ジリジリと喧しいアラームの音で目が覚めた。
時刻はきっかり5時30分。両頬を思いっきりビンタして睡眠欲をシャットアウト、城から持ってきたシックなパジャマから凡庸な学生服に着替える。
そうして、ふと自分の部屋を見渡すと、つまらなげに呟きたくなった。
「………こうして見ると、何もない部屋だなぁ」
ここは衛宮邸の一室。
私物は一振りの刀と、一冊の本しかない。
服などの生活必需品や学校の教材は、敷居を隔てた隣の部屋に、ひとまず置いてある。
………しかし、この空虚さは何だろうか。何かが足りないと思う感覚。既視感と違和感が同居している感覚。
顎に手をあててしばらく頭を捻っていると、天啓のように鮮明なイメージが脳裏に浮かび上がってきた。
それにしても、この和室は前世で一時期住んでいた部屋によく似ている。
充満する井草の香りや、ピシャリと閉まる障子に襖、極めつけに、畳を返すと現れる地下のスペースも。いや、最後のはハンドガンとそのセットの弾薬が入れるか入れないか程度の物置きでしかないから、そこの再現度はまだまだか。今度専門の人を呼んで、この畳みの下に大きな地下室を作ってもらおう。そうなれば、たくさんの結界や謹製のトラップを仕掛けられる、第二の
ぐへへ。オラわくわくすっぞ!
「へへへへへ。………はっ、いかん漏れている。アインツベルンたるもの常に優雅たれ、渇!」
爪を掌に食い込ませて渇を入れる。
くつくつと一人で笑っている現場を誰かに目撃されたら、これから築き上げる予定のミスターパーフェクトな衛宮生継像は一発で瓦解だ。絶対にそうならないよう、学校にいるときは気を張ってないと。
「さて、衛宮士郎の朝ごはんはどんな具合か」
彼の得意は和食だったか。
アニメ化されたUBWで描かれた、天ぷらや鮭の照り焼きは実に美味しそうであったので期待値は高い。
………で、他の衛宮邸メンバーは洋食と中華とお好み焼き丼。これらとの被りは防ぎたいから、オレは自動的にカレー系統を担当することになる。その日がとっても楽しみだ。
―――――………居間である。
洗面所で洗顔し道場で習慣の素振りをしてから、周辺に朝ごはんの匂いを漂わせる現場に来た。白米と味噌汁は基の一として、焼き物おひたし卵焼きなどの典型的な和食がお皿に盛り付けられていく。
「おはよう衛宮士郎、配膳手伝うよ」
「サンキュ。他の朝飯の支度はできてるから、終わり次第休んでくれていいぞ。お茶の用意してあるから」
確かにテーブルには、ポットや急須、お茶請け等が用意されていた。周到である。こういう気が利くところも女性に好かれるポイントなのかもしれない。
そう反省しつつ、配膳を終えて寛いでいると。
「おっはよー! 今朝もいい匂いさせてて、結構結構! それと来る途中に合流したんだけど、このメイドさんっぽい人は誰かなー?」
「………………」
冬木の虎こと藤村大河とマギアがやってきた。
その虎の齢は二十。まだ大学生である。
これまでフェイト七不思議の一つであった、ゼッちゃんから教師藤村大河への成長過程。我々はついに真実を知ることとなる―――――!
