しっこうしゃ   作:オモイカネさん

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ソイヤッ!ソイヤッ!





遅れてごめんなさい。


再会

「あ……ぁ……」

 

尻餅をついてブルブルと震える彼女の横、校舎の壁は窓を含めて丸ごと吹き飛んでいた。辺りに立ち込める焦げた臭いが生々しく、戦地を駆けた頃を思い出す。

恐怖に滲む瞳をこちらに向けるくるみに、俺は懐かしさすら感じていた。

 

ああ、その目だ。助けても助けても、一度、その力に自らが危険に晒されれば皆揃ってそうした目を向けてくる。

だから人間は嫌いだ。いや、そのような感傷は無用だ。

 

「分かったろ、俺は人ではない。魔術師なんだ」

 

未だ理解が追いついていないくるみはただ恐怖の目だけを向けてくる。

これだから人間は……

 

「……くそ、まだ頭が混乱しているな」

 

かき乱される思考が厄介だった。仮にこれが心というものだとして、こんな余分なものは即刻排除すべきだ。

そう思うのに、この胸の焦燥は消えない。絶えず心臓を締め付けてくる。

こんな体たらくでは、彼女たちを殺す過程で取り逃がす可能性がある。

 

「……なら、一働きしてもらうか」

 

ちらりと崩れた壁の向こうに目を向ければ、破壊音に惹かれてワラワラと『死体』たちが集まって来ていた。

そう遠からぬうちに校舎にも侵入してくるだろう。

 

俺は彼らに彼女たちの処分を任せることにした。

踵を返して学校を立ち去ろうとして、立ち止まる。

 

「……十分な休息を得た後、俺は“道具を取りに帰る”。その時にお前たちは纏めて処分する、それまで精々死なぬように頑張るんだな」

 

そう言い残し、今度こそ学校から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は一先ずの休息の場として、旧拠点に帰って来ていた。

あの男を殺すにしても場所が分からない。まずは捜索から始める必要がある。

そのための準備も兼ねてこの拠点は最適だった。

当初は長期間の滞在を想定していたために使い捨てにするには惜しいくらいに手を施してしまった。

 

「結界の機能は申し分ないか」

 

未だ、結界は効力を失っていなかった。即ち、『死体』どもの侵入はないということだ。

俺は玄関を開け家に入る。中は出て行った日のままで、食料の入っていた缶や、包装袋やらが纏めてビニール袋に仕舞われ硬く口を結んである。

柚村と二人でそれなりに生活していたためにゴミも袋に詰まるくらいには出ていた。

 

「……」

 

無駄な思考を押し込めて二階へと上がる。

とにかく横になりたくてベッドのある部屋に入る。

 

「っ」

 

ふと、視界に入ったのは畳まれて床に置かれたシーツ。その一部にはうっすらと血の跡が滲んでいて、『あの夜』の出来事を思い出させた。

同時に、多くの感情が溢れて頭の中をぐちゃぐちゃにする。

 

「くそ……」

 

誰にともなく吐き捨ててベッドに身を投げ出す。

言い様のない感情が吐き気を誘発し、最悪な気分に陥る。

 

天井を見つめていると、またあの夜のことを思い出し必死に頭を振って記憶を追い出そうとする。

ぎゅっと目を閉じて片腕で視界を覆った。

 

今更、後戻りは許されない。俺はもう、目を背けることができない。

あの日、捨てたはずの怒りが憎しみが正しいものだったと知ってしまった今の俺は。

もうあの男を殺すこと以外に()()()()()

それが、あの日見捨ててしまった彼女への唯一の償いなのだ。

 

或いはそれすら俺の自己満足に過ぎないのかもしれない。この胸中に渦巻く数多の感情を納めるにはもうそれしか手はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

何が起きたのか、分からなかった。

信頼できるって、そう信じていた奴が“やつら”の身体を切り刻んでいた。片方の手から炎を迸らせながら。

見れば漫画やアニメで見るような魔法陣が浮かんでいたが、そんなのはどうでもよかった。

ただ、彼がやつらの身体を弄ぶようにして傷付ける姿が、とても見ていられなかった。

 

