【完結】馬場このみのリフレイン   作:沖縄の苦い野菜

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このみ姉さんを真面目に取り扱うと、シリアスになってしまうのは致し方なし。
自分で執筆していて思いますが、本当に読み手を選ぶと思います。この二次創作。

それでも読んでくださる方々は、どうぞ本編をば。


つながらない

 

 目覚めは最悪だった。頭の中では鐘を打ったかのように鈍痛が波紋し、腹の奥底はまるで焼け爛れたかのように重苦しい。中身がこみ上げてくる感覚を必死に抑えながら、彼女は上体を起こした。

 

(……どうしてこんなに、気分が悪いのかしら)

 

 自分が無茶な飲み方をする性分ではないと、彼女自身が一番知っている。

 

 だからこそ、とりあえず起きないことには始まらない。猛烈に瞼が重く、二度寝をしたい気分も打ち負かして、彼女はベッドから降りると、覚束無い足取りでリビングに入った。

 

 思わず、目を細める。カーテンから貫通する僅かな光でも、寝起きの瞳を灼くには十分だった。目の奥が黒と白に何度も移り変わるような感覚。頭を押さえて、彼女は目が慣れるまでその場に佇んだ。

 

「二日酔いの朝って辛いわね……」

 

 断定。これは二日酔いだと、頭痛と吐き気に思わずため息をつく。たったそれだけなのに、胃から胸のあたりまで何かがせり上がってくる感覚。思わず口に手を当て、気持ち悪さをやり過ごすと、倒れこむように近くの椅子に体を預け、食卓の上に突っ伏した。

 

 まずは状況を整理しようと、彼女は昨日のことを突っ伏しながら瞼の裏に投影する。

 

(確か、亮と一緒に服を選んで。……そういえば、また警察に声を掛けられていたわね。そんなに私、子供っぽく見えるのかしら……? いやっ、きっと亮が大きすぎるのが原因よ! 私より50センチも高いなんて……その身長分けなさいよ!)

 

 いけない、いけない。と、突っ伏したまま頭を振る。後半は八つ当たり気味になってしまったことを反省しながら、続きを思い出す。

 

(その後、いつものように飲み屋に行って。その時に、何か衝撃的なことを言っていたような気が……)

 

 神妙な面持ちの彼、亮が思い出される。何か、決意を固めたような表情で、そのくせ声音は恐ろしいほど無機質だった。それだけ思い出せるのに、肝心の言葉がわからない。ノイズが掛かったかのように聞こえない。思い出すな、と言わんばかりに。心が拒絶するように。

 

 ならば、方向性を変えてみよう。昨日、自分はどんな話を彼に振ったのか。

 

 ――聞いて驚きなさい。私、アイドルになったのよ!

 ――はっ……? アイドル?

 

(そうよ。私は確か、亮にアイドルになることを伝えたのよ。それで、亮ったら鳩が豆鉄砲食らったような顔をして呆けて……あんな間の抜けた顔も出来たのね)

 

 常に気を張ったような、適度に怠けているような、厳つい子供泣かせな顔が思い出される。そんないつもとは全く違う顔だったからこそ、気をよくして、彼女は飲みの席でとにかく饒舌になった。

 

(アイドルになることを、聞かれてもないのに事細かに話して……。765プロに入るとか、39プロジェクトのメンバーとか。お姉さんのセクシーな魅力で、ファンをメロメロにするわ、とか息巻いて……)

 

 それに対して、彼は何と返しただろうか。

 

 ――そうか。就職先決まったのは、喜ぶべきだな。おめでとう。

 ――ちょっと。それって私が今までニートだったみたいに聞こえるじゃない!

 ――ははっ、悪い悪い。

 

 冗談を言い合って、笑い合って。祝福をしてもらって。

 そんな時間がずっと続くと信じていた時に。

 

 ――なら、俺はもうお前の彼氏では居られないな。別れるか。

 

 そんな爆弾が、投下された。

 

「――っ!」

 

 スッと顔から血の気が一息に引いた。心臓が痛いほど強烈に脈打ち、背中からは嫌な汗が流れ始める。体の芯から冷えていくような、体が凍えていくような。感情の波は荒れ狂い、それは彼女の体調と呼吸を大きく乱していく。

 

「うそっ……うそっ!? 別れるなんて、うそよね!?」

 

 体が強迫観念に突き動かされる。跳ねるように椅子から立ち上がると、寝室に置いていた携帯電話を手に取った。

 

「……ねぇ、うそ、なのよね?」

 

 彼女の言葉は、ひとり寂しく部屋に木霊する。

 震える手を必死に動かして、ホーム画面を起動する。震える指は、わかっているハズのパスワードさえ、満足に打ち込ませてくれない。二度の失敗の後、三度目の挑戦。

 

「……っ」

 

 たった六桁。それを打ち込むのに、三分も使ってしまった。はやる気持ちを抑えるでもなく。彼女はすぐさま連絡用アプリを起動して、亮とのチャットルームを開いた。

 

「何も、書いてない?」

 

 別れようとか、さようならとか、そんな言葉はひとつも送られてきていなかった。もしかして、あの別れの言葉は悪い夢だったのではないか。そんな希望が胸の内で花開こうとした時。

 

 ――どうして、どうして別れる必要があるのよ!?

