しっこうしゃ 作:オモイカネさん
「あ、あの。助けてくれてありがとうございます!!」
そう言ってぺこりと頭を下げるのは幼げな少女。制服からして同じ高校の生徒だろう。
先ほど奴らの集団に襲われていたところを柚村と俺で助けた少女だ。
足を怪我しているらしく地面にへたり込んだままに頭を下げる様はまるで俺たちがいじめているみたいだ。
柚村も不良座りで話を聞いているからタチが悪い。
「気にすんな、こっちもただで助けたわけじゃない」
ニヤリと笑いながらこちらを横目に写す柚村。分かってるんなら自分で言えと言いたくなる。
「こちらの条件は情報だ。今回のパンデミックから数日を生き残ったんだ何処かを拠点にして凌いだのだろう。それまでそちらが得た情報が欲しい」
「え、と」
さっさく質問すると少女は答えを窮したように口ごもった。
その様を疑問とともに眺めていると後頭部に平手が飛んで来た。
「いきなり詰め寄ったら怖いだろ」
犯人は柚村だった。
俺が頭をさすっているうちに彼女は少女に目線を合わせて語りかける。
「悪かったね、こう見えて結構照れ屋な奴なんだ」
「い、いえ」
おい、何をテキトー吹き込んでいる。
「あたしは柚村貴依、巡ヶ丘学院高校三年だ」
「あ、私も巡ヶ丘学院高校二年B組の
彼女が話かけると一転、元気に自己紹介する少女、改め祠堂圭。それからも二、三言会話をしただけですっかり元気を取り戻した祠堂と仲良くなってしまった。
解せぬ。
というか初めから柚村が話せば良かったと思う。
「とりあえず足を見せろ」
「え……」
足の怪我を治療しようと思って言ったのだが祠堂は信じられない、といった表情で固まってしまった。
再び、柚村の平手が飛ぶ。
「だから、無駄に怖がらせるなって」
分かってる、今のは流石に反省した。
俺は改めて祠堂に申し出る。
「怪我の治療を行いたい」
「あ、そういうこと、ですよね。はは……」
乾いた笑いを溢し足首をこちらに出す祠堂。
見た所軽い捻挫だ。
「触るぞ」
「え、はい」
一応伝えたから患部に触れる。
そして治療魔術を小さく唱える。
「い、つ……」
「我慢しろ……ほら治った」
数秒、手をかざしてからどけるとそこにはもう腫れも赤みもなく白く健康的な足首があった。
それを見て祠堂は目を見開き驚いていた。
「な、治ってるーーー!?」
柚村は既に魔術を知っているので驚きはしないが魔術による治療に興味が湧いたのか真剣に眺めていた。
「一応、これは企業秘密だ。口外するな」
「は、はい。たぶん言っても誰も信じてくれないかと」
そりゃそうだろう。
「まあ車に乗れ、詳しい話はそれからだ。立てるか?」
未だ治った直後、エスコートが必要と思い祠堂の手を取り立たせる。
「あ……ありがとう、ございます」
少し恥ずかしそうにしていたのは不思議だったが、さっさと車まで戻ることにする。
「……足首見過ぎ」
「え?」
戻る最中とても怖い顔をした柚村が呪詛のようにそう言ってきた。
「あの、さっきはごめんなさい」
最後に車に乗り込むと、祠堂が申し訳なさそうに述べて来た。
「別に気にしていない、俺も気が急いていた」
別に急いてなどいないが。
ただ、どうも俺に対して怯えを見せる彼女に少し気不味さを感じた。
「流田航だ。そこの柚村と同級、同じクラスだ」
目をやれば手を振ってくる柚村。……さっきのはなんだったのか気になるが機嫌が戻ったのならそれでいい。
無視して視線を祠堂に戻す。
「とりあえず落ち着いた頃に話を聞かせてほしい」
「あ、そのことなんですが……」
気まずそうに何かを言いかける祠堂。代わりに柚村が答えた。
「その子の目的もリバーシティ・トロンだよ」
「なに? 逃げて来たのではないのか?」
どうにも話の雲行きがあやしい。まさかこの流れは……
「あの! 友達がまだ残ってるんです、助けてください!」
意を決したように語り「お願いします!」と頭を下げる祠堂。
やはりか。
「まあ俺たちもそこに用がある。ついでに救出するくらい造作もない」
今更一人増えても問題はない。俺は立ち塞がる奴らは纏めて処理するつもりだが、加えて救出もとなると柚村の負担が心配だが。
「柚村、大丈夫か?」
「あたしはあんたの決定に従うよ」
なるほど、なら問題ない。
「お前も覚悟はいいか? 分かっているとは思うが相当数の奴らを相手にすることになる、正直絶対に守りきれるとは言い切れないが」
何度か行ったことがあるので内部の構造は大体把握している。広い場所で複数の『死体』を相手にするのは当初から想定していた。
だが、そこに保護対象を伴うとなると難易度が上がる。
「大丈夫です。お願いします」
強い意志を込めた瞳で祠堂は答える。……どうでもいいが、ここらの女子は肝が座り過ぎてやしないか?
