しっこうしゃ   作:オモイカネさん

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難しい。頭おかしいやつの表現が難しい。
頭おかしい奴って前提で読んでください。


魔術師

佐倉先生のおかげで新たに考察材料を手に入れた。

これで事件の真相に少しは近づけるといいが。

 

俺はその日ずっとマニュアルを読み直しながら推測を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お! おはよう、ワタル!」

 

朝の朝食、いつもより遅く生徒会室に現れたワタルに挨拶する。

 

「ん、おはよう」

 

相変わらず無愛想だがちゃんと挨拶は返してくる。

 

 

 

こいつ流田航は数週間前にあたしたちの学校に現れた。

 

当初はその並外れた力と、あの冷たい瞳、胡散臭い態度がどうにも信用できずに警戒していたが、それもあの二階の戦いで薄れていた。

だって、あいつ、あたしを庇うようにずっと戦いやがった。あたしが倒そうとしたやつも、あたしを襲おうとしたやつも纏めて倒しちまう。おまけにあんな……

そんなことされたら嫌でも信用するしかないだろう。

 

それからも何かと誰かの世話を焼くあいつを見て少しは見直すことにした。りーさんと一緒になって草むしりする様なんか見ていてほんわかしてくるし。

 

とにかく、あいつに関してはもう疑ったりしていない。愛想のない奴だがそれでも、きっと誰かのために動ける奴なんだと思うから。

 

「……どうした?」

 

「いや……なんでもない」

 

だが今朝はどうにも様子がおかしい。いつもなら朝からせせこましく動いてる奴なんだが。

今日はどうにも“こころ、ここにあらず”みたいな感じだ。

 

顔はいつもの無表情だが、なんだか雰囲気が違う。どこか焦っているような“怒っている”ような。

こいつがこんなにも感情を露わにしているのは初めてだ。

 

なんとなく心配で声をかける。

 

「辛気臭い顔してんなぁ」

 

ポンポンと肩を叩く。いつもなら「暇なら勉強でもして少しでも知恵をつけるべきだ」と身もふたもないことを言ってくるのだが。

 

「そうかもな……」

 

そんなこともなくスルーされた。

どうしたというのか。“けんこんぶれい”が人の形をして歩いてようなこいつが皮肉すら言わない。

おかしい、と思った。

 

「なあ、ホントにどうしたんだよ」

 

「どうもしない」

 

「いやいや、絶対なんかあっただろ」

 

「どうもしないと言っている」

 

しつこく聞いてもテキトーにスルーされる。

 

「なんだよ、もう」

 

どうにもできないし、相手にもされない。

これは、あたしにはどうしようもない、のかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「おうワタル。ちゃんと寝れたか?」

 

少しして柚村がやってきた。彼女は文字通りワタルの彼女だ。

ちゃんと聞いたわけではないが、合流してからずっと彼と行動を共にしているし部屋だって彼と一緒だ。

あたしはてっきりワタルは一人部屋を確保するものだと思っていたから驚いた。しかも彼女と共の部屋にすることに彼は何の苦言も呈さなかった。

 

あたしたちの間では暗黙の了解として彼らは恋愛関係だということになっている。たぶん真実だ。

時折、スキンシップが激しい時があるし彼を見つめる彼女の目もどこかうっとりしている。

 

とりあえず、彼女が来たのならなんとかなるだろうと思った。

思ったのだが。

 

「どうもしない」

 

「そ、そっか……」

 

どうにも彼女にすら言わないつもりらしい。二、三言離してすぐに離れてしまった。

なんか、思ってた展開と違う。

 

ここにきてようやく只事ではないという予感を感じ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、佐倉慈は人生最大の失態をおかしてしまった。

先日、ここのメンバーでも人一倍大人びている流田航という生徒と今後の話をしていたのだが。

そこでひた隠しにしていた秘密を暴露され情けなくも、生徒の前で泣き喚くという失敗をしてしまった。

 

教師失格である。

 

仮にも先生、いや、この状況下において最もしっかりしなきゃしけない私が生徒に泣きついて、あまつさえ慰められてしまった。と言っても彼らしくとても不器用な方法だったが。

 

それでも、私は彼に感謝したいと思う。私の覚悟に敬意を示すと言ってくれた彼に、私の弱さを真剣に受け止めて叱ってくれた彼に。

だからこれからも頑張ろうと思えた。

 

でも、それはそれとして恥ずかしいことには変わりない!