 ――そりゃあ、お前。アイドルになるなら。彼氏なんて存在、足枷にしかならないだろ。

 

 ドクン、と心臓が一際大きく跳ね上がる。希望の花は嵐に見舞われていた。今にも茎が折れ、あるいは根っこから抜けそうなところを、寸でのところで踏ん張っている。それなのに。

 

 ――私なら大丈夫だから! 事務所からも、許可はもらっているのよ!?

 ――それでも、ファンからの印象は良くない。お前の歌が特別上手だったり、ダンスが特別得意っていうのが売りなら、まだわかる。だけど、そうじゃない。お前は歌手でもなければ、ダンサーでもない。……このみは、アイドルになるんだろ?

 

 彼の言い分は、自分勝手なものではなかった。むしろ最大限、彼女を慮っての言動であった。柔らかくて、でも今にも壊れそうなほどクシャクシャな笑顔が、彼女の心に深々と突き刺さる。

 

 ――惚れた女の夢を全力で応援する。それが、イイ男の条件ってやつだろ? だから、胸張って行って来い。

 ――ッ!

 

 せき止めていた記憶が、決壊した檻から溢れ出す。あまりに大きく、あまりに荒れた激流は。容易く彼女の心を飲み込んでいく。

 

 ――どうして、どうしてっ、そう簡単に別れるなんて言えるのよ! 私のこと、好きなのよね? 愛しているのよね!?

 ――あぁ、愛している。心の底から惚れている。

 ――なら、どうして離れようって簡単に決めちゃうの!?

 

 ――ッ、簡単に決めたわけがないだろ!?

 

 その巨体のように、彼は基本的に大らかな人間だったと、彼女は認識している。それこそ、声を荒げて、怒鳴りつける姿なんて、今まで見たことがなかった。

 

 だから、彼女はその迫力に圧倒された。今にも泣きだしそうな、それなのに般若のように激情に歪められた彼の顔に。思わず息を呑み、身体を硬直させ、頭の中が真っ白になった。

 

 ――っ……悪い。怒鳴りつけるなんて……俺、最低だな。

 

 顔を片手で覆って、頭を抱えた。彼のそんな様子を見ても、彼女は硬直したまま動くことが出来なかった。

 

 ――代金、置いていくよ。それと、応援してる。ナンバーワン目指して、頑張って来い。

 

 個室の中。机の上に一万円札を置いて、彼はそのまま店から出て行ってしまった。去り際の背中を。寂しげに、灰色に燻ったその姿を見ていても、彼女は何一つ言葉を掛けることが出来なかった。行かないで、という素直な気持ちさえ喉につっかえて。伝えられないままに、彼の姿は消えていた。

 

 それからの記憶は、おぼろげにしか覚えていない。真っ白な頭で、とにかく何も考えずに、浴びるように酒を飲んだような気がする。

 二日酔いの原因は判明した。しかし、胸に残ったのは途方もない虚しさだ。そしてその穴を埋めるようにして奪われていくように感じられる体温。あまりの出来事に表面上は頭を抱えて混乱しながらも、冷静な頭の部分は理解していた。

 

 関係が、断ち切られたことを。

 思い出した全てが、夢じゃないことを。

 ひとり、アイドルという席に取り残されたことを。

 

「――ッ!」

 

 気が付けば、彼女は電話を掛けていた。プルルル、というコール音が、十度以上。一分か、二分か、それとももっと短いのか。ようやく音が鳴り止んだ時に、彼女は間髪入れずに声を上げた。

 

「亮っ! ねぇ、聞いてほしいことが――」

『おかけになった電話番号は、先方のお客さまの機器が接続されていないか、電源が入っていないためおつなぎできません』

 

 震える声が、憎たらしいほど透き通った機械音声に遮られる。まるで、不安に押しつぶされそうな自分を宥めるかのような音声は、彼女の心を的確に抉り抜いた。

 

 震えは声だけじゃない。喉も、身体も、足も、腕も、手も。力の入らなくなった手から携帯電話がするりと落ちた。鈍い音が室内に鳴り響いても、彼女はその音に反応すらできない。

 

「っ……っ!」

 

 はらり、ほろりと。

 床を濡らす水滴が、とめどなく溢れ出した。心のダムの中身は、とうとう現実にまで押し寄せて来た。

 

 力無く、か弱く、たった独り。

 頼りなく、痛ましいほど擦り切れた声は。

 

 誰に聞かれるでもなく、空虚な寝室で木霊し続けた。

 

 

 

 




※作品タイトルを「リフレイン」から「馬場このみのリフレイン」に変更しました。こっちの方がわかりやすいので、変更した次第です。

さてさて、短編なので早めにさくっと終わらせる予定。

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