【完結】馬場このみのリフレイン   作:沖縄の苦い野菜

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少し遅くなりましたが、何とか仕上げて投稿。

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ボーイフレンド2

 昼時。いつもとは違う店で昼食を摂っている時だった。

 備え付けられていたテレビがちょうどCMに入ると、カレーの宣伝CMにメインで起用されているあいつの姿を見て。俺は思わず目をそらして、口いっぱいに白米を頬張った。

 

 ここ最近、窮屈でたまらない。

 別に、仕事の残業が酷いとか、職場で肩身狭い思いをしているとか。そんなことではない。

 

 こればかりは俺の自業自得ではあるのだが、それでも苦労とは無縁にはなれなかった。

 

 あいつだ。馬場このみ。俺の元彼女、現アイドルの影を見る度に、俺は頭を悩ませている。765プロとやらが大々的に宣伝を始めて、最近は以前にも増してポスターや宣伝の類で、あいつのことを見かけるようになっていた。

 

 そういうアイドルとしてのあいつを見ていると、大丈夫そうだな、という根拠のない安堵が湧いて来る。胸の奥底で燻った、廃棄物のような得体のしれない何かを残したまま。

 

 なんて往生際の悪い男だ、と自分でも思う。だが、こればかりはどうしようもない、という諦めもある。

 

 いくらあいつの為だと理性が言い訳しても、本能が従ってくれるわけがない。

 

 けれど、俺は理性をもって言い訳を続ける。

 これでいいんだ、と。

 

 食い終わった食事を前に、手を合わせて一言。ロクに味も分からなかったが、ここには二度と来ない、と心に誓った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 仕事終わりの帰宅時。

 夕日はすっかり沈み、半月が黄色くはっきりと空に浮かんでいた。

 

 ここ最近、仕事のミスが少し増えて、上司に叱られることが多い。自分でも重症だと思うし、自分自身が情けないとも思う。自覚していて尚薬がないというのが、この病の性質の悪い所だ。

 

 そういう時は、飲み屋で酒を引っ掛けて、吐き出すに限る。吐き出す相手は……まぁ、電柱でいいだろう。今から向かうのは行きつけじゃなくて、適当に見つけた飲み屋だ。まさか初っ端から店主に迷惑を掛けるわけにはいくまい。

 

 適当に見つけた飲み屋。そこの赤い暖簾を手押しに、入り口を屈んで潜り抜ける。いらっしゃい、と気合の入った挨拶と、確認の視線がちらほらと。カウンター席が十と、テーブル席が三つ、畳の上が二つと、思いの外こぢんまりとした店の中。奥で鶏肉を焼いていた店主らしき坊主のおっさんが「カウンターの一番奥が空いてるよ!」と声を掛けてくる。俺はひとつ頷いて、指定された席に座り、改めて店の中を見てみる。

 

 とにかく思ったのは、小さな店の割にはよく繁盛している、ということだ。日が暮れてから間もないというのに、カウンターの三席と畳の一つしか空いていない。案外、「当たり」を引いたのかもしれない。こういうことがあるから、冒険っていうのは止められないんだろうな、とどこか他人事のように思っていた。

 

「水とか手拭きは自分でとりな! うちはセルフサービスだからな!」

 

 ビールはサーバーから自分で注いで、隣の木札とって会計だ! と、すぐさま店主(あの坊主以外に従業員が見当たらないから、店主で間違いない)の指摘が飛んでくる。顎で指された先を見てみると、カウンターと畳の中間に、デカデカとビールサーバーとジョッキのスペースがある。圧迫されている面積は一畳ほど。ジョッキを空にした客が砂糖に群がる蟻のように吸い寄せられていく。

 

 水差しとコップは目の前にあるが、俺はそれを無視してビールサーバーに向かった。ジョッキを手に取り、注ぎ口にあてがってレバーを引く。景気よく泡の弾ける音と共に、それでも多くの白い泡がジョッキの上に上にと競り上がる。零れる前にとレバーを戻したが、思いの外、泡は競り上がらないもので、普通より少し少なめになってしまった。

 

「あぁ、それと残念だが。レバーの故障とか、中身が切れたとかじゃない限り。一回レバーを引けばそれで一杯だ! 二度引きするなら木札二つ持って行くことになるから気をつけろよ! 木の札だけにな!」

 

 がっはっは、と大口開いた店主は、それだけを言うと焼き鳥を皿に乗せ、カウンターの奥から出てきたかと思うと「へいお待ち!」とテーブル席に持って行った。引き締まりながらも、脂で表面が光沢を帯び、振り掛けられた塩コショウが鼻に「食え!」と訴えかけてくる。

 

「店主。俺にも焼き鳥頼むわ」

「あいよっ。それと、木札忘れんなよ?」

「おっと、飯テロされて危うく忘れるところだったわ」

 

