とある転生者の試練《改訂版》   作:雷灯かがり

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プロローグ

 

―――――夢を見ている。

無数の命が露と散った丘。地には継ぎ接ぎだらけの衣服のような死体が、どさりと埋めつくし。曇天の空は鉛のように重くて、真っ逆さまに落ちてきてしまいそう。空気に血が混じったのではなくて、血に空気が混じったのだと錯覚しそうなほど、重く肩にのしかかってくる血霧。その総てがオレを呪い殺さんとしているように、あのときの己は感じた。

 

 

 

それが始まりだった。

あのとき以来、オレは武器を持つことを頑なに拒んだが、国はそれを決して許してくれなかった。国を救った“英雄”の象徴として祭り上げられたオレは、何度も何度も何度も何度も幾度となく戦場に赴かされた。自決を考えたこともあったが、守るべき者がいたから、どうしても実行に移せなかった。

 

 

 

 

やがて、長きに渡る戦いの日々に終りがきた。

一年前のことだ。争っていた各国は停戦条約を結び、つかの間の平和を得た。オレも他の人々と同じように帰郷し、離ればなれになっていた家族や友と共に、無事帰ったことへの喜びを分かちあった。しばらく掴み取った日常を謳歌していたオレたちだったが、そんな日々は長く続かないと、肌では感じとっていた。

 

 

 

 

その予感は当たった。

ある昼下がりの夜、国に喚ばれたのだ。専属の傭兵にならないかとの話だった。カネは弾むし、お前にぴったりの仕事だと言われた。援助を受けて万全の態勢で戦いに臨めるだろうとも言われた。その期待には応えなかった。もう二度と人を殺したくなかったし、普通の高校生としての自分を気に入っていたからだ。

 

 

 

 

それから、じきに三日経つ。

国からの音沙汰が無いということは、このまま見過ごして貰えるのだろう。かりにもオレは英雄と呼ばれた身だし、なら殺しにくることはないなと楽観している。国はオレに手を出さないと言ってくれたのだし。無論、裏切られる可能性はある。人を信じた結果、裏切られて罠に陥れられた経験は数多あるし、それで命の危機に瀕したことも両手の指の数では数え切れないほどあるのだ。

 

 

 

 

………が、信じることは止めない。

誰かに狙われていないかと、常に気を張りつめているのはかなりの精神力を要する。もっともここが敵地や戦場なら話は別だが、家や学校などの本来は平穏な場所で四六時中奇襲を考えるのは勘弁だ。おちおち、ふかふかの布団で熟睡することもできやしない。だったら疑うよりも信じたほうが気が楽だし、心も痛まない。

 

 

 

 

総てを生かす。

戦場でそれをできた試しがない。当然だ、そんなコトを言っていたら自分の命など瞬く間に失ってしまう。だからせめて、守ると決めた仲間、そいつらだけは最後まで、守りきって―――――

 

 

 

 

 

 

☆―☆―☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

 

 

目が覚めた。

むくりと起き上がり、今夜中に充電完了したスマートフォンを起動させる。

 

「6時半。いつも通りの時間だな」

 

ぼそりと呟き、かるく腕を伸ばすストレッチで二度寝のあくまを退散させる。が、これだけの運動では睡魔を追い払うには不十分。洗面所で顔に冷水を浴びせることで、ようやく退魔が遂行されるのだ。適度な反発性の枕と、雲のように柔らかい布団の誘惑をはね除けて、学校の制服に着替え廊下に出た。

「ふわぁ………。相変わらず広い家だ、もう二人しかいないのに」

 

そう思ってしまう最大の理由は、オレの部屋が最も離れの隅っこにあるせいなのだが、この屋敷がやけに広くて複雑なのがそもそもの元凶だ。なんでもご先祖さまが遊び心で改築に次ぐ改築を繰り返した結果、初見の人だと頭がおかしくなるような造りになってしまったんだとか。どんなにトチ狂った構造をしているか、それを物語る例には事欠かない。例えば、友達を招待するときには、常に行動を共にするか、それとも押すと大音量で位置を報せてくれるボタンを渡すかしていたり(どちらにせよ悲鳴は上がったが)。例えば、ご近所さんからは幽霊屋敷だのカラクリ屋敷だのと畏怖されて、ひどい災害があったときも、受け入れ準備は出来ていたのに誰も来てくれなかったり(実際、庭には踏む足場がほとんど無いほど罠が満載なのでそれはそれで正しい判断なのだが)。例えば、地下にシェルターや迷宮、果ては冥界まであったり(とはいえ流石に冥界は眉唾物だが、たまに幽霊に遭遇することもあるのでひょっとしたらあるのかもしれない)。

