この腐った世界に救済を!   作:しやぶ

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誤解されないように言っておくと、作者はティナ大好きです。悲惨な目に遭っているのは愛情の裏返しなので、ここを乗り切ればその分後で良いことがあります。安心してください

それでは本編をどうぞ!


第13話 対話:ティナ視点

 ────あぁ、またこれか。

 

 夢を見ている。『彼』がまだ生きていた頃の──私が最も幸せだった一週間を、私とは違う形で過ごす〝ティナ〟と〝彼〟を、外から私が眺めている夢。

 あり得たかもしれない、『彼』との別の思い出。見るたびに変わる幸せな七日間──だけど最悪の結末だけは、いつも同じ。

 

 ────場面が切り替わり、夜になる。

 

 〝ティナ〟はスコープ越しに、餌であるライフルを監視している。

 そして暫く監視を続けていると、突如現れた青年がライフルを蹴り飛ばし、何かを叫んだ。

 それを見た〝ティナ〟は引き金に指をかけ、容赦なく敵を撃つ。その結果、どれ程の絶望に見舞われるのかも知らずに。

 

 ……傍観者である私は、その様子をただ見ることしか許されていない。

 最初は何度も止めようとしたが……明晰夢のくせに、夢は私の思うように動いてはくれなかった。

 

 そして〝ティナ〟が敵の死体を確認するため移動した先で──物言わぬ肉塊と化した"彼"の姿を見て絶望する。そこでいつも目が覚めるのだ────

 

(…………あれ?)

 

 いつもならここで終わるのに、悪夢が消えない。

 

 ──そうして静止した夢の世界の中でただ一つ、肉塊だけが蠢き始めた。

 

(な、なんですかこの展開は!? 私、こんなの知らな──ッ!?)

 

 蠢く肉塊──〝彼〟の骸と目が合った。

 

(〝ティナ〟じゃない。確実に、私を見ている……!?)

 

 そこで、〝彼〟の口が動いていることに気付き──ハッとする。

 

(待って、まさか彼に()()()()を言わせるつもり!?)

 

 ────骸はそのままゆっくりと口を開く。

 

(それだけはっ、それだけは本当にダメ! 彼にそれを言われたら、私は……!) 

 

『──()()

 

「あぁぁああああああ!!!」

 

 悲鳴を上げながら跳ね起きる。

 

 彼は私に、たくさんのものを与えてくれた。『痛い』だけが人生ではないのだと教えてくれた。

 

 ──なのに。

 

「私はっ、私は……!」

 

 彼に『痛み』とは無縁の世界で生きていて欲しかった。

 彼には幸せになって欲しかった。

 

 なのに、なのに……! よりにもよって私が、彼に『痛み』を与え、命を奪ってしまった。

 

 本当なら今すぐにでも拳銃を咥え、己の延髄を撃ち抜いてやりたいくらいだが……それでも私は、死ねない。私の死に場所は、ここじゃない。

 

「──エイン・ランドッ……!」

 

 元はと言えば、全部あの男が悪いのだ。あの男が私を東京エリアに送り込まなければ、私は彼を殺さずに────

 

「…………でもそれじゃあ、貴方に出会えなかったんですよね……」

 

 首にかけていたロケットペンダントを開き、中に入っている写真を眺める。

 彼と私は、どちらも満面の笑みを浮かべている。

 ……だがもう二度と、生きた彼の笑顔は見られない。

 そして私も、彼の居ない世界で笑うことはないだろう。

 

 ──死んだら、彼とまた会えるだろうか。

 

 ……いや、無理だろう。

 たとえ死後の世界があったとしても、彼の行き先は天国で、私は地獄に決まっている。

 あぁしかし、かつての戦友達とは再会できるかもしれないな──

 

 ────そうして物思いにふけっていたところを、携帯の着信音に意識を引き戻された。

 

「……私です」

『第三回の警護計画書が流れてきた。いまからそちらの端末に送る。

 愚かな連中だ。一体何度同じミスを繰り返す事やら……まあ我らとしては期せずして、三回目の暗殺の機会を得たわけだが』

 

(……いや、これは────)

 

「えぇ。僥倖ですね」

『ティナ・スプラウトよ、二度も絶好の機会をフイにして、我らが依頼主はご立腹だ。失敗は許されぬ』

「はい」

『万が一、敗北するような事態になったら──自害せよ』

「了解しました」

 

 通話を切り、溜め息を吐く。あの頭でっかちは、コレが罠であることに気付いていないらしい。

 

「まぁ、いいです」

 

 この程度のことにも気付けないのなら、私の叛意にも気付いていないのだろう。

 

 ──彼は私の演技を、初見で見破ったというのに。

 

「……さて、最後の仕事をしましょうか」

 