 

 

 

朝起きてすぐ枕に顔を埋めて悶絶してしまった。さすがにずっとそうしているわけにはいかないのでちゃんと身支度をして生徒会室まで出向いたが。

 

「あら……」

 

彼のことを考えていたからだろうか、ちょうど廊下で彼と出会った。

 

「おはよう、ワタルくん」

 

「ん。おはようございます、佐倉先生」

 

佐倉先生。彼だけは私を先生と呼んでくれる。これまで忙しい日々の中でみんな普通にめぐねぇと呼んでくれているが、私は一度も許可した覚えはない。まあ、それだけ慕ってくれていると思うと素直に嬉しいことなのだけど。

 

「昨夜は、ごめんなさい。そしてありがとう。あなたのおかげで今日からまた頑張れそうよ」

 

「そんな大したことはしていませんよ。俺はただ自分の考えを述べただけです」

 

相変わらず彼は謙虚だ。昨日も自分は薄情だ、血も涙もない男だ、なんて言っていたけど。

そんなことはないと思う。だって、そうじゃなきゃこんなにも私たちのために動いてくれるはずがないのだから。

自分のことしか考えてないのなら、りーさんのお手伝いをしたり恵比寿沢さんをそこはかとなく励ましたりゆきちゃんと楽しくおしゃべりしたりしないでしょう。

彼は、たぶんーー

 

「あれ……?」

 

ふと、彼の顔がとても疲れ切っているように思えた。それどころかとても思いつめているような。

 

「なにか、あったの?」

 

「っ! 何もありませんよ、では」

 

すかさず逃げようとする彼の手を掴んだ。

 

「あ、ごめんなさい、いきなり。でも、どこか変よ」

 

「何がでしょう、変もなにもいつも通りですが」

 

そんな無表情になってもバレバレだ。彼はポーカーフェイスは得意だが雰囲気に出てしまう人間だ。顔は無表情なのに平常心ではない雰囲気が出ている。

要は分かりやすい子なのだ。

 

そういうところは年相応で微笑ましく思ってしまう。そのまま告げたらきっと彼は怒るのでしょうから言わない。

 

「顔だけ普通にしてても分かるわ。だって、あなたも私の生徒だもの」

 

「っ!!」

 

にっこりと笑いかければ彼は初めて恥ずかしそうな様子を見せた。とてもレアだ。何があっても無表情を崩さない彼が恥ずかしそうに顔を背けるなんて。やっぱり、どこか、おかしい。

 

「……そういうところ、本当にやりにくいですよ」

 

「あら、褒め言葉として受け取っておくわね」

 

すると彼は呆れたような表情を見せた。今日はなんだか顔に感情が出る日みたいだ。少しワクワクする。

 

「きっと、彼女たちに心配をかけないようにしてるのでしょう?」

 

「……」

 

「これまでも彼女たちのために色々と二人で話したわよね、今後について。だから今度は私をあなたの役に立ててちょうだい。

私は先生よ、言い難いかもしれないけどなるべく話してくれると嬉しいわ」

 

彼はとても焦ったように目を泳がせた。これも初めてだ。いつもは表情すら崩さないのに、こういう時こそ無表情を貫くのに。

彼をして感情を抑えられないことが起きたのか。

 

「……自分のことは自分で解決しますよ」

 

だか、彼は話してはくれなかった。ふといつもの無表情に戻ると何事もなかったようにそう告げて去ってしまった。

 

「……」

 

拒絶されたようで、頼りにならない、と見限られたようで。少し心が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急時避難マニュアル。

巡ヶ丘学院高等学校における教員用に編集された数十ページに及ぶ分厚い冊子だ。

当初、俺はこれをランダル社と学校との癒着とこの事件における鍵を握る資料としてみていた。

実際、それは正しく緊急時、具体的には今のようなパンデミックを想定して編纂された資料であるのは確かで事細かに避難指示、対処指示が書かれていた。またウイルスについての記述もあったがΩ型と呼ばれるウイルスに対してだけは字が塗りつぶされ解読不可能となっていた。