―――――と、ちょっと思い付いただけでもこんななのだ。ご先祖さまの洗練された遊び心に満ち溢れた思考回路も分からなくはないが、至るところに点在する罠を毎日避けて生活する子孫の苦労を慮って欲しかった。尤も文字通り全てを自称前衛的建築に一生を捧げた彼らにとって、そんな心遣いは不要に等しく、むしろその道を妨げる障害にしか成り得ないだろうけども。

三階からの螺旋階段を滑り降りたらあっという間に地上一階。また長い廊下がお出迎えするが、幸い洗面所は手前から数えて二番目の部屋で、その次にダイニングルーム。これが隠し部屋だと手間だったが、ご先祖さまは食事を優先するべきと考えてくれたのだろう。

ちなみに最優先は武器庫。刀や弓、槍など近代兵器以外が主だ。銃とか、そういう近代兵器がある部屋は一番目の部屋から直通の隠し井戸から行ける。そこは常識的に隠し階段だろと思うのだが、とあるご先祖さまが『つまらない』とバッサリ斬ったらしい。曰く、容易に建てられない設計で驚かすのが好きだったらしく、この家が迷宮っぽくなったのも、先々代の当主たる彼の仕業が5割くらい原因と伝えられている。

そしてしばらくすると、ダイニングルームにようやく到着した。

 

「ふむふむ。白米、アサリのみそ汁、肉じゃがに青菜のおひたしか。オーソドックスな朝食だな」

「………おい、納豆を無視するな。重要なタンパク源にして安価という奇跡の一品としか言いようがない食品なのだからな」

 

 ―――――などと、電子レンジで暖めなおしたばかりのアツアツの肉じゃがが入った大皿を調理場から持ってきながら納豆の弁護をし始めた奇人は我が姉である。筋金入った和食派であり、特技が早寝早起き朝戦闘な純日本人だ。

まあ兎に角、その特技が示すようにうちの姉は朝すこぶる機嫌が悪い。どんなに嫌いな食物でも、文句一つ言おうものなら竹刀を渡されるので、仕方なく諦め我慢して食べる他ないのが現状である。

けどやられっぱなしってのは性に合わないし、最も苦手なヤツを無理矢理食べさせられるんだから、愚痴くらいは言ってしまえとマイハートが叫んだ。そう、叫んでしまった。オレはそれに逆らわなかった。

 

「………まー、残念ながら納豆は体にいいよな。このネバネバしてて匂いが強烈なやつがそうだって知ったときは世も末だと―――――って姉上?」

 

様子が変だ。

ガキン、と姉様だけでなく空気が固まったような気がする。急速冷凍されていく団欒の雰囲気。気のせいと信じたいが、冷気だけでなく霊気も濃くなっているような気が。相変わらずの沸点の低さだが、今日のはいくらなんでもひどい。これ以外にも何か気に障ることがあったか?

 

「喜べ愚弟。そんな好き嫌いの多いお前には、これから毎食納豆を付けてやろうではないか」

「………冗談ですよ、ね?」

「これも一種の修行だ。苦手なものを克服する過程で、精神力をより一層高めるというな」

 

有無も言わせぬ暴君の一声によって、今後のオレの運命は確定した。

食事当番は交代制で、各自好きなようにメニューを決められるのだが、悲しいかな、オニの決定にオレは逆らうことなど本能的にできぬ。

 

「そら、食べた食べた。早急に片付けて日課の模擬戦をせねばならぬのだからな」

「へいへい、いただきやすっと」

 

時計は7時を指している。

8時には此処を出ないと間に合わないから、姉の言うとおり、さっさと朝餉を済ませてしまおう。

―――――まとめて肉じゃがと米をかきこみ、みそ汁を飲みほし、最後のおひたしだけはゆっくりと良く噛んで食べる。目前に迫る脅威(納豆)を思い出したためだ。

そうやって長々と噛んでいると、朝で不機嫌な姉の堪忍袋の緒が切れたのか、木刀が音速もかくやというスピードで降り下ろされる!