「どうして……」

 

彼は、とても冷たい目をしてあたしに掌を向けた。

その先から魔法陣が何重にも現れて、放たれた炎は校舎の壁を一瞬で消し飛ばした。

 

怖かった。理解を超えた力を持つ彼が。でも、それ以上にどこか悲しさを孕んだ彼の姿が、どこか痛ましさを孕んだ彼の顔が放っておけなくて。

 

それでもあたしは動くことが出来なかった。

行かせちゃいけない、と分かっていても体が、脳が。

いや、あたしは自分の恐怖に負けたんだ。

我が身可愛さに彼が去るのを見逃した。

 

信頼していなかったのは、あたしの方なのかもな。

 

「……っ!」

 

地面を踏みしめる音で我に帰る。咄嗟に音に目を向ければすでに校舎に入り込んだ多くの“やつら”を捉えた。

あの時の音に惹かれて集まったのだろう。

 

「くそ!」

 

スコップを構えて迫り来るやつらの頭をかち割る。何体か倒すも、とても一人で相手にできる数じゃない。

あたしはすぐに二階に撤退しバリケードを越えた。

まずはこの状況を皆に知らせなければ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし」

 

ベッドに横たわりしばらく精神統一に費やした俺は、落ち着いたと共に外出の準備を整えた。

携帯食料を幾らかと、万が一のために拠点に残していた魔術の触媒の数々。替えの弾薬。

 

準備を整えた俺は窓から外へと飛び出し、家々の屋根伝いに駆ける。

 

第一目標としてはヤツの足取りをつかむこと。そのための情報を集めなければならない。

必然、最初に向かうのは自宅ということになった。

 

しばらく進むと、懐かしい我が家の屋根が見えて来た。

西洋風の大きな屋根。遠坂邸ほどではないがそれなりに大きな家だ。

 

「っ!」

 

近くまで来て、急に肌を刺してきた殺気に気付き、バックステップを踏む。

甲高い音と共に数本のナイフが、立っていた場所に刺さった。

 

「……人間にしてはやりますね」

 

遅れて聞こえてきた声の主人は、民家の屋根に音も無く降り立った。このことから既に実力者であることが分かる。

それは女だった。黒いレオタードにスパッツを履き、その上からドレスのように長い裾の黒いコートを羽織っている黒髪の女。風に靡く長髪は人のものとは思えぬほど美しすぎた。

 

「死徒か……」

 

俺の呟きに、女は赤い目を細めた。

 

「カテゴリー上は否定できません。しかし()()()はあの様な“骨董品”とは違う」

 

静かにしかし僅かな怒気を孕んだ声で女は述べた。

 

死徒ではない? いや、纏う気配は紛れもなくあの吸血鬼どものソレである。

薄々感じてはいたが、やはりこの騒動の裏には死徒が絡んでいるのか。とりあえずはこの女を捕らえて吐き出させるより他に手はない。

 

「……マスターの命により、これより危険分子の排除に移行します」

 

律儀にも、まるで機械のように告げる彼女。

ならばーー

 

「先手必勝!」

 

俺は腰に下げたホルスターから素早く拳銃を抜き女に向けて二、三度発砲した。もちろんただの9mmパラベラム弾ではない。

グールに似た『死体』どもの掃討を目的とした銀弾である。

 

「ッ!」

 

女は慌てることもなく、人間離れした身体能力で躱し、一発は手に掴んでからこちらに投げ返してきた。

 

「ぐっ!」

 

音速で迫る弾丸は的確にこちらの脳を狙っていたために顔を逸らしてスレスレで避ける。

すかさず右手のバットで攻撃しようとするが。

 

「なっ!?」

 

女はすでにこちらの懐に入り込んでいた。何処からか取り出したナイフが眩い光沢を放つ。

俺はあらかじめ懐に忍ばせてあった呪符に魔力を通して魔術を発動させる。

 

