武装神姫BATTLE MASTERS Mk.2-お嫁さんを買いました- 作:belgdol
静穏化されて滑るように走る車と言うのは存在しない。
正確に言えば2020年代には実用化する技術はあったのだが。
音のしない車両は危険だと言う事になり、車両は一定以上の駆動音を意図的に立てる法案が通って以来、街には車の音が響くようになった。
そんなわけで喧騒に満ちた街の中をマスターはゆっくりと進んでいった。
購入したばかりの神姫のアーンヴァルMK.2型、レイットと名付けたそれ、いや彼女と言うべきかもしれない。
彼女を肩に乗せて、その白いスーツ状のペイントが施された小さな身体を落とさないように。
レイットを乗せていない方の手に、クレイドルの包みが入ったリサイクルビニールの袋を提げて。
人の行き来があると言っても、平日の午前中で、人通りは少ない。
そんな状況を利用して、マスターは早速レイットと会話を始めていた。
「どう?起動時から異常は無い?」
「えっと、はい。自己診断の結果は異常無しですよ、マスター」
「そっか。ところで俺、神姫初心者だから沢山質問すると思うけど、よろしくね」
「それは勿論、私の手の及ぶ限りマスターのお手伝いをさせていただきます」
「えーと、じゃあまず俺の好きなものを知ってもらおうかな」
「重大情報ですねっ」
「ははは、そんなに意気込まなくてもたいした事無いよ。俺が好きなのは、揚げまんだ」
「揚げまん、ですか?」
「うん。さくっとした皮の中に甘い餡がたっぷり入ってるのが好きなんだよね」
「マスター、食べ過ぎて糖分を取りすぎたらいけませんよ」
「そこでもう一つ質問。君は俺の体調管理もしてくれるのかな」
「ええと、食事毎にカロリーの計算をする程度ならデフォルトのプログラムで出来ますけれど」
「本格的にやるとなると専用のプログラムのダウンロードが必要かな」
「そうですね。一回一回の食事を関連付けて長期的なバランスを見るなら、専用のプログラムが必要です」
「食事以外は」
「さすがに専門的な内科診断はできませんけれど、体重計とリンクして毎日の体重のデータを取ってマスターに提供するくらいはできます」
「そうかー。神姫って色々出来るんだなぁ感心だよ」
「ふふっ。だって介護にも神姫が使われている時代ですから。マスターの生活に添うのも神姫の存在意義の一つです」
「そっかー。そっかー……」
「どうしました?マスター」
「レイットは可愛いなぁ」
「マ、マスター!顔がだらしないです」
「いやさ、今日から毎日そんな面倒を見てもらえるかと思ったら嬉しくてね。思わずスキップしそうなくらだよ」
「ひゃあっ!マ、マスター、スキップは許してください。私墜ちちゃいます!」
「ははは、じゃあこのままのんびり歩いていこうか。えーと、他に話して置くことってあるかな」
「ええと、質問いいですか」
「いいよいいよ。どんどんして構わないよ」
「それでは、マスターにご家族って……」
家路につく間にも二人は活発に言葉を交し合って、お互いを知る。
まぁレイットの側は起動したばかりで、どんな味のジェリ缶(神姫にとってのジュース代わりのオイル)の好みだとか、どんな武装が好みだといったことは解らないのだが。
それらも含めて仲を深めて行くのが武装神姫という玩具の内包する楽しみである。
これは人と人がお互いを知り、好悪の感情を持つに至るのに似ている。
しかし人と人の関係と違うのは、神姫の特徴はマスターの嗜好であるならおおむね受け入れるという点。
当然例外はあるが、基本的に彼女達神姫にはマスターへの思慕が設定されている。
それがマスター、神姫間の関係性を円滑にし、一見いがみ合っているがその息は合っているという漫画のような関係性も容易く作り上げる。
言ってしまえば、人間に都合の良い隣人として作られたのが神姫の基本なのだ。
もし神姫に罵られたり殴打されたりしているマスターが居るとしたら、それはおおむねマスターがそういう関係性を望んでいるが故にそうなるのである。
神姫とは現代の人を写す鏡の役目を果たしているのだ。
そんな二人の時間もマスターが足を動かす限り、動的に過ぎていって、何時しか二人は少し色褪せた二階建てのアパートの階段を昇り、木目模様の強化プラスチックの扉の前に立っていた。
