登場キャラクター分かりやすくするため、「馬場このみのリフレイン」にしました。
これ以上、語ることはありません。
本編をどうぞ。
人の多い駅の改札前。そんな雑踏の中でも、柱を背に待っている亮の姿はひときわ目立った。もともと身長が高いのもそうだが、アスリートのような逞しい骨格が服の上からでもよくわかる。七分袖の白いシャツを着込み、中には黒いインナーを。下は淡い海色の控えめなダメージジーンズをはいている。短めに刈り上げられた髪も相まって、その印象は野性を思わせるものだった。
彼は時計を確認する。時計の短い針は「Ⅻ」の手前で止まり。長い針は「Ⅸ」を指している。かれこれ十五分待っているが、自業自得であった。何せ、彼は三十分前には既に到着して、時間を持て余していた。そんな自分に自嘲しながら。遅れるよりはマシだと、言い訳をして空を見渡せば、憎たらしいほどの快晴だ。雲一つない。
時間もあれば、待ち人も居ない。ならばと、亮はポケットから携帯電話を取り出して、溜めて置いた電子書籍に目を通す。細かな時間を潰すのに、電子書籍というものは何とも都合がよかった。体裁として不審に映らず、一つの事に没頭もできる。
数ページ読み進めて、時間を確認してみれば五分前。そろそろか、と書籍代わりのそれをポケットにしまい、顔を上げた。
雑踏は相変わらずだ。休日ということもあるが、駅の改札前ということで余計に人が集まりやすい。乗るも降りるもここに流れ着くのだから。誰よりも高い視点から、亮は周囲を見回した。待ち人は、まだ居ない。一度確認を終えた時、ちょうど駅の方に電車が停まった。今から降りてくるところかもしれない。四つほどの改札に、視線を注力した。
――ちがう、ちがう、ちがう……ちがう。
確認していると、あっという間に列は消えてしまった。莉緒の姿は、どこにもなかった。次の電車なのだろうか、と時計を確認すると、二つの針は両方「Ⅻ」を指している。見落としたのか、遅れたのか。あるいは、自分と同じく柱を背に待っているのかもしれない。周辺を少し探そうと、亮は電光掲示板に近づいて次の電車を確認した後、どこかに待ち人は居ないかと目を向けて。
「――っ、このみ?」
亮が背を預けていた柱の、ちょうど裏に当たる場所に。このみの姿があった。目を丸くして呟くと、このみもその声が聞こえたのか亮の方を見て、同じく目を丸くした。
「え、亮? え……どうして、此処にいるの?」
「お前こそ……。俺は、女狐……お前の同僚の、百瀬莉緒と待ち合わせをしていたんだが」
このみの目の前まで移動して、亮は首を傾げながら彼女を見る。彼の言葉を聞くと、このみは今度こそ目を見開いて、驚いたように口に手を当てた。
「……え、私もなんだけど」
「え、お前も?」
しばらく、二人の思考はフリーズした。そのまま、長い沈黙が訪れる。雑踏。床を踏みしめる音がやけに大きく聞こえた。
何がどうなっているのか、必死に考えていた亮は。ふとある言葉を思い出した。
『私は恋のキューピッドなんだから!』
頭に電流が奔ったかのような錯覚を覚えた。同時に、莉緒が二人を呼び出して、莉緒が来ていない理由にあたりがついた。
急いでポケットから携帯電話を取り出してホーム画面をつけると……莉緒からのメッセージがひとつ。『うまくやってね♡』と。
「あんのっ、クソ女狐!」
「わっ、ちょっと、いきなり叫ばないでよ。ビックリするじゃない!」
「……すまん。いや、それよりも。これ見てみろ」
亮はその画面をこのみに見せつけた。「え、莉緒ちゃんからじゃない」と驚きの声ひとつ。まだ事態を把握してない彼女に向けて、亮は「自分のやつも見てみろ」と声を掛ける。それに従ってこのみも携帯電話を取り出してホーム画面をつけたところで……固まった。
「……同じメッセージが送られてきてる。莉緒ちゃんから」
「まんまと、お膳立てされたってわけだ」
亮は大袈裟に肩を竦めてみせて、大きく溜息を吐いた。一方、このみは納得がいっていない、といった風な複雑な表情を浮かべて、亮の方を睨み付けた。
「ちょっと、莉緒ちゃんとどういう関係なのよ?」
「居酒屋の飲み仲間だよ。新しい行きつけの」
「で、どうして連絡先まで交換してるのよ。亮なら、そういうの嫌がりそうだけど」
よくご存じで、と呆れたような、おどけたように肩を竦めてみせる。しかしそれが終わると、すぐに真剣な様子で、その形相を怒りに染めた。
「はめられたんだよ」
「……はぁ?」
意味がわからない、といった様子で声を上げるこのみを手で制しながら、亮は如何にも神妙な面持ちで言葉を続けた。
「前に一度、強引に約束取り付けられてな。飲み屋で、言うだけ言って帰りやがった。連絡先も分からなくて……結局、そこに行っちまったわけだが」