「ああ、マーギーアさんは昨日からうちに泊まることになったんだ。切継の実子の生継の付き人だとかなんとか。昨日のかなり遅くに来たから、藤ねえには紹介できてなかったな」
「へー、そうなの。切継さんの、実子さんの、生継さんの、付き人さんなのねー」
ふーんと頷き、急須からお茶を注いでゴクリと飲みほす藤村タイガ。あ、ちなみに冬木の虎・大学生バージョンは教師よりの容姿でした。
「―――――って、え、実子って………ホント?」
「ああ。ホントも何もこの居間に居るぞ。俺の見間違いじゃなきゃ、藤ねえの横に座っているはずだ」
「………あれ、うそ、気付けなかった………ひょっとして貴方、忍者の末裔?」
「残念ながら、オレは伊賀者でも甲賀者でもなく衛宮生継という者です。父がよくお世話になりました」
「い、いえ! よくお世話になってもらっていたのはこちらの方です! もう感謝してもしてもしきれないくらいに!」
「そうですか。………では、ひとまず今日からこの家に住むことになったので、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ~」
よし、これで正式に衛宮邸の住民権獲得っと。
これによって、もし仮にアインツベルン城に居られなくなっても行き場がなくなるわけじゃなくなる。
「「「「いただきます」」」」
挨拶の声が重なりあう。
四人が同じ食卓を賑やかに囲い、同じ食事を黙々と食らうさまは平穏そのものだ。
「士郎、おかわり」
「はいよ。そういや、藤ねえは入学式に同行してくれて本当にいいのか? 大学に間に合わないだろ」
「別にいいのよー、授業を一つ欠席するくらい。私は大学生である前に士郎の監督役なんだから」
「………なるほど。監督役たる者はニュウガクシキに行かなければならないのですか」
「そうだマーギーアさん。あなたもどう、入学式。生継くんは士郎とは別々の学校だから、それじゃ一人で登校することになるじゃない?」
「オレは一人でもい――――――」
「それはちょうど渡りに舟のお話ですね。大会までの時間をどうしようかと考えていましたので。まあ、本人が嫌なのであれば取り止めますが」
「―――――いんだけど。マギアが行きたいならそれでいい。けど来るなら、メイド服は目立つから止めろよ」
「承知しました」
「ならば良し。ごちそうさま」
食器を片す。洗いはしなくていいとのこと。
マギアの準備が終わるまで、気紛れに魔力放出の実験をしながら中庭で待つ。
ちなみにこの実験の目標はフィンの一撃以上の威力を魔力放出で再現すること。そしてその最終目標は、サーヴァントとの高速戦闘中にも自在に使える魔弾の完成である。
狙いは土蔵の強化した壁。あれを穿つほどのものになれば、対魔力なしのサーヴァントにすら通じる弾丸として戦闘に実用化できる。もっとも、呪いを帯びさせることはできない。再現は威力だけだ。
「朝から精が出ますね」
「あと五年だからな。それまでにサーヴァントと戦えるくらいになっておかないと、な!」
イメージは卓球。
ラケットは手のひらで、球は風か炎の弾丸。
フォーム。体重の乗せ方。腰のひねり。
それら肉体的な要素と、魔術的な要素が巧く合致したときにだけ成功し、さらにそれはコンマ一秒未満の動作にしなくてはならない。実戦に使えないからだ。
「………ちっ、分散したか」
強化された壁に小さな陥没が5つ。
この程度の威力では、生身の人間はともかくサーヴァントに対しては牽制にもならないだろう。
《強化》の要領で《再生》の魔術を土蔵に施してから玄関に向かうと、そこには靴を履いている最中の衛宮士郎がいた。
この家に住むにあたって気がかりなことを、ちょうど良いタイミングだし訊くことにした。
「衛宮士郎、ここの戸締まりは任せていいのか?」
「ああ、今日のところはな。でもこれからは合い鍵を渡しておくから、最初に来たときのと最後になったときのとをよろしく頼む」
「あいよ。任された」
これで奇襲も避難も幾分か容易になった。
今日も良い一日になりそうでなりよりである。
「そういや、マギアはオレの居ない間はずっと暇になるよな?」
「今日は麻婆豆腐大食い大会があります。ですが、長い目で見れば、私は退屈をもて余していることになるでしょう」
「よし。ならば君にはあるプロジェクトを任せたいと思う。それはだな―――――」
「―――――それは、えぇ、不可能なわけではありませんが………」
「ならやる、いいね?」
「わ、わかりました。大会の終わり次第、すぐに」
今日は本当に良い日だ。
昨日の災難の跳ねっ返りだかしらんが、運がオレに向いてきている。そんな気がする。
「大会も、頑張れよ」
「えぇ」
それっきり会話はなくなった。
マギアは、さきの丸投げにしたプロジェクトについて難儀しているのかぶつぶつと一人言をずっと呟いていて、オレはそんな彼女の思考の邪魔をしないようにずっと黙っているといった具合だ。