「っ!」

 

キィン、と金属がぶつかり合う音がして女のナイフは弾かれた。念のために用意していた防御結界。簡易術式によるものなので死徒の一撃に耐えられるか心配だったが問題は無かった。結構、肺にまで衝撃が響いたが。

 

当然、結界は一瞬で砕け散ったがその一瞬が作れれば十分だ。

俺はあらゆる術式で身体強化を施し、改めてこちらの心臓を狙う彼女のナイフをはたき落した。

 

「ぁぐっ!」

 

少し呻いた彼女の隙を突いてその土手っ腹を思いっきり蹴り飛ばす。

 

「がぁぁ!!」

 

飛ばされた彼女の身体はゴロゴロと屋根を伝って転がって、端で止まった。瞬時に態勢を立て直し四つん這いで新たなナイフを構えていたりする。

やはり死徒は厄介だ。

 

今にも飛びかからんとする彼女の顔面に銃弾を撃ち込む。

が、案の定ナイフで簡単に捌かれてしまう。

 

その間に俺は女の至近距離まで一気に駆け抜けた。

 

「っ!」

 

女が気づくその瞬間に、右手のバットを振り下ろす。

 

「せいっ!」

 

だが女は両腕を頭の上で交差させその一撃を防いだ。衝撃で彼女の足元の屋根が大きく歪む。

予想以上に手強い。俺は咄嗟に銃弾を放つ。

 

バットに集中しているためか防ぐこともせずに胸に二発と腹に四発を受けた女。しかし毛ほども応えていないようだった。

 

「ばかな!」

 

「ぜあぁぁ!!」

 

一瞬、動揺した隙を突かれて逆にバットを弾き飛ばされ回し蹴りをもらう羽目になった。

ペキパキと骨が折れる音がして、俺は盛大に吹っ飛ばされた。

 

「がっ、ぐ……!」

 

途中、屋根の上でバウンドして別の家の屋根の上に転がる。

起き上がろうにも左腕に力が入らない、どうやらここの骨が持っていかれたらしい。

 

バン、と屋根を蹴る音がした。女がこちらに向かってくる。

仕方なく俺は横に転がることで逃れる。

遅れて自身のいた場所に彼女の踵が突き刺さった。

 

「しぶといですね」

 

言いつつ、突き刺さった足を引き抜く彼女。ガラリと音を立てながら砕けた屋根の破片が落ちる。

 

「化け物め……」

 

くそ、焦るな。なんら特異能力を持たないアレは死徒の中でも下位の者のはず。ならば対死徒用の武器を叩き込めばやれるはずだ。

カツカツと音を響かせてこちらに歩み寄る女。その仕草にはもはや俺を警戒対象とさえ見ていない雰囲気が感じられた。

 

「……セット」

 

「? 何か言いましたか?」

 

歩みを止め、首を傾げて尋ねる彼女に口の端を上げて挑発する。

 

「終わりだ」

 

「ッ!」

 

何かされた、と気付いた彼女が瞬時に動きこちらの首を刈り取ろうと向かってくる。

俺の直前まで迫った彼女は、しかし不可視の壁に阻まれて弾かれた。

 

自らの勢いをそのまま跳ね返された彼女はたたらを踏んで後ずさる。それが俺の狙い。

 

「二秒だ、それが俺の魔術の発動までの最速」

 

「なにをーー」

 

言いかけた彼女の身体に、下から炎がせり上がり纏わり付いた。

豪火に焼かれ堪らず絶叫する女。

しかしすぐに炎を断ち切ってこちらに向かってきた。

 

「甘い」

 

俺は落ち着いて手の平を向けた。そこから真っ直ぐに、先ほどと同じ炎の渦が燃え広がる。

そして吸い込まれるようにして彼女の身体を焼いた。

 

「がぁぁぁぁあぁああ!!!?」

 

全身を炎に焼かれてのたうちまわる。

 