「そうか。なら行くぞ」
「はい!」
元気に応えた祠堂の声と共に車を発進させる。今度こそリバーシティ・トロンへ向けて。
「〜♪」
道中、ちらりと後部座席を見れば祠堂が車内の音楽に耳を澄ませていた。
何の気なしに付けてみたが俺も知らない洋楽だったので聞き流していたが妙に気持ちよさそうに聞き入っている祠堂が気になっていた。
「音楽好きなの?」
俺の代弁者のごとく柚村が問いかけた。
「え、あ、はい! 大好きです!」
「そう」
思った以上に元気に応え、祠堂自身も恥ずかしそうに頭をかいている。それを見て柚村はくすくすと笑みをこぼす。
「この曲、たまたま知っててつい」
「へえ、なんて曲なの?」
「えっとですね……」
その後も彼女たちは楽しそうに会話に興じている。
運転を担当する俺をよそに女子特有の甘い空間を後部座席で作り出す二人。確かに祠堂が話しやすいのは柚村の方だろうが、後ろで盛り上がられると気まずくなる。
「それであの日もCDを買いに……」
不意に祠堂の言葉が止まった。あの日とはおそらくパンデミックの日のこと、自分で言って思い出してしまったのだろう。
俯き少しだけ泣きそうな顔になった彼女だがすぐに力強い表情で顔を上げた。
「ごめんなさい、少し思い出しちゃって」
「……いいんだよ、でも」
「ええ、美紀を助けないと」
そう強い意思のこもった言葉で宣言する彼女はきっと強い人間なのだろう。彼女の横顔を見る柚村の顔が少しだけ寂しそうだった。まるで自分には眩し過ぎる存在を眺めるように。
「もうすぐ着くぞ、準備をしておけ」
「あいよ」
「は、はい!」
無事にリバーシティ・トロンに到着した俺たちだったが流石に駐車場は奴らが徘徊していたため駐車を断念、近くの路肩に停車。そこから徒歩でリバーシティへと進入することにした。
「なるべく音は立てるな、慎重に行くぞ」
小声で注意を促す俺に二人とも無言で頷く。
俺は鉄パイプと腰のホルスターにハンドガン。ポケットに幾つかペンライトも入れてある。
柚村は誘導用のペンライト数本と愛用のモップ。結構使っているが中々折れない。
祠堂にはペンライトを数本持たせてある。下手に武器を持たせても移動に障害となると判断したからだ。
比較的奴らの少ない入り口から慎重に中へと入る。
ギィ、という開閉音に何体か反応したがすかさず突き殺し事なきを得る。
そしてゆっくりと中へと入ると案の定、照明が切れ薄暗い空間が広がっていた。とりあえず周囲の魔力を探る。
「やはり一階は数が多いな」
だが今からわざわざ外から二階に上がるのも面倒だ。それに祠堂に聞いた話では半ば喧嘩別れのように出て来てしまったらしくその友達とやらの精神状態が不安だ。早急な救出が望まれる。
奴らに気付かれない位置まで移動した俺はポケットの中からペンライトを取り出し光を灯す。それを進行方向とは逆へと放り投げた。
カランカラン、という音と共に周囲の『死体』どもが一斉に音源へと振り向く。そしてゆっくりと行進を開始した。
「……よし、遅れず付いて来い」
奴らが十分離れたのを確認して一斉に移動する。
一階はとりあえず後回しにするとして、比較的数の少ない二階へと駆け上がった。
リバーシティ・トロンはショッピングモールの名の通り吹き抜け式なので一階を広く見渡せる。
見下ろせば相当数の『死体』がウロついていて、これに二階からの増援があれば対処は苦しくなる。
次に二階を見渡す。
一階に比べて通路が狭いこともあるがそれでも一階の半数以下の『死体』しかいない。
「祠堂、お前の友達はどこにいる?」
「五階の避難区画の部屋です、私が案内します」
「頼む」
祠堂は強く頷き返し前を進もうとする。