 指摘されてから木札をひとつ手に取ると、店主はビールの泡よりも白い歯を剥き出しに「次から忘れんなよ!」と声を掛け、カウンターの奥に引っ込んでいった。

 

 俺も自分の席に戻り、まずは一杯。キンキンに冷えた液体を喉に流し込めば、きゅっと喉奥が引き締まるような感覚を覚える。これがいい。実にいい。

 

 喉に流し込む余韻に浸っていると、新たに客が一人。俺のすぐ隣の席に座った。「おじさん、いつものよろしくっ」なんて艶のある声が横から聞こえてくる。見てみれば、眩しく長い茶髪に端正な顔立ち。そんな美人を横目に、彼女の隣の空席を確認する。

 

 俺はもう一度、ジョッキを傾けた。駆けつけ一杯のビールのおかげで、悩みなんて不純物は全て泡沫のようにはじけ飛んだ。

 

 雪辱を晴らすために、俺はジョッキを片手に立ち上がる。次こそは、限界まで注ぎ込んでやるという意気込みが、胸の内で薪となって燃えていた。

 

 

 

 ◆ ◇ ◆

 

 

 

「それでね、それでね。プロデューサーくんったら、酔い潰れちゃって――」

 

 端的に言おう。酔っ払いに絡まれた。

 ビール二杯目を注ぎに行く前、俺の隣に座ってきた茶髪の美人。どうやら待ち合わせもなく一人酒をしていたのだが……。もともとおしゃべりな気質なのか、酒が入った途端に横に居た俺に身の上話を、聞いてもいないのに話してきた。

 

 飲み屋で一人酒をしていると、よくあるコミュニケーションではある。だから、聞き手に徹しようと適当に相槌を打ちながら口を程良く乾かしていたのだが。

 この美人。とにかくおしゃべりで、それに比例するようによく飲む。まだビール五杯目の俺に対して、彼女は八杯だ。もう、それだけで大丈夫かこの人、と心配になってくるのだが。

 

 彼女は話が一区切りついて、またジョッキを傾ける。顔立ちは非常に端正で、スタイルもそこらの男が放っておかないほど素晴らしいのだが。頬を酔いに染めて喉をコクコクと鳴らして飲む姿は非常に色が強いのだが。

 

 ジョッキを置いた時、彼女の口の端には白い泡がついていた。せっかくの美人な顔が、白いひげを作って台無しである。それが気になって凝視していると、だ。

 

「あらっ、なーに? 急に男の子になっちゃって」

 

 などと、獲物を狩りとろうとする豹のように目を細めてくる。これが肉食系女子か、などと思いながら、俺が自分の口の端を指差して。

 

「いや、口の端。端。ひげ出来てるから」

「えっ、うそぉ!?」

 

 指摘すると、今度は羞恥に顔を染めて手拭きで口の端を慌てて拭う。

 

「ねぇ、とれた? ヒゲ、とれてるのよね?」

「あー、とれてる。とれてるから」

 

 ゴリゴリと攻めて来る肉食系かと思えば、不安そうに念入りに聞いて来るというか、詰めが甘いのか。とにかくピュアな一面を見せてくるという。狙ってやってんのか、とさえ思う程のギャップをもった目の前の美人は。多分、間違いなく残念系なんだろうと思う。残念系じゃなければとんだ女狐だ。妲己の生まれ変わりと言われても信じるだろう。

 

「よかったぁ。……って、よくないわよ! うぅ、まさか男の子にあんな失態をみせるなんて……」

 

 明るく花咲いたような笑みを浮かべたかと思えば、今度は過ちを悔いるように落ち込んだ表情を見せる。忙しい奴だな、と他人事のように思いながら、俺がジョッキに手を伸ばしたところで。

 

「そうだ! 私も話したんだから、キミも何か話していいのよ」

 

 世紀の大発明を思いついた、とばかりの得意顔に、何かを狙ったような爛々と輝く瞳がこちらに向けられる。話をそらしたいのか、それとも恥ずかしい話でも引き出して今の痴態を帳消しにしたいのか。あるいは酔っ払いの謎理論というのもあり得る。

 

「話すことなんてないな。酒と一緒に電柱に吐き出そうとしてたんだ。相手は間に合ってる」

「そんなツれないこと言わないの。ほらっ、恋の相談から愚痴や惚気まで、何でもいいのよ」

「……恋、ね」

 

 思わず口から吐き出された。今まで酒の勢いに任せて忘れていた記憶が、急速に甦ってくる。それを思い出すほど、自分の顔が強張っていくことが自覚できた。

 

「……もしかして私、何か地雷踏んじゃった?」

「まぁ、踏んだな。とびきりの地雷。いや、本当に、よく踏んでくれたな」

 