むろん、みすみす面を取られる俺ではない。常に手元に置いてある刀―――――大和守安定を納刀したままの鞘で無造作に斬撃を防いだ。

 

「うちは奇襲攻撃がお家芸だけどさ。肉親に向かってそれをやるのはどうかと。ほらもっと、そう正々堂々と打ち込んでくれない?」

「だが問題ない。現にお前はそれを、完璧に阻止できたのだから」

そうだろうと同意を求めるマイシスター。

その表情は涼しげであるが、眼が笑っていないことと迫り合いを続行していることからも判るように、内心は悔しいらしい。

 

「ふん、まぁいい。この続きは道場でやるとしよう」

 

大層悔しげな眼で刀を収める我が姉。

ああ、確かにあれは完璧な奇襲だった。五年前の俺だったら反応すら追い付けない、音速越えの抜刀術。

 

「わかった、すぐ行く」

 

オニは剣道場へと足早で過ぎ去った。

オレも自動食器洗い器にテーブルのを放り込むとすぐに走って姉の跡を追った。問題の納豆はパック詰めのものだったため、学校カバンにしまってしまえば一時の隠蔽は可能だ。そのまま学校に持っていって、昼飯時にダチにプレゼントと称して押し付けよう―――――突然話は移ろい変わるものだが、この家で道場といえば三つある。

地上には剣道場と弓道場。地下には秘匿された射撃場がある。前者二つは誰でも使えるが、後者は違う。家訓によれば、この家の者かつ、一定の年齢に達していなければ特例を除いて使用不可なのだ。

 

「ま、うちじゃ特例ってのは先祖代々まったく機能してないものを指すんだがね」

 

 

1条曰く当代当主が許可すればオールオッケー。

3才児だろうが手配書に載ってそうな怪しげな人相だろうが、全てはその代の当主の裁量次第だ。

それだけ聞くと、特例が出ることは稀と考えることもできようが、しかしウチの家訓にはこんなものがある。

“常に余裕を持たず破天荒であれ”

“蔓延る悪法破ってよし。むしろ進んで破れ”

“特例は出すためにある。武器は何かを守るためにある。己は何のためにある?”

 

 

2番目の悪法はイコール家訓とも解釈できるし、3番目の家訓っぽくない家訓の最初の文は言わずもがな。家訓がこんなだから本来怠け者でいいはずの特例は働き者になったのでしたとさ、めでたしめでたし。

―――――なんて、目線を下に落としながらくだらない事を考えていると、どういうわけか廊下特有の木目模様が石畳に姿を変えていた。

どうやら思考に埋没していたために、道場に着いたことにも気付かなかったらしい。障子を開けた音で現実に意識が帰ってきたのだろう。

道場のひんやりとした空気が、肉体に精神を固定させる。冬だから寒いのは当たり前だが、道場のと外のとではその性質が異なる感じがする。

なんというか、ここのそれは身体の芯そのものとなって邪心を打ち消し、剣だけに専心させるような効果があるのだ。

―――――靴を脱ぎ、一段上がる。

神棚に向かって一礼し、それとは別の棚にある防具をちゃっちゃと着る。身内だからといって手加減しないようにするためだ。

その後、竹刀を取りに奥の部屋に行こうと思ったけれども、視界の隅に師匠がそれをこちらに投げようとしているさまが映ったので、慌てて止めに行った。

すると、連日機嫌を悪くするようなことが続いたせいでお冠なのか、ふだん滅多に叫ばない姉にしては珍しく「遅い!」と叫んだ。

激怒されてはマズイためしぶしぶ平謝りしようとしたが、それだけだとやっぱり物足りないので、僅かばかりの反撃を交えつつも誠意を込めて詫びることにした。

 

「次回から気を付ける。それはそれとして、本気じゃなくても竹刀を投げようとするのはどうかと思うのだが」

「気が立ってつい、な。そんなことより、早く始めないか。お前がのろのろしていたせいで、30分とできん」

「―――――」

 

………許されたようだが、油断はならない。

構えを維持したまま摺り足で持ち場まで歩く。

むろん後ろ歩きで。背中を向けたら、次の瞬間斬られることを体で知っている。

なお構え方は防御力を重視した上段霞の構え。一定の距離を取るまで戦わない、どこを打っても突いても勝ち、が試合のルールだが、我が姉のコトだからそんなの関係ねぇとばかりに不意打ちされる危険性は捨て切れない。この構えは、たとえそうされた場合でも、凌いで突き返すことを目標とした対卑劣姉カウンター戦法である。

 

「――――――」

 

