とある転生者の試練《改訂版》   作:雷灯かがり

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第3話 わたしと私

 

 

原作の流れを変えることは、結局できなかった。

ツンツン主を追う第3位の電撃によって、第七学区は原作通り大規模停電に見舞われたのだ。

わたしは停電を避けるため、暴れる超電磁砲(レールガン)と逃げる幻想殺し(イマジンブレイカー)を、この機会に仕留めようとしたが、それは叶わぬ幻想であった。彼らが想定以上に手強く、わたしは自身が思っていたより弱かった。上位層の魔術師や超能力者、それにツンツン主への個別対策を早急に組み立てるべきかもしれない。

「(でも、それは後回し。仮眠も栄養も摂ったから、いよいよ第25層の攻略を始めよう)」

 

現在時刻は、たぶんツンツン主と赤髪タバコが戦闘をしているであろう時分。つまり夜。モンスターが活性化している頃だ。

―――――さて。この地下迷宮には、6層ごとに徘徊型モンスターがいる。そして、12層ごとには、準ボス的なのが、転移石がある最奥の部屋の大広間に座している。6層にはトカゲ人間集団。12層にはトカゲ人間集団とワイバーン。18層にはワイバーン軍団体。24層にはワイバーン軍団と5メートル級の竜種。ちなみに、この調子でいくと、第30層は、5メートルドラゴン軍団と準ボスと階層ボスを相手取ることになるが、まぁ今はそんなことはどうでもいい。

テーブルの上にある、禍々しい迷宮の説明書を手に取って、第25層の攻略情報を確認する。

階層ボスのいるボス部屋までは一本道。そこまでの道筋にモンスターは皆無。ボス部屋の先の部屋に、原典がある場所のヒントが彫られた迷宮壁がある。ボスの分類はサーヴァント。

「(迷路じゃないのは助かるけど、それだけボスが強いってことの表れかも。それに、種族の分類がサーヴァントってどういうことなのかな。英語だと使用人って意味だけど…………?)」

箒を持ったメイドとでも戦うのだろうか。

その画を想像してみたら、なんだかとってもファンシーな感じがした。

…………まあ、いったんサーヴァントのことは頭の片隅に置いておこう。謎は放置だ。

ところで、ここは第0層。

この一室にある転移岩からは、一度行ったことがある階層の転移石に瞬時に転移できる。便利なものだ。

「転移、第25層」

未知数の敵は不安だが、それは今までと同じ。

これまで通り、倒せば勝てる。

すっと一呼吸入れてから、わたしは青白い光に包まれて―――――

 

 

 

☆ー☆ー☆

 

 

 

 

「―――――っあ」

 

 

強い。

これまでの、どのモンスターよりも。

どの階層ボスよりも。あの第三位すらも霞む。

この赤い外套のサーヴァントは、強い。

 

 

I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)―――――!」

 

 

つがえ、放つ。

その、一連の流れに、思わず息を呑んだ。

あれは天賦の才だけではない。何千何万と同じ動作を反復して得た、努力の賜物。あの弓兵は、間違いなく戦闘のプロフェッショナルだ。

これに辛うじてわたしが対応できているのは、ただ天からの貰い物(大気操作)によってのみ。能力が発現する前であれば、最初の一射で事切れていた。

さながら箒星のような矢が迫る。

軽々と音速の壁を貫くソレは、刹那、捻れ曲がった剣のようにも見えた。

回避する。

風を束ねた翼を羽ばたかせて、この急接近する箒星の軌道から颯爽と離脱する。そして、あの赤い弓兵に窒素爆槍(ボンバーランス)の群を叩き込もうとした瞬間だった。

 

 

「―――――偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)!」

「なっ…………!」

 

爆散。

大気は掻き乱され、窒素爆槍は霧散する。

カラドボルグの破片が皮膚を(つんざ)く。わたしは血を流しながら、何の防御もなく地面に打ち付けられた。

刀を背負い戦場を往く、あの男がいなければ。

 

 

☆ー☆ー☆

 

 

 

ズキリと腕が痛んだ。

大腿部や背中にも、燃えているようなヒリヒリとした冷たいモノが走る。

しかし、それは他でもない生の証拠である。

このどうしようもない痛みは、わたしを現世に覚醒させるための処方箋なのだ。しかと眼を見開く。

「ここは、病院…………?」

 

シルクのように白い、天井と壁に、わたし。

その中間には、最新技術の粋を集めたような医療機器が、ズラリと整列されている。

どれだけ怪我を負ったのだろうか、わたしの皮膚は包帯だらけで、端から見ればミイラと勘違いされそうな病人ぶりだっ

 

 

 

「―――――で、来週には退院となるね。くれぐれも気を抜かず、安静でいるように」

と、カエル顔の医者が忠告した。

ベッドに倒れこむ。迷宮攻略は、しばらくお預けのようだ。仕方ない。いまはコンディションの調整に努めよう―――――、いや、わたしは、何かを、誰かを、忘れてやしないか?

