しっこうしゃ 作:オモイカネさん
俺は執行者としての仕事をすでに三度こなしている。
ただ、うち二つは失敗に終わっているが。
その二つというのが蒼崎橙子と衛宮士郎だ。
前者に関して言えば初めから成功する見込みがなくボコボコにされた上でなんとか逃げ帰っただけの話。あまり思い出したくもない。
それからも何度か命令を受けて挑むも毎回ボコボコにされて逃げ帰るの繰り返し。何度か襲撃したところで彼女の方が『毎回生きて逃げ帰るお前はすごい』と感心してからは定期的に会う仲となった。
俺自身も信じられないが殺されないだけマシだろう、と深く考えないようにした。
彼女からの評価は一貫して『生き残る能力だけは異常な凡人』である。
次に衛宮士郎だが、彼に関して言えば色々あって戦友となった間柄だ。当初こそ封印指定で動いていたのだが、当時の彼の状況とその地域のいざこざで共闘して以来、仲良くなった。
帰還後は失敗報告の後に父からの折檻を受けたが依然として封印指定を受けている彼とは今後も何処かで会う羽目になるだろう。
「今日の収穫は以上だ」
テーブルの上に広げられた缶詰やカップ麺の数々、その中に惣菜パンを放り投げ彼女に告げる。
「おう、こっちも何もなかったよ」
腰に手を当てて彼女が応える。
俺たちはこの民家を拠点として情報収集ならびに食料確保等に動いていた。
俺が外を探索している間は彼女に留守を任せ通信用の礼装により連絡を取る。これにより離れることで結界の反応を受信できない欠点を補った。
食料確保は主に無人のコンビニや民家から行った。事前に探知を行い中に『死体』がいた場合は早急に排除して行く。定期的に回収に向かう場合は簡易結界を施し人間ないし『死体』の進入を阻害する。
並行して『死体』の生態調査も行なった。『死体』なのに生態とはこれいかに、だが深く考えてはいけない。現に奴らは動いているのだから。
幾らか実験を行い判明したのは以上の点。
奴らは基本的に知能が低い、少なくともコミュニケーションはとれない極めて原始的な衝動で動いている。おそらくは食欲にのみ活動を行なっているようだ。
次に音に敏感なのは初日で分かっていたが光にも反応を示した。そのことから視覚に関しても完全に失われているわけではないということが分かった。とはいえ延々と壁にぶつかり続ける個体がいたり落とし穴等のトラップは判別できないようだ。
段差にも弱いらしく、小さな段差で転ぶ姿が散見された。階段も登れないもしくは苦手らしく常に高い位置からの対処が有効とされる。
これらは一般的な視点からの特徴だが次に魔術的な観点での調査結果を述べる。
まず奴らには『魂がない』。
通常、死徒の幼体であるグールは魂を有した状態で脳が腐敗している。その脳が完全に溶けきって魂が肉体に固定され霊体の脳が構築されて初めて自我を取り戻し死徒として覚醒するメカニズムだ。
そうなると奴らがグールに連なる存在という仮説はいきなり否定されたことになる。ではなぜ奴らから微量ながらも魔術を施した痕跡が見つかったのか。
今後も奴らに関しては研究を行うべきだろう。
そんなこんなで初日のパンデミックからすでに一週間が過ぎようとしていた。
あとこれは憶測でしかないのだが数日間の観察で奴らが生前の記憶に行動を左右されている可能性が出て来た。
たとえば制服を着た奴らが朝には学校に向かい夜には自宅に帰宅するように。会社員が朝には会社に向かって夜には帰宅するような、そんな行動パターンがあることを見つけた。
なかには例外も存在しており個体差があるのは否めないが今後の行動に重要な要素となることだろう。
奴らの生態に食料の残る施設の把握。地図の作成により行動は実にスムーズになった。俺は生態調査を元に前日の夜間から朝にかけて探索を行いそれまでの間、柚村には留守を任せる。睡眠は暗示でどうとでもなるので気にしていない。が、柚村は気になるようで帰宅するとしきりに睡眠を推奨してくる。あまりにしつこいので寝たフリをすることもある。
現在は回収して来た食料を食べているところだ。
「……」
柚村は菓子パンをムシャムシャと食べながらぼんやりと外を眺めている。この地域の奴らは早いうちに掃討したのだが遠出していた奴らがチラホラと帰ってき始め結局、このエリアから完全に排除することはできなかった。今も彼女の視線の先にスーツ姿の『死体』がノロノロと歩いていた。
この数日の間に何度か奴らと戦ったからか彼女はもはや当初のような怯えなどなく普通に歩く『死体』を眺めていた。さすがに食事中に平然と見れる胆力は異常だと思うが。
ちなみに戦闘は彼女の意向によるものだ。曰く、このままではいざという時に戦えないから。とのことだが俺としては早々戦わせる事態には陥らないと思う。