「……いつか騙されないか心配だわ」
こめかみに手を当てて、心底呆れた、といった様子で首を振るこのみは「それで?」と視線を亮に向けて続きを促した。
「今日の約束も、なんかあった時に連絡つかないのは嫌だからな。……今回は特に、このみのことを聞こうとしてたからな」
「……私のこと?」
「俺が別れようと言った時から今まで。どんな様子だったか。全て、知るために」
「あー……もう。妙に、責任感強いんだから」
亮が言わんとしていることを、このみは理解した。長い付き合いだ。彼の性格も、行動の癖も、何を考えているかも、情報さえ揃えば手に取るように分かった。
「私も、莉緒ちゃんから聞こうとしてたのよね。亮との関係について」
「俺との関係? お前には、何も話してないし、見てなかった筈だけど」
「見たわよ。このおたんこなす」
このみは唇を尖らせて、責めるように亮に視線を向けた。
「すぐそこの服飾店で一回。莉緒ちゃんの家の前で一回」
「―――」
亮はそれを聞いて絶句し、思わず天を仰いだ。まさか、ピンポイントにたった一回しか起きていない、勘違いされそうな出来事を見られているとは、露ほども思っていなかった。
「服屋の方は、無理やり約束取り付けられたやつだ。家の前のやつは、アイツが酔い潰れて、タクシーで自宅送りにもできない有様だったからな。やましいことは何もない」
事実を、自分の潔白を証明するために口にする。思いの外、早口になった。そのせいか、第三者視点になって自分の言葉を確かめれば、如何にも浮気現場の言い訳をしているダメ人間そのものだ。自分で聞いていても胡散臭い。自然と、言い切った口からはため息が漏れた。
「そう」
このみは短く答えると、それっきり口を閉ざして俯いた。傍から見れば下手人の亮は、判決が下されるのをただ黙って、待つことしかできない。
――どれくらい、時間が経っただろうか。
沈黙を切り裂いたのは、顔を上げたこのみの方からだった。
「それで、私に言いたいことは?」
「……は?」
思わず、亮は素っ頓狂な声を上げてしまう。話題の飛び方に、困惑を隠しきれなかった。思わず真意を問うように、亮はこのみの瞳を凝視してしまう。透き通ったエメラルドのような、幼い瞳を。
「だ・か・ら。私に言いたいこと。亮から連絡取って来たんじゃない」
「あぁ、そういう……」
むぅ、と頬を膨らませるこのみに対して、亮は苦笑を漏らした。「話が飛び過ぎだ」と軽口を叩いた後に、彼は咳ばらいを一つ。弛緩した空気と緩んだ表情を一度引き締めてから、その瞳を真っ直ぐ、このみの瞳に向けた。
「俺は、あれから考えた」
「何を?」
「本当に、このみと別れるのが正解だったのか、って」
独白するように、ポツリ、ポツリと亮は言葉を紡いでいく。このみは、そんな彼の独白を聞いて、思わず眉をひそめて口にする。
「正解なんて、そんな便利なもの。あるわけないじゃない」
「まぁ、確かにそうだけど。でも、分からなくなる。このみの夢を応援することに、間違いはない。だけど、それでこのみを傷つけてしまうことが、本当に正しいのか、なんて。悩んでいた」
亮にとって、それはまさに究極の選択だった。
「別れれば、夢を応援できるけど、このみを傷つけてしまうかもしれない。付き合い続ければ、支えることはできるけど、夢は遠ざかってしまう」
このみは茶々も入れず、ただ黙って話の続きを聞くことにした。
「それで、ある時に一匹の女狐が出てきて。お前が出る、定期公演のライブチケットを手渡された。ステージ、見たよ。圧倒されたし、綺麗だったし、何より……」
――お前のことを知ることが出来た、と亮は口にした。その時の表情は、このみの胸が思わず締め付けられるほど、悲哀に満ちていた。
「あのステージのおかげで、覚悟が決まったよ。このみの覚悟も、伝わってきたから」
今にも泣きそうなほど、崩れ落ちて消えてしまいそうなほど。まるで桜のように、あの日のように、絞り出した笑顔を、亮は浮かべて。
「俺は、このみと一緒に居たい」
手を差し伸べた。いや、手を伸ばされた。このみは少なくとも、亮が手を伸ばしてきたように見えた。伸ばされた手は、生まれたての小鹿の足のように、小刻みに震えている。顔は、見ることが辛くなるほど、綺麗だった。その全てが、どれだけ真剣に自分の事を考えてくれていたのか。このみは胸を貫かれるような熱さをもって実感していた。
このみの心の中は、まさに嵐の如く荒れ狂う。差し詰め、彼女はそんな嵐の海に取り残されたヨットの住人か。吹き飛ばされないように、帆にしがみついている。しかし、ただ必死に、がむしゃらに引っ付いているわけではない。そんな中でも、このみは操っていた。帆を。自らの、心を。
