「言峰教会へようこそ。儂がこの教会の神父を任されている言峰璃正だ。して、聖杯戦争が終わったいま、この教会に何のようかね。アインツベルン」
璃正神父は、オレとマギアが共に教会に踏み入れた直後に用件を問い質した。
心なしか青筋を立てているように見え、お父様たちはこの神父をしてそこまで怒らせるようなコトをしたのだろうかと疑問に思うが、そんなことよりもと話を切り出すことにした。
「そうですね、実は特段の用事はありません。先程お会いした中華飯店泰山で不思議に思ったことがありましたので、それをただの興味本位で訊ねたいだけです」
「つまり、聖杯戦争に関わることではないと」
「ええ。第四次聖杯戦争もアインツベルンも何の関係もないことです」
「…………」
この沈黙は肯定と受け取っていいだろうと勝手ながら自己判断し、話を進める。
「自分の訊ねたいことはですね。厳しそうに顔を歪めながらも、なぜ貴方は麻婆豆腐を掬うレンゲを決して止めはしなかったのか、その動機です」
「…………美味しかったからだ。それ以外の動機などあるかね?」
「ええ。確か泰山の麻婆豆腐は、そういえば息子さんの好物じゃありませんでしたか? そこで、ふと同じものを食べてみたくなったけれども、アレのあまりの辛さに顔を歪めた。しかし、残すことはできなかった。それは―――――」
ここまで言ってから、
さりげなく、かつ婉曲に訊くというのは思いのほか難しいようで、失敗してしまったようだ。その証拠に、璃正神父自身は抑えようとしているようだけれども、抑えきれない殺気が漏れている。
「もちろん無理にとは言いませんが。それと、もう一つ。相談したい、というよりも頼みたいことがあるのです」
「………………」
「―――――私を、弟子にしてくださいませんか?」
瞬間、時間が止まったように感じた。
頭を下げているので神父の表情は読めないが、驚愕に殺気が取って代わられたことくらいは雰囲気から推測できた。
「………………………………………それは、いったいどういう意味かね?」
絞り出すような声だった。
何度も頭の中で咀嚼したのだろう。しかしそれでもオレの意図が掴めなかったため、本当に言ったのかどうかすらも怪しくなって聞き返したような声だ。
「つまり、衛宮生継を貴方の弟子にしてくださいという意味です」
「…………とりあえず、
言われるままに姿勢をただすと、困惑顔の璃正神父を眼下に取れた。
それは当然の反応だ。息子の
「どのようにして、そのような突拍子もない考えに至ったのか。その理由を包み隠さず教えてくれないかね?」
「…………もう数ヵ月も前のことになりますが。私と付き人のマギアは高山の麓にある小さな村に泊まっていました。あいにく言葉は通じませんでしたが、あまりの衰弱で死にそうだった私たちに、体のみならず心まで温かくなるような食事や、寒い夜を凌げる寝床を与えてくれたりと、よそ者で見ず知らずの私たちに優しく接してくれた善良な人々でした―――――」
数々の天災が織り成す地獄を乗り越えた後の人の善意は身に染みた。
そう、極寒地獄での凍死脱落は何とか免れたが、あのYAMAはそれだけで終わる有象無象の山とはワケが違ったのである。噴火はもちろんのこと、落雷地震竜巻など多種多様な自然災害に遭った。
むろん黙って死を迎えるオレとマギアではない。まだ死ぬわけにいかないオレたちは、それら天変地異に果敢に対応した。ときには二人とも崖から飛び降りて火山ガスやマグマから逃れ、ときにはマギアが錬金術で避雷針を即席で作って落雷から逃れ、ときにはオレが刀と殴打で地震の衝撃で落下してきた岩石を割り砕くなどして逃れ、またときには上空へ巻き上げようとしてくる突風に対しては魔力放出で抗いながら逃れたりするなどして、際限無く訪れる数多の死地を乗り越えた。
…………そのうえ、一つ一つの天災がお行儀よく順番でまわってくるはずもなく。全部乗せという正気を試される事態が起きたけれどもそれは思い出したくもない記憶のため割愛する。
「―――――そして、あの事件は泊まって三日目の夜に何の前触れもなく起こりました。それは、たった一人の死徒の仕業。ヤツによって、村にいた住人が時を追うごとにグールと化していきました。そこは孤立した狭い村です。とっさに避難できる場所なんてありません。私とマギアはヤツラに応戦しましたが、住民を守りながら戦い抜くことはできず。それどころか、あの死徒には、傷ひとつ付けることさえ能わず。せめて、私たちもグールにならないようにと防戦で手一杯でした」
…………違う。あれは防戦とすら呼べない有り様だった。こちらの攻撃は例外なく弾かれ、ヤツの、まるで痛め付けることに特化したかのような攻撃だけが容易に通ったあの様は、あまりにも一方的だったのだ。あのままヤツに対して二人で抵抗していたら、まず間違いなくオレたちは此処にいなかったと確信できるほどに。
その世界線の自分たちはグールになっていたか、あるいは死徒の一員になっていたか。ひょっとしたら変わり果てた姿で、ここ冬木市を襲っていたかもしれない。