まあ、彼女がそうしたいのなら好きにすればいい。
ただ黙々と作業の如く処理して行く俺よりも、一般的な感性を持った彼女に屠られた方が相手も気持ちいいはずだ。誰も野郎に殺されるなど嫌だろう。
「なあ、次の探索はあたしが行こうか」
「ダメだな」
時折、思い出したようにそんな提案をしてくる。無論却下だ。
どう考えても単体で探索に行けるような能力はないと言わせてもらう。俺は執行者としてある程度の戦闘能力を有しているが彼女はついこの間まで普通の女子高校生だった。今もそうではあるが、とにかくそんな一般人に無限湧きする『死体』の相手など出来るとは思えない。
とはいえ、先日の戦闘を見ていた限り慣れれば行けそうではある。
だが信頼の置ける協力者に拠点を守ってもらうというのは重要だ。完全に信用しているわけではないが拠点の留守を預けるくらいには信頼できる。
「ふむ、そうだな。……そろそろ大規模な施設の探索も視野に入れていたところだ」
「お、どっか行くのか?」
「リバーシティ・トロンに行こうと思っている」
高校、大学と並んで人の集まる大規模ショッピングモール。パンデミック初日はかなりの混乱と相当数の『死体』が生まれたと思うが、日数の経過した今、奴らが生前の記憶を元に行動しているとするならばそろそろ数を減らしているものと推測する。
「あそこなら豊富な物資が揃っていることだろう。今後を考えて備蓄を大量に確保できる場所を押さえておくのは重要だ。二人で行った方が効率もいいし今回は二人で行こう」
「確かにな、ならいつ行く?」
「今日にでも行こうと思っている。車も確保できたしな」
ここ数日の成果として偶然にも車を確保できたことが挙げられる。幸運にもキーを挿したままで放置されていた車なのだがおそらく車を離れた少しの間に奴らと化し持ち主を失ってしまったのだろう。
ありがたく使わせてもらうことにした。
「アンタ、運転できたのか」
「これでも大抵のものは乗りこなせる。意外か?」
「ああ、とてもそういう奴には見えなかったからね」
まあ、そうだろう。学校での俺は凡庸なヘタレで通っていたからな。
執行者を務めるには色々と苦労があるということだ。
「準備ができたら声をかけてくれ」
「いや、あたしはモップさえあればいいよ」
そう言って初日に手渡したモップを手に取り抱える彼女。一応硬化のルーンをかけていたとはいえモップ一本は心配だな。
あの時は緊急時だったため仕方なかったが今回は余裕がある。学校を上回る規模の施設に赴くのだそれなりの準備は必要だろう。
「気休めだがあって損はない」
言いつつペンライトを数本手渡す。
用途が不明だと言わんばかりに首をかしげる彼女に軽く説明する。
「奴らは音と光が主な情報収集源だ、それを光らせて投げれば多少は動きを操作できるだろう」
「なるほど、ありがとな」
嬉しそうに笑む彼女から反射的に目を逸らす。相変わらず眩しい反応をしてくれる彼女だがこっちはやり難い。
「じゃあ行くぞ」
俺も最近使い始めた鉄パイプ(ルーンで加工済み)を片手に持ち銃を腰のホルスターに入れて準備完了だ。
「そんなのどこで手に入れたんだ……」
「ん?」
視線を追えば腰の銃が気になるらしい。なるほど確かに高校生がハンドガンを持つなどフィクションでしかないからな。
「使い慣れてはいるからな、とりあえずそれ系の建物から拝借してきた」
「はぁ……まあ今更驚かないけど」
げんなりしたように溜息をつく彼女に疑問を抱く。ここ数日、勤めて高校生らしくしてきたつもりだが何かおかしかっただろうか。
「まあいい、行くぞ」
気にせず家を出て車に乗った。
車を走らせながらふと気づいたことがあった。
これまで約一週間、彼女は魔術についてこれといって質問をしてこなかった。普通ならあんな異常を見せつけられれば真っ先に疑問が浮かぶと思うのだが。
「……お前は俺の使うあの妙な力に疑問を抱かないのか?」
気になったら直接本人に聞くべきだろう。何の気なしに助手席の彼女に問いを投げた。
「いや気になるに決まってるだろ」
「ならなぜ聞かない?」
「そりゃあアンタが話さなかったからな、聞かなくても困りはしないし」
なるほど、だがそれは些か早計、楽観視し過ぎではないだろうか。魔術師というのは大抵がロクデナシの集まりだ。
それに、明らかに非日常である魔術を見せられてその説明を求めるのが常識と思っていたのだが。
「で、聞けば教えてくれたのか?」
「いや、渋るな、かなり渋る」
「だろ?」
それっきり興味もないように窓の外へと視線を向けた彼女。
