どうやら、5層まではチュートリアルだったらしい。
6層に移動してからは迷路のつくりがどんどんと複雑になっていったのだ。1層ごとに転移石に登録できるから数日の行軍にならないのが救いだけれど、それにしたって迷宮攻略は最近は1日掛かりだ。この様でまだ24層目の攻略を(長時間にわたる能力の酷使でへとへとになりつつも)終えたところなのだから、99層はどれだけ難解な迷路になるのだろうかと思うと頭が痛くなる。
「(今日も家に帰れそうにないな。あらかじめ言ってあるけど、いちおう電話しとこう)」
あの家に初めて下宿したあの日から、もう少しで1年が経つ。感慨深いものだ。そして約12ヶ月間も学園都市に住んでいると、この街での流儀も自然と弁えられるようになっていた。
超能力者になる前の暮らしは平穏だった。いくら能力開発してもずっとレベル0なもんで悩んでいたときもあったけれど、こっちの世界での初の友達ができたから問題じゃなかった。一緒にカラオケやゲーセンに遊びに行ったり、買い物に行ったり、ときには第二十一学区の山を登ったりもした。
付け回されることはなく、争うこともなく、死を与えることもなかった。ただただ凡とした平穏が、そこにはあった。
それが崩れたのは半年ほど前。何が引き金となったのかは謎だが、わたしは超能力に目覚めた。妖精さんによると、わたしの能力は原石である可能性が高いとのことだ。
学園都市第八位の
能力開発分野において名高い長点上機学園や霧ヶ丘女学院などのエリート校からの輩出であれば、わたしは比較的目立たない存在になっていただろう。少なくとも現実よりは。
そう、無能力者がほとんどの、名も無い下位校がレベル5を生み出したとなれば話は別になる。このようなことは前代未聞であるために、むろん凄まじい注目を集めた。連日校門の前に記者や研究者が訪れ、連日家の前に記者や研究者が現れ、連日プライベートに記者や研究者が詰め寄ってきた。
その経験で、わたしは記者や研究者を悪質なストーカーと認定した。あいつらときたら、どこにでも現れて質問と勧誘の嵐を浴びせてくるのだ。そんな状況で家に帰れば絶対に迷惑をかけるから、わたしは仕方なく家出を決行し、迷宮で寝食をすることにしたのだ。
「(寝袋って便利。これさえあれば、いつでもどこでも眠れる)」
迷宮の第0層はちょっとした小部屋になっていて、迷宮の手引き以外にもテーブルや椅子や木製の床があったりする。あとは5層のお宝と交換した紙幣や小切手を保管しておく用の金庫や、ゴミ箱を設置している。
「(お腹、すいたな。第25層攻略は明日か明後日に回して、今日はファミレスで単独ディナーだ)」
ケイタイデンワとやらを持っていれば、メールやデンワなどをして友達を巻き添えにできるのだが、あいにくアレには忘れがたいトラウマがある。
「(無い物は無い物。わたしは一人で問題ないわたしは一人で問題ないわたしは一人で問題ない。ソロでファミレスはイージー、イージー、イージー、トゥーイージー、なの!)」
右腕の震えを抑え、迷宮脱出の文句を口ずさむ。
「次は負けないんだからね!(まぁ、一度もボスから逃げたことはないんだけど。《大気操作》は、この迷宮を無事踏破させるために神様がわたしに与えたものなのだろうけど、かなりバランスブレイカーな代物じゃなかろうか)」
その、たった一節の嫌がらせ染みた詠唱でわたしの世界が創り変えられる。そしてどこからか現れたガスバーナーの炎にも似た青白い光が、わたしを、薄暗い地下大迷宮からネオンを撒き散らすビルの屋上の上空に放り投げた。
もう焦らない。
背に風で編まれた擬似的な翼を四枚作り、お目当てのファミレスの近くにある人気のない路地裏へと舞い降りるべく、糸を数多ある針穴に連続で通すような風加減で翼を制御して、だんだんと目的地へと近付いていく。
初めてのときは死ぬかと思った。
咄嗟に一方通行の飛行法を頭に思い浮かばなければ路上に沈むミンチになっていたに違いない。妹達の件で好きじゃないけど、ありがとう一方通行。
「(―――――よ、い、しょっと。今回も無事成功して良かった、けど。面倒な予感がする)」
例えるなら雷が脊椎を貫く1分前、みたいな。
わたしは迷信や神様の存在を信じない派の人間だけれども、そういった超自然的な事象の中で、唯一この直感だけは信じられる。なぜなら、それで命拾いした経験が両手の数では足りないほどあるから。
「(けど、ここでずっと暇してるのも。うん、この感じは致命的じゃないサインだから行っていいかも)」
か細い月光が道を照らす路地裏からLEDの人工光で満たされた表通り、そして24時間働き続けるファミレスのドアを突き飛ばすような勢いで開いたヤカラの右腕に殴られて弾き飛ばされ路上そのものへとわたしの視点は移った。その少年はわりいと謝りつつも、どこぞのスキルアウトに追われているようで、不幸だーと叫びつつスタコラと遠くへ走り去っていった。
……………いくつか、言いたいことがある。
「不幸なのは、わたしのほう。ツン男。色々と話すことがありそう………! あれ―――――第三位?」
「あのバカ、あいつらから情報を聞き出そうと思っていたのに…………! えっ――――加地ハベモ?」
