とある転生者の試練《改訂版》   作:雷灯かがり

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――九年前秋、冬木市到着―― 地獄を越ゆ  

 

 

「なぁマギア。生きてるって素晴らしいって。そう、思わないか?」

「ええ。生きとし生けるものは皆死ぬ定めにありますが、私たちはまだ死を迎えてはなりませんから」

 

郊外の森の奥に佇む城。

そこの2階にあって戦いの爪跡が残っている廊下で見事に意見が一致したオレたちであるが、今までのデスパレードを振り返れば息が合う程度のことは当然の帰結といえよう。

 

―――――これまで毎日のように死に直面していたために、異質な刀が記憶に影響を及ぼしていないかをマトモにチェックできていなかったので、メンテナンスついでに、向こうのアインツベルン城からこっちのアインツベルン城に命からがらに来れた軌跡を振り返ろうと思う。

 

まず始めに姉さんと別れの挨拶をし、お爺様の激励を受けてから、この先の前途多難を象徴するかのような猛吹雪に下山途中見舞われたものの何とか飛行場に辿り着き、そこからプライベートジェット機に乗ってホッと一息ついて食事を楽しんでいたら、突如起こった燃料漏れのせいで切りもみ回転し始めた機体から慌てて脱出し、予め用意してあったパラシュート(燃料漏れといい、故意的なものを感じる)で七千メートル級の高山の頂上付近になんとか無事に着陸するも、人ひとりを軽く吹き飛ばせるような烈風と触れただけで皮膚が溶けそうなくらい冷たい豪雪の相乗効果が織り成す紅蓮地獄やその他もろもろに見舞われたために、たっぷりと丸三日間かけて慎重に踏破し、ようやく人間がマトモに住めるような村に着いたのだが、村に紛れ込んでいた一匹の死徒によって善良だった村人全員が揃ってグール化してしまったこと(まことにふざけている!)には流石に温厚なオレも怒りを禁じ得ず、殲滅しようとしたけれども、殺せたのはグールだけで元凶の死徒には攻撃の一つも通らなかったため、後は死徒を追ってきた別の死徒に任せて、日本行きの船か飛行機があるような大きな街に向かったのだが、そのような都市に着くまでの運賃や食費に思いのほか出費が出て手持ちのお金が露と消えてしまったために、気配遮断EXで裏の組織を尾行し、そいつらが所有する密輸船に機を見計らって潜入、ウン週間の船旅のすえにこの地にやっとこさっとこ辿り着いたってわけだ。

 

 

「まさか港で父様と鉢合わせるとは思ってもみなかったが。あの様子だと旅行ではなく交渉が目的だったようだな」

「そんなことよりも。荷の整理は完了致しましたので、早くあの裏切者から魔術刻印を剥奪してしまいましょう。本来はあのような下綫な者の家など入りたくもありませんが、契約は守らねばなりませんからね。ええ、そうですとも」

 

小憎たらしい笑みで簒奪を謳うマギア。………こやつ、セラの三割増しで陰湿やもしれぬ。

 

「もちろん契約は遵守されるべきものだ。ついでに言っておくと“騙して悪いが”なんて良識のある人間のやることじゃない」

ま、アイツラに対しては正当防衛という大義名分があるぶん遠慮なく殺れるらしいから、楽といえば楽なのだとか。たちの悪さで言えば、世の中にはアイツラ以上に厄介なヤツがいると言う。契約書の中に言葉の罠を仕掛けてくるヤツとか、そもそも契約すら結ぼうとしないヤツとか。

後者は意外といるが全体から見れば少数派で、そういうやつは相手にもしないからどうでもいい輩だそうだ。放置したほうがむしろ安全な危険物とも云える。

真に厄介な輩は前者であるらしい。契約後に気付いても後の祭りなので、そのような者との契約は一文一文吟味しなければならない。四次においてのランサーのマスターであり、時計塔の有力者(ロード)でもあったケイネス・エルメロイ・アーチボルトは彼らの被害者の典型例だ。前もって人質を確保され、逃げ場をも無くした彼には罠を見破れる判断力は残されていなかった。かくして、ランサー陣営は全滅したのである(もっとも、ケイネス・ソラウ・ディルムットの三角関係がある限り、セルフ・ギア・スクロールによる契約が無くても、いずれ何処かで野垂れ死んでいただろうが)。

そして、哀れな被害者(ランサー陣営)を直接的に死に追い込んだ加害者は現世においてのオレの父親である衛宮切継だ。マギアは彼から魔術刻印を剥ぎ取れるとほくそ笑んでいるが、正直オレは心配で仕方ない。あの一癖も二癖もある衛宮切継だ。何かがあるに違いないとオレは訝しんだ。訝しんだのだ、が!

 

 

「―――――これで、移植手術は完了かい?

………そうか。もしよかったら、日も暮れているし今晩衛宮邸(うち)に泊まっていくといい。いろいろと、訊きたいこともあるからね」

「いえ、結構です。これで貴方への因縁は切れましたので。本来なら殺すところを、見逃してあげているのですから、これ以上を求めるのは強欲でしょう?」

 

 

何事もなく、契約は履行された………!