……確かに聞くべきものではないし積極的に話すものでもない。だが聞かれないと聞かれないでなんだかむず痒いものがあるな。
「まあ今更か、疑問があればこの際全て答えよう」
それなりに魔術を見せて来てしまっているので今更渋る話でもなかった。
「お、そうか。なら……」
許可を出すとくるりと手の平を返して嬉々として質問責めにしてくる柚村。やはり話すべきではなかったか、と軽く後悔しつつも目的地に着くまでの間、魔術の話題に花を咲かせていた。
「おっと、ここで少し寄り道だな」
リバーシティ・トロンまであと半ばといったところで車を停止させた俺に当然ながら柚村が疑問を投げかけてくる。
「どこに寄るんだ……って、お前ここ!」
「ん? 武器庫だが?」
彼女の視線の先には◯◯組と書かれた看板。妙に達筆な字で書かれており黒塗りな板を使用しているのもあって威圧感を感じる看板だ。
「安心しろ、『死体』が居ようと生存者がいようと俺が説き伏せる(物理)」
「いや説き伏せるって今なんかおかしくなかったか?」
俺は執行者だ、話術(物理)も交渉(物理)も脅し(物理)も一流に決まっているだろう。
なにやらブツブツと不満をこぼす彼女を無視して俺は建物に入った。
中はそれなりに荒れていて銃痕も多数見受けられた。壁には銃痕と血の跡がべったりと残っている。
それを見て少し柚村が顔を顰めたが何も言わなかった。
そして案の定、奴らと化した元組合員が数人ほど徘徊していた。
音に反応してゆっくりと近づく奴らに対し俺は腰から抜いたハンドガンにサイレンサーを取り付けていた。
「お、おい」
「安心しろ、残りはお前に任せる」
「そういうことじゃ……」
なぜ彼女は焦っているのかと思ったが、なるほど今いるのが狭い通路であることを心配しているようだ。こちらとしては寧ろ好都合なのだがな。
「二体か」
向かってくる奴らはどちらも屈強な男だ。
俺は片方の頭を銃で撃ち抜いた。
サイレンサーのおかげで風を切るような音しか発さずに『死体』の眉間に鉛玉を見舞った。
ゆっくりと倒れる『死体』を顧みることなく前進するもう片方。
「奴はお前に任せた」
「え、あ、ああ」
一瞬キョトンとした彼女だがすぐにモップを構えた。
『死体』はゆっくりと彼女との距離を詰める。
彼女もリーチに入るまでジッと構える。
しかしあと少しといったところで急に『死体』が速度を上げて襲いかかってきた。
「くっ!」
彼女は咄嗟にモップを盾にその牙を逃れる。そのまま鍔迫り合いのような形で壁に押し付けられる。
「っ!」
咄嗟に背中に背負った鉄パイプを構える俺に、しかし柚村が待ったをかけた。
「こいつは……あたしがやる!」
言って『死体』の股間を力一杯蹴り上げた。
予想外の動きにぽかんとしてしまったが、すぐに『死体』相手に効果は薄いと判断し助太刀に入ろうとする。
だが。
「グオォォ……」
『死体』は苦しげな呻きと共に蹲った。
俺は何が起きたのかわからずに動きを止めてしまいその隙に彼女はモップを振り上げていた。
「これで、終わりだ!」
グシャ、という音と共に頭部を貫通したモップの先が『死体』の顎から突き出す。それを伝ってポタポタと血液が流れて数秒ののちゆっくりと『死体』は倒れ動かなくなった。
混乱する俺に彼女は得意げに笑みを浮かべながらモップを肩に担ぐ。
「な、あたしだってやれるだろ?」
ドヤ顔で述べる彼女に俺はなんと言っていいのかわからず、とりあえず頷いておいた。
そして内部の他の『死体』も掃討した俺たちは残された銃器や武器になり得る物品を漁っていた。ちなみに先の二体の他に合計八体の『死体』がいたのだがうち六体は彼女が単身討伐していた。軽い身のこなしと時たま炸裂する金的を駆使してあっさりと仕留めてしまった。
「なあ、全部終わったら俺の助手でもしないか?」
俺は見つけた銃器を見定めながら呟く。
「いいね、喜んで引き受けるよ」
壁に飾られていた薙刀を手に取り眺めながら彼女が言う。
「いや、冗談だ。忘れてくれ」
予想以上に強かった彼女を見て少々混乱して思わず呟いてしまった。
しかし嬉々として受け入れる彼女は多分本気でやるつもりなのだろう。
「そうかい、遠慮しなくていいんだよ?」
気楽に言ってくる彼女だが、道中に語った執行者の仕事内容を聞いてそう答えられる度胸だけは見習いたい。
「まあ、全てはこの騒動が収まってからだな」
「……そうだね」
言ってしまってから失言に気付いた。
彼女は一瞬暗い表情を浮かべて、すぐにいつもの笑みを浮かべた。明らかな嘘、空元気という奴だろう。
どうにも俺は自身の感覚でものを言ってしまう癖がある。素の状態だと特に顕著だ。
思えばバゼットも歯に衣着せぬ物言いをしていた、執行者の性なのだろうか?