俺が仕掛けたのは単純なものだ。ただ、残りの呪符をそっと置いて物理結界を生み出し、弾かれたその隙に炎の魔術を行使しただけ。

これは、彼女が死徒用の弾丸が効かなかったことから考えた即席の手だ。

死徒用の浄化が効かぬなら物理的に排除すればいい、少なくとも彼女が死徒に類する匂いを発していることから手始めに炎をぶつけてみたのだが。

当たりだったらしい。

 

だが炎を当てるにも詠唱する時間が俺には必要だ、どれだけ早めても二秒。それが絶対的に必要だった。

そこであの結界だ。彼女を煽ってぶつけさせればそれくらいは稼げると踏んだ。仮にも死徒の亜種、あの力でそのまま跳ね返されれば怯むはずだ。

 

最後に、この炎の魔術は俺の常套手段。二秒だけもらえれば発動できるし“触媒”として“杖”を用意してあるので一度発動できればこちらのものだ。

彼女が悶えている間に刻んだ術式に魔力を通せば火炎放射器に早変わりする。

 

「ぐがぁぁぁ!!」

 

しかし、先程から何発も食らわしているのに一向に死ぬ気配がない。この女は相当に体力があるようだ。

 

「くっ!」

 

おまけに動きが異様に素早いために気を抜けばこちらがお陀仏である。

思えば硬化のルーンが刻んであったにも関わらず左腕を砕かれたことからも、彼女が尋常ではない膂力を有していることが分かる。

やはり通常の死徒とは違うのか。

 

「おっと」

 

振るわれた爪の一撃を寸でのところで避ける。避け切ったつもりだったが胸元から横に薄く切り傷が出来ていた。

仕方ない。こんなところで全て使う気は無かったのだが、背に腹は変えられない。俺は持っていた使い捨ての礼装や呪符をばら撒いた。

 

「喰らえ」

 

その全てに魔力を通して発動させる。

 

「ぎ、ぎぎゃああぁぁぁぁぁ!!」

 

炎に雷に、緊縛に浄化。あらゆる効果が一斉に発動して全て彼女に向かう。

効果の持続時間は一分にも満たない、が、詠唱はなんとか間に合いそうだ。

 

「“祓い給え、清め給え。荒潮の塩の八百道に坐す、いと貴き水戸神(ミナトノカミ)よ。

その猛々しき渦潮にて穢れし魂を呑み込み給う……”」

 

「ぐぅぅ!?」

 

耐えず魔術を全身に浴びながらも俺の詠唱に気づいた彼女は、焼け焦げた腕を必死にこちらに伸ばした。

 

だが当然ながら手を伸ばしたくらいで届く距離に俺はいない。

落ち着いて詠唱を終える。

 

「“ーー速秋津比売神(ハヤアキツヒメノカミ)よ”」

 

最後の一節を唱えると、彼女の足元に巨大な渦潮が突如現れた。

 

「ッ!」

 

それは彼女の足元を中心に、空間そのものに発生しており、魔術に焼かれる彼女をすっぽりと覆う大きさに広がった。

 

『マガツ……ヒ………マガ……ツヒ』

 

中からは何者かの掠れ声が漏れ出る。

 

「がぁ、ああぁぁぁぁ!?」

 

そして、声と共に透明な、水で出来た触手が幾つも現れ彼女の身体に這うように絡みついていく。

 

『マガツヒ、マガツヒ……』

 

渦潮から聞こえる声は何かに急かされているように、狂ったように同じ単語を呟き続ける。

同時に彼女に絡みつく触手はどんどんと増えていき、やがては彼女をすっぽりと覆ってしまった。

 

「っ!! っっっ!!!!」

 

水の牢獄の中で彼女は必死にもがくも、見えない何かに縛られているようで思うように身体を動かせなかった。

その間にも渦潮から聞こえる声は大きく、そして速くなる。

 

『マガツヒマガツヒマガツヒマガツヒマガツヒ』

 

やがて、敵である俺の方にも助けを求めて手を伸ばしてきた。

水の牢獄にいなければ泣き叫んでいるであろう悲壮な表情で何事か口を動かしているが、俺には渦潮の声しか聞こえない。

 

