しっこうしゃ 作:オモイカネさん
だからこそ間違った方向に行っちゃうわけですね。
とある高層ビル、その最上階にて一人の男が鏡と向かい合っていた。
かつての栄光を思わせる上品なつくりの室内は、今は無残にも荒らされ豪華な壺や絵画などの調度品は血と肉片に取って代わられ、巨大なシャンデリアで照らされていた室内は夜の闇に埋没していた。
そんな部屋の奥、一際大仰な作りの回転椅子に腰掛けるその男はこのビルのオーナーでありかつて繁栄を極めたとある企業のトップである。
黒いスーツをピシッと着てオールバックにした金髪と四角い眼鏡が似合う生真面目そうな男。
『進捗はどうかね?』
相対する鏡から不意に声が漏れる。その鏡の表面には彼ではなく別の男の姿が映っている。
「問題ない。先日、タイプ2とバージョン4の発生を確認した。このまま行けば遠からぬうちに計画を最終段階まで進めることができるだろう」
『それは僥倖、流石は“甲賀の末裔”だ』
彼の返答に満足げに頷いた鏡の男は柔和な笑みを浮かべたままに賛辞を述べた。
『“同族”ではない君には本来なら過ぎたる報酬だが、その働きに免じて“儀式”の完成の暁には必ずや“永遠の命”を授けることを誓おう』
「貴方からそのような言葉を貰えるとは、光栄の至りだ。私も必ず“儀式”の完成まで共に在ると誓おう」
『ありがとう。今後も良い関係を築いて行こう』
そして鏡の男はふっと姿を消した。鏡にはもう彼の顔しか写っていない。
それを確認してから彼は「ふぅ」と息を吐いた。
そしてギシリと歯軋りする。
「何が永遠の命だ。そんな気は微塵もないくせに」
彼は、“あの男たち”が自分に儀式の報酬を与える気が微塵もないことを知っていた。
“神秘に生きるもの”たちの欠点である『現代兵器への無知』を利用して調べた結果だ、間違いはない。
あの男たちは儀式の完成と共に彼を葬る気だと。
だが彼も『永遠の命』に興味があるわけではなかった。不老不死というのは人類が古より目指してきた奇跡ではあるが、彼にはどうでもよかった。
「神秘など……反吐がでる」
彼は神秘が嫌いだった。それどころか“神秘そのもの”に嫌悪を抱いている。
それこそ『神秘の崩壊』を望むほどに。
故に、彼が“この結論”に至るのも必然だろう。
緩慢な動きで椅子を離れ、背後の窓へと歩み寄る。
眼下に見えるのは崩壊した街並み。かつては『首都』として繁栄を謳歌した一つの大都会の無残な現実。
倒壊したビルの麓には死んだ人間の成れの果てが徘徊し、目に見える範囲で“生きている人間”など存在しない街。
それを眺めながら彼は初めて笑みを見せる。ひどく歪で狂気に満ちた笑みを。
「魔法など、奇跡など要らない。これからの世界を担うのは真に強き生命体」
ーー神秘など要らない。これからの世はカビの生えた骨董品ではなく、
彼と“とある男”たちの計画はすでに致命的な欠陥を抱えていた。彼の裏切りという形で。そして彼の計画の中でこの世界は緩やかな滅亡へと向かっていた。
リバーシティ・トロンでの物資回収を終え、俺たちは拠点へと帰還した。豊富な物資と二人の生存者という成果と共に。
「ふわぁ〜、家だぁ〜」
着いて早々に祠堂はリビングのソファにダイビングしていた。
「もう、圭」
すかさず窘める直樹を手で制す。
「まあ、待て。ずっと窮屈な生活をしてきたんだ、今くらいは多めに見てやれ」
「先輩がそう言うなら……」
「お前だって疲れてるだろ、遠慮せずに寛いでいて構わん」
俺の言葉に直樹も渋々、ソファに腰掛ける。さりげなく祠堂の横を確保するあたり本当に仲が良い。
「あ!」
ふと何かに気付いたように祠堂が声をあげて飛び起きた。
そして目を輝かせながらこちらに迫る。
「家ってことはシャワーを浴びたりもできるんですよね!?」
「ダメだな」
だがその提案は却下させてもらう。何のためにここまでミネラルウォーターで凌いできたと思ってる。
こういうパンデミックで水道が一番危険だというのに。
「えー、せっかく洗面台で洗う生活から抜け出せると思ったのに」
「ん、ちょっと待て。お前ら洗面台、水道を使ったのか?」
聞き捨てならない一言が聞こえた。
予想外の食いつきからかおどおどする祠堂の代わりに直樹が答える。
「いえ、リバーシティ・トロンは貯水槽から汲んだ水を洗浄して使ったものです」
「つまり水道水ではないわけか?」
「ええ、前に部屋で見つけた資料にそう書いてありました」
なるほど、なら問題ないか。いや、ショッピングモールでわざわざそんな仕様にする必要はあるのか?
