とある転生者の試練《改訂版》   作:雷灯かがり

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――五年前春、入学式前日―― 鋼の信仰心

璃正神父の信仰心はとても厚い。

死徒どもを滅ぼす力を身につけるためにヤツラの天敵である聖堂教会の代行者を目指したいと言ったら、あれよあれよといううちに入信させられていた。その後は来る日も来る日も熱心に説法されて、いつの間にか聖典を理解するに留まらず一言一句暗記しようとしている自分がいて、これに気付いたときは思わず絶句したものだ。

 

 

「―――――どうかお考え直しください。裏切り者の邸宅に泊まるなど、お館様が聞けばどれほど嘆くことか…………!」

 

 

日没前まではマギアから魔術の講義を受け、日没後は言峰璃正から説法ときどき八極拳の手ほどきを受ける。弟子入りしてからの約四年間は、そんな日々が続いた。

 

 

「決めたことだ。お父様はあの邸にはもういないからいいじゃないか。それに一度取り決めた約束を反故にすることはできない」

 

 

入学式の前日の今日までは。

学校に入ることにマギアは大いに反対した。何も通学所要時間の関係で衛宮邸に泊まることになったことだけを嫌ったのではない。学校に通うことで、魔術の鍛練時間が激減してしまうのを防ぎたいのであろう。

 

…………果たしてマギアの不評を買ってまで、学校に行きたいワケは2つある。

 

一つ。聖杯戦争に万全の状態で挑むためには、他のマスターからの信頼を得るべきと考えているからだ。騙し討ちは狙っていない。基本は正々堂々と戦う。

二つ。情報収集。最近は原作との食い違いを見つけられないので情報網を拡げる必要がある、と強く感じたためである。

 

「そんなに嫌ならマギアは城に居てもいいよ。あの家にはオレ一人で行くからさ」

「…………ええ、わかりました。わかりましたとも。私はアインツベルンのメイドです。あれこれ口を挟ませて頂きますが、すでに決定したことにケチを付けるほど礼を逸してはおりません。ただし、一つだけ条件があります」

「条件? あんまり無茶なのは勘弁な」

「えぇ、もちろんですとも。お坊ちゃまにとっても、そう悪い話ではないと思いますよ?」

 

うわ。

どっかで同じようなセリフ聞いたことあるぞ。確か、傭兵のアイツがたまに溢してた愚痴の中にそんなのがあったような。

嫌味ったらしくて慇懃無礼。その癖、仕事はちゃんとこなしているから文句がいえない苦手なヤツだったとか言ってたっけな。

 

 

「了解。で、その条件とは?」

「私に―――――」

 

 

…………げ。

そんなコトされたら、戦術戦略のどちらも建て直さないといけなくなる。しかし、了解と言った手前、話をまったくの白紙に戻すことはできない。

あぁ、もうどうしたら―――――!

「ご心配なさらずともオールオッケーです。アインツベルンの名に懸けて、必ずやパーフェクトな一級品を『自力』で見つけ出してご覧にいれてみせましょう」

メラメラと瞳の炎が燃え上がっていらっしゃる。

こうなったら、なるようになるさ精神だ。マギアのやる気に任せてしまえ。オールオッケーとか自力とか、そんな失敗フラグっぽいのは知らない。聞かなかったことにするんだ!

マギアはできる子!

マギアはできる子!

マギアはできる子!

 

「―――――よし。ファイトだマギア。オレこれから教会。途中までクルマよろしく」

 

…………あ、そういやオレって、最初の半年間しか中学に通ってない。高校には最高学年のみ。そんなだから修学旅行とか体験したことないし。上海とか中東とかレイブン・ロックとかの危険地帯を銃と刀を頼りに渡り歩く、毎日がデンジャラスな海外旅行三昧だったけどな!HAHAHA!

――ん?

――――んん?

――――――んんん?

いま、重要なことを思い出したような。

…………ああっ、そうだ!

 

「そうだ、忘れてた。銃器の取り寄せってできるか? 超遠距離用の狙撃銃と牽制用のハンドガンがいる。狙撃銃は嵩張ってもいいから、威力と命中補正の高い対物ライフルにしてくれ。拳銃は、耐久性が高ければ何でもいい。照準は自力で何とかできるから。あとは―――――」

「少し待ってください! いきなり一度に捲し立てられても解りませんから。後で―――――」

「わかってる。」

 