「……」

 

俺は黙って、そのまま渦潮に引きずり込まれていく彼女を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流田家に伝わる祓除(バツジョ)の力。

ブリオンの『神話保菌者(ゴッズホルダー)』に加えて、流田本来の巫女としての力だ。

水戸神(ミナトノカミ)と呼ばれる日本の神の一柱である速秋津比売神(ハヤアキツヒメノカミ)、それを崇め奉ってきたのが流田の巫女の家系だった。

巫女はこの神に仕える代わりに水戸神が持つ祓除の力を授かってきた。

 

先ほどの魔術というか詠唱は、かつて巫女が授かっていた祓除の力の()()()()()を発現させるためのものだ。

なぜ一部しか発現させられないのかといえば、お察しの通りブリオン家と併合してしまったからに他ならない。

流田に限った話ではなく、巫女というのは神にその身を捧げた者の名前である。そのため、巫女を継いだものは悪く言えば神の持ち物と同義なのだ。

故にこそ、流田家は代々、巫女を継いだ者の兄弟姉妹が血を繋いできた。巫女の姉が、妹が、兄が、弟が外部の者と契り子をなしてきた。

配偶者に関してももちろん誰でもいいわけではなく、神道に連なる家系の中で流田よりも下位に存在する家柄から嫁入り婿入りさせてきた。

そうして紡いだ血筋だが、とある代において突如として途絶えた。

巫女以外の子が生まれなかったのだ。

当時は何者かが神を怒らせただの、災いの予兆だのと騒がれたらしいが事実としてその巫女の代で流田は終わるはずだった。

だか、祟りを恐れた当時の流田の者たちは巫女に『不老不死の呪い』をかけて未来永劫、神に仕えることを強制して死んでいった。

 

それから途方も無い月日を巫女は過ごした。何百年と流れ行く時の中で憂うことも忘れるほどに神に仕え続けた。

 

そんな時に、日本へと流れ着いたフラガに敗れしブリオンの残党に出会った。

 

ブリオンの残党、現・流田家の祖となる青年は神に縛られ続ける巫女を哀れに思い度々会いに来るようになる。

そこからはお約束のごとく惹かれ合いいつしか彼らは恋仲となった。

当然、男女が愛し合った末には子を成す。

しかしこれがいけなかった。

 

神の所有物として純潔も纏めて捧げていた巫女が、その純潔をあろうことか外来の神に連なる家系の者に捧げたのだ。

烈火のごとく怒った神により巫女と青年に呪いがかけられた。

 

しかし仮にも神話を受け継ぐ魔術の家系の青年と、何百年という月日を巫女として過ごした二人の決死の抵抗によりなんとか神は退けられた。

だが、代償として巫女と青年の命は失われ残された一人の子供が今の流田家を再興するに至る。

 

 

以上の出来事により流田から巫女の力は失われた。しかしブリオンから齎された魔術の知識により、なんとかその一部を取り戻すことに成功したのが先ほどのアレだ。

まあ、神の怒りを逆撫でするようなこの行いに代償がないわけがなく。

 

「ぐっ……」

 

右腕を襲う激しい痛みに膝を折る。

見れば右腕の内部を這いずり廻るように『何か』が蠢いていた。

 

言い表わせる言葉がないほどの痛みが意識を揺さぶる。

必死に耐えて収まるのを待ちながら思うのは、右腕に埋め込まれた魔術刻印。

 

本来、先代が紡いできた魔術を込めて継承されるこの刻印に、流田は『巫女の体の一部』を埋め込んでいる。

いつの代の者が墓荒らしをしたのかは知らないが、流田の刻印には祓除の力を行使するために掘り起こされた巫女の遺体の『どこか』が捻じ込まれている。

当然ながら流田の力は神の激しい怒りによって失われている。だが『あの巫女』のモノならどうだ?