対するは平正眼。

何代も前より伝えられる由緒正しい構え。嫉妬なんてしていないが、姉はまだ衰弱しきってなかった頃の先代から姉はじかに教えを受けて滅法強くなれたという。じつに羨しい。

………そんなことはさておき。

オレはカウンターが得意だ。むこうから仕掛けてきたならば返す刀で反撃、その場合の勝率は八割を超える。

姉は速攻の突きと降り下ろしが得意だ。一瞬でも無意識に隙を見せれば、どちらかで、一本が必ず決まる。まさに必至の一撃と云えよう。

オレにとっての必勝法は、とにかく待つこと。相手から打ち込んできたら勝ち、こちらから攻め込んだら大抵負ける。

やつにとっての必勝法は、文字通り隙を突くこと。瞬きをしていたら勝負が決まっていた、なんてことはザラなのだ。

 

「来ないのなら、私から行くが?」

 

挑発に乗ってはいけない。

いけないのだが、如何せん時間がない。このままでは、駆け引きの応酬だけで終わってしまう。

そんな中途半端な終わりかたよりも、死ぬわけじゃないんだし、いっそのこと特攻して勝ち負けを決めるほうが面白い。………いや、その前に一石二鳥を狙ってみるか。冷静さを欠いている今なら、エサに簡単に飛び付いてくれるはずだ。

眼を瞑る。

精神と肉体がうまく合致した刹那。カッと眼を見開き、面を狙った姉の上段からの降り下ろしを、下から弾いて防ぐ。

 

「ちっ―――――!」

 

姉の舌打ち。

視覚を放棄するという、分かりきった罠に見事引っ掛かってくれた。冷静じゃない。いつもの姉なら、むざむざオレの必勝パターンに持ち込ませてくれやしない。

重心を下に落とし、ほぼ同時に胴を突く。

体勢を整える時間なんて与えない。この突きを回避できるのは、神速の敏捷性を持っているヤツか、時間を操れるような能力を持つ者だけ。

オレは今までそう考えていたが、ひょっとしたら姉によって人間でもできる第3の方法が開発されたのかもしれない。だとすれば、誘いに乗った行動にも説明がつく。

必勝が必勝でなくなるのは残念だが、それ以上に、どんな手段で破ってくるのか、期待に胸を膨らませるような気持ちが勝った。

 

「―――――!!」

 

スローモーションで撮影された動画を視ているようだ。自然に胴の中心へと竹刀が吸い込まれてゆき―――――、

 

「えっ?」

 

バシンと音がした。

胴に竹刀が当たった音だ。まさか姉は、何の策も持っていなかったにもかからわず打ち込んでしまったとでも言うつもりか。失望を隠しきれないオレに、どういうワケか今度こそ面打ちが入った。

 

「………へっ?」

「私の勝ちだな」

 

そう吐き捨てるように呟いて、竹刀を片付けに奥の部屋へ向かう姉。あの面打ちをほんとうに心の底から不思議に思ったので、奥から戻ってきたアネに訊いた。

 

「勝ちって、なんでさ」

「勝ちは勝ちだ。さっきの試合にのみに限って、正式な大会のルールを採用した。それによると、胴突きは反則ではないが有効でもない」

 

横暴である。

胴突きが無効なのは私に不利だと言ってオリジナルの規則を設けたのに、自分がそれで負けたとなったら勝手に変えてしまうなんて。

本人も理屈がおかしいことは承知しているのか眼すら合わせずに、まるでお気に入りのオモチャを無くしてしまった子供のような雰囲気で剣道場を出ていった。

 

「あれ、そういや姉ちゃん、面と小手以外の防具は着たままだったような………」

 

―――――ま、いいか。

普段なら今からでも急いで追い付いて伝えに行くところだが、今日はイヤな目にもあったし因果応報ということで。

………そしてその後、我が姉はその格好に気付かずに職場に到着して大恥をかく羽目になったとか。モワッとするのが不愉快だから試合後すぐに面と小手を取ってしまったのが今回の敗因、取ってなければ違和感を察知できたものを、などと当人は供述し、オレは胴や垂れに違和感は無いのかとツッコミを入れるのだが、それはまだ、遠い、遠い、ずっと後の話。

 

 

―――――防具を片して、カバンを手に取る。

そして、誰も居なくなった屋敷の入口を施錠する。

この邸の構造は和洋折衷をテーマにしているが、ここは和風っぽい作りだ。木製の閂とか、現代じゃほとんど残っていないレアケースではなかろうか。

 

