【完結】馬場このみのリフレイン   作:沖縄の苦い野菜

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心情描写ってこれでいいのかな、とか思いつつ投稿。

物語は少しずつ歩み始める。


ボーイフレンド

 

 電源を切ってある携帯電話が、ポツンと食卓の上に置かれている。

 多分、もう二度と。この携帯電話の電源はつけないだろう。だから余計に、捨てられた子犬のような哀愁が漂っている。

 

 考えないようにする。考えたくない。考えたい。

 

 まさか、あいつのことでこんなに苦悩する日が来るなんて、思ってもみなかった。平凡で、平穏で、どこにでも転がっているような日常が続くものだと夢想していた。

 

(……いや、壊したのは俺か)

 

 繋がれた手を振り払ったのは、他でもない俺自身だった。

 この選択はきっと、夢を応援する友だちとしてなら合っている。だけど、お互いを支え合っていた彼氏としては、きっと……。

 

(十年付き合って、破局か。学校の連中が聞いたら、目を剥いて驚くだろうな)

 

 俺とあいつは、親同士に付き合いのある幼馴染で、それこそ保育園の前からの腐れ縁だ。

 男とか、女とか。意識するのもバカらしくなるほど。一緒に遊んで、勉強して、時には怒られて。

 

 中学に入ってからは、周囲が男女の違いにとにかく敏感だった。その頃から、俺とあいつの身長差はひどいもので、確か40センチだったか。

 

『仲がいいな、おうとつカップル!』

『いやいや、あれは親子だろ』

『亮が父親で、馬場のやつが娘だな!』

 

 よく、からかわれていた。中学にもなって男女仲良く、というのが格好の的だったのだろう。

 中学に入っても、あいつとはよく遊んだ。体格差が顕著になってからは、特にボードゲームなんかで遊んでいた。オセロ、将棋、囲碁、チェス……俺の親のせいであいつは麻雀にはまっていたが。

 

 周囲の野次に対して、俺は特に何も思っていなかった。友人の軽い冗談だとわかっていたから、「友達だっての」と軽く流していた。少なくとも俺は、執拗にからかわれるようなことはなかった。人並みより大きな体格のせいだ。

 

 このまま腐れ縁が続くなんて思っていた俺は、中学二年の夏に、あいつに屋上に呼び出された。

オレンジに校舎を染める夕日をバックに待っていたあいつは。俺が来たとわかるなり、やけっぱちに叫んだ。

 

『貴方のことが好き! だから、付き合って!』

 

 やけにあっさりと、それでいてどこか必死な声が、耳の奥までジンと届いた。こいつは何言っているんだ、と当時の俺は本気で思った。

 

『何で無理してんの?』

 

 驚くほど冷静な言葉が、光も屈折するほどの空気を切り裂いた。自分の周囲の温度が、数度下がっているようにさえ感じられた。

 

『無理って……私は、本気で告白を――』

『そんなヤケクソに、吐き捨てるようにか? てか、何時からの付き合いだと思ってるんだよ。お互い、男女だ何だって、意識する仲でもないだろ』

 

 そんなことはお互いにわかっていると思っていた。だから、確認する意味でもそんな「当たり前」なことを口にした。

 

『お前さ。何で告白なんてしたんだよ。俺たちには、意味ないだろ』

 

 その言葉がトドメになったのか。あいつはガチガチに固まった表情を柔らかく崩した。肩をすくめて、自嘲気味な笑みを浮かべて。

 

『……やっぱり、わかるのね』

『何年の付き合いだと思ってんだよ。もう十年以上だぞ』

『そうね。……でも、それでも言うわよ』

 

 決意によって引き締まった表情。先程までの投げやりな声ではなく、声音も決して大きくはない。しかし、それでも耳に残るような芯のある声で。

 

『亮、私と付き合って』

 

 もう一度、あいつは俺に告白した。今度は余計な装飾が取り払われて、核が顕となって。でも、俺もエスパーじゃない。何から何までわかるわけじゃない。だから、その時のあいつの気持ちが、理解できなかった。