ついヒートアップしてしまった。

こっちに来てからずっと、何か足りない気がしていたのだ。喩えるなら心に空白が出来て、そこにヒューヒューとからっ風が吹いているような、そんな物寂しい感覚。

が、とうとうオレにも春が来た。長い秋冬のシーズンは、戻ってくる最後のパズルピース即ち重火器の存在により、恒久的心外退去を命じられたのである。

で、長い越冬期を凌いだ今、気分は秋晴れの清々しい青空のように、いや、春の訪れに伴い、つぼみがポンと薄紅色の花を咲かせるさまを目にしたかのように、穏やかながらも心踊る心境だ。

そして、そういう晴れやかな想いは、身のまわりの誰かにお裾分けしたいものである。

 

「夕食、まだ食べてなかったな。久々に泰山で食事しないか?」

「えぇ、そうですね―――――すみませんもう一度仰ってください」

「おうよ。久々に泰山で食べないか?」

「―――――!!!!!」

「ちょっ、ブレーキ、ブレーキして! めっちゃスピンしてるからぁ! 木、木にぶつかってぇぅ! がっ! ぐゲがぁッ! ズッ!」

 

いっつぅ…………舌噛んじまった。

シートベルトをちゃんと締めていたことだけが幸いか。あっちで身体を乱舞させられていたら、もっと酷いことになっていただろう。

 

 

 

…………体の節々から星を出しながら、やっとの思いで座席を掴んだ沖田総生改め衛宮生継。胃の中の内容物を吐きそうな彼だが、そこはアインツベルンのご令息。どんなに無様であっても、貴族の一員としての体面は保つ。

喉まで込み上げてくるモノを懸命に飲みほし、引きつった笑みを浮かべる。彼に言わせれば、この程度はどうということはないのだ。彼は知っている。

 

ガタが来たうえに攻撃を受けている状態の戦車の乗り心地の最悪さを。

爆撃機からの爆撃を受けて破損寸前となった戦艦の揺れ具合の酷さを。

大地や山脈に向けて加速度的に墜落していく飛行機の圧の凄まじさを。

 

―――――さて。繰り返しになるけれども、この程度のことならば彼にとって日常茶飯事。何の問題も無いのだ。むしろアハト翁の施術の影響で前世の全盛期よりも身体が丈夫になっているため、痛覚はあれども怪我はなくてピンピンしていたりする。

…………しかし、この広い世の中には合わせ技と云うものがある。それは時に予想外の結果をもたらすことでも知られるが、下車後の彼に起こったことも一つの好例として押さえられる―――――!

 

 

 

 

 

「(…………危なかった)」

 

危うく、亡きアイリスフィールとマギアお気に入りの大事な車を汚してしまうところだった。

最初の勢いのままに運転されていたら吐く危険性もあったけれど、公道に入ってからは徐々に落ちつきが戻ってきたので何とかなった。それでも若干暴走気味な運転だったために、住宅街を爆走していたときは別の意味でヒヤヒヤしたものだ。さすが最高時速270キロメートルのメルセデスなんとかクーペ。まるで人払いの結界が張られているかのように人通りが皆無だったから助かったが、もしそうでなかったら、あまりのスピードにブレーキが間に合わず、人の一人や二人は命を落としていたと思う。

「マー中のマギアにあんな事を言ったオレも迂闊だったけどさ。はぁ、よく反省しろよ?」

「次はないように最大限の努力を致します。本当に、申し訳ございませんでした………………!」

 

くれぐれも再発防止に努めてほしいものだ。

…………うぷ、気持ちわる。このお腹のあたりがムカムカとする不快感は小一時間は消えないとみた。

こんなバッドステータスを持ったまんま、基本的に油っぽい中華料理を食すのにとても不安を感じるが、マギアには行くと言ってしまったので、行く選択肢しかない。

――――――泰山前に立つ。

錯覚か、漂ってくる刺激臭。

う。胃の辺りが気持ち悪いし痛い…………。

 

「よし。マギア、行くぞって何だそれ?」

「オーダーメイドの花山椒でございます。今日はマーボードーフ以外も頂きたい所存ですので、物足りなかったときように持って参りました」

「あぁ、そう………」

 

マギアのレベルは知らぬ間に上がっていた。

というかそんなものを持ち歩いているなんて、どこかの育ちの悪い毒舌シスター様と属性が被るのではないかと元辛党は愚考しましてよ。

……ま、それはそれとして。上品な薄味派に鞍替えしたオレは、軽い気持ちで赤い扉まで進んだ。すると、珍しいことに白い張り紙が貼られてあった。

 

「…………………………」

「む………?」

 

それぞれ、その張り紙を覗きこむ。

 

「……ちっ」

「ふーん…………やるなぁ!」

 