そしてこの地下には二階層に渡ってウイルスに関する資材とワクチンが用意されていることも記載されていた。

確かに有益な情報は得られた。しかし思った以上に情報が少なく落胆したのも事実だった。

 

そうして、ふと、最後のページの端に書かれた名前に目がいった。

 

「っ!!」

 

それは、およそ予想していた名前ではなかった。ランダルの代表の名の下に協力者として記載されたその名はーー

 

「流田……黄牙」

 

 

 

 

 

 

 

流田家は厳密には執行者の家系ではない。数代前に宗家との争いに敗れて日本に流れたとある名家の分家の長が流田の“巫女”と恋に落ちそのまま流田に併合される形で婿入り、その役割を流田が継いだのが始まりだ。

流田とは、とある神に仕える巫女の家系だ。その詳細は俺も知らないがそこに婿入りした家は知っている。

 

北欧の古き魔術師の家系、ブリオン家。あのフラガ家の分家だ。

ブリオン家もフラガ家同様にとある宝具を受け継ぐ『伝承保菌者(ゴッズホルダー)』でありそれがなんなのかは教えられていないが代々当主の代替わりの際に継承されるものだという。

とにかくこのブリオン家はフラガ家との争いに敗れ、そのまま逃げるように日本に流れた。そして流田家に吸収された。

 

それからは流田の者が執行者の役目を受け継ぎ、魔術協会と繋がりを持つようになったわけだ。

 

我が父、黄牙も正式に当主の座を譲られた身だ。若くして当主の座を継いだことにより当時の親戚からは反発もあったという。

だが父はそれらを“皆殺し”にすることで黙らせた。当然だ、殺してしまえば口も聞けない、反発することもできないのだから。

効率的な判断だ。

彼らがいなくなることで特に弊害が生まれることもない。魔術師としても当然の対処だ。せいぜい、いくつかの分家が滅びるだけ。

当然、父の側についた家もあるので一族が俺たちだけとなったわけではない。

何も、問題はない。

 

たとえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それが当然なのだと知っていた。目の前で彼女が八つ裂きになろうと、それが魔術師なのだと、知っていた。前世の頃から理解していた。

 

だから、俺は父が正しいのだと、いつも、あの人だけが正しいのだと思っていた。そう、◾︎◾︎◾︎◾︎ことにした。

 

 

 

 

だから、余計に、分からない。

 

こんな非効率な、非合理な、非論理的な騒動を起こした連中と繋がっていたことが。

 

認めたくなかった、認めてなるものか。

第一、たかが名前が載っていただけで関係者と、事件の首謀者と考えるなど憶測にも程がある。

きっと、父も知らなかったのだ、こんなことになると。

 

 

 

 

…………

 

……まさか。あの聡明で用意周到で完璧主義者のあの人が知らないはずがない、考えが及ばないはずがない。

 

名前が載っているということはそういうことなのだろう。仮にも彼の息子だ、あの男の息子だ。それくらい分かる。確信できる。

 

だからこそ認めたくなかった。そんなことをしたら、あの子はあいつは、()()()()()()()()()()

 

そんなの、無駄死にじゃないか。これまでずっと仕方ないことだと思ってきたのに、間違いなんかじゃないって。

 

あの男が、これを仕組んだのだとしたら、あの男がもし正義ではないのだとしたら。

 

 

 

俺は、俺の正義は、俺は、今まで何をーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

危なかった。どうにもここの女性たちは勘が鋭い。

なんとか平常心を保ち、部屋まで戻ってきた。

 

目につくのはあのマニュアル、思わず目をそらす。

 

「そうだ……」

 

そんな、憶測でモノを言っても仕方ない。第一、ここにあの男はいない。いない奴のことを語っても意味がない。

だから、今すべきことをしなければ。今、しなきゃ、いけないこと。

 

「実験……」

 

次に目に付いたのはこれまでの研究資料。そうだ、今は一刻も早く奴らを排除する術を、まずは奴らを知らなければ。

 