 流石に任務を果たさず帰れば、逆に私が殺される。

 エイン・ランドを殺せなければ、この先多くの被害が出るだろう。だから申し訳ないが、聖天子には犠牲になってもらう。

 救われる人の数は、この方が多い。だから私はこれでいい。所詮私には、『殺戮』しか能がないのだから────

 

 

 ポリタンクのガソリンを部屋の中にすべてぶちまけ、ライターを放る。

 火災報知器が鳴り響き、野次馬が詰めかけ歓声を上げた。

 

 ……こんなに人がいるのに、誰も私を見ていない。私の側には誰もいない。

 

「…………だれか……」

 

 ……自分の口から無意識に漏れた単語に驚いた。

 彼という温もりを知ってしまった私は、ここまで人との繋がりに飢えていたのか。

 

「……誰か、私を────」

 

 ──■■てください

 

 続く言葉は、アパートが倒壊する音に掻き消された。

 

 

 ★

 

 

 ────決戦の夜。外周区。

 殺し屋になって以来、初めて他人に甘えた場所。

 そこに黒い外骨格(エクサスケルトン)を纏った男──守屋真護が現れた。

 

 ──里見蓮太郎と藍原延珠を護衛に残し、単身で私を討つ気か

 

 千寿夏世がいないのは、プロモーターと違ってデータ通りの実力しかないからか、潜伏して機会を窺っているのか……

 

 いずれにせよここまでは予想通り。だがここからは、予想外の連続だった。

 

 守屋真護は、私が発見した時には既に()()k()m()()()()()()()()()()()()

 

 だが気のせいだと判断して狙撃し────息を飲む。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ──そして守屋真護は何事もなかったかのように電話を掛け始める。

 

 するとほぼ同時に、私の携帯が鳴る────表示されていた名前は、『()()()()()

 

「真守さんの、携帯……?」

 

 出るかどうか少し迷ったが、出ることにした。

 

『戦う前に一つ聞いてもいいか?』

 

────電話越しに聞いた声に、心臓が跳ねる。

 

 以前聞いた時は叫び声だったから気づけなかったが、その声は今は亡き想い人と瓜二つだったから。

 

「……いいですよ。ただしその前に、私の質問に答えてくれたらですが」

『分かった。何が知りたい?』

「私が天童民間警備会社を襲撃したとき、アナタは私を庇いましたね。何故です?」

『約束だから──と言いたいところだけど、正直あの時思考停止中だったからなぁ……体が勝手に動いたんだよ』

 

 ──無意識に、誰かを助けるために動いたと言うのか。

 

「……そうですか。で、アナタの聞きたいことというのはなんです?」

『お前の戦う理由が知りたい』

 

 ……昔の私なら、『自分の存在理由を証明するため』と言っていたのでしょうが、今は……

 

「……強いて言うなら、罪滅ぼしでしょうか。

 依頼主を殺して私も死ぬんです」

『……お前が死んだら、お前の家族や友達はどうなるんだよ?』

「残念ながら、全員向こうで私が来るのを待ってます」

『……妹がいると聞いたんだけど?』

 

 何故知っているのかと少し驚いたが、真守さんの携帯を持っているのだから、彼から聞いたのだろうと考えれば合点がいく。

 

(私のことは誰にも話さないでとお願いしたのに……でも真守さんが進んで約束を破るとは思えませんし、それだけこの人を信用していたということなんでしょうね……)

 

「確かに血の繋がっていない義妹(いもうと)が5人います。ですがあの子たちは皆私より強いので、心配無用です。誰も私の死を嘆きません」

『オレは……お前が死んだら悲しいよ……』

 

 ……本当に、よく似ている。

 

 だからだろうか。私は────

 

「アハハハハッ! 敵にそんなことを言うなんて、バカな人! ついこないだも、貴方と同じく私に優しくしたバカな人を殺しました! 貴方もよく知る人間ですよ? 私は貴方を殺します! あの人と、()()()()と同じ方法で殺してあげます!」

 

 ──この人になら、殺されてもいいと思った。

 

『──ッ、お前が聖天子様を撃たないなら、オレ達が戦う理由は無いだろ!?』

「何を勘違いしてるんですか? 聖天子は殺しますよ。でないと依頼主に私の叛意がバレてしまうので」

『そんな……!』

 

 この人が彼と同じ〝守護者〟なら、私という『殺し屋』を許さないだろう。だから────

 

「私は序列98位 〝黒い風(サイレントキラー)〟 止めたければ、私を殺してください」

 

『……いいぜ、そんなに死にたいなら()()()()()よ……全種解放加減は無しだ。絶望に挑めよ、〝黒い風(サイレントキラー)〟』

 

 ────だから決して、彼が()()と発言したことに、傷ついてなどいないのだ。


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