この腐った世界に救済を!   作:しやぶ

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今回は少し時間が戻って始まります


第16話 逃避

 ── 何かないか何かないか何かないか何かないのか!? 

 

 必死に頭を回転させ、二人を助ける方法がないのか、考えて考えて考えて──思いついた。

 

 ──もしも、他者の傷を癒すことが出来る生物がいるとしたら。

 

 仮にそんな生物が存在したとして、現時点でオレはその生物の因子を持っていない。だが、室戸先生は『この薬は()()()()()()()()()()()()()()()()()()と大差ない』と言っていた。ならば、救う手段が、この注射器の中にあるのではないか? 

 

 『1本ずつ使うこと』

 

「クヒッ、クハハッ! アハハハハ!!!」

 

 一瞬迷った自分を嘲笑う。

 約束を守ることで二人を救えないのなら──

 

「約束なんてクソ喰らえだ!!」

 

 昨日室戸先生に貰った注射器の束を、纏めて腹に打ち込む。

 大丈夫、5本までなら形象崩壊は起こらない。でも──

 

 タスマニアンキングクラブ ヒグマ ミイデラゴミムシ ラーテル スカンク ヒョウモンダコ デンキウナギ──ダメだ、どいつもこいつも役に立たな──

 

 『いいか真守、『ねだるな。勝ち取れ。さすれば与えられん』だ。最初から誰かの力を当てにしたら駄目だ。自分で最大限努力して、それでも足りなかった時に初めて、誰かが最後の一歩を与えてくれる』

 

 ──まだだ! まだ終わってない……! 

 

 探せ、記憶を辿ればまだ何かある筈だ。

 

 ──そうだ、AGV試験薬。

 その効力は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ガストレアには形象崩壊を引き起こす過程で、オリジナルの能力を生み出す個体がいる。

 先生はこの薬を『服用者を100%ガストレア化させる、AGV試験薬の改悪版』だとも言っていた。なら形象崩壊して、服用者をガストレア化させないAGV試験薬を生成する能力を獲得出来れば……二人を助けられるかもしれない。

 

 ──出来るのか? 

 

 先生の計算が間違っていて、6本使っても形象崩壊出来なければ失敗。

 形象崩壊出来たとして、AGV試験薬を生み出せなければ失敗。

 AGV試験薬を生み出せたとして、無毒化されていなければ失敗。

 無毒化に成功したとして、薬効が足りていなければ失敗。

 薬効が十分だったとして、オレが理性を失えば失敗。しかも、これが一番危険なくせに一番起こる可能性が高い。

 

 高過ぎるリスクに対して成功する見込みは極薄。誰がどう見ても無謀な賭け。

 

 ──それでも、二人を失いたくない。

 

 だったら、気合い入れて『勝ち取る』しかないだろ神崎真守!! 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 肉体が生まれ変わり、進化を超越した変身を遂げる。

 

 本能でAGV試験薬の生成方法は理解している。問題は、無毒化に成功しているか否か。

 練習は出来ない。ぶっつけ本番で──と思っていたのだが、聖天子付護衛官達が目に入った。

 

(丁度いい、コイツ等モルモットにシよう)

 

 尻尾からAGV試験薬を分泌し、致命傷一歩前の攻撃をしながら薬効を確認する。

 

(ガストレア化の兆候はナシ。薬効もジュウブンだ)

 

 これなら助けられる──そう思って二人を見て、違和感に気付く。

 

(アレ……? ドッチが夏世で、ティナだッケ。どっちモ金髪ダカラ分かラない)

 

 ──違う! こんなもの、オレの思考じゃない!! 

 

 薬効を確認するだけならこんな拷問をする意味はないだろ! 麻酔で痛みを消してから攻撃することだって出来た筈だ! お前は色でしか人を識別出来ないのか!? ふざけるな!!

 

 コレでは──化物の思考ではないか。

 

 あぁそうか……変わったのは体だけじゃなく、魂もなのか。

 

 オレは変身し──変心した。

 精神は肉体に引っ張られると聞いたことがある。つまりこの場合は、オレの心が、ガストレアに引き寄せられている。

 正気に戻った今は、二人を見分けられる。でも時間経過で神崎真守(オレ)の正気はいずれ化物(ガストレア)のものに変わるだろう。

 

 ──今回の賭けは、引き分けか。

 

 でも十分だろう。元々敗色濃厚だったのだから、負けていないだけ儲け物だ。

 

 急いで二人にAGV試験薬を打ち込む。

 

 神崎真守が死ぬ(自我が崩壊する)前に、火急速やかに東京エリアから、人が居る場所から離れて……自害せねばならない。

 

 でもその前に、ティナと夏世の顔を目に焼き付けておこう。

 

 あぁ、そういえば延珠ちゃんと舞、室戸先生には悪いことをした。

 守るという約束は果たせず、また『喧嘩別れして勝手にいなくなる』という暴挙、先生との約束に至っては『クソ』扱い。

 それに、グークルさんへの借りを踏み倒すことにもなる。我ながら、見事なクズっぷりだ。

 

 モノリスの外から東京エリアを一瞥する。

 

 ──約束一つ守れない、ロクでなしの一生だった。

 

 ……クズのまま終わりたくない。やりたいことがたくさん残っている。まだ死にたくない。

 

 ──黙れ。

 

 心を押し殺し、飛翔する。

 

 ──遠くへ。

 

 意外と思うように速度が出ない。

 

(もっと、モット遠く二)

 

 早く。速く。でないと間に合わなイ。

 

(何ニ? ナンで遠クニ行こウトシテるンダッケ?)

 

 逃げナイと。

 

(ナにカラ?)

 

 ──ナンダッケ。

 

 

 ★

 

 

 気がつくと自分は森の中で、木に隠れて星が見えない夜空を見上げていた。

 右を見て、左を見る。なぜ自分はこんな夜中に森に入ったのだろうか。

 これは夢かと訝しんだが、夢にしては思考がハッキリし過ぎている。

 

 ──自分の名前は? 

 

 勿論──

 

「…………()は、誰だ?」

 


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