……言葉が見つからない。
いえ、赤色のバーが付いたあと、緩やかに後退するのに戦々恐々していると、まさかのぶっちぎりの赤色をキープしていてですね。怖い、怖いとか思いながら様子を伺っていると、とにかく高評価をいただけて。
私から返せるものといえば、ありがとうございます、という言葉と。
それに見合った「クオリティ」の作品を投稿して、完結させるのみです。
改めて、ありがとうございます。そして、皆様のご期待に応えられるように、精進していく所存。
それでは、本編をどうぞ。
その日、事務所で莉緒を発見したこのみは、先日の服飾店での出来事を気に掛けないよう、自然体で話しかけようとしていた。その服装を見るまでは。
「あっ、このみ姉さん。この服装どうかしら? ちょっとイメチェンしてみたんだけど」
その服は先日遭遇した莉緒と思しき人物が着ていたものと、まったく同じだった。艶やかな魅力ではなく、清楚で可愛らしい服装に身を包む莉緒の姿はお世辞抜きによく似合っていた。
「あ、うん。よく似合ってると思うけど……どうしたの?」
普段の莉緒ちゃんなら着なさそうな服だけど、と言葉を付け加える。本心は追究を嫌がっていたが、それよりも好奇心が強く前に出た。同時に、不安なんて取り除きたい、という安らぎも求めていた。あの日の根底を覆してほしい、と。
「ん……あぁ、どうしてこの服着ようとしたかってことね」
合点がいったように頷き一つ。莉緒はその場でターンをしてみせると、見事なカーテシーを披露してみせた。顔を上げた時、悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「飲み屋で知り合った男の子に選んでもらったの。この方が男の子受けする、ってね」
「飲み屋で?」
「えぇ。一ヶ月ちょっと前だったかしら。ひとりの時の行きつけに、よく来るようになった子よ」
一ヶ月ちょっと前、という言葉にこのみの心臓は鷲掴みにされた。偶然か、それはこのみが亮と別離してしまった時期である。彼の行きつけの飲み屋で、莉緒と一緒にしばしば彼が来ないかと様子見していたが。来なかった理由はまさか、と邪推してしまう。
「……というか、このみ姉さん居たじゃない。あのお店の前に」
目つきをスッと細くして、莉緒は核心を突くように切り込んだ。このみはそれに「あっ」と思わず声を漏らし、視線を泳がせた後、「あははは……」とやり場のないような苦笑いを浮かべた。
「そう、だったわね」
「もうっ。気を利かせてくれたのかもしれないけど、話しかけてくれても良かったのよ?」
「あー、それはちょっと無理」
このみは自分が割り込む図を想像して、すぐに首を振った。例え本当に亮に似た人物なだけであったとしても、あの空間に割って入る勇気はなかった。
「そういえば、飲み屋で知り合ったって言ってたけど。どんな子なの?」
「うーん……そうねぇ」
好奇心と、否定材料を求めて思わず口が動く。莉緒は質問に「どう答えたものか」と顎に手を当て考え込む。
対して、莉緒の姿を見たこのみは、思わず目を見開いて固まった。莉緒の考え込む姿は、今までの彼女とはまるで別人だった。「恋に悩む令嬢」などという言葉がピッタリな、そんな脆い雰囲気が感じられた。
「うん、誠実な男の子ね」
「誠実?」
「そう。私がサービスしてあげたら、『もっと身持ちはしっかりしとけ』って言ってきて。割と強引に結んだ約束にも、ちゃんと来てくれて。服選びにも、私が巻き込んだのに真剣に選んでくれて。とってもいい子なの」
「そ、そう……。名前は?」
「名前? ……あっ」
そこでふと、血色の良かった頬からサッと血が引いていく。口を開けて、手をその前で開いて、如何にも「やってしまった」というポーズを取っていた。そしてすぐに、慌てた様子で両手を縦横無尽に、あてもなく動かし始め「どうしよう!」と声を上げる。