魔術への未練は無いのか、蓋を開けてみればマギアの手によってあっさりと、魔術刻印は衛宮切継からオレの左腕に移植されていた。

はるばるドイツのアインツベルン城から、ここ冬木市まで散々トラブルに遭ってきたオレたちだ。この衛宮邸でも何かがあると確信していたがしかし、良い意味で想定の範囲外の結果に終わった。

 

「マギアもこう言ってるしさ。しばらくオレたちは片付けがあって忙しいから、衛宮邸(こっち)に泊まるよりも(あっち)に泊まったほうが何かと都合がいい」

 

 

戦争になったときに衛宮邸に居ても怪しまれないくらいの信頼関係を作るための仕込みをしたいのは山々だが、今は刻印抑制薬の用意や城の建て直しで手一杯だ。

 

 

「落ち着いてきたら週に一回くらいは衛宮邸(こっち)に泊まるから、さ。それまでは」

 

 

そう言い残して、空き部屋の一室からマギアと共に外に出た。

『それまで』か。いったいいつそのときは来るのやら。アンリマユの呪いで衰弱死する前にまた会えるだろうか。

 

「………ん。あいつは―――――?」

 

ふと、目に留まった。

一般的な日本人の特徴を逸脱した銅色の眼と髪。彼の体重を上回っていそうな重さの段ボール箱をせっせと運んでいることからも判る働きたがり屋な性格。後に“穂ノ原のブラウニー”と陰で語られるその人物の名は―――――。

「衛宮―――――士郎」

口の中だけで呟いていた。

十年後戦うことになる敵。選ぶヒロインと選択肢によって彼を取り巻く世界の未来は大きく変わってしまう。

「(間桐桜には悪いが、桜ルートは絶対に阻止しないとな。未来は確かな方がいい)」

セイバーオア凛ルートを歩む運命の(衛宮士郎)に軽く挨拶と会釈をし、程なくして帰路に就く………予定だったのだが、オレがこの世界に転生したことで何か想定外の異常が起こっていないかを念のため調べることにした。

 

「お坊ちゃま、恐れながら方向が違いますかと。どこへ行くおつもりです?」

「まずは穂群原学園経由で桐洞寺。そん次に商店街に寄って、橋の向かい側の教会に行く。それから城に帰るつもり」

「………承知しました。街の構造を把握するためですね?」

「―――――――」

頷きで返す。

確かにそのためでもあるからだ。が、最大の理由は、世界の現状とオレの認識との相違点を埋めるため。もし原作と変わった箇所が無くても、過去の自分が間違ったものを正しいものとして刷り込んでしまっている可能性があるのだから。

 

「あ、そうだ、マギアは辛いもの、苦手か?」

 

「私に食べ物の得意不得意はありません。度が過ぎていなければ問題ありませんが、それが何か?」

「ちょっと気になる中華屋があってね。そこの評判メニューを食べてほしいんだ」

進路変更。商店街で早めの夕食を済ませてから他を回ることにした。

マギアが『度が過ぎていなければ』と念を押したが、その程度でオレが退くと思ったら大間違い。あの仏頂面を崩すにはもはや手段を選んでらんねーのである。

「(よーし。見てろよ、必ずその顔を恐怖に歪めてやるからな………!)」

そう意気込み、マウント商店街の中華屋“紅洲宴歳館”泰山に来たのだが―――――。

 

 

 

「ほう。このマーボードーフとやらが出てきたときは嵌められたと思いましたが、これは存外にイケます。店主さん、お代わりを頂けますか!」

輝いていた。

かつてないほどに、マギアという一人の女性の瞳は輝いていた。

赤を通り越して赤黒い。鬼のような香辛料が変な風にそれに混ざっているのか、あの料理から立ち上る蒸気だけで網膜が痛む。ものの試しに少し貰ったが、ほんの小皿一つの分量だけで唇が焼けただれるよう。

 

「ハフ、感謝します。このような素晴らしい料理を教えていただき心の底から感謝致しますよイキツグ様! ハフハフ、モグモグモグ………」

 

………。なんか、メイドがマーボー食ってる。

メイドらしくお上品に。彼女の周りの空間だけ魔王の魔窟から何処と無く気品溢れるものに様変わりしてしまったような気さえする。

 

………………。しばらくマギアさんは此処に居座ってそうなので、無難そうな甘酢あんかけ系を注文することにした。

 

「すみません――――あま『麻婆豆腐を一つ』―――っ!」

何者!

声がした方を睨むと、そこには一人の神父。

言峰綺礼………じゃない。あの白髪。ご老体の姿。それでいて神父服を着ている。まさか――――?

