しっこうしゃ   作:オモイカネさん

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お久しぶりです。
予定を大幅に変更して、これからしばらくワタルが助かるまでの動きをお送りします。






こわれもの
人に寄り添うヒト


「お疲れ様です、黄牙様」

 

 暗闇の中、ビルの屋上でスーツ姿の美女が頭を下げた。その相手は黒コートに身を包んだ病的な青白さの肌を持つ男。

 

「……」

 

 女性の礼に応えることなく歩みを進める男・流田黄牙。

 そんな彼に女性は頭を下げたままに問いを投げた。

 

「……矯正計画は中止ですか?」

 

 その単語に黄牙は初めて反応を示す。

 ピタリと歩みを止めた彼は女性に振り返りながら答える。

 

「ああ、『執行者としては完成した』が『後継者としては失敗した』」

 

 それが何を意味するのか、女性は合点がいったとばかりに深く頷き、歩みを再開した黄牙のあとに続いた。

 

 二人は夜の闇の中、屋上から建物内部へと入る。

 巡ヶ丘に位置する『旧ランダル本社』の中へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「めぐねぇ!!」

 

「……恵飛須沢さん?」

 

 授業中の教室に、血相を変えて飛び込んできたのは私の生徒の一人である恵飛須沢胡桃さんだった。

 

 同じく教室にいた祠堂さんに直樹さんもびっくりして彼女を見ている。

 

 何度か荒い息を吐いて呼吸を整えた彼女は叫んだ。

 

「緊急事態だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩が……?」

 

「いや、あいつは違う、そんな奴じゃないんだ。きっとーー」

 

「ええ、先生もそう思うわ。だからーー」

 

「……問い詰めましょう、ひっ捕らえて、洗いざらい全部吐いてもらいます」

 

「美樹……もうちょっと穏便に済ませようね?」

 

 恵飛須沢さんから詳しい話を聞いた私たちはすぐに彼を連れ戻すことで全会一致した。

 

 魔術、とかそういうのは俄かに信じ難いけど、恵飛須沢さんがそんな嘘を付くような子じゃないのは知っている。

 なら事実なのだろう。彼がここを去ったのも、何か思いつめていたというのも今朝の様子からして間違いない。なにより、一番彼を気にかけていた彼女が言うのだから。

 

「そういえば、私が助けてもらった時も……先生、捻挫って一瞬で治ったりするもんなんですか?」

 

「それはないと思うけど……」

 

 ふと思い出したように祠堂さんはそんなことを述べた。

 

「やっぱり……」

 

「圭?」

 

 それから祠堂さんが彼と出会った時のことを話してもらった。

『彼ら』に囲まれていたところを車で通りかかった柚村さんと彼に救われたこと。その時に負っていた怪我を彼が手をかざすだけで治したことを。

 

「魔法かよ!」

 

「でもこれで事実確認が取れたわね、彼は魔術師と自分で言ったのでしょう?」

 

「ああ、そんで校舎の壁を火の玉みたいので吹き飛ばした」

 

 その音は私たちも聞こえていた。突然、地響きと共に爆発音が響けばさすがに気付く。

 どうしたものかと狼狽えているところに彼女が駆け込んできたのだ。

 

「あいつ、今朝からおかしかったもんな……」

 

「先輩の件もそうですが、今は『奴ら』をどうにかするのが先じゃないですか?」

 

 直樹さんの一言で私たちは次の議題へと移った。確かに、恵飛須沢さんの話を聞く限り、一階にかなりの数が入り込んでしまったという。もしかしたら二階まで侵入してくるかもしれない。

 

「まずはみんなに状況を知らせた方がいいと思うの」

 

「りーさんはともかく、ゆきにも同じように言うのか?」

 

「それは……」

 

 なんとか、それとなく伝えるしかない。いや、この際は伝えない方がいいのかもしれない。

 ゆきさんだけじゃない。若狭さんだって、ああ見えてとっくに精神が限界を迎えていることを知っている。

 

「それに『奴ら』をどうにかするってどうするんだよ。さすがにあたし一人じゃどうにも出来ないぞ」

 

 それも……

 

 一階部分に侵入した大量の『彼ら』をどうするか、頭を悩ませていると不意に教室の扉が開け放たれた。

 

「あれ、みんな揃ってどうしたんだ?」

 