「………いってきますっと」

 

相手はいないが、習慣で挨拶。

こういうのは気持ちの問題だ。おはようと言えば朝になった気分になり、いってきますと言えばこれから外出するんだなぁと改めて感じる。そんな何気ない事が、意外に重要だったりするものだ。

腕の時計をじっと見ると、ホームルームまであと五分だった。家から学校まではわずか一分で着いてしまうため、今日も余裕を持って登校できる。

学校は十分前登校を推奨しているから本当はもっと早くに行くべきなのだろうが、今の時間帯が最も人が多いので仕方がない。それに万が一のことを考えると、周りに少しでも多くの人壁のあるほうが安全なのだ。

腐ってもこの身は英雄。各国が休戦協定を結んでいるとはいえ、オレの暗殺を目論む人間がいる可能性は低いとは断言しえない。大量破壊兵器でオレともどもここら一帯を焼け野原にすれば確実に殺れるが、一年の間それをしないと云うことは、現実的にできない理由が必ずある。人道的なものか、あるいはリスクがリターンに見合わないのか。新たな勢力の出現に脅威を感じて協定を成立させたとの噂もあるし、それまで“沖田総生”を生かしておきたいのかもしれない。

………正直、自分にそこまでの価値があるか疑問だけれども。むしろ、忘れさられているか無価値と判断された確率が最も高いと思う。

 

「ああ。そうだと、いいんだがなぁ」

 

戦果だけは上げてしまっている。

どれを取っても凡人の域を出ないオレが、どうしてあんなことを成し遂げてしまえたのか。世界七不思議の末席に加えさせてもらいたい。

そんなことを―――自殺でもしそうな沈鬱げな雰囲気で、敢えてそれを誰とは言うまいが―――考えていた誰かだったが、横ばいから会話が聞こえてきたので、一時的に思考を中断して、趣味は悪いが盗み聞きに没頭することにした。

 

 

「最近さ、あの話聞かなくなったと思わない?」

「あの話って?」

「ほら、あれよ。この辺りに現れる連続殺人鬼」

「捕まったんじゃない? 警察がこの前、厳戒体制を敷いたって聞いたことがあるけど………」

「そうかなぁ…………。あ、それとは―――――」

 

 

…………ふむ。謎の連続殺人鬼とな?

通りすがりの女子高生の噂話としては物騒な話題だな。そいつは姉貴によれば半年前に活動を止めたらしいが、捕まった話は聞いていない。やり口は深夜に鋭い切れ味をもつ長物で首ちょんぱ。それはそれは鮮やかな切り口だったという。

―――――そういえば、あの事件は時期的にオレが刀を抱いて寝なくなったときに重なる。けれどもオレは夢遊病になったことはないらしいし、違うだろう。

 

それからすぐに、学校に着いた。

 

腕時計を確認すると、始業時間はもうすぐだった。道理で焦って走る人が多いわけである。オレも彼らのあとを追うように校庭を走り抜け、二階まで階段を駆け上がり、そこから一番近くで賑やかな教室に入った。

クラスは2年A組。物静かで真面目な人が大多数だが、盛り上げ役やムードメーカーもいたり、わけわかんないコトをいきなり叫んだりする類人猿もいる。

席は廊下側。あまり深く考えたくないが、何度も席替えをしているのに一度も窓際にならなかったのは単なる偶然と考えていいのか。

「では、ホームルームを始める。日直、号令を」

 

先生の合図で、一日の学校生活は始まる。

チャイムはない。なんでも生徒の自主性を育むためだとか。いまの時間が何時か見て、その時々に合った行動をその人自身の判断でできるようになれば、その技能が将来に役立つらしい。

そんな学校の方針はさておき、この学校には空いている席が幾つかある。あの殺人鬼の被害者の席と、とある人の席だ。

前者は例外なく天国か地獄に送られ誰一人として還ってきてはいないが、後者の彼女は病院で死亡が確認されてから、なんと丸一日も経って蘇生したらしい。

しかし、そんな超人でも一度死んだ影響は大きかったためにリハビリで休学することになったのだとか。

そんな常人にあるまじき体験をした彼女だが、どういうワケかオレのことが好きらしい。

 

“私を最後まで守ってくれてありがとう”

 