学校までの距離は遠くない。歩いて十五分程度といったところ。その程度の時ならば、沈黙が降りていても耐えられる。
「(………ふーん。親子連れって、こっちの世界では結構な数いるんだな)」
まったく羨ましいかぎりだ。
うちの身内の大人といったら前世も現世も早死にか行方不明ばかりで、物心ついた頃には遠い存在になっていたものだ。もっと係わりが長かったのなら、剣技や魔術について、直接詳しく教わることができたろうに、残念でならない。
「………お坊っちゃま、どうやら目的地に着いたようです」
「ああ、そのようだな。ふむ。保護………監督役はあそこの受付で受付を済ませば、入学式に列席できるらしい。オレは自分の教室に行ってるから、マギアは受付の指示に従ってくれ」
「了解しました。それと、この送り迎えは毎日行ったほうが良いのでしょうか」
「絶対に、止、め、て、く、れ。これは入学式だけのことだからな?」
「御意に」
幼稚園生なら保護者同伴は解るが、中学生にもなってそれはない。んま、なにはともあれ判ってもらってなりよりである。
「(さてと。自分のクラスを確認して、まずはその教室に行くんだっけな)」
大勢の新入生が群がる掲示板に、人の波をかき分けて向かう。A4サイズの紙の用紙だった。
沖田沖田………いや、今は衛宮か。
クラスは………A、二階。
下駄箱で革靴から上履きに履き替えて、指定された場所へ。木目状の階段を登り、廊下は向かい側の教室なので比較的長く歩いて教室に着いた。
黒板ならぬ白板に表示されている座席に座る。廊下側で前から四番目の席だ。現世においても窓側には縁がないらしい。
既に半数以上は己の席にいた。二人を除いて殆どが知らない人間だ。
「(遠坂凛に、寺の子。おそらく同じ学校だろうと思っていたが、クラスまで同じだとはな)」
ううむ、寺の子。なんて名前だっけなあいつ。 桐洞寺の………そうだ、そう、桐洞一成。
―――――いけない傾向だ。時が経つにつれて前世の記憶が消えてきている。対処法はない。いや、あるにはあるが、それは定期的に昔を思い出すことだけ。完全に磨耗を止めることはできない。
「(………来たか)」
階段から一列に並んだ複数人の気配。
生徒は数名以外は席にいる。なら、彼らは各クラスを担当する担任教師に違いないだろう。
気配は各クラスのドアの前で別れて、最終的にその気配は一人になった。今度は足音の情報もあるのでそれは確実だ。
スライド式のドア。
これを開いて教室内に入ってきたのは、若々しさに溢れ、同時に疲労感を否応なく感じさせる、一人の人間だった。
「皆さん、まずはこの一年間宜しくお願いします。詳しい自己紹介などは後々にしますが、名前だけはこの場で名乗っておきたいと思います」
まだ歳は三十代半ばほどか。
にもかかわらず、彼は白髪だった。それが彼の見た目年齢をさらに引き上げるのだが、疲労感のほかにも充実感や達成感も感じさせるので、誰しも彼に対しては不思議な印象を持つだろう。
オレも、そのような彼に対してその印象を持った人間の一人であるが、名前を聞いた瞬間、あぁと納得できた。
「私の名前は間桐雁夜といいます。皆さんと同じで、この中学校に入って一年目です。わからないことがあるときは、お互いに助けあっていきましょう」
話が終わるとともに隣のクラスにも聞こえんばかりの拍手が沸き起こる。それはいいとして。
なんであの男が生きている。
執念と憎悪で聖杯戦争に身を投じ、結果自滅したはずの男が、なぜ………?
「(言峰綺礼の死のバタフライエフェクト。だが、その影響だけで生き延びられるほど聖杯戦争は甘くない。
いったい、第四次で何が起きた………?)」
前世でのヤツの言葉を借りれば、これは特大のイレギュラーだ。イレギュラーが猛威を奮ったのだ。
一番の候補は………五年前のあいつか。オレたちを死徒から守ったあいつ。死徒を圧倒的な力で撃滅したあいつ。あいつが第五次にも参加するとしたら………、勝率は大幅に減る。
「(厄介な。できれば敵にしたくないが………)」
敵になるのならば、恩人だろうが殺す。そうやって生きてきた。その生き方がオレを殺したのかもしれない。けれども、それを変えようとは思わない。否、できない。なぜなら―――――、
「(………ふん。そんなのどうでもいい。オレは、本番までに牙を、誰でも食い殺せるくらいに磨いでおくことだけを考えれば、それでいい)」
ふと、気が付いた。
「お坊っちゃま、どうかなさいましたか? やはり麻婆豆腐はお腹に響きますか?」
目の前には心配そうな表情のマギアがいた。
そして、ここは、さっきまで居たはずの教室ではなく賑やかな商店街だ。教室から商店街まで来た経緯を思い出せない。数分前の記憶すら思い返せない。
戦慄する。
あの刀を持っていないときに、あの症状が現れた。これは、マズい。何が原因なのか、早急に突き止める必要がある。
「なあ、マギア。オレは何をやっていた?」
言った、直後。
マギアは脳髄目掛けて殴りかかってきた!