わたしは迷宮で死んでいたはずだった。

その窮地を救ったヒトは誰だ?

記憶を探る。

意識が消灯する直前のことだ。わたしは、あのヒトに彼に面影を見ていた。それはなぜか?

立ち姿だ。

ただ一振りの刀で味方を庇う、あの立ち姿こそが彼と似ていたのだ。

けれども、どうしても思い出せない。あのヒトの輪郭も顔も鞘の意匠さえも、忘却の霧に霞んでいる。

「(何か。何か。何か取っ掛かりはないの?)」

 

時間ならある。

長い休息の間に思い出すのも手の一つだが、わたしにはなんとなく、寝たら、もう戻れないという確信があった。

 

「(―――――あ。思えば、わたし、どうして迷宮からここに来れたんだろう。ずっと気を失っていたんだから、誰かがここまで運んでこなきゃいけない。ってことは、たぶんあのヒトはカエル医者に会ってるはず!)」

カエル医者に訊けば、あのヒトがどんな人か詳しいことが分かるはずだ。最低限は外見だけでも教えてもらおう。

…………そして、三時間が経過し。

 

「私を運んできたヒトは誰なの、だって?

ああ、おそらくは銀と黒が入り交じった髪をした十代後半の男だったはずだよ。赤い眼と背中の刀が特徴的だったね。それと、彼からは君への手紙を受け取っている。自分のことを訊いてきたら渡してくれとの要請だったから、ずっと渡さなかったがね。見てみるといい」

 

カエル医者は、あのヒトからの手紙が入っているであろう茶封筒を掛け布団に置くと立ち去っていった。

訊いた甲斐があった。

早速、のりで閉じられた口を開いて、その封筒の中身を引っ張りだす。

文字はボールペンによって書かれていた。

「拝啓、加地ハベモ様。いきなり本題になってすまないが、第25層の攻略は大気操作を保有しているキミのほうが向いている。偽・螺旋剣さえ撃たせなければ勝てるはずだ。逆に、オレとあいつは相性が悪い。オレは超接近戦でしかあいつに勝ち目はないからだ。そこで提案だが、二人であいつを倒さないか? どちらかが陽動になって戦えば、勝てる。一週間後だ。一週間後の正午に休憩室に集合して、あいつを倒そう。衛宮生継より」

 

おおよそこんな内容だった。

ところどころ知らない言葉がある。偽・螺旋剣とか休憩室とか。専門用語はやめてほしい。休憩室と言ったって、学園都市にはそんなの山ほどあるのだ。どこの休憩室か書いてくれないと分からない。

それに、衛宮生継って誰だ。彼とはかけ離れた、初めて聞く名前だ。いや、1文字は同じだけれど。

困った。

集合場所が判らないから二人で戦えないし、あの人間よりもわたしのほうが勝ち目があるなんて、うそだと思う。確かにわたしは学園都市第八位の超能力者だ。しかし、あのサーヴァントとやらから無傷で生還したあの人間よりもなんて、それは違う―――――

 

 

 

ん、あれ?

どこかおかしい。どこがおかしいなんてわからないけど、どこかがおかしいな、わたし、私、わたし、私、わたし、私、私、私、わたし、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、わたし、私私私私私私私、私、

 

 

―――――いえ、どこもおかしくないですね。

 

 

七月二十日、午前二時。私が、目覚めた。

 

 

☆ー☆ー☆

 

 

 

アーチャーは戸惑っていた。

アラヤの抑止力からの命令により、彼は地下迷宮第25層の防衛をしているのだけれども、今回のには正義を見いだせなかったからだ。

彼は、少数を殺し尽くして大多数を生かす方針の抑止力には辟易としていたが、それで多くの人が救えるならやむを得ないと不満を圧し殺していた。それに第一、彼に拒否権などなかったのだから。

しかし―――――と、アーチャーは格段に力量を上げた少女の攻撃を迎撃しながら考える。

彼女を殺して何になるだろう。

アーチャーも能無しではない。仮に彼女を殺したとしても、抑止力に何のメリットもないことぐらいは見抜いている。

 

