それでは本編をどうぞ!
────あぁ、またこれか。
夢を見ている。『彼』がまだ生きていた頃の──私が最も幸せだった一週間を、私とは違う形で過ごす〝ティナ〟と〝彼〟を、外から私が眺めている夢。
あり得たかもしれない、『彼』との別の思い出。見るたびに変わる幸せな七日間──だけど最悪の結末だけは、いつも同じ。
────場面が切り替わり、夜になる。
〝ティナ〟はスコープ越しに、餌であるライフルを監視している。
そして暫く監視を続けていると、突如現れた青年がライフルを蹴り飛ばし、何かを叫んだ。
それを見た〝ティナ〟は引き金に指をかけ、容赦なく敵を撃つ。その結果、どれ程の絶望に見舞われるのかも知らずに。
……傍観者である私は、その様子をただ見ることしか許されていない。
最初は何度も止めようとしたが……明晰夢のくせに、夢は私の思うように動いてはくれなかった。
そして〝ティナ〟が敵の死体を確認するため移動した先で──物言わぬ肉塊と化した"彼"の姿を見て絶望する。そこでいつも目が覚めるのだ────
(…………あれ?)
いつもならここで終わるのに、悪夢が消えない。
──そうして静止した夢の世界の中でただ一つ、肉塊だけが蠢き始めた。
(な、なんですかこの展開は!? 私、こんなの知らな──ッ!?)
蠢く肉塊──〝彼〟の骸と目が合った。
(〝ティナ〟じゃない。確実に、私を見ている……!?)
そこで、〝彼〟の口が動いていることに気付き──ハッとする。
(待って、まさか彼に
────骸はそのままゆっくりと口を開く。
(それだけはっ、それだけは本当にダメ! 彼にそれを言われたら、私は……!)
『──
「あぁぁああああああ!!!」
悲鳴を上げながら跳ね起きる。
彼は私に、たくさんのものを与えてくれた。『痛い』だけが人生ではないのだと教えてくれた。
──なのに。
「私はっ、私は……!」
彼に『痛み』とは無縁の世界で生きていて欲しかった。
彼には幸せになって欲しかった。
なのに、なのに……! よりにもよって私が、彼に『痛み』を与え、命を奪ってしまった。
本当なら今すぐにでも拳銃を咥え、己の延髄を撃ち抜いてやりたいくらいだが……それでも私は、死ねない。私の死に場所は、ここじゃない。
「──エイン・ランドッ……!」
元はと言えば、全部あの男が悪いのだ。あの男が私を東京エリアに送り込まなければ、私は彼を殺さずに────
「…………でもそれじゃあ、貴方に出会えなかったんですよね……」
首にかけていたロケットペンダントを開き、中に入っている写真を眺める。
彼と私は、どちらも満面の笑みを浮かべている。
……だがもう二度と、生きた彼の笑顔は見られない。
そして私も、彼の居ない世界で笑うことはないだろう。
──死んだら、彼とまた会えるだろうか。
……いや、無理だろう。
たとえ死後の世界があったとしても、彼の行き先は天国で、私は地獄に決まっている。
あぁしかし、かつての戦友達とは再会できるかもしれないな──
────そうして物思いにふけっていたところを、携帯の着信音に意識を引き戻された。
「……私です」
『第三回の警護計画書が流れてきた。いまからそちらの端末に送る。
愚かな連中だ。一体何度同じミスを繰り返す事やら……まあ我らとしては期せずして、三回目の暗殺の機会を得たわけだが』
(……いや、これは────)
「えぇ。僥倖ですね」
『ティナ・スプラウトよ、二度も絶好の機会をフイにして、我らが依頼主はご立腹だ。失敗は許されぬ』
「はい」
『万が一、敗北するような事態になったら──自害せよ』
「了解しました」
通話を切り、溜め息を吐く。あの頭でっかちは、コレが罠であることに気付いていないらしい。
「まぁ、いいです」
この程度のことにも気付けないのなら、私の叛意にも気付いていないのだろう。
──彼は私の演技を、初見で見破ったというのに。