もちろん、正当な理由がない攻撃を甘んじるオレではない。ここが人通りの多い商店街ということもあるので、背負い投げではなく、降り下ろされてくる《強化》された拳を、手のひらで包み込んだ。
「マギアくん。これはどういうことかな?」
「ついさっきのあなたにこう言われたのですよ。『これから偽者の人格が表面に出てくるから、気を付けたほうがいい。このような質問をしてきたら十中八九偽者だから殴り飛ばしてやるように』とね。半信半疑でしたが、本当だったようですね!」
「へー………、そう、ふーん………………」
偽者の人格、ねぇ。
面白いことを言うじゃないか、そいつ。
てめぇが偽物のくせしてよぉ。
くひゃは、上等だ。その喧嘩、買おうじゃないか。
必ずやその偽物の人格を、ぶっ潰してやる。
「お坊っちゃま、眼が………」
恐怖、いや驚愕か。
どうやら眼がどうにかなったらしい。
「………うん? ああ、なんだ、コイツラは?」
人の往来が盛んな住宅街。
だが、そのなかには、眼がどうにかなる前は視えなかったナニカが混じっていた。それは、まるで亡霊のような。
「………っ!」
ふと、背後に強大ななにかの気配を感じた。後ろを振り返るが、そこにはだれもいない。けれども、依然として背中になにかがいるような。
そこで首を斜め下に傾けて、真後ろまで視界の範疇とすると………白いものがいた。それは裂けた口で壊れたように笑って、嗤って、笑って、最後に、愛しい人に歌うような口ぶりで言の葉を紡ぐ。
「(アハッ、ついに見つかっちゃった☆ うふっ、やっぱり、まずは自己紹介からかなぁーソーキくん♪ アハハハハッ!)」
そいつは幼女の容姿をしていた。
全体的にファンシーな服装とその儚げな見た目も相まって弱そうに見えるが、それらのファクターはオレを騙すためのフェイク。
存在値、霊格の強大さがビシビシと伝わってくる。それもその筈。ざっと三万人の魂の質量。それが強大でないはずがない。
「(ああ、そうしてくれると助かる。どうも、自分が建てた推測が合っているかどうか不安でね)」
「(そう殺意マシマシにしないでよぉー。ほら、商店街のみんなも怖がってるじゃない♪ そういう負のオーラは、抑えてー抑えてー抑えるんだぞ☆)」
「(ほほーう。負のエネルギーの塊の残留思念風情が言うと説得力があるなぁ。それと、だれのせいでオレがここまで苛立っているかもわからないのか?)」
「(キャハハッ♪ じょーだんじょーだん! じょうだんだってばぁー! まあ、マギアちゃんも困惑しているようだしぃー、脱線は終わりってことでオケ?)」
「(早くしろ。おまえ、殺されたいんだよな?)」
「(おーっと、呼び方がてめぇからおまえにラーンクアップ! われながら、どこで好感度にプラス補正が付いたのかわかんないや、テヘ☆ ………あ、やめて、それやられると不快だから、うん、ほんとうに。はぁい、真面目にやりますよぉ………とでも思っ、いやジョーク、ジョークだからぁ………)」
眼に魔力を思いっきり込めつつやつを凝視したのだが、この反応からして、やつにはそれが効果的のようだ。
「(コホン、えー、自己紹介ですね。わたしたちは名前のないネームレス・ゴースト。年齢は不定。出身地も不定。どうぞ、これからもよろしくお願いしますぅー。
あのー、ちゃんとしたので、その魔眼に魔力を意図的に流すのを止めてほしいなぁー、アハッ)」
「(む。もしそうすれば、おまえのことが視えなくならないか?)」
「(アレッ、もしかしてー、わたしたちのことをずっと視ていたいとかー? なに、ひょっとして惚れたとかぁー?)」
「(んなわけないだろ。ずっと監視してないと、おまえが何かやらかさないか心配なんだよ。………で、どうなんだ?」
「(あぁ、なるほどー。それは“意図的に流すのを止めて”というフレーズから推測しなさいな。これで解んなかったら思考力ゼロの疑いありですよー?)」
「(―――――)」
全力で煽ってくる幽霊幼女は視界に入れつつ黙殺して、やつ曰くイージー問題に取り組む。
まず前提として、あいつは魔眼に魔力を意図的に流すなと言った。オレとしては睨みを利かせるつもりで眼に魔力を籠めたのだが、それは高位な霊体のあいつにも効くような直接的攻撃となった。魔力を意図的に籠める前はそのようなことはなく、さらに、あいつが視えるようになる前は魔眼を開眼できていなかった。
このことから、この新たに手に入れた魔眼には二段階あることが判る。一段階目は魔眼を発動して霊を視えるようになった状態。二段階目は魔眼に一定水準以上の魔力を籠めることで、じっと視るだけで霊体にダメージを与えられるようになった状態。
つまり、一段階目の状態にキープしておけばよしってことか。
「(ようやく理解できたようだねー、すごいすごい。いやー、全わたしが感動したよ!)」
「(白々しいわ。………ところで一つ訊くが、おまえは刀を寄り代として辛うじて現世に存在している
「(………よくわかったねぇー。や、これは素直に褒めておくよ。意外とやるんだね、アナタは)」
おぉー、当たってた。
この、どうしようもなく性格の悪いやつが、感心したような口調で認めたのだ。仮説は間違いなく、確実に合っている―――――!