「フン―――――!」

 

 

が、それで攻撃を緩めるつもりはない。

いや、令呪のような強制力が働いてるため、できないと言うのが正しいか。

干将莫耶。お互いに引かれあう夫婦剣を投擲し、急接近しようとした少女の動きを牽制する。これまでの戦闘パターンから判断するに、あの少女は随分な慎重派だ。とても肉を切らせて骨を断つような戦い方ができるタイプではない。まずは遠距離からの攻撃で徐々に相手を疲弊させてから、機を見計らって一気呵成に畳み掛けるタイプだ。無限の剣製を使うまでもない。無尽蔵の体力を持つサーヴァントにとって、その戦法は格好の餌食なのだから。

 

 

「なに―――――!」

 

 

しかし、その驕りが、油断を生んだ。

少女は大気を数度蹴り、縮地にすら届く高速移動を実現させたのだ。目前に接近されたアーチャーの手には、投影段階にあって使えない双剣のみ。顔面を狙う少女のストレートを受け止める手段はなかった。

 

「――――――」

 

 

ついに捉える。

窒素装甲に覆われた少女の拳は鉄壁をも穿つ。

『私』が勝利を確信した、そのときだった。

 

 

「ふむ、なかなかやるな。しかし残念ながら、霊体化した私に神秘を纏わない攻撃は効かない。つまり、単純な物理攻撃では私を倒せないということだ!」

 

アーチャーは霊体となることで回避する。

加地ハベモの額に汗が垂れる。このような規格外に対して、彼女は戦う手段を持たない。

加地ハベモの拳はアーチャーをすり抜けて、地面に巨人の足跡ほどの凹凸を作る。すると、アーチャーはカウンター攻撃にと夫婦剣を再度投影して、隙だらけの加地ハベモに斬りかかる。そしてさらに、先ほどアーチャーが上空に投げた双剣が引かれ合うようにくるくると交差しながら加地ハベモの首に戻ってくることで、加地ハベモが四方を短剣に囲われたそのときだった。

 

 

「くっ、ギリギリアウト、か。まったく、だから一緒に協力して倒そうって…………!」

 

 

縮地で一気にアーチャーとの間合いを縮め、二人の攻防を視界に納めていたときには既に抜刀していた和服姿の男は、十数本もの鋼糸(ワイヤー)を巧みに操って、加地ハベモにギロチンのように落ちてくる干将莫耶の軌道を逸らして処理するも、アーチャーの斬撃を止めるには到らない。男の長刀は届かなかった。

打って変わって、アーチャーの夫婦剣は加地ハベモの首に届く。もし、少女を囲む薄緑色の壁がなかったらの話だが。

 

 

「ぬぅ――――――!」

 

 

アーチャーの左右からの同時袈裟斬りを、窒素装甲が弾きかえす。大気さえ乱れなければ、加地ハベモの優位は動かない。よって、アーチャーの次に取るべき行動は一つに絞られる。

 

 

「―――――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

 

剣を爆発させる。

手離したのと地に落ちたのと。合計二組の夫婦剣を爆発させてから、いったん後ろに跳躍。窒素の守りを完膚なきまでに崩してから、アーチャーは三度目となる夫婦剣の投影をし、加地ハベモがいる黒煙に突入する。

しかし、それを黙って見過ごす男ではなかった。

猛烈な爆風の中にある戦場において、男は、加地ハベモに再度斬りかからんとするアーチャーを察知する。肩に掛けた刀で十数本の鋼糸を手繰り寄せ、複数の術式を即座に完成させる。呪詛。炎弾。氷槍。

アーチャーは、それら全ての術を夫婦剣と剣製を用いて防いだが、これは第八位の大気操作が本格的に火を吹くには十分な時間だった。

 

「パターン1、3、4、6を並列起動」

「くっ…………!」

 

 

窒素装甲。窒素爆槍。加圧空間。大気砲弾。

己の矛と鎧を作り直し、アーチャーの半径五メートル圏内の気圧を最大限にして、さらに周辺の大気を圧縮することで致死性のある砲弾を造る。

反撃をさせない構え。

数多の大気製の武具が、あまりの気圧で身動き一つ取れないアーチャーに飛んでいく。

決着はついた。加地ハベモあたりの誰かが、そう確信して肩を抜いた、そのとき。

 

「いや、まだわからんぞ―――――So as I pray,unlimited blade works(その体は、きっと剣で出来ていた)