 この残念美人どうしてくれようか、と思わず顔が綻んでいく。電柱より、ちょうどいい放出先を見つけた。オロオロと困惑気味の彼女の姿が、ささくれだった心の中に蔓延る嗜虐心を刺激する。

 

 もとから剥がれがちではあったが、この美人の残念さをとことん引き出してやるために、ちょうどいい。ここらで一つ、溜まった心の泥を吐き出してやる。

 

「女の夢を応援するために、女を振ったバカな男が居た。それだけだ」

 

 吐き出した後は、ジョッキの中身を盛大に煽った。酸いも甘いも、飲み込んだ。

 

「夢を応援するために? ……どうして、隣で支えなかったのかしら」

 

 どんな反応をするかと美人を見てみれば、さっきまでの残念さはどこに行ったのか。真剣で、端整で、力強い光を宿した瞳。総じて、凛々しい女性の顔がそこにはある。

 

「彼氏がいるとまずい。そんな夢だった。ただ、それだけ」

 

 言葉にすれば。本当に簡単だった。まるで自分のものじゃないかのように、羽のように軽く口から吐き出される。もう終わったせいなのか、それとも当事者の気持ちさえ流してしまったせいか。

 

「強い男の子ね」

 

 それなのに、その何気ない言葉に、俺は心臓を鷲掴みされたような痛みを胸に覚えた。別れを告げた時のこのみの顔を、思い出してしまった。

 

「……いいや、強くない。弱い。反吐が出る」

 

 吐き捨てるように、嫌悪に満ちた声が、いつの間にか口から飛び出していた。自分が言ったことを振り返り、思わず俯いた。恥ずかしいのもあるが……何より、今の顔は誰かに見せられるようなものじゃない。絶対に。

 

「厳しいのね。私は、強いと思うけれど。好きな人のために、その子から身を引くなんて。簡単に出来ることじゃないわ」

「別れ際、女の顔が悲嘆と苦しみに歪んでいたとしてもか?」

「そうなることは、キミも分かっていたはずよ。それでも、その先にその子の幸せがあると信じているのなら。その決断は立派なものだと、私は思ってる」

「……正解なのか?」

「わからない。だけど、キミにとってはそれで正解。違うかしら?」

「……はぁ。厳しいご指摘どうも」

 

 とんだ女狐だ、と心の中で悪態をつく。残念な姿を見て満足しようと思って泥を吐き出せば、見事にさらわれて、洗われて帰ってきた。間違いない。こいつは妲己だ。とんでもない悪女だ。

 だから、精一杯、悪女を睨みつけてやる。この顔を忘れないために、憎しみを込めて瞳を向ける。

 

「あら。もしかして、私に惚れちゃった?」

「抜かせ女狐。女送り出した男が、取っ替え引っ替え惚れ腫れして堪るか」

 

 もう一度、今度は眉をひそめて睨みつける。しかし、悪女は俺のそんな様子を余裕の笑みで受け止めていた。

 

「いやん。そんなに熱い視線を向けられても困るわ……冗談、冗談よ。だから、そんなに凄まないの」

「わかればいい。まったく」

 

 こめかみの痙攣と、使った表情筋をほぐすため、自分の顔を何度か揉む。激情とか心の整理とか、そういったものが全て平らになったとき。俺はジョッキを片手に席を立ち上がる。

 

「……何だ?」

「私もお代わり。もう空なのよ」

 

 後ろからついてきた悪女は、空になったジョッキを片手に、見せつけるように雑に揺らした。悪女であり、とんだ飲兵衛だ。その様子を見て、俺は知らずのうちにため息をついて、再びビールサーバー向けて足を運ぶ。

 

 六回目の挑戦となれば、サルでも容量を覚える。しかし、どうやら俺は猿以下のようで。

 

「……はぁ」

 

 ほんの少し物足りないジョッキの中身に項垂れながら、木札片手に席へと戻る。すぐ後に、悪女もまた席に戻ってきた。

 

「それじゃあ、乾杯しましょう」

 

 戻ってきて早々、眩しい笑顔でそんなことを言って、ジョッキを掲げてみせた。

 こういうところが、この女を天然の悪女たらしめる理由だろうと思いながら。

 

「何に乾杯するんだ?」

「んー、飲み屋で語らった仲間として。なんてどうかしら?」

「そりゃいい。それくらいが丁度いい」

「それじゃあ」

 

『乾杯』

 

 コツン、とジョッキ同士をぶつけて。

 その中身を一気に煽るのだった。

 

 




短めにまとめようと思っていましたが、思いの外長くなりそうで怖い……。

彼女たちの魅力を伝えつつ、ぱぱっと終わらせられるように努力したいと思います。
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