マギアは現実を直視したくないと思考停止し。

生継は―――――実にイキイキしていた。

一体全体、この二人の反応の落差はなぜ起きたのか。答えは明白である。

 

「「全国麻婆大食い対決地区予選にて麻婆豆腐を提供する担当になりましたアルので、一週間休業させていただきますアルヨ」」

 

へぇー、アルアル店長やるじゃん。

おっと、近くに貼られた茶封筒には大会のパンフレットが置いてあるようだ。

…………ふむ。大会日時は明日の午前9時。場所は冬木市市民ホール跡地の公園。開始時間までになら飛び込み参加可、か。

オレには関係のないことのようだが、マギアは参加したいと言い出すかもしれない。チラリと横を見ると、ちょうど目が合った。

どうやら参加するかしまいか逡巡している様子。背中を押してやるには、その葛藤しているわけを取り除くべきだろう。

 

「これに、出場したいのか?」

「………………」

「したくないんなら聞き流してくれて構わないんだけど。もし参加するんなら、そのメイド服以外の格好にしてくれ。目立つから」

「……なるほど。その手がありましたか」

 

 

ビンゴ。

 

 

「普通の服で出れば、アインツベルンの名に恥を塗ることはないだろ?」

「感謝します、お坊ちゃま。…………それで、庶民の服とはどこで買えばよいのでしょうか?」

「え? 分かんないけど、商店街のどこかに服屋があるんじゃない、たぶん」

原作を思い返す。

新都にあるデパートの二階に、服を売る店があったような。いや、果たしてデパートかどうかは定かではないが。

最近は建設ラッシュから開店ラッシュに移行したし、商店街の服屋を手探りで探すよりも、新都に行って適当に見繕ってしまう方が、開店セールもあって、お得で質の良いものが買えていいかもしれない。何より通り道だし。

 

「いや、新都に行こう。きっと似合う服があるはずだ」

璃正神父との特訓まであと一時間しかない。

残念ながら、マギアで服の着せ替えをしている時間はないようだ。

………ま。誰にも見られていないほうが、気楽に選べていいだろ。

 

「マギア?」

 

チリーンと呼び鈴を鳴らしていた。

んー、今日は休業って判っているよねチミ。にも関わらず人を呼び出すってどういうこっちゃ。

 

「―――――アイ、少し待っててアルー!」

 

奥のほうから、アルアル店主の元気な声が聞こえてくる。オレはマギアから距離をとって、動向を見守ることにした。

「オヤ、マーギーアちゃんアルね。どうしたアルか? 今日は休業日アルよ」

「この前、『いつでも遊びに来るネ!』と仰っていました。ですので、来たまでですが」

 

やはり迷惑でしょうか、と膝を曲げ、チビッ子店長を上目使いで見るマギア。

というか、名前覚えられてる………! しかもプライベートの関係があるっぽい………!

おかしいな、ここにマギアと共に来店した回数はそう多くはなかったはず。はは、こやつめ。オレの眼を盗んで密かに通っていたな?

そんな疑いの眼差しを無視して、会話はどんどん重ねられていく。

 

「―――――さすがは(ばつ)さんです。本大会も担当されるのですか」

「さっきからマーギーアちゃん誉めすぎアルヨ。東京なんて遠くて別に行きたくないアル」

「東京はお嫌いですか?」

「嫌いとは言ってないアル! 初の晴れ舞台アルから緊張するだけネ」

「応援していますよ。………おや、服がいつもと違いますね」

「気が付いたアルか? 赤と黒をベースにした、勝負衣装アル!」

 

おおー、と歓声を上げるお二人さん。

彼女らの趣味や嗜好が似たり寄ったりで、性格も合っているせいか、雑談は途切れなさそうだ。

………特訓まで二十分しかない。もう行こう。

 

「マギア、教会に行ってく―――――」

「待ってください!」

「待つアルよ!」

「………なんでや………………」

「「マーボードーフを食べてから(アル)!」」

「………………げ、既に了解取れてたの?」

 

この四十分の待ち時間は、いったい………。

 

「ええ。さあ、参りましょう」

「大会用特製マーボードーフ作って待ってたアルから、冷めない内に食べるヨロシ」

 

まるで喉を痛めたかのような錯覚を引き起こさせる匂いを漂わせる店内に、両腕を掴まれて問答無用で引き摺られていく。

助けてくれ、誰か。もう、数ヵ月間も流動食のみしか消化器官が受け付けられない食生活をするのはイヤなんだ………………!