慌てて肩を掴み止める。
「待て。五階までは俺たちが先行する」
「あ、す、すいません」
今気づいたように慌てて謝罪する祠堂。焦っているのだろう。よほどその友達が大切らしい。
「階段までは……遠いな」
停止したエスカレーターは吹き抜け部分に突き出しているために音が広範囲に響き必然奴らをおびき寄せやすい。加えて多方向からの襲撃の危険がある。
「仕方ない、進路上の奴らを排除しつつ階段へ向かう」
「了解」
「柚村、祠堂は任せたぞ」
「はいよ、きっちり守るさ」
柚村の了承を聞き、一気に階段まで駆け出す。
音に釣られて店内から出て来た輩の頭を突き刺し仕留めつつ階段に駆ける。
進路上にも幾らか徘徊しており狭い通路で通り抜けは危険だ。
迷わず突き殺しつつ進む。
階段を目前としたところで近くの店から一気に五体も現れた。
「どけ」
鉄パイプを一閃し纏めて首を飛ばす。遅れて噴き出した血液を避けながら無事に階段に辿り着く。
しかし少なからず音を立てたせいで遠くから行進してくる『死体』の集団が見えた。
「追い付かれる前に駆け上がるぞ、遅れるな」
注意を促しながら一足先に駆け上がる。案の定、上階や階段にも『死体』が徘徊していた。下方からの攻めは不利だが気にする余裕はない。すぐに強化の魔術を全身に施し殲滅する。
なるべく音は立てたくないので頭部を一突きすることによる無力化に努める。
時折、二人を待ちつつ順調に五階まで駆け上がった。
「はぁ……はぁ……!」
「ふぅ……」
ここまでノンストップで駆けたせいか祠堂は激しく息を切らしており、柚村も額に汗を滲ませていた。
「少し休憩を取ろう、周りの奴らは俺が排除する」
鉄パイプを手に周囲に探知魔術をかける。
「い、いえ! 大丈夫です! あと少しで美紀のところまで」
だが祠堂は震える足で尚も休息を拒んだ。正直、女子高校生を相手に走らせ過ぎたと思っている。現に祠堂も大量の汗を流している。
「そうだね、あたしも少し疲れた」
「でも……!」
柚村が気を利かせて休憩を提案するが祠堂は引き下がらない。
仕方なくその肩を掴み言い聞かせる。
「そんな消耗した状態で帰りも走るつもりか? 途中で倒れられでもしたら全員が危険に晒される」
「うっ……」
諭すように言ったつもりだが祠堂は今にも泣きそうな顔になってしまった。
「はいはい、アンタは周囲の警戒。この子はあたしが見るよ」
どうしたものかと狼狽える俺を見かねてか呆れ顔で柚村が祠堂を連れて行く。
「大丈夫かい?」
「ううっ、ごめんなさい……ぐす」
静かに嗚咽を漏らしながら柚村に肩を支えられ連れて行かれる祠堂。相対的に見て俺がいじめたような状況になった。
解せぬ。
「グオォォ」
タイミングを見計らったように店の奥から奴らが現れる。
なんとなくむしゃくしゃした俺はその怒りを存分に奴らにぶつけることにした。
調子に乗って音を立てすぎたせいで五階店内ほぼ全ての『死体』を相手取ることになり少々時間をかけ過ぎた。だがおかげで五階はほぼ制圧したとみていい。
あとは階段の奥の通路、おそらく避難区画と目される場所に少数の反応を残すのみとなった。
「すまん、時間をかけた」
「結構派手にやってたね、まあいいさ。あたしらも十分休息を取れたよ、ありがとう」
「ありがとうございます。あと、あの、さっきはすいませんでした……」
またも気まずそうに述べる祠堂。どうにも俺は彼女に恐れられているようだが、そういうのは封印指定と代行者だけにしてもらいたい。
後輩女子からそんな扱いを受けるのは地味に堪えると実感した。
「俺も怖がらせてしまったようだ、すまなかった」
「い、いえ、こちらこそ」