埃を落としながら立ち上がると、あのドアを開いてきたのはビリ太ちゃんだった。彼女もツンツン主に不満や怒りがあるらしい。
そうして無言のシンパシーを交わしたレベル5のわたしたちは、あのバカと、ついでにスキルアウトどもを成敗するために橋へと向かう。
「(第三位。ツンツンは)わたし(が)やる。あなたが来ると(みんなの)迷惑!」
「っな!? あんた、私に喧嘩売ってるの!?」
怒声と共に雷が襲ってくる。
が、わたしは意に返すこともなく天高く飛んで、第三位の雷撃の槍を難なく華麗に回避。そして橋へ向けて超音速で飛んでいく。
彼女をなるべく敵に回したくないが、これもわたしが直にツンツン主に制裁を下すため、ついでにここら一帯の停電や電波障害という事態を防ぐため。第三位が橋に着かない内にツンツン主を片付けないと。
「(…………流石に、)速すぎたかな。でも、(待ち伏せ作戦自体は)間違ってない(はず。)いずれ(ツンツン主はここに)来る」
橋の欄干に着地し、いまかいまかと真下の道路を凝視し続ける。
そうやって、時計の針が一周した頃。
「―――――ようやく、来た」
疲弊したツンツン主が、ちょうどわたしが立つ欄干の真下まで追い付いた。
「パターン2。無酸素空間。これでツン男は身動きが取れなくなる」
そう言って腕を一振りすると、ツンツン主が呻き倒れた。そのまま気絶してもらえば、わたしの目的は達せられるだろう。
今のところ開発できた他のパターンだと、右腕に無効化されてしまう。たとえば、わたしは常に最低限の窒素装甲を張っているが、この鉄壁以上の防御も《幻想殺し》の前では無力だ。そう、ファミレス前でぶつかられたときのように。
「(…………しまった、想定以上に)早いね、(第三位の《
逃げるのは容易い。
ただ、ここで敢えて敵対して、実戦経験を積んでみるのもアリかなとも思う。彼女は甘い。殺さない程度に威力は留めるはず。
でも、あしたは第25層の攻略があるから、それに支障をきたすのはいけない。死なないとはいえ重傷になるかもしれないし。
…………うーん。迷う。どうs
「ガッ……っ! いっつぅ―――――!」
「へえ、その様子だと当たるまで雷撃の気配に気付けなかったのかしら。大口叩いた割には全然大したことないのね、第八位」
むむっ…………!
窒素装甲で落下した衝撃は問題ないけれど、この女の挑発に苛ついている私がいるのは問題だ。またトばないように感情をセーブしないと…………!
――――――いや、もうダメかも。
「そんな挑発して、私に殺られる気? 後悔する選択は控えた方が良いと思うけど」
「ふーん、言うじゃない。加地ハベモらしくない。もしかして、いつもの話し方ができないくらい焦っているとか?」
場の緊張感は制限なく増していく。
加地ハベモが右腕をゆるりと上げると、御坂美琴は髪の先端で放電させる。御坂美琴の周囲が雷に支配されると、加地ハベモは周囲の大気を自分の都合にいいように操作した。
学園都市の第三位と第八位。
この順位付けは、科学にどれほどの利益を生み出すかで決まる。決して強さランキングではない。
よって、どちらが勝つかは予測不可能。
その対決の結果は、これから示される。
…………はずだった。注釈として、呼吸困難で気を失ったはずの特異な右腕を持つ一人の少年が起き上がなければの条件が入るが。
「なあ、」
立った少年の口が開く。
二人の少女は、うごけなかった。
少年の一挙一動から眼を放せずにいたのだ。
そして、この場で唯一自由に活動できる傷ついた少年は唇を動かし――――――
「お前らさ。なんで、そんなにスカートの中を丸見えにしちゃってるわけ? 正直に言って、残念な体型の君たちに上条さんが揺れることはないが、他のやつらの目の毒になるかもしれませんですのことよ!?」
後半が早口のオカマ言葉になったのはダイナマイト級の二人の少女のピュアハートに奈良の大文字ばりの炎を点火させたからである。もっと具体的に言うと、空からの落雷と《
「今回はわたしの不注意も原因…………! でも許せないの死刑なの…………!」
「加地さん、私も今回ばかりは貴方に賛成! こいつにはデリカシーってものがないのかしら!」
ちなみに、二人のスカートの内側が上条当麻に見られることになったのは、加地ハベモの起こした大気循環のせいである。全ての大気を彼女の頭上に一点集中させたうえで圧縮させることで、空気爆弾か、あわよくば大気圧プラズマの完成を狙っていたのだ。その試行過程に風でスカートがめくれることは考えていなかったようで、これこそ、加地ハベモが爪が皮膚に食い込むほどの握り拳を作りながら不注意と嘆いた理由だ。
―――――ここからは後日談となる。
最終的に、二対一の追いかけっこは明け方まで行われたらしい。その後は各々の用事があって解散となったのだけれども、第八位の少女は夕食を食べれなかったことでの落ち込み具合と徹夜のために眠気がひどく、その日は一日中ダンジョンの第0層の寝袋に籠っていたのだった。
ビバ!とある本編第1話(アニメ)!
まだインなんちゃらさんは登場してないけど!
あ、遅れらればせながら、とある第三章おめでとうございますです!