「……さて、最後の仕事をしましょうか」
流石に任務を果たさず帰れば、逆に私が殺される。
エイン・ランドを殺せなければ、この先多くの被害が出るだろう。だから申し訳ないが、聖天子には犠牲になってもらう。
救われる人の数は、この方が多い。だから私はこれでいい。所詮私には、『殺戮』しか能がないのだから────
ポリタンクのガソリンを部屋の中にすべてぶちまけ、ライターを放る。
火災報知器が鳴り響き、野次馬が詰めかけ歓声を上げた。
……こんなに人がいるのに、誰も私を見ていない。私の側には誰もいない。
「…………だれか……」
……自分の口から無意識に漏れた単語に驚いた。
彼という温もりを知ってしまった私は、ここまで人との繋がりに飢えていたのか。
「……誰か、私を────」
──■■てください
続く言葉は、アパートが倒壊する音に掻き消された。
★
────決戦の夜。外周区。
殺し屋になって以来、初めて他人に甘えた場所。
そこに黒い
──里見蓮太郎と藍原延珠を護衛に残し、単身で私を討つ気か
千寿夏世がいないのは、プロモーターと違ってデータ通りの実力しかないからか、潜伏して機会を窺っているのか……
いずれにせよここまでは予想通り。だがここからは、予想外の連続だった。
守屋真護は、私が発見した時には既に
だが気のせいだと判断して狙撃し────息を飲む。
──そして守屋真護は何事もなかったかのように電話を掛け始める。
するとほぼ同時に、私の携帯が鳴る────表示されていた名前は、『
「真守さんの、携帯……?」
出るかどうか少し迷ったが、出ることにした。
『戦う前に一つ聞いてもいいか?』
────電話越しに聞いた声に、心臓が跳ねる。
以前聞いた時は叫び声だったから気づけなかったが、その声は今は亡き想い人と瓜二つだったから。
「……いいですよ。ただしその前に、私の質問に答えてくれたらですが」
『分かった。何が知りたい?』
「私が天童民間警備会社を襲撃したとき、アナタは私を庇いましたね。何故です?」
『約束だから──と言いたいところだけど、正直あの時思考停止中だったからなぁ……体が勝手に動いたんだよ』
──無意識に、誰かを助けるために動いたと言うのか。
「……そうですか。で、アナタの聞きたいことというのはなんです?」
『お前の戦う理由が知りたい』
……昔の私なら、『自分の存在理由を証明するため』と言っていたのでしょうが、今は……
「……強いて言うなら、罪滅ぼしでしょうか。
依頼主を殺して私も死ぬんです」
『……お前が死んだら、お前の家族や友達はどうなるんだよ?』
「残念ながら、全員向こうで私が来るのを待ってます」
『……妹がいると聞いたんだけど?』
何故知っているのかと少し驚いたが、真守さんの携帯を持っているのだから、彼から聞いたのだろうと考えれば合点がいく。
(私のことは誰にも話さないでとお願いしたのに……でも真守さんが進んで約束を破るとは思えませんし、それだけこの人を信用していたということなんでしょうね……)
「確かに血の繋がっていない
『オレは……お前が死んだら悲しいよ……』
……本当に、よく似ている。
だからだろうか。私は────
「アハハハハッ! 敵にそんなことを言うなんて、バカな人! ついこないだも、貴方と同じく私に優しくしたバカな人を殺しました! 貴方もよく知る人間ですよ? 私は貴方を殺します! あの人と、
──この人になら、殺されてもいいと思った。
『──ッ、お前が聖天子様を撃たないなら、オレ達が戦う理由は無いだろ!?』
「何を勘違いしてるんですか? 聖天子は殺しますよ。でないと依頼主に私の叛意がバレてしまうので」
『そんな……!』
この人が彼と同じ〝守護者〟なら、私という『殺し屋』を許さないだろう。だから────
「私は序列98位 〝
『……いいぜ、そんなに死にたいなら
────だから決して、彼が