「このみ姉さんどうしよう!? 私、あの子の名前聞いていないし、連絡先も交換してないのよ!」
「……えぇ!?」
それが本当なら、うっかりなんてものじゃない。莉緒の初恋と思わしき相手と、莉緒は連絡手段がない上に名前も分からない。どこか物語染みて来た、なんてくだらない所感は置いておいて。「どうしよう、どうしよう」と慌てる莉緒にこのみは声を掛ける。
「そ、そうよ! 大丈夫、莉緒ちゃんなら、行きつけの飲み屋でまた会えるでしょう?」
「でも、また必ず来るとは限らないし……そもそも、行く日が被るか分からないし」
「じゃあ、今度の飲みから莉緒ちゃんの行きつけにしましょう。私も、一人で飲むのは寂しいし。その人に会うためにも、このみお姉さんも一肌脱いであげるわ」
「えっ、でもこんなことにこのみ姉さんを巻き込むのは……」
「いいのいいのっ! ……私も、確かめたいことがあるから」
このみは自分の胸に手を当てて、考え込むように俯いた。その様子を見た莉緒は申し訳なさそうな顔で、後頭部に手を当てて困ったように瞳を揺らしていた。
「……このみ姉さんが、そこまで言うなら」
「じゃあ、決まりねっ! 早速、今日の終わりから行きましょう」
「えっ」
莉緒は思わず声を上げながら、呆気にとられたような表情でこのみのことを見つめた。そんな様子の莉緒を見て、このみは首を傾げた。
「え、だって善は急げ、っていうじゃない。今日しか会えないかもしれないし、行ける日には行かないと、ねっ!」
「えっと……このみ姉さん、最近飲みばかりじゃない。少しは肝臓休めないと……」
「だいじょーぶ。量は弁えてるわよ。そんなに飲まないから」
「……まぁ、いっか」
莉緒は諦めたような、気の抜けたような声音で小さく肩を落とす。そしてすぐに、決意を固めたように凛々しい顔で前を向くと、劇場の更衣室の方に顔を向けた。
「なら、まずはレッスンを全力でやりましょうかっ」
「えぇ、そうね!」
えい、えい、おー! と、子どもっぽい掛け声で気合を入れながら、二人はまっすぐ更衣室に向かうのであった。
◆◇◆
いつもの赤い暖簾を手押しに、しかし今日は一人ではなく二人で。莉緒は行きつけの飲み屋に入って行った。「いらっしゃい!」と元気の良い坊主頭の店主の歓待を受けながら、莉緒は奥のカウンター席が空いていることを確認すると迷うことなくその席に向かって腰を落とした。このみも後に続いて、莉緒の隣の席に座り込む。
「ん? ここは嬢ちゃんのような子が来る場所じゃないぞ」
暗くならねぇうちに帰りな、ここは大人の飲み屋だ! などと、このみが席に着いたのを見るなり、坊主の店主は声を張り上げた。それに思わず「あっ」と莉緒は声を漏らして、恐る恐るこのみの方を見てみると。打ちひしがれた様子で、自嘲しているような、諦めたような笑みを浮かべて、そのくせ慣れた手つきでポケットから運転免許を取り出してみせた。
「わ・た・し・は! もう大人のレディよ!」
見せつけられる免許証。店主はそれをまじまじと見つめて、「マジか」と信じられないものを見たような顔で、莉緒の方に目配せする。そんなどこか懐かしい遣り取りに、莉緒は「くすっ」と小さく笑みをこぼしてから「えぇ」と頷いて見せた。すると、もう一度店主は呆気にとられたような顔で、このみを見つめた。
「……こりゃ、嬢ちゃ……いや、大人のレディに向かって失礼だったな。よしっ、失礼の詫びに、ビール一杯無料だ! そこのサーバーから勝手にとっていきな!」
「あら、わかってるじゃない! よしっ、莉緒ちゃん行きましょう!」
「ふふっ、そうね。あっ、ここはレバー引いて戻したらそれで一杯だから、気を付けてね」