病室に呼ばれたときに、抱きつかれながらにそう言われたが、奇妙なことに彼女とは単なるクラスメイト以上の関わりは無いのだ。戸惑うオレは眉をひそめて、他の誰かと勘違いしているのだろうと言ったら、違うと言い返された。わけがわからない。

―――――が、こればっかりは自身の問題だから放置はできない。わけがわからないなりに推測だけは建ててみたのだが、あまりにも荒唐無稽に過ぎるものなんで却下。死んでるときにオレと出会ったなんて、そんなコトあるはずない。あったとしたら、それは、時間軸のズレの説明がつかないのだけれど、いつか―――――

 

 

「―――――きた。おきた。にやけてないで、立つんだ沖田! 沖田総生ぃいいいいい!!!!!!!」

「えっ、あ、はい、すみません!」

 

慌てて立つ。

すると、周囲からくすくすと笑い声。視線は生暖かいものと殺気だったものに大別される。

どうしてこのクラスの人はみな察しがいい。

あいつの席に視線を向けて考え込んでいただけでそんな反応をするなんて、いったいこやつらは何者なのか。

 

「気をつけ、礼!」

 

委員長が号令するやいなや、早足で廊下に出る。

なんとも居たたまれない空気に成りかけていたからだ。背後から、きゃっきゃっと黄色い声や、リア充爆発四散しろ、みたいな怨念染みた声が聞こえてくる。

なぜだ。返事はしてないし、そのため付き合ってもいないのに、どうしてこうなった。誤情報が拡散でもしたのか。

………こうして今日も、授業が始まる直前になるまで屋上に退避することになったのだった。

 

 

 

 

―――――学校は終わった。

下校時間になると教室にはほとんど人がいなくなるので、一人になりたいときには遠慮なく使わせてもらう。 ポケットからスマホを取り出して電話を掛ける。

プルプルプルと、何回か振動したあと。

 

 

「もし、沖田だ」

『―――――』

「今夜、7時くらいに行こうと思うんだが」

『―――――』

「じゃあ、話はそのときに」

『いつでも、待ってるから―――――』

 

 

 

電源ボタンを押して、通話を終了させた。

互いの近況を確認したかったが、それは向こうに行ってからでいい。あんまり家に帰るのが遅くなると、姉が帰ってくるまでに夕食を作れなくなる。当番をサボったら本当に明日から毎食納豆にされかねない。

………ふむ、昨日の時点で食材は十二分に揃っていたから、スーパーに買い出しに行かなくても問題ないだろうな。ただし、昨夜、姉が作り置きに肉じゃがを大量に作ったから豚肉ジャガイモ玉ねぎは無いとみたほうがいい。

今日は厳寒。

体の芯から暖める食事が良いだろう。

ちなみに俺の得意分野は中華やカレー系統。そして姉は和食が一番得意だが、苦手な分野も特にはない。

 

「牛肉のカレー煮込み………は、時間がかかりすぎる。手早く作れるのがいいな」

 

確かピーマンと牛肉が余っていた。タケノコもあったようだし、チンジャオロースにしようか。

となると献立は、それに合った中華風のものだ。白米は当然として、あとは春雨スープや白菜の炒め物とか。そうだ、デザートに杏仁豆腐も付けてしまおう。

メニューさえ決まれば後は楽だ。

うじうじ悩むことなんてなく、頭に描いた設計図を元に形にしてしまえばいい。

調理と鍜冶の接点は多い。たとえば、どちらも材料を鍛錬(加工)することから始まり、最終的に製品(料理)を作り出すのだ。

………ま、どちらも道半ばのオレが言っても説得力なんてあってないようなものだが。特に、鍛冶の方はダメだ。設計図ばっかり巧くても、それ以降の過程はてんで失敗に終わる。それに引き換え姉さんは、オールラウンダーで羨ましいよ。

―――――と、そんなネガティブなことを考えているうちに、奇異な噂が無秩序に垂れ流されている我らが沖田要塞に到着していた。

 

「さすがに要塞はいい過ぎか。罠はあるけど、大砲とかは置かれていないんだし」

ちょぴっとだけ侵入者に強い中庭つき豪邸。

そんなとこ。

 

―――――そして、それを的を射た表現だとばかりに頷いて庭の各所に埋め込まれた石板(地雷)をうっかり踏まないように気をつけながら郵便受けに入れてあった書類に目を通すも、その内容にオレは思わず顔をしかめた。

 

「うわ、まだ諦めてないのか」

 