「柚村さん……」

 

 入ってきたのは彼ともっとも付き合いの長い柚村さんだった。

 彼女なら何か知っているのだろうか。

 

「柚村さん、落ち着いて聞いてほしいことがあるの」

 

「え、あ、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーってなわけでな、すぐにでもあいつを追いかけたいんだがその前に『奴ら』をどうにかしないことには……柚村?」

 

 一通りの説明を終えた私たちだったが、柚村さんの様子が少しおかしい。

 ずっと俯いたままで、話の途中から返事が返ってこない。

 

「そんな、どうして、どうしてどうして……」

 

 心配していると、突然、頭を抱えてうわごとのようにその言葉を繰り返し始めた。

 

「ゆ、柚村!? お、おい!」

 

 声をかける恵飛須沢さんにも反応を示すことなくずっとつぶやき続けている。その異様な光景に二年生の二人もどうしていいか分からず固まっていた。

 これはいけない。

 

「柚村さん! 落ち着いて、彼が裏切ったとはまだ決まってないわ。だからーー」

 

「どうしてどうしてどうしてどうして……」

 

 だめだ。肩を掴んで揺さぶっても全く反応を示さない。

 このままでは彼女の精神に致命的なダメージを与えることになる。

 

 出来ればしたくなかったがこの際仕方ない。

 

「落ち着きなさい!!」

 

 ぱしん、と彼女の頬を叩く。

 

「っ!」

 

 これにはさすがに気付いたのか、驚いた顔でこちらに目を向けた。

 

「ごめんなさい。でも、ここでじっとしていても何も変わらないの、だから、貴方にも手伝って欲しい」

 

「……っ」

 

 ようやく我に返ったのか、くしゃりと顔を歪めてポロポロと涙を零し始めた。

 

 ズキリ、と胸が痛む。

 私はこんな状態の彼女の手をも借りようとしているのだ。

 

 彼女の精神状態は彼から聞いている。その上で推測するなら今一番辛いのは彼女だ。それなのに私は、生徒の一人である彼女に無理矢理苦痛を与えようとしている。

 教師として、いや人間として卑劣な行いだ。

 

 こんな状態の彼女を置いていった彼は一体、どういうつもりなのだろう。

 いや、きっと、彼と彼女は『共依存』だったのだ。だからこそ、小さな綻びから呆気なく崩れてしまう。

 

 このような状況に陥って初めて私は彼が、思っていたよりもずっと脆い心の持ち主だったと知った。

 

 

 

 でも、だからこそーー

 

「お願い、私は、あなたと彼も助けたいの」

 

 二人だけじゃない。私たちみんなでこの地獄のような世界を乗り越えるために。

 

「うっ、ぐすっ……」

 

「……ごめんなさい。少し、休みましょうか」

 

 啜り哭く彼女を見て、私は焦りすぎたと気付いた。

 すぐに彼女を介抱しながらソファのある部屋まで連れて行く。

 

「みんなも、三階で待機していて。くれぐれも二階には行っちゃダメよ」

 

「……分かった」

 

 頷く恵飛須沢さんになんとか笑みを返して私は教室を離れた。

 

 

 生徒会室の横、部屋にあるソファに柚村さんを寝かせた私は唇を強く噛み締めた。

 

 何をやっているんだ私は。

 生徒を守るってそう決めたはずだったのに。

 彼を救うためだからと、同じ生徒である彼女に苦痛を与えてしまった。

 

 私は、最低だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうど通りかかった若狭さんに柚村さんを託した私は、皆のいる教室まで戻る途中、恵飛須沢さんと出会った。

 

「おっと、めぐねぇか……」

 

 なんだかバツが悪そうな彼女の反応、それに額に浮かんだ汗を見て、すぐに彼女がバリケードを越えたことを悟った。

 

「恵飛須沢さん……」

 

「待ってくれめぐねぇ。確かに二階に行ったのは謝る、あとでお説教も受ける。だが、今のこのメンバーで戦えるのはあたしだけだ」

 

「それは……」

 

「そして頭脳担当は断然、めぐねぇだ。だからさ、今だけは役割分担を認めてくれないか?」

 

 思わずぎゅっと拳を握りしめた。生徒に命の危険がある役割を任せている無力な自分に腹がたつ。

 

「ごめんなさい。本当に、私はーー」

 