店の勝手を説明しながら、莉緒はセルフサービスのビールを注いで実演してみせる。それを見てこのみは「面白そうじゃない!」と気合を入れてジョッキ片手にレバーに手を掛けて……気合を入れた甲斐もなく、惨敗。明らかに目減りしたビールに肩を落とした。
「……結構難しいのね。ビール注ぐのって」
「最初は誰でもそうなるのよ。一度は通る道だから、気にしないでね」
「この店の洗礼、ってところかしら。なら、次は絶対に限界まで注いでやるんだから!」
負けてられるか、といった気概をみせるこのみに、莉緒は肩の荷が下りる思いで小さく息をこぼした。無邪気に、気負うことなく、楽しく飲んでいる姿を見て、思わず力が抜けた。
それからしばらく。おつまみを頼んで摘み、ビールを飲み。程良く出来上がったところで、このみからある話題が上がった。
「そう言えば、莉緒ちゃん。次の定期公演、呼ぶ人は決まった?」
「んー、そうね。ステージを見せたい子がいるわね」
「ほほーう。なぁに? 例の男の子?」
「そう。まぁ、会えるかどうかわからないけど」
真剣な顔つきで言う莉緒とは対照的に、酔っ払って赤い顔をしたこのみは「莉緒ちゃんにも春かー!」とテンションを大きく上げて、ジョッキを傾けた。
「ぷはっ。それで、それで? 今日は来てるの?」
「あー、そういえば見ないわね。まぁ、平日だし」
「来てないのねー。うーん、会ってみたかったけど」
「えっ、どうして?」
酔っ払いの戯言か、それとも本心からか。莉緒の言う「男の子」に「会ってみたい」というこのみの発言に、莉緒はふと違和感を覚え反射的に聞き返した。それに対してこのみは、悩んだような素振りを見せた後。「なんだかね」と言葉を口にした。
「似てるのよ、アイツと」
飲み屋の喧騒が鳴り止んだかのように。莉緒は今、このみの声しか聞こえなくなっていた。真剣な目つきで、図る様に、彼女はこのみの様子を窺った。
「ほら、ちょっと前のショッピングモール。あの時の後姿も、似てたし。性格とか、言葉もそっくり。もしかして、なんて思っちゃって。ちょっと、不安になっちゃって」
アイツのわけないのにね、とこのみは自嘲するように呟いた。横から見たこのみの瞳は、凪のように静かだった今までの物ではない。水面に小石ひとつを投げ入れたかのように、小さな波紋が立つように、揺れ動いていた。
たかだか、小石ひとつの揺れ。
されど、小石ひとつ分の疑念が波紋した。
莉緒はジョッキを片手に口をつける。長く、ゆっくり、味わうように。煽るのではなく、少しずつ口に含み、飲み込みを繰り返し。それを空になるまで行った。
「ふぅ」
冷たいビールが、喉を程良く締め付ける。その余韻に浸っていると、ふとこのみから視線を感じ、同時に胸が締め付けられるような感覚を覚える。出来る限り自然に、しかしどこかぎこちなく、莉緒はこのみの方に向いた。
「どうしたの? このみ姉さん」
「……莉緒ちゃん、ヒゲ出来てるわよ」
「えっ……うそぉ!?」
またー!? と高い悲鳴を上げながら、慌てて口周りを拭きとる。そして自分の周りを指でなぞり、とれているかどうかを確認してから、小さく溜息を吐く。
「見ていたのが、このみ姉さんで良かったわ。また男の子に見られてたら、立ち直れてなかったかも……」
「泡立ったビールを飲むときは気をつけないと。油断してがっつくと、すぐにヒゲが付いちゃうから」
そうして、談笑をしているうちに時間は過ぎ去った。結局、目的の彼は本日、この飲み屋に訪れることはなく。
そよ風に小さく揺れる赤い暖簾を尻目に、二人は帰路につくのであった。
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