思い立つや俺はサンプル回収に向かった。

奴らを解剖して調べて調べて、弱点を調べなくては。何か、新しい発見を、進展を。

前に、進まなければ。

 

 

 

「グギャッ!?」

 

ちょうどバリケード付近にいた一体の頭をかち割る。ああ、だめだ、脳が飛び出てしまっている。こんなのはゴミだ。

もっと正確に、脳を損傷させて。

 

「グギィ!?」

 

幸いにもサンプルはいっぱいいた。群れていた。

いっぱい過ぎて鬱陶しい。

 

「掃除」

 

テキトーに間引く。頭を割るだけの簡単な作業だ。

割って割って、飛び散る脳髄を視界に移しながらまた頭を割る。

 

最後の一体の目玉から、落ちていたガラス片を差し込んで殺す。死体を殺すだなんておかしな話だ。ほんとにおかしな。

 

死んだ奴の身体を切り開く。内臓をどけて調べる。ウイルスを、死因を、変異を、その動きを。

 

ぐちゃぐちゃとガラス片を使って無造作に身体を切り刻む、内臓を切り潰す。

飛び散る血肉が邪魔だった、だから燃やす、燃やして燃やして、またぐちゃぐちゃと弄る。

何を探しているのか、何を調べているのか分からない。

でも、調べないといけないと思った。

 

 

一心不乱に内蔵を潰す俺の背後で、誰かが呟いた。

 

「なに、してるんだよ……」

 

「……」

 

振り向けば「ひぃ」と小さく悲鳴が聞こえた。そこに立つのはツインテールの女。誰だったか。

 

「くるみ……?」

 

そう、確か、それだ。そんな名前だった。生存者の一人で、えーと。

なんだったか。

 

「なにを……してるって聞いてんだよ!!」

 

「何って……調べてるに決まってるだろ」

 

ふと、視界の端に映る窓に今の俺の姿が映っていた。

奴らの血肉に塗れながらガラス片を握る手、もう片方では当然のごとく魔術を使っていた。ぼんやりと浮かぶ魔方陣が写っている。

 

バレた。こんな、バカみたいな場面で。

 

一体、俺は何をしているんだ。

 

 

 

 

 

「調べ、る? そんな、死人を甚振ることが!!」

 

何を怒っているのか分からないが、先ほどまでの俺が常軌を逸していたことは理解していた。

柄にもない、正気を失うなど、流田家の執行者として失格だ。

 

「敵を知ることは重要だ」

 

「そんな話をしてるんじゃねぇ!! なあ、答えろよ。お前は本当は何がしたいんだよ」

 

そちらこそ支離滅裂だ。どうもこうも、何もかも。

 

「封印指定を執行するためだ」

 

「は?」

 

そうだ、俺は執行者だ。それ以外は、何もない。心も記憶も必要なく、ただ封印指定を執行するだけの人形。

あの男が言っていた。執行者とはそういうものだと。他には何もいらないのだと、俺は特に出来損ないだから余計な物は排除するべきだと。

 

なんだ、簡単な答えじゃないか。

 

俺は執行者、封印指定の魔術師を封印する。それが役目で指名で義務だ。あの男がこれを仕組んだならそれはもう封印指定の段階だ。

ただ、執行すればいい。

 

これまで通り、いつものように。封印指定を執行する。

 

 

 

俺は魔術師だ。封印指定執行者だ。人道など邪道であり外道こそ正道だ。何をしても何を犠牲にしても執行する。

 

「俺は、魔術師だ」

 

「……」

 

「俺はこの馬鹿げた騒動を起こした奴を封印しなきゃならない。その大馬鹿があの男であろうとも俺はやらねばならない」

 

「なにを……」

 

だから、邪魔をするならーー

 

「俺は、迷わず排除する!!」

 

掌から放たれた炎の魔術が校舎の一角を吹き飛ばした。

 

 

 




今まで信じてきた正義が崩れた時、それまでの冷酷無比な所業の数々を彼は受け止めきれなかった。
なまじ心を自覚し始めてしまっていたから魔術師としての自分との矛盾を許容できずに逃げを選んだ。
心を取り戻すという意味を知った。

皮肉にもここに来て封印指定執行者、魔術師・流田航が完成した。

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