が、フィクション作品じゃあるまいし、このタイミングで都合良くオレを救ってくれるヒーローなんているはずない。なら、オレを救える人間は己しかいない。

 

「………っ、分かった、食べるよ。けど半皿分の量だけな。あと十五分で教会に着かないといけないんだ」

「十五分で教会アルか!? それは仕方ないアルな」

そう言って再び厨房から戻ってきたロリアル店主の右手と左手にはそれぞれ、二人前の麻婆豆腐と半人前の麻婆豆腐が一つずつあった。………尤も、其は半人前の量と云えども只の麻婆豆腐に非ず。

地獄の釜で煮詰めたかが如く黒い虚無の海。

埋め尽くす赤の墓標は一切の深淵を見せず。

星の粒子は様々な要素と結合し天をも焼く。

其は冥界であり。

其は黄泉路へと導く羅針盤でもある。

然らば、その正体は―――――――――、

 

 

 

「―――――、ご馳走さまでした」

 

死闘だった。

車酔いが、まさかここで響いてくるとは。

今は何よりも―――――胃もたれがキツい。

 

「あと10分。厳しい………」

 

ま、成るようになるさ。

舌が串刺しにされるような辛さに唇と喉と胃も傷んでいるが、魔力を流せばすぐに修復されるであろう。“再生”と“接合”の起源は伊達じゃない。

 

「マギア。トランクの鍵、借りる」

 

トランクには、スペアの車輪の換わりに折り畳み式自転車が入っている。それを“強化”で全体的に性能を上げて頑丈にし、“魔力放出”で向かい風を無効化すればスピードはかなりのものになる。

…………そう、このように、

 

「ふ、ふはははははは!!! エンジンの性能がどれほど良かろうと所詮は全て機械頼りの四輪車。乗用車風情が魔力放出ジェットエンジン付き折り畳み式魔改造自転車に勝とうなど、つくづく嗤わせものであるなぁ! はっはっは、控えよれい下郎!」

 

 

煩わしいクラクションの鳴り響く車道を、一陣の風となって、ときに乗用車よりもバイクよりも速く、駆け抜けることも出来るのだ!

……もちろんそれらに“強化”と“魔力放出”をちゃんと上乗せすれば、大迷惑な走り屋と化した魔改造自転車よりも遥かに速く走れる。さらに、乗用車らは速度違反でキップを切られないために遅くしているのであって、本気になれば魔力放出付き魔改造自転車よりも速いのだが、それは、自身の漕ぐ自転車の速さが一定以上に達すると自動的にハイテンションになってしまうほどの自転車(スピード)愛好家には野暮と謂うものだ。

 

「くぅ~っ、やっぱ自転車は最高だぜぃ!」

 

景色があっというまに移り変わっていく、イコールめっちゃ速い!

とても愉しくてたまらない。

………が、一つ不満がある。それは、魔力放出のために正面からの“風”を感じられないこと。今は急ぎの所用があるので是非もなしなのだけれど、なんだかなぁ、となる。

 

 

 

 

「―――――よしっ。間に合った!」

 

教会前に停める。

盗難防止の鍵掛けは忘れない。

魔力の大部分は“魔力放出”に消えたので“強化”は解除し、生身の身体能力で扉まで走って、そのままの勢いで内部に飛び込んだ。

 

「こんばんは!」

「こんばんは。

………今日も元気があってよろしいが、君も力が強くなってきているのだから、周りの物に気を遣うようにしなさい」

「あ………、すみません」

 

扉には亀裂が入っていた。

おかしい、今のは素の力だったはず。いや、もしかしたら無意識に“魔力放出”や“強化”を使っていたのかもしれない。以後気を付けないと。

 

「それで、今日は何を?」

「フム。君には今まで聖典についてや中華拳法を教えてきたが、とても物覚えが良い。まるで息子の………、すまない、忘れてくれ」

「はい」

「ありがとう。………そこで、だ。今日から新たなステップに入ってもらおうかと考えている。判るな?」

「黒鍵、ですか?」

「そうだ。儂の体は、この年のせいか日に日に衰えてきていてな。それ故に八極拳を教えることはもうできぬ」

 

 

聖杯戦争の監督役もなと自嘲し、背を向けた。

微かに哀愁を感じる背中だった。

 

「聖堂だ。そこに、黒鍵と的を用意した。最初は儂が手本を見せる。最初は見よう見まねでやるのだ」

「押忍! 了解であります、師匠!」

 

ビシッと敬礼し、璃正師匠に着いていく。

…………ふと、カレラを思い出した。

半死半生のコドモたち。

原作では衛宮士郎と運命を違えたヒトらは、この世界線では、いったいどこで何をしているのか?

この教会の最奥で、あるいは他の場所で、養分にされていないことを祈ろう――――――!

 

 

 

 

 

 

 

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