互いに頭を下げ合う風景はとても日本人していて、その光景を呆れたように見つめる柚村の気持ちがなんとなく察せられた。
「では案内を頼む」
「はい、こっちです!」
ててて、と駆けてゆく祠堂。
「待て待て待て、奴らの気配がある、俺が先行しよう」
「は、はい」
どうにも元気が有り余り過ぎている後輩だ。
その後、祠堂の案内を受けて通路を進んで行くと数体の『死体』が、ある小部屋の前をウロウロとしていた。
「俺が行く、ここで待て」
告げてすぐに駆ける。足音に反応した奴らがこちらに振り向き口を開ける。
だがそのどれもが遅い。
駆ける速度を乗せたまま最前列の『死体』の頭をかち割った俺はその勢いで後ろの『死体』の首を刎ね、その勢いを回転に乗せて次の『死体』の頭部を切断する。
「す、すごい……」
後ろでポツリと祠堂の呟きを耳にし、自然と力が湧き上がった。
その昂りのままに『死体』を屠り続け瞬く間に殲滅に成功した。
鉄パイプに着いた血液を振るい飛ばし胸ポケットに入れてあった紙で拭き取る。
「この部屋か?」
先ほどまで扉の前を奴らがうろついていた小部屋。通路には幾つかの小部屋があったが『人間』らしき魔力を感じたのはこの部屋だけだった。
「はい!」
「ならお前に頼もう。知り合いの声を聞いた方が安心するはずだ」
俺の言葉に頷きすぐに扉をノック。
「美紀、大丈夫!? 助けを連れて来たよ!!」
『け、圭?』
「そうだよ、だから……!」
ゴソゴソという物音に遅れてガチャリ、と扉が開いた。
「圭……本当に」
「美紀……うわあぁぁぁん!」
現れた少女に抱きつく祠堂。そしてわんわんと泣き出してしまった。
幸いこの通路の『死体』は片付け終わっているので問題はないが。
「しかし……」
祠堂と抱き合いながら同じく涙を流す少女。白みがかった金髪ショートヘアに透き通るような碧眼。身に付けるのはうちの高校の制服だ。
だが問題はその下だ。
「圭……良かった、無事で」
スカートから不自然に覗く黒い線。
素朴な疑問が湧き上がった。
この子はなぜ“ガーターベルト”を着けているのだろう。
特にピアスを付けていたりとかゴスロリなわけでなく、寧ろ規定通りに制服をキチンと来て化粧の一つもしていない優等生に見える。
なのに、なぜ、ガーターベルトなのだろう?
「虐待、とかか?」
「は?」
もしくは彼氏の趣味なのかもしれない。いや、今時、高校生でガーターベルトとは。彼氏はとても特殊な趣味の持ち主なのだろう。
「ちょっと、この状況でスカート凝視するとか頭沸いてんのかい?」
「ん?」
声に気付いて見てみれば静かに怒りを漂わせた柚村がいた。
いわれて気付いた。後輩たちが生死を彷徨う離別から再会を果たしている状況で俺が何を考えていたのか。
視線を向ければ美紀と呼ばれた少女も不快そうにスカートの裾を掴んでこちらを見ていた。隣の祠堂に至ってはとても残念そうな表情で諦めの視線を向けている。
「いや、待て。俺は決して不純な動機で見ていたわけではない」
「へぇ、ならどんな動機なんだい?」
なぜこんなにも柚村が怒っているんだ。いや、思えば彼女はこういう人間だった。
順調に精神を持ち直しているようでなによりだ。
「いや、とても気になったんだ」
「……何が?」
「が、ガーターベルト」
一瞬の静寂があたりを支配する。それは定められた、予定調和のような終末を示すが如く壮麗で荘厳で、ある種の神秘性すら感じられーー
「やっぱ不純じゃないか!!」
直後、柚村のミドルキックが俺の腹部に炸裂した。
圭ちゃんが魔術スルーしてるけど美紀ちゃんのことで頭いっぱいでそれどころではない感じ。
圭ちゃんてたぶんそんなに頭良くないと思うの。