政府からだ。

A4版の紙三枚それぞれに、びっしりと細やかな文字で契約条項が書き込まれている。仮にそんなのを全て読もうとすれば途中で寝てしまいそうなので、取り敢えず比較的大きく書かれた重要事項っぽい箇所だけ読むことにした―――――

 

 

「………………へぇ。この条件じゃ絶対に受けないこと、判ってるはずなのに」

 

イヤな感じがしたから詳しく読んでみたが、これじゃあ交渉の末に獲得した価値ある成果どころの話じゃない。死に方を選べと言っているようなものだ。

度重なる戦闘で心身ともに磨耗しての過労死か、はたまた国に殺されてオレの存在すら抹消されるであろう孤独死か。

無理な契約に従うのなら前者。

己の国に反逆するのなら後者。

最も大きい文字で書かれたものによれば、今日の六時までに指定のとこに連絡しないと自動的に後者とされてしまうようだ。

この文面の様子じゃあ十分に検討するための時間は与えてくれなさそうだし、本当にあと一時間しか残された時はない。

 

「はぁ………ったく、もし何かしらの事情で家に帰れなくて、これを知れなかったらと思うとゾッとする」

 

どうして己が殺されたのか。

殺され方は分かっても、大元の原因を知らないんじゃ死ぬに死ねない。

………放課後、引退してからしばらく行ってなかった部活に行こうと友人に誘われたが、そしたら死んだまま現世をさ迷い続けるはめになったかもしれん。

 

「さて」

 

運命の二択だ。

電話一本で全てが決まる。

もはや差し迫った死から逃れることはできない。服従か叛逆か。いずれにせよ、真っ当な死に様でないのは確かだ。

―――――さあ沖田総生、お前はどちらを選ぶ?

 

 

 

 

 

 

☆―☆―☆

 

 

 

 

 

「………よし、戦争と洒落混もうか」

 

反逆だ。

今まで言い様に利用されてきたんだ、もうそんなのは止め。準備が整うまで家に引き込もって徹底抗戦だ。

資金はある。武器もある。が、そこらのチンピラやヤクザと違って、正規の国家権力を相手取るとなると厳しいものもある。

圧倒的な兵力の差に、食料の問題に、その他もろもろだ。まともに戦って勝てる相手ではない。

―――――なら、

 

「すみません、そちら○○連合ですか? ………ええ、こちら沖田です。時は来ました」

「もしもし☆■組ですね? ………はい、わたくし沖田は生命の危機。正直助けが欲しいです」

「―――――もちろん全て計算通りですとも。この天才無敵な沖田さんにお任せあれ。皆で力を合わせる現代版戊辰戦争でこの国を洗濯してしましょう!」

力を貸してもらえばいい。

政府打倒、みんなでやれば、怖くない。

まあ、一昔前ならこんな大それたこと無理だ。そもそも一部の紛争地帯以外は平和だった昔なら、ましてや平和大国だった日本国がオレたちを馬車馬の如く働かせようとしなかったはずなので、いま起こそうとしている革命自体有り得ないモノのはずなのだ。

………そう、これは近頃の世界情勢が大きな混乱に見舞われているからこそのモノ。

先の大戦で浮かび上がった、世界各国と相克せし巨大な敵。あらゆる面で脅威足りうるソレに対抗するために抜本的な改革は避けられないのだが、現状この国はそうする気がない。数十年後か、あるいは数年後に必ず訪れる“死”に諦観しているとしか思えないほどに。

 

 

 

「―――――おおっと、もうこんな時間か。考え事してたら時間が経つのはあっという間だ」

 

これでは夕食を作っているヒマは無い。

せめて私服に着替えて、約束の病院に急がないと。

 

「そうだ。厄除けにこれ持ってこう」

 

偉大なる祖先より受け継がれし妖刀、大和守安定。当初は普通の名刀らしかったらしいのだが、少なくとも百年以上の時を血を浴びて過ごしたために、妖刀と言われるまでの存在に昇華されてしまったのだとか。

ともあれ、こんな禍々しいモノを持って出歩いたのなら、不幸すら猛ダッシュで逃げるに違いない。

 

「家の鍵も自転車の鍵も持った、厄除け刀は背中に背負ったし、いろんなのが入ったバックも持ったから準備完了っと!」

 

裏門から出る。

表からの道のりは人が多く、なかなか先に進めまいと考えてしまったためだ。

「くははははは! やっぱ、こっちの道は思いっきり飛ばせるからいいわー! くぅ~っ、気分爽快!」

 