「申し訳ない、途中で割り込んでしまった」

「いえいえ、お気になさらず。………それよりも、貴方に訊きたいことが――――――」

「………なるほど。分かりました。では、後ほど」

 

ご老人(イレギュラー)とは教会で話すことになった。前回の聖杯戦争についてだ。

彼の神父が残っている。それは原作と明らかに乖離している事実だ。

マギアはオレが来たことで現れた、この世界に居てもおかしくないイレギュラーだ。それにオレの味方なので問題なし。しかし、言峰璃正の場合には全く話しは違ってくる。オレの第四次への介入は無かった。つまり、四次は原作通りの過程を辿り、原作通りの結果に終わった。そのはずだったのだ。おそらく、オレの知らないモノが蠢いていた。あるいは、今現在も蠢いているのかもしれない。徹底的に検証する必要があるな。

“戦う前に勝負は決まっている”

この名言は情報のあるなしがどれだけ命取りになるかを的確に表している。

これから十年。修行と人間関係の構築にさえ打ち込めば勝利に届くと考えていたが、それは大きな間違いだったようだ。まず何よりも重視すべきは情報収集と集めた情報の取捨選択。ルーラー召喚には一つ、大きなリスクを背負う必要もあるし、優れた諜報力を持つアサシンの召喚も視野に入れておくべきか。

「………ふむ。マギア、もう食べ終わるよな?」

「いえ、いえっ! これからお代わりを、むぐ!」

「ダメ。あんまり長い時間待たせちゃ悪いし、これで終いだ。会計して、教会に急ぐぞ」

神父にはこちらから相談を持ちかけたのだから、いつまでも待たせては失礼になる。そう考え席を立ったオレは、追加注文を頼もうと手を挙げた食いしん坊(マギア)の腕をそのまま引っ張ってお会計を済ませて、やっと店を出た。

私は所詮従者ですから、従者の食事のことなど気にせずとも結構ですと日頃言っていたが、こんなに食べるなら確かに気にしなくてもいいと思う。

どれだけ食べたんだって?

………そりゃあ。支払い金額が五桁の大台に乗ったとしか言えない。彼女の沽券に掛けて。しかしまだ食べ足りなかったのか、珍しく人目を気にせず不機嫌そうに眉を寄せるマギアを横目に見て、体面を保つよりも麻婆豆腐のお代わりの方が今の彼女にとっては大事になったのだなぁと驚き呆れつつも、常にアインツベルンの貴族らしく誇り高くあろうとしていたマギアが、食事一つでそんな表情を見せるようになったことに、何となく気分が良くなるのだった。

「よし、マギア。あの店は年に一回にしよう」

「そんなご無体な! これから毎日通うものだと思っていましたのに!」

「絶対にダメ。来る日も来る日もあんなのを十何杯も食べるなんて健康に悪影響すぎる。それにだな、間も置かずに毎週毎月どころか毎日食べてたらいずれ飽きるだろう?」

「むぅ………。ですが、」

「そこでオレは考えた。今日のこの日付を泰山記念日とし、無制限にあの店の麻婆豆腐を食べてよいことにするのはどうか、と………」

ここぞとばかりに畳み掛ける。

泰山を年に一回と制限することにしたのは第一にマギアの身体を慮んばかってのことなのだが、それ以外の個人的な理由もあったりする。

 

「ま、その話はおいおいにしてだ。マギア、街に異常がないか確かめるぞ」

一人より二人。

オレ一人では気付けないものがあっても、マギアと二人がかりでやれば、単純ではあるが二倍の物事に気付くことができる。オレが探しているのは異変であって、異常ではないが、マギアが見つけた異常が思わぬ糸口になるかもしれないし、オレがうっかりをしてしまったときのフォローは必要だ。

………こうして、教会に着くまでずっと探したが、想定外の異変は無かった。敢えて言えば、凄まじい勢いで復興が進む新都とそのすぐ近くの、怨霊が蔓延る公園予定地は異常と言えば異常だったが、原作からの異変ではないはず。原作で四次の閉戦から五次の開戦までの記述はほとんどないから断言はできない。

「(この時点で死んでいるはずの璃正神父が生存している。原作の思い込みは捨てるが吉だな)」

手始めに言峰綺礼だ。

あのエセ神父は生きているのか、それとも死んでいるのか。死んだのならどのタイミングだったのか。良くも悪くも、あの神父の波紋は大きい。できれば詳細を知りたいところだけれども、父親に直接細々と聞き出すのは非礼だし心証も悪くなるだろう。

「(鯉口を切るくらいのさりげなさと、蛇行する川の流れのごとき婉曲さで、最低限の情報、つまり生存確認のみ抜き取るべきだろう)」

教会の扉の前。

そこの取っ手を握りしめていた手は石化したかのように固まっていて、目前に迫った扉を開きたくなさそげだった。しかしいつまでも立ち止まってはいられない。いつだって時は誰も待ってくれやしないのだから。

 

 

「行くぞ―――――」

 

 

そう気合を入れた瞬間、ひとりでに扉が開いた。

 

「ほら、早く入りますよ」

 

 

マギアであった。

 

「なんだか、締まらないな!」

 

 

もたもたしていた自分が悪いことは分かっているけれども、それにしたってため息の一つくらいは許されてもいいよなぁ、とオレはドアの先にあるマリア像に心の中で問うのだった。

 

 

 

 

 

 





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