「亮の答え、よくわかった」
自分は何て幸せ者なんだろう、と不謹慎にも思わずにはいられない。誇らずにはいられない。まるで、映画やゲームのような筋書きだ。美しい物語だ。それはひとえに、お互いがお互いを想ったから。そうやって答えを出したから、生まれたものだろう。だからこそ、胸から溢れ出る温かい気持ちに、感謝せずにはいられなかった。
「私、亮に感謝しているの」
今度は自分が語り聞かせる番だと。噛みしめるように、震える声をもって告げる。
「亮って、凄いわ。本当に」
「……何が?」
「だって、私と別れるって、決めた事。全部、私の事を想ってくれて、自分なんてそっちのけで、言葉にしてくれて」
一つ一つ、大切に、しまいこむように、このみは言葉を紡いでいく。
「でも、それはお前を、傷付けた。それは、罪だ」
「確かに、私はとっても、傷付いた。どうしようもないくらい、擦り切れて。心に余裕も持てなくて。必死に、亮のこと考えないようにって、レッスンばっかりやって」
でも、とこのみは言葉を続ける。
「全部、自分ばっかり。亮は、ずっと私の事を想って、行動してくれたのに。私は、私の事ばかり考えて。そんなこと、私には出来ない。勝てない、って思った。亮の強い想いには、勝てないって。亮のように覚悟なんて、出来ないって。だから、亮に決断を押しつけちゃって。甘えちゃって」
懺悔の言葉。しかし、それはこのみの不幸せではなかった。懺悔のひとつひとつが、このみにとって、幸福の欠片のように、大切なモノだった。
「全部、私の代わりにやってくれて。もっと、もっと強い。覚悟……決めて、くれて。こうやって、私と話して……くれて」
声の震えが止まらない。言葉を紡ぐたびに強くなる。身体はとても温かい。不安なんて、もうどこにもない。心は空のように澄み渡っていた。
「ありがとう、亮。……ありが、とう。本当に、ほんと、に……私、幸せよ。亮といて、ほんとに、よかった」
その眦(まなじり)を緩めて、目尻に涙を溜めて。はにかみながら、瞳は真っ直ぐ亮の瞳の奥に向けて。涙声が、ポロンと紡ぎ出される。
「今まで、ありがとう――!」
このみの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。これ以上、亮を直視することが出来ず、俯いて、両手で顔を隠して、咽び泣く。
「あぁ。わかってたよ」
伸ばした手を引っ込めて、亮はポケットからハンカチを取り出すと、このみの前に跪き。目線を合わせて、彼女の前にそれを差し出した。
「わかってた。嫉妬した。俺には出来なかったから。多分、これからも出来ないから。……ステージの最後のように、このみをそれ以上の笑顔にすることが、俺には出来なかったから。こんなに、長い間一緒に居たのに。あの笑顔には、勝てないって、思った」
――だから、わかってた。このみが、アイドルを選ぶってことは。
このみは何も言わない。ただ、泣きながらも何度も頷いた。ゆっくり、噛みしめるように。何度も、何度も。
「俺も、幸せだよ」
目に入りそうな髪をかき分けて。零れ落ちる涙をそっと、ハンカチに吸わせる。涙がこぼれる度に、ハンカチをあてがった。
そんなことを繰り返して、数分。
目線を合わせていた亮と、このみの視線が、ようやく合わさった。
「綺麗に、なったな」
万感の思いを込めて、亮は優しく、そっと呟いた。このみはそれを受けて、赤く腫れあがった目を見開いて、すぐにまた俯いてしまった。そして、今度は弱々しく、蚊の鳴くような声で。
「――ばか」
恥ずかしそうに、その口元を緩めて、呟くのであった。
本編、これにて完結です。
最後に、全ての種明かしとして後日談を追加させていただき、それによってこの二次創作は、本当に最後となります。
この話は、割と一文一文を噛み砕くように読むのが、いいのかもしれません。
これが、私の描く二次創作の結末です。少しは、彼女たちの魅力を。「馬場このみ」の魅力を、伝えることができたでしょうか。
もしも出来ているのであれば、それは本当にうれしいことです。
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完結記念に、どうか。
感想、コメント、評価、批判、などなど、なんでもお寄せ下さい。私のこれからの執筆活動のためにも、スキルアップ、モチベーションなど。どうか、その一助を、読者の皆様にしていただければと思います。
二次創作でありながら、少し硬派に書きすぎたか、それともちょうどいい塩梅か。そういったことも、気になります。
それでは、次は後日談にて。あるいは、感想か。
失礼いたします。