「違うよ、めぐねぇ。

 大人だから全部やるんじゃなくて、出来るやつが出来ることをやるだけなんだ。

 めぐねぇはたまたま肉体労働が向いてなかっただけ。

 それに、めぐねぇがいるからあたしたちは頑張れる」

 

「恵飛須沢、さん」

 

「……きっと、めぐねぇがいなかったらあたしたちはもっと不安だったろうし、大変だったと思う。もちろん、頼りになるアイツがいたからもっと頑張れた」

 

 それは、想定しなかったわけじゃない。もし、私がどこかで倒れてしまったら。この子達を残していってしまったら。

 もちろん無いに越したことはないが、あり得ないわけじゃない。

 そんな時のために出来る限りのことはしてきた、残してもいる。

 

「……」

 

 もし、彼が現れなかったら、私は二階の制圧の時に死んでいたかもしれない。“あの子”に何か残せないままに死んでいたかもしれない。

 

「だから、絶対に助けないとな。……って、いきなりクサかったか?」

 

 ……そうだ。だからこそ、なんだ。

 私たちは彼の弱さを知った。

 だから今度は私たちが助ける番なのだ。これまで助けてもらったぶんを今返さなくてどうする。

 

「…………ううん。ただ、私はいつもあなたたちに助けられてるなって思った」

 

「えぇ……そう、かな?」

 

 少し照れ臭そうに頬をかく彼女。

 女の子にしては少々乱雑な言葉遣いが目立つけど、一番、みんなことを見ているお姉さん。

 

 そんな彼女に、私まで助けられているのだ。

 

「そうなの。……じゃ、行きましょうか」

 

 弱音はやめよう。今、頑張っている彼女たちに負けないように、私も頑張るんだ。

 

 

 

「あ、それでなんだけどさ。あたし、一ついいこと思いついたんだ」

 

「いいこと?」

 

 教室に向かう途中でそんなことを言った。

 いたずらっ子みたいな笑みで彼女は言う。

 

「魔術、ってやつを使おうと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二階の空き部屋、前にあいつが妙にせがんできたことがあったろ?」

 

 魔術という非日常的な単語に、暫し放心した私を見て恵飛須沢さんは詳細を語り始めた。

 

 曰く、二階に彼が確保していた部屋に行ってきたのだという。

 そこで見たのは、如何にも禍々しい魔術めいた品々。それと彼が独自に研究した"かれら"に対する研究結果の記されたレポート。

 

「これがその資料」

 

 パサリ、と取り出した紙の束をこちらに手渡す彼女。

 私はそれに目を通し、幾つかの疑問点を解消すると共に、彼が本当に魔術なる得体の知れない術を扱っていることを理解した。

 

「"かれら"を回収してたのね……」

 

 哺乳類のみへの感染。原因の『ウイルス』の特定。詳しい生態調査。以前話していた変異についても。

 おまけに、不完全ながら治療法まで見つけていた。

 

「話してくれてもよかったのにな」

 

 少し悲しげに語る彼女に私はなるべく優しく笑いかけた。

 

「きっと、余計な心配を掛けたくなかったのよ。……そう、そうに決まってる」

 

「……」

 

 この期に及んで、私は『彼を完全に信用することはできなかった』。

 信じたい想いはある、でもそれ以上に今回のこれは流石に擁護できない行いでもあった。

 

 論理的に考えるならば、『彼は裏切ったと断定して切り捨てるべき』。

 

 

 

 ……でも、私個人は、確かに『彼に救われている』。

 その恩だけは、なんとしても返したい。

 

「……」

 

 恵飛須沢さんは複雑そうな表情で私の答えを待っていた。

 きっと、彼女も私と似たような想いを抱いているのだろう。

 

 私たちを、ゆきちゃんたちを危険な目に合わせていることに対して、許す気はない。

 でも、同時に彼を『救ってあげたい』とも考えている。

 

「……でも今は、この状況を打開することが先決よね」

 

 今は迫りくる"かれら"をどうにかしなければ。

 ……そのあとで、私と恵飛須沢さんで彼を連れ戻そう。

 あの子達を私たちの私的な思惑に付き合わせる必要はない。

 

 今は、恵飛須沢さんが入手してくれたこの資料をもとに魔術を活用することを考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔術回路……ってなんだ?」

 

「さあ……」

 