「(と言うとでも思ったかい? アハッアハハッ! 残念ながら、それは50点の解答なんだな☆ アハハハッ!)」
「(………………)」
やっぱ殺そう。
こいつを現世に留めておくのは、オレの精神衛生上よろしくない。僅かながら思うところがあったから留めておこうと考えたのだが、その判断は誤りだったようだ。
「(いやぁー、それは早計だよぉ。ほら、アナタにとってわたしたちを留めておくメリットって、たくさんあるし。たとえば、死角から接近してくる脅威を伝えたりだとか、霊体に対しては共闘できたりとか………ね?)」
「(死ね。おまえたちを留めておくメリットがそれしかないなら、デメリットの方が大きいんだよ。乗っ取られないように常に気を張ってなきゃいけないストレスがわかるか?)」
「(………仕方ない。なら契約だ。そうすれば、わたしたちもアナタも安心して暮らせるからねぇ)」
「(ハ、契約だぁ? おまえがきっちり契約内容を守るんなら文句はないけどさ。………最初にお互いの譲れない最低条件を確認・譲歩してのち合意。その後はこっちが有利になるような条件で結ぶってことでいいな?)」
「(ふぅぁ、それでいいよぉ~)」
「(よし。じゃあまずはオレか―――――)」
そうやってこちらから聖域を切り出そうとした、まさにそのとき。オレの耳は使い物にならなくなった。
「―――――お坊っちゃま! 日も暮れてきているのでそろそろ帰りましょう!!!」
その声、豪雷のごとく。
無防備なオレの鼓膜に小さくない衝撃を与え。
人の行き来が活発な商店街中に響き渡った。奥様方の世間話や店売りの人の声でざわざわとしていた日暮れ時のマウント商店街は、まるで深夜のときのような静寂さに包まれた。
「………マギア、とりあえずこっちへ」
「は、はい? そちらは逆―――――」
有無も言わさず引っ張る。
あのまま動かずに路上に突っ立っていたら注目の的にされる。それはごめんだ。
適当な路地裏を歩き続けて、なんとか群衆の眼という眼から逃れた。
「(あー、そうだったそうだった。そりゃマギアちゃんも怒鳴るよねー、うん。でも、だとしても騒々しかったよー、アハハー)」
お気楽ご気楽な幽霊でさえも苦笑い。
この証言と、聴覚がいまだに復帰していないことからも、マギアの音量の凄まじさはお分かりいただけるだろう。
「マーギーアーくん? 帰るべきなのを知らせてくれたのはありがたかったけどさ。あの大音量は今後控えるように。寿命が縮めるかと思ったぞ」
「承知しました。以後控えます。それよりもいま、私の本名を口にしましたね?」
「………あ、そっか、やば!」
「あと2回。勝利が見えてきました、ふふ」
「(アハハッ! 迂闊だねー、わたしならそんなミスしないよぉー?)」
「うっさい、おめーは黙ってろ!」
「はて。お坊っちゃま、後ろには誰もおりませんが、いったい?」
「………ふん、なんでもない(あとで覚えてろよ、おまえら)」
「(―――――アハッ!)」
二人と一体で暗い夜道を歩いていく。
街灯の光はなく、ただ月光のみが道を照らす。
天上には欠けのない満月。
輝ける星。
ああ。これだけ綺麗な夜空なら、星占いをしてみてもよいかもしれない―――――