―――――や、それはないだろうな。だってもし、自分たちがそういうモノに成り下がっていたら、きっとあの麓の村で彼女に殺されていただろうから。
…………ま、この世界線でも危うく殺されそうになったんだけどな! オレが生き延びたのは、殺害の優先順位がヤツよりも下だったからなわけだし。てか、彼女は知ってるサーヴァントの能力を多用してたし、ひょっとしたら、聖杯戦争に関わっている死徒やもしれん。もしかすると、第五次聖杯戦争に参戦するやも。
…………うわ、それは最悪だ。
原作には存在しない予測不可能のイレギュラーが死徒で敵対していて、しかもサーヴァント以上に強いとか誰得だよ―――――想定したくない可能性だから無視しておこ。
「…………が、抵抗むなしく、ついに私たちは袋小路に追い込まれました。いま思えば、ヤツにとって、あれは狩りに過ぎなかったのでしょう。私たちはネズミでヤツは蛇。私たちとヤツは、そのような絶対的な食物連鎖の中にいた。
なのに、いや、だからこそヤツは、普通の蛇のように獲物を一撃で仕留めようとしなかった。どのようにネズミを死なない程度にいたぶって、そして、最期にどれだけ絶望させられるかを追求していた。過程に比重を置いて、結果に眼を向けようとしなかった。だからこそ、蛇は鷹に狩られた」
要は獲物にばかり関心を向けて、ヤツはヤツを狙う上位者に気付いていなかったのだ。足元を掬われるのではなく、頭上から首を持っていかれた。同じ慢心でも人それぞれ殺られ方が違うのである。
「自分は、もっとずっと強くならないといけないんです。他人の手を借りずともヤツに勝てるぐらいに強く。じゃないと…………」
また、何も果たせぬまま死んでしまう。
姉さんは死なせない。
マギアも死なせたくない。
聖杯は破壊しなければならない。
3つの試練をできるだけ早く踏破して、彼女が待っている病院に駆けつけなくてはならない。
上手くスピーディーに革命を成功させて、あの弱りきった国を諸外国や新たな勢力に対抗できるだけの強国にしないといけないのに―――――!
「―――――そうだ。オレは、まだ死ねない。死ぬことは許されない。そのために力がいる。守りたい人を護れ、自分自身も護れ、敵対するヤツは直ちに葬れるだけの力が必要だ。だから、言峰神父。オレを鍛えてください。雑用でも何でもします。ですから!」
もう一度頭を下げて教えを乞う。こうなったらプライドのバーゲンセールだ。一日に二度も頭を下げるなんて人生初。これでも断られたらこれまた人生初の土下座も考えようと思う―――――!
―――――そうして、暫くの時が経ち。
「―――――いいだろう。ただし、儂の鍛練は生半可の覚悟で耐えられるものではない」
「………………!」
「そうだと知って、なお儂の弟子になりたいのであれば、明日のこの時間に、また此処に来なさい」
「………! わかりました、恩に着ます!」
やった、許可が降りた!
じゃあ今日のところは帰っていいって合図も受け取ったし、幼年体の影響なのかハンパなく眠いのでとっとと帰ってしまおう!
「ありがとうございます神父。よし帰ろうマギア。遅いし直接タクシーでさ」
「承知しました。それと弟子の件ですが。私は大旦那様よりお坊っちゃまへの魔術の教授を頼まれています。ここまで述べれば、私の言いたいことは分かりますね?」
「魔術の担当はマギア。格闘は璃正さん担当ってことだろ?」
「ええ。くれぐれも、私以外の方から魔術を教わらないよう」
なんだか、マギアがこうして念を押す姿に、原作とのデジャブを感じるような?
…………まぁ、いいか。気にしないでおこう。
遠坂凛との接触が上手くいったら、彼女からも詳しく魔術に関して聞きだしたい。これは、複数人から知識を得ることで整合性を取るためだ。
「それと、もうそろそろ私を略さないで本名で呼んでもよい頃と思うのですが」
「すまない聞こえなかった。もっと大きな声で」
「…………その手には、もう乗りませんよ。アインツベルンの付き人たるものは優雅たれうんぬんと延々に説かれるのは、もうこりごりですから」
「む、そうか」
おおマギアよ、その予測はハチミツと生クリームとバニラアイスをふんだんに乗せたフレンチトーストよりも甘い。
蓄積された経験から学習したようだが、そのような態度だと、このままもずっとマギアと略称で呼ばれることであろう。
三年前から始めた、オレがマギアの本名を略さずに三回言うかどうかの賭け。油断しなければ、このまま勝ち逃げできそうだな。
―――――さて。マギアはいつの日か、オレに本名を言わせられる日が来るのか。
とぅーびーこんてぃにゅーど。続く。
もう一つの方の投稿、遅れてすみません!
配置した敵ボスが手強いので、どう倒すかで手をあぐねて期限を大幅に過ぎている次第です……。
さて、こちらの章は修行編に入りました。原作の衛宮士郎は聖杯戦争中に修行編してましたが、そんなの主人公補正をフルに振ってないと勝つには厳しいので。
…………原作との差異も、出てきました。