冬の乾燥した空気のなか、己の力だけでペダルを漕ぐのは良い文明だ。自分自身が風になったかのような爽快感はバイクの後塵を拝するが、一生懸命漕いだ後の疲労感やら達成感みたいなのは自転車でしか味わえない。

 

 

 

「―――――あと少し。なのに、ここで赤信号か」

 

やや斜めに急ブレーキ。

………明日以降、家から出れなくなる。

今日が最後の走りだから勢いよくフルスロットルでいったが、少々スピードを出しすぎた。自動車に並走し続ける自転車とかいう珍風景を作ってしまったよ。

 

 

 

「――――――よし。信号が赤から―――――っ!」

 

跳んで、倒れた。

視界が赤い。

衝撃は三度あった。

両手を見る。

どちらも死んだ。

だめだ。

もう何がダメかすら分からないがダメだ。

終わった。

何もかもが終わった。

消える。

消えるのか?

まだ何も為してないのに?

それはダメだ。

それがダメだ。

嗚呼。それがダメなのだ。

分かった。

理解した。

まずはそこから。

次に状況の確認を――――――――――!

 

 

「遅い。脳天と心臓への直撃だけは本能で回避できたようだが、それ以外の箇所は全て的中だ。随分と鈍ったようだな、沖田総生。我が愚弟」

 

 

イマ。

トオくから。

ミシったダレかの。

コエが、した。

 

 

「詰みだ。この一撃で、幕は降りる」

 

 

コロぶ。

コロぶ。

またコロんだ。

カタナはもうモてない。

ならせめてニげようとしたノに。

どうして。

どうシて。

ドうシて。

ドうシテ。

ドウシテ。

 

 

「これにて終幕。反乱分子は他にもいるが、おまえさえ消えれば速やかに駆除できようさ」

 

オチル。

マッサカサマニ。

クラヤミニ。

アア。

ソウカ。

シンダノカ、オレ。

ナラ、モウイイカ。

ソシテハンテン。

スベテハハンテン、スル。

 

 

『『―――――?』』

『『―――――。』』

『『『『―――――!』』』』

 

 

オレハヒトリ。

あいつらハカズシレズ。

カチメハナイ。

シツガキエタイマ、リョウニテマサルカレラニカチメナドナイ。

 

『『――――快?』』

『『――――快。』』

『『『『快快快快快!』』』』

 

 

オレハシンカイヘ。

奴らハソラヘトアガル。

シカシソコニモハヤイミハナイ。

ダッテ、オレハモウシンダノダカラ。

シンダオレヲエタトシテモ。

彼らニリテンハナニヒトツトシテナイ。

 

 

『『『『―――――』』』』

 

 

あいつらハアンガイ。

オチャメトイウカ、ナントイウカ。

コンナトキニソンナコトヲカンガエル。

オレモタイガイカ?

 

 

――――この自嘲で、運命の歯車が、動きだす。

 

 

 

『うん、大概だよ大概。キミ面白いね。それによく視ると、これまた面白い運命を背負っている。

―――――いいね、いいね、よし決めた。一度死んだキミに特別にチャンスをやろうじゃないか。”生き返れるチャンス”を、ね!』

 

――――さあ、伸るか反るか、選びたまえ♪

 

 

『ま。つまらないが、伸らないのならそのまま黄泉に送ることになる。本当につまらないから言いたくもなかったけど業務怠慢と見なされるから仕方ない、人生に疲れたならそっちにでも逝けば?』

 

――――俺は、いやオレは。

 

 

 

「オレに、チャンスを。頼む」

 

 

これより、試練が始まる―――――!

 

 

 

 

 

 





 初めまして!あるいは改めまして!
 とある転生者の試練、改訂版です!
 一話からして前作からかけ離れている今作ですが、これはprototypeとstaynightくらいの違いと思っていただければよいかなーっと。まあ要するに、根本の設定は同じだけれども、微細な箇所や登場人物が多少違ったりするわけです。
 最初こそ3日連続投稿などをしてみたりしますが、なにぶんリアルが忙しいもので、基本は週一投稿で進むと思います!
 少しでも面白いなって思っていただけたなら、この主人公達の長い旅路を見守ってあげてください。




 …………しかし、三作ともコンプリートしている猛者は果たしているのだろうかと密かに不安を感じている作者であった。




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