自分が仕える神の力を退けるほどだ。絶大なる魔力と神秘を備えているのは確かだろう。そう考えた奴がいた。

そいつが掘り起こし研究してなんとか一部の力を使えるようにして刻印に入れたのだ。

当たり前の話だがそんなことをしてただで済むはずもなく、一部の力だけでも行使するだけで神の呪いが身体を蝕む諸刃の刃となってしまった。

 

だが、さっきはなかなかに危なかった。だからこそ渋々この力に頼ったのだ。

 

「そんなことよりも……」

 

早く、ヤツの足取りを掴まねば。

俺は痛みに耐えながら久しぶりとなる我が家へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流田邸。我が家にして流田家の本拠。流田黄牙の魔術工房でもある場所である。

もっとも、関係者にして嫡子たる俺にまで牙を剥くような愚かな罠はないが、下手に触ると死ぬ仕掛けがあるのは確かだ。

大方、その程度の罠で死ぬような跡取りは要らないということだろう。心底、冷徹な男だ。

 

エントランスを抜けて、二階の自室まで赴く。先ずは装備を整えることが先決である。

これまでは『死体』の調査やらなんやらもあり、同時に奴らにさほどの脅威も抱いていなかったことから“いつもの装備”を回収していなかった。

だが、奴らの変異に始まり先ほどの死徒らしき存在との戦闘で、いよいよ万全を期す必要があると判断した。まあ、“あの男”と戦うつもりならば必須となるのだが。

とりあえずいつもの黒コートを羽織る。これも礼装の一つで執行者の激しい任務には必須のもの。

それからいくつかの使い慣れた礼装を持ち出して俺はいよいよ黄牙の部屋へと向かった。

ちなみに左腕は魔術で治療済みだ。

 

 

 

 

「ここか……」

 

あまり招かれることもなかったので不確かな記憶ではあったがなんとか辿り着いた。

扉に魔術で探知をかける。

 

一見して普通の扉だが念入りに調べていると、致死性のトラップが仕掛けられていることが分かった。

そんなことだろうとは思っていた。

 

俺は慎重にトラップを解いてから書斎に入る。

 

中は書斎というには広すぎるくらいに大きかった。

窓からはうちの門がちょうど見える位置にあり、ここが流田の当主が座す場所であることを否が応でも理解させられた。

 

部屋の内部には不思議となんのトラップもなく、存分に物色することが可能だった。

 

「……魔導書、か。いや、これは要らないな」

 

だが、ざっと探してめぼしいものは無かった。というか異様なほどない。本棚に詰められたものは当たり障りない普通の魔術の手引書だったり、特に意味のないものが大半だ。

 

ふと、本棚の一角に違和感を感じる。

特に異様な魔力を感じたわけではないがなんとなく気になる本がある。

何の気なしに抜き取って開いてみる。

すると、本の間に挟まっていた何かがひらりと床に落ちた。

 

ノートの切れ端のようなそれからは魔力は感じない。

気になって拾ってみる、と。

 

「っ!!!!」

 

床に触れて、初めて、()()()()()()()()()()()()()ことに気づいた。

同時に、凄まじい怖気が身体を駆け巡る。

 

ああ、これは、この魔力は。()()()()ーー

 

 

「資材を取りに家に帰ってみれば、どうにも卑しいネズミがこそこそと嗅ぎ回っていたようだ」

 

聞き慣れた声、聞くだけで魂を凍りつかせるどこまでも冷徹な声。

同じ血が流れていることを疑いたくなるほどの冷たい声が耳をつく。

 

「二度は聞かん。出来損ないの貴様が、ここで何をしている?」

 

恐怖で凍りつく身体を無理やり動かして、声の主人を睨みつける。

やはりと言うか、当然と言うか、そこにいたのは紛れも無い俺の肉親。

 

「流田……黄牙!!」

 

「ほぅ、この私を呼び捨てとは……偉くなったな、不良品」

 

青白い肌に病人のような隈を作った懐かしき顔。

黒コートに身を包んだ『魔弾の執行者』が現れた。

 




祓除とか速秋津比売神とか気になったらググろう!



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