深く尋ねたりしていないがあの時一人でいたということはいつもの二人はすでに……。
もしかしたら目の前で見てしまったのかもしれない。そうならば“騒動”などと軽々しく言うべきではなかった。
冷静に考えればすぐにわかることだ。なぜ気付かないのか。やはり俺にはもう心がないのかもしれない。
口ではなんだかんだ言いつつ、何一つとして実感も湧かないし感傷などあるはずもない。
今はもう薄れて来た前世の記憶では確かに普通の感性を持っていたはずなのに。その感覚が思い出せない。
分からない。
だから今は目の前のことから処理すると決めた。考えても分からないことはきっと今は分からないだけなのだと信じて。
「これで全部か」
弾薬、銃器、薙刀。他にも日本刀やらも一応車に押し込み一通りめぼしい物は回収した。ちなみに日本刀は魔術礼装にする予定だ。と言っても業物でもないので簡単なものしか作れないだろうが。銃器や弾丸も同じく礼装への改造実験に使うつもりだ。
「これも持っていこうと思う」
そう言って運んで来たのはラジオ。正直、ネットも電話も使えなくなりTVも映らないとなれば望みは薄いがたしかに確かめていなかったものだ。何らかのメッセージを受信する可能性もあるか。
「……ふむ、まあいいだろう」
「やった」
なぜか嬉しそうな彼女が気になりよくよくラジオを見てみればCDプレイヤーと兼用のものだった。おそらくリバーシティ・トロンでCDを拝借して聴くつもりなのだろう。
「ショッピングモールの方がもっと良いのあると思うぞ」
「あ、確かに!」
まるで今気づいたように目を白黒させる彼女に自然と笑みが零れた。
「まあラジオ機能は使えるかもしれん持って行こう」
ラジオを抱えた彼女を車に乗せていざ本命へと車を走らせる。
道中はまた魔術について話をせがまれたが俺も観念していたので洗いざらい吐き出す。もちろん我が家の機密は漏らしていない。一般的に伝わる情報だけだ。
そうしてしばらく進んだところ今度は柚村が不意に声をあげた。
「あ、あれ!」
指し示す方を見てみればそこには奴らが不自然に集まっていた。
よく目を凝らしてみるとその先に一人の少女が座り込んでいるのが見えた。
「まさかこの段階で生存者がいるとは」
「助けないの?」
助けろではなく助けてでもなく、質問。強い意志を持った瞳で、しかしただ俺の答えを待っている。
やるじゃないか、そういう聞かれ方をしたら助けざるを得ないと分かってやっているらしい。強かな奴だ。
「この時点での生存者だ、加えて方向からしてリバーシティ・トロンからの逃亡者。何か有益な情報を持っている可能性が……」
「あたしが先に行くよ!」
俺の話も聞かずにモップ片手に車を飛び出す彼女。
せめて話は聞いて欲しかった。
だが時間が無いのも事実、今まさに喰らい付かんとしている『死体』を駆けつけた柚村が蹴り飛ばした上でモップで頭部を突き刺していた。
今更ではあるが女性の力で頭蓋骨を貫通するにはかなり力が必要だと思うのだがどうなっているのだろう。彼女がかなりの力持ちだということだろうか。
車内から眺めながらぼんやりとそんなことを思う。
「ちょっと、ボサッとしてないで!」
「あ、悪い」
と思ったら柚村に叱責を受けてしまった。確かに助けると言った手前、しっかりと働かねばなるまい。正直、今の彼女なら十体くらい余裕だと思うのだが。
今も複数の奴ら相手に無双する柚村を横目に俺は鉄パイプを持って援護に向かった。
貴依ちゃんが傍目あんまり壊れてない説。壊れた描写を頑張って入れたい。