線を外し言った。
その表情は時空管理局の艦長ではなく、同じ保護者として言い聞かせる顔だった。
「ご家族は既に事情をご存知だと言っていたわねなのはさん。明日、私の方からも顔をだして改めて貴方を指揮下に加えることを説明します。今日は家に帰ってご家族と話しなさい」
「はい……解りました」
まだフェイトと繋がれるかもしれない、そんな希望を胸に明るい顔を見せるなのはの横から、ユーノも声を上げる。
「こうなったら僕も協力します。やっぱり、ジュエルシードは僕の掘り出したものだから。できる事があるならやりたいです」
「解りました。ユーノ君もなのはさんの家に帰る?」
「ゼッドさんが帰れない事情の説明もありますし、なのはがよければ」
「あ、そっか。ゼッドさん帰れないんだ……」
「残念だけれど、ね」
「じゃあ、一緒に帰ってくれるかな、ユーノくん」
「うん。僕じゃちょっと頼りないかもしれないけど。きちんと説明してみせるよ」
話がまとまったなのはとユーノがクロノに伴われて部屋に出て行く。
そして、部屋にはリンディとゼッドが残った。
「ゼッド君。貴方はこれ以上の協力は認められません」
「一度噛んじまった事件だ。最後まで付き合うぜ」
「いけません。あなた、魔力がないでしょう。そんな人間を事件に関わらせて危険に晒す訳には行きません」
「魔力、か」
「ええ、戦う力よ。貴方には無いでしょう」
「戦う力ならあるさ」
「でも魔力が無い貴方がどうやって戦うの。質量兵器を持っているわけでもないのに」
疑問の声を投げかけるリンディに、ゼッドはぽつりと呟いた。
「部屋だ。広い部屋を用意してくれ。そこで力を見せる」
訝しげな顔をするリンディだったが、これまでなのはと共に戦ったという少年の未知の力を確認する為に。
それが危険なものでないか確認しようと、訓練室の開放と、ゼッドの監視役にクロノを任じた。
そして、アースラ内で魔法を磨く為の訓練室にゼッドは案内される。
ゆっくりと部屋を見回したゼッドは頷くと、クロノを少し下がらせた。
そしてゼッドは左腕を掲げ、叫ぶ。
「来い!ランボス!」
部屋の中を球形の色の無い光が満たす。
クロノが視界を取り戻すと、そこには燃え盛る炎のような赤い羽毛につつまれた上半身と、黄色い足ををもった巨大な鳥人が現れていた。
「召喚魔法!?いや、魔力は感じなかった……これが、君の力、なのか?」
「全てではねぇけどな。ただこの力は殺さないようにとか手加減の聞く力じゃねえ。それを良く考えてくれ」
「……解った。それならそれで使いようはあるさ。艦長に申告しておく。だが、君の監視をすぐ外すわけには行かない。この後は事情聴取室に来てくれ」
「ああ」
ゼッドは更にクロノの後について歩くが、その顔に不安や恐れと言ったものはまたく無い。
恐らく事情聴取される時になってもリンディとの接見でいったのと同じ事を言うだろう。
彼は、少なくともあの時は間違ったことをしているとは思わなかった。
それを曲げて言い訳をしたりはしない。
ある意味で傲慢だが、強い心の持ち主だから、どんな叱責が飛んでくるかを恐れない。
恐れないだけだから、当然聞く耳はある。
なのはにフェイトとの勝負を許し、見守ってきたのもジュエルシードが危険と言っても、さきほど出現させたランボスのような。
ちょっとしたモンスターのようなものが危険という認識だったからだ。
情報が入り、その危険度が極端に上がったとなれば、彼もその考えを改めないわけには行かない。
こうして、ゼッドも数時間にわたる事情聴取の末、黒い少女達にこれ以上味方する存在でないと確認された後、条件付で活動する臨時管理局員として登録されることになった。
一方その頃、なのはの方はというと、夕食後に、家族の皆が揃っている前で、きちんと全てを話した。
今まで危険だったものが、より危険を孕む事を知った事、それでも魔法少女として皆を助けたいという気持ち。
そして何より大切な、フェイトときちんと友達になりたいという思いを告げた。
すると、まずは桃子が口を開いた。
「なのは、私なのはが心配よ。だって、下手をすれば世界が壊れちゃうようなものの所に娘をやるんだもの。当然よ」
母の心配の言葉に、心配をかける事に罪悪感を感じたなのはが俯くが、桃子は言葉を続けた。
「でもね、なのはが本当に、心から決めたことなら。前に行ったように邪魔したりしないわ。ちょっと寂しいけれど、見守るのもお母さんの仕事ですものね」
そして、最後に、辛かったら何時帰ってきてもいいからね、と言って締めた桃子の言葉に、なのはは涙ぐむ。
続いて自分の信念を通しなさいと語りかける士郎の言葉も、なのはの涙の量を増やした。
恭也も、美由希も、自分を心配してくれる家族の言葉に、ジュエルシードに関わる前、どこか疎外感を感じていた家族に対して。
自分は本当に愛されていると感じられて、なのはは泣いた。
泣いたなのはに、士郎が、桃子が、恭也が、美由希が寄り添う。
それは、とても暖かな時間で。
なのはの明日からの戦いの活力になったのだった。