 

『……話聞いていたか? 意味ないだろ、そんな関係』

『それは、亮の視点からの話でしょう?』

『なら、お前にはあるのかよ。付き合う意味が』

 

 あいつは頷いてみせた。そして、さっきまでの強気な姿勢はどこかに捨て去って。顔に陰りを見せながら、ギリギリ聞こえるくらいの声で呟いた。

 

『嫌なのよ』

『何が?』

『ッ、亮とッ! 対等で居られなくなるのが、嫌なのよッ!』

 

 必死に、顔をこわばらせて、目尻に雫を蓄えて。あいつは俺に力の限り叫んできた。

 

『私と亮が、なんて呼ばれているかわかる!? 親子よ、親子!』

『からかいだろ。俺とお前の関係は変わらない』

『それでもっ。それでも嫌なのよ! 対等に見られないことが! 周囲に、私と亮の間に変な壁を敷かれることが! 耐えられないのッ! 本当にそうなっちゃうんじゃないかって……怖いのよッ』

 

 その時の俺は、鈍器で頭を思い切り殴られたかのような衝撃を受けた。お互いのことをなんでもわかっている、親友だと思っていたことが、思い上がりだったことに。以心伝心なんて、所詮は絵空事だったことに。

 

 考えたこともなかった。恐怖にさらされているなんて、思ってもみなかった。そんなことがあるのかと、寝耳に水の話だ。

 

『みんなから対等に見られる関係。きっと、友達よりもっと上にいかなきゃいけない。だから、恋人。表面だけでいいの。おねがいッ』

 

 縋るような声に、衝撃を受けていた俺はあっさり頷いた。どのみち、関係が変わらないのならそれでいい。そんな安請け合いをして、俺たちは付き合い始めることになった。

 

 当然、中身は何も変わらなかった。いつものようにボードゲームで遊んだり、おしゃれに敏感になったあいつの買い物に付き合わされたり。日常が戻ってきた。これで憂いもないと思いながら、しかしそれもすぐに忘れて、時は過ぎていった。

 

 ――気がついたら、俺はあいつのことを目で追っていた。

 

 何時からだったかは、覚えていない。だが、男女を意識するようになっていた。友情以上の何かが芽生えて、ツボミをつけていた。本気の恋ってやつを、するようになっていた。

 

 思い切って告白したのは、確か大学時代だったか。

 俺の一世一代の告白を聞いて、あいつは、はにかんでいた。頬に朱に染めて、照れくさそうに「私も」と打ち明けてきた。

 

 

 

 嘘から始まった関係は、その日を境に本物になった。

 

 でも、本当なら嘘のままで終わるはずだった関係だ。

 あいつから始めて、俺とあいつが本物にして、俺が壊した。

 

 元に戻っただけだ、間違いを正しただけだと自分に言い聞かせる。結局は、変わらない。元から、こんな関係はおかしかった。だから、これでいい。あいつの夢のためにも。きっと、これでいいんだ。

 

「……これで、いいんだ」

 

 あの携帯電話は、もう使わない。仕事用のやつを別に持っているから、困ることはない。プライベートの関係が少し窮屈になるかもしれないが。そんなのは些細なことだ。

 

 もう触ることはないだろう。でも、きっと捨てられない。

 まるで呪いのようだと、目に入るそれが憎たらしくなってきた。

 

 そうだ、今からテーブルクロスを買って、あれを隠そう。そうすれば、もう気にすることもなくなる筈だ。

 

 俺は呪いに背を向けて、家を出る。生憎な天気で、俺はもう一度、家の中に入る。すると、食卓の上の携帯が嫌に目に入ってきた。

 

 すぐに視線を切って、傘を持って家を出る。

 

 そんな時に、ちょうど水滴が落ちてきて。

 俺は安いビニール傘の中に隠れて、降り始めてきた外の世界を歩き始めた。

 

 




テンポとしてはこんな感じでしょうか。

無駄に長引かせることはありません。必要なことを書いて、少しでもこのみ姉さんの魅力を伝えられれば……。

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