炎が世界を塗り替える。

奥行きが500メートルの鍾乳洞は、無数の剣が突き刺さる広漠とした赤土の荒野に。高さを50メートルに制限していた天井はなくなり、巨大な歯車が宙に浮かぶ赤銅色の空に。極度の気圧も、数多の大気製武具も、世界の上書きによって全て消えていく。アーチャーの宝具、無限の剣製によって、戦況は仕切り直された。

アーチャーは二人を一気に始末するべく、投影した剣を上空から際限なく降らせて《破れた幻想》で爆破させる。連続一点集中の波状爆撃だ。

 

 

「さすが、だなアーチャー。加地ハベモでは勝てそうにない。なら、オレが―――――一歩、音越え」

 

しかし、男には効果がなかった。

数百の剣が豪雨となって降ろうと、男は縮地でアーチャーの側まで飛べばよいのだから。アーチャーも自身に剣を降らせようとは思うまい。男は刹那のうちに間合いを詰めて、平突きでアーチャーの急所を狙う。

むろん、それに対して何の対策をしないほどアーチャーは慢心していない。夫婦剣を交差させて心臓部を守らんとする。

 

―――――そして、交錯。

 

アーチャーの夫婦剣と男の長刀。

男の狙いはサーヴァントの核に当たる箇所であり、ここを潰されるとサーヴァントは死ぬ。ゆえにアーチャーは、絶対に突きを迎撃する必要がある。

 

「ハア…………!」

火花が散った。

ぐいと突きを押し通そうとする男に対して、アーチャーは夫婦剣を重ねて防御の構えを取り続ける。

互いの力は拮抗していた。このままでは決着は着きそうにもないようにも見えるが、二人の戦上手はわかっていた。ここから状況が動かなければ、形勢がアーチャーの有利に大きく傾くことを。

だから、1人は拮抗を維持しようと、絶妙な力加減で現状を維持しようとした。

だから、1人は拮抗を打開しようと、己の切り札を切ることを躊躇なく選んだ。

 

「―――――二歩、無間」

 

再度、突く。

一度引いてからの鋭く重い突き。アーチャーは再び守りきるが、確かにバランスが僅かに崩れる。そこを男は見逃さなかった。

 

 

「三歩、絶刀―――――!」

 

 

再再度、突いた。

アーチャーも再再度防御の構えを取る。が、これは意味を為さなかった。長刀が夫婦剣をすり抜けてしまったからだ。

刀がアーチャーの心臓部を突き刺す。アーチャーは、夫婦剣のすぐ近くにある男の首を、なぜか取ろうとはしない。嵐の音が止んだ。

 

「やはり、な。どうやら、こちらの世界ではサーヴァントは弱体化しているらしい。それを無制限の魔力供給で補っている、ということか」

「そういうことだ。しかし、君の刀は奇妙だな。部分的に実体化し、部分的に霊体化する刀など、私は知らないぞ。鑑定によると―――――」

「おっと、そこまでだアーチャー。加地ハベモが聞いていないとも限らない―――――で、この勝負。オレの勝ちってことでいいんだよな?」

「ああ、むろんそうだとも。ところで、そこにいる負傷者を連れていくかいかないかは君の自由だが、もし助けるのならなるべく急いだ方がいい」

「―――――あいわかった」

 

男は、怪我で気絶した女を持ち抱えると、転移石で迷宮から脱出しようと呪文を唱える。その直前。

「衛宮生継。…………これは私の独り言だが、率直に言って第50層と第75層のサーヴァントは難敵ではない。私よりも弱いのだからな。しかし、第95層以上の階のボスは桁の違う強さだ。特に第100層は厄介だぞ。くれぐれも対策を練っておくことだ」

「―――――転移」

 

男は答えずに学園都市へと移動した。

これを見送った後、第25層の階層ボスは眼を閉じて消滅した。第25層には戦いの爪痕だけが残っていた。

―――――なればこそ、ソレは幻だ。

消えたはずのサーヴァントを呑み込む黒い影。

瘴気の塊のようなソレは、きっと幻なのだ。

 

 







や、遅れてすみません!
なにしろアーチャーが攻守ともに強かったので、どうにかして弱体化しなければ、今の彼らでは歯が立ちませんでした!…………いや、そのかわりに魔力無制限となったので、むしろ強大化している…………?それが原稿を何度も書き直した原因…………?
―――――まあ、そんなことはさておいて、こちらの主人公こと加地ハベモも修行編に入ります。敵は強大ですから、力を付けなければ勝てません。
では、今日のところはこの辺で筆を置くことにしまして、次回もこうご期待。




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