 資料の解読を試みて早々に私たちは己の目論見がいかに稚拙であったかを想い知ることになった。

 魔術と銘打たれていても、それは立派な学問だったのだ。用語が出る度に頭を傾げていては到底利用などできなかった。

 

「まずいわね……何か、他の策を練らないと」

 

「わりぃめぐねぇ……やっぱ、頭脳労働を向かないや」

 

 乾いた笑いを漏らす恵飛須沢さんを宥めつつ思案する。どうするべきか、どうすれば"かれら"を押し返せるか。

 

「あれ、めぐねぇとくるみちゃん。そんなとこで何してるの?」

 

 空き教室で頭を悩ます私たちを不思議そうに眺めるゆきちゃん。

 彼女の純粋な笑みを見て、自然と心が落ち着くのを感じた。

 ……知らず知らず、焦っていたらしい。こういうとき、彼女の天真爛漫さに助けられる。……たとえそれが仮初めであっても。

 

「おー、ちょっと、な」

 

 言いつつ、どう言って彼女を立ち去らせるべきか私に目配せする。

 

「ゆきちゃん、あのねーー」

 

 言いかけて、不意にゆかちゃんが先に口を開いた。

 

「なんか、今日はみんな学校に残ってるみたいだね。……そういえば下校の放送がまだ流れてないからかな?」

 

 心底不思議そうな顔で彼女は言った。

 その一言に、私のなかで一つの考えが自然と浮かび上がる。

 

「放送……」

 

 どうして気付かなかったのか。

 "かれら"が生前の記憶を幾らか保持しているなら、放送によってある程度誘導も可能なのではないか?

 現に彼の研究資料にもそう書かれていた。

 

 なら、試す価値はある。

 

「めぐねぇ」

 

 真剣な顔で私を呼ぶ恵飛須沢さんも、この事に気づいたのだろう。

 

「ええ、放送室へ向かいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……圭」

 

 柚村さんを連れて去っていった二人を待つ間、なんとなく沈黙を続けていた私たち。その均衡を破ったのは私。

 それでも、やはり彼女には私の想いを伝えたかった。

 

「……なに?」

 

 圭も真剣な顔で問い返す。

 

「さっきは、二人の手前ああ言ったけど。

 ……やっぱり、捜索はするべきではないと思う」

 

「っ!!」

 

 私の言葉に圭は過剰な反応を示すも、それ以上何を言うこともなく言葉の続きを待っている。

 

「あの人には何度も助けられたし、これまで守ってもらった恩もある……でも、だからって危険を冒してまで助けるのは正しいのかな」

 

 散々、彼には助けられた。

 圭を救ってくれたこと、負担が増えることを覚悟で私まで助けてもらった。

 

 けど、今回の彼の行いは許されるものではない。

 

「……第一、そんな不安定な精神状態の、しかも強力な武力を持つ人をこのままここに置くべきじゃない」

 

 今、これから考えるべきなのは彼抜きにどうやって暮らしていくかなのではないだろうか?

 

「学校外への探索……いやその前に見回りの分担が先ーー」

 

「美紀!」

 

 

 声と共に腕を掴む彼女の手。その感触に一瞬、思考を止める。

 気付けば動悸が激しく、吐く息も荒くなっていた。

 

 額にはびっしょりと冷や汗。

 

「……ごめん」

 

 少し、錯乱気味だったと気付いた。

 これじゃ柚村先輩のことを言えない。

 

 なんとなく、人肌が恋しくなって圭の手を握る。

 すると、圭も優しく握り返してくれた。

 

「大丈夫、きっと大丈夫」

 

 根拠がないのは明白だった。

 でも、そう言ってくれることそれ自体に、私は暖かい気持ちを抱いた。

 

「……ありがとう」

 

「ううん、たぶん先輩もひょっこり帰ってくるよ。……たぶん、ちょっと疲れちゃっただけだと思うから」

 

「っ!」

 

 ……そうだ。圭の言う通りだ。

 どれだけ無愛想でも、強くても、『彼だって人間なのだ』。心は、どうしようもない。

 ずっと、これまでずっと気を張り続けていたのだとしたら……

 

「……私たちの、せい」

 

 壊れてしまったのも、筋を通るというものだ。

 

 

 

 

 

 







久しぶりすぎて書き方変かも知れませんが。

生きてます。

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