「ただいま。さぁレイット、今日からここが君の家だよ」
「はい。ただいまです、マスター」
鍵を開けて、マスターが新たな住人であるレイットを招きいれた室内は、入ってすぐ横手にトイレつきのバスルームがあり、洗濯機が置かれたことで狭くなった短い通路を抜けると、左手にキッチンが据えつけられた六畳一間の洋室だた。
その中は男子の一人暮らしとしては意外なほど整理されている、というか殆ど物が無いことにレイットはすぐに気づく。
あるのはハンガーに掛かった、日々使っているだろうスーツに、申し訳程度に私服らしいシャツやズボンが納められた半透明のプラスチックのボックス。
後は食卓用の小さな机の上に、一部の日々小型化するPC製品の中で、やはりある程度の大きさがないと逆に扱い辛いという理由で生き残り続けている15インチのノートパソコン。
他には本当に、台所の近くに置かれた二つのゴミ箱位で、クッションの類や布団、はては冷蔵庫の類も見当たらない。
その様子に、レイットが思わず口を開いたようだ。
あまりの荒涼とした部屋の様子に言わずには居られなかったのだろう。
「あの、マスター。お布団とかは押入れですか?毎朝きちんと片付けるなんて几帳面なんですね」
「いやぁ、布団はないよ。カーペットの上に直接寝てる」
「えっ。今は春だからいいですけど、冬になって寒くなったらどうするんですか」
「あ、掛け布団はさすがにある。でも暖かい間は使わないから押入れの中」
「もぉ、ダメですよマスター。眠りは体調を整える上で大切な要素なんですから。きちんとした布団を購入する事を提案します」
「んー。提案じゃ堅いなぁ」
「え?堅い、ですか」
「うん。レイットがお願いしてくれたら購入を検討する」
「マスター。お願いって、あの……こういう場合どうすればいいのでしょうか」
「んー。『マスターが安眠できないと私もクレイドルで寛げないのでお布団を買ってください』、とか」
「マスターって、そういうおねだりする女の子がお好きなんですか」
姿勢正しくマスターの肩に座ったまま、マスターの表情を伺う彼女の表情は、純粋な疑問。
マスターの事だから知りたいというような、きりっとした真顔だった。
それにマスターはへらりと元からそれほど締まらない顔をさらに緩めて答えとしたのか、クレイドルの袋を床に置いてから、そっと空いた右手で左肩に座っているレイットを手の中に閉じ込める。
体を突然掴まれることに動揺したのか、僅かに身じろぎはしたものの、それ以上の行動は起こさずにレイットは状態の変化を待った。
マスターはそんなレイットの反応を楽しみながら、おもむろに腰を下ろすと今日からパートナーになる、可愛い電子の家族を両の手のひらでおしいただくように胸の前に持ち上げた。
レイットは添えられた手に収まるように足を折り曲げて、マスターの手を土台として手を置いて体を支えて、マスターの顔を見上げた。
彼女にも色々言いたい事があったが、ひとまずはマスターを思って言わなければいけない事があると気を取り直して口を開いた。
「マスター。お願いですからご自分の住環境をもっと整えてください。そもそも冷蔵庫なしでご飯はどうしてるんですか」
「それはコンビニ弁当とかさ、このあたりは昔ながらの弁当屋もあるし。食べる分には困らないよ」
「でも、それじゃ栄養が偏ります。お野菜用に小さなモノでいいので冷蔵庫を買ってください。ええと、その、レタスを千切ってサラダにするくらいなら、私に調理プログラムを入れなくてもできますので、お願いします」
本当に、その声にはマスターを気遣う色があった。
起動したばかりで、その付き合いはいまだ五指を超える時間ではないというのに、その小さな体に搭載されたCPUに設定された声は見事に感情というものをマスターに味あわせたのだ。
それを受ければどこか浮世離れしたマスターも、心動かされたものがあったのか、レイットをテーブルの上に乗せ、ノートPCを手元に寄せてカバーを開いて電源をつけると、彼女に言った。
「じゃあレイット。まずは俺と一緒に、ネットで買い物しようか」
新たな同居人の態度に満足したらしいマスターの顔は、満面の笑みでノートPCのキーボードでパスを打ち込み起動させるのだった。