「確かあそこはランダル・コーポレーションの傘下だったと思いますけど……」
ランダル? それって確かこの地域の大地主の製薬企業だったような。
製薬企業とは、この状況下でなかなかキナ臭い単語だ。
「……ここらで他にランダルが関係している施設はあるか?」
「えー、と確か私たちの高校もそうだったと思いますけど」
そういえばあそこも貯水槽からの水を使用していたような気がする。
くそ、なら初手で撤退したのは失敗だったか。無理にでもあそこを制圧して利用できていれば。
だがあの時は奴らの性質も分からなかったしとにかく奴らの少ない場所を求めていた。
なら次の目標は決まったも同然だな。
「柚村」
「行くのかい?」
相変わらず頭の回転が早くて助かる。
「でも流石にぶっ続けで今日みたいのは堪えると思うが……」
ちらりと後輩を見ながら苦言を呈する彼女。
「その通りだ、だから今回は俺一人で向かう」
連れて行くよりも拠点にいる方が安全だ。念のために物理結界の強度を上げておけばあの鳥の襲撃にも耐えられるだろう。幸い、高校から拠点まではそう遠くない。俺の救援も間に合うはずだ。
「アンタ一人で……」
しかし柚村は渋る。合理的に考えてそれが妥当なのだが。
何か問題があったろうか?
しばらく悩む様子を見せてから意を決したように彼女は述べた。
「……あたしはずっとアンタに頼ってばかりだ、今日なんかあたしたち全員の安全をアンタに任せっきりだった」
まあそうだな。だがそれが一番いい方法で俺にはやり遂げる力も自信もあった。
しかしあの鳥の襲撃に際してはかなり危険な目に合わせてしまった。だからこそ万全を期して今回は望むつもりだ。
「そうじゃないんだよ。……あたしは、このままじゃダメだと思うんだ。アンタに頼りっきりじゃ、アンタが危険を冒して取ってきてくれた物資で暮らして行くのは、耐えられない」
それはつまり俺が信用ならないと?
「だから! アンタが心配なんだって!!」
突然大声を出した柚村に後輩たちも何事かとこちらを伺っている。
「落ち着け柚村」
「落ち着いていられるかよ! アンタはずっと一人で、あんな、あんな化け物たちと……!」
戦ってきたのかよ、その一言を言われる前に声を出す。
「俺も化け物だ」
「え……」
「お前は知っているはずだ、語って聞かせたはずだ。俺が何者か、何をしてきたのか。それを踏まえた上で考えてくれ」
バケモノの相手はバケモノがした方が効率的だろう?
「っ……」
その一言に柚村はなぜか困惑したようた顔をして、目尻に大粒の涙を浮かべて、二階に駆け上がっていってしまった。
彼女の真意は読めないが今は一人にした方がいいだろう。
「先輩」
「ん?」
と、今度は直樹が声をかけてきた。
何か思い詰めたような表情をしている。トイレか?
「柚村先輩はたぶん、単純に貴方のことが心配なんだと思います」
そう、答えた。
だがさっきも言ったように今後は何が起こるか俺にも分からない、ならば無闇に彼女を連れ歩くのは危険過ぎる。正直な話、彼女を守った上であの鳥のようたバケモノの襲撃を凌げるとは思えない。
負けることはないが、彼女を守ることはできない。少なくとも百%守ることは不可能だろう。
「だからこそ俺が行く。お前なら分かるはずだ、何が一番効率的なのか」
聡明な彼女なら理解が早いと思っていた。
だが帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「それは違います。効率とかそういうのじゃないんです。ちゃんと、柚村先輩と話してください」
話す? 何を?
もう結論は出ている。どう足掻いても人の身でしかない彼女を今後の探索に連れて行くのは不可能だ。少なく見積もってあの鳥を難なく倒せるくらいの力が無ければ。
だがそんな一般人など存在しない。だから“普通じゃない”俺が行くのだ。
「お前も見ただろう、俺なら問題ない。一度戦ったあの鳥でも難なく倒せる。これからは“奴ら”は変化すると弁えた上で戦えばいいだけだ」
それが最適解。今後を生き抜くために絶対的に必要な計算法。
すなわち合理の答えだと。
しかし直樹は心底呆れた表情を返した。
「これは、予想以上に重症ですね……」
何を言う、俺は無傷だ。
「もういいです、とにかく後できちんと柚村先輩と話してくださいね」
そう言って祠堂のもとへと帰る直樹。
残された俺は彼女たちが何を考えているのか理解できず困惑するのみだった。
戦闘において必要なのは合理である。そして戦闘こそ我らの本分ならその思考は常に合理を求めねばならぬ。
そう言ったのは今世の父だった。
厳格という言葉が生温く感じるほどのスパルタと冷たい人間性の持ち主。我が子さえ戦闘人形へと作り変えることに何ら良心の痛まぬ冷たい人だ。
『合理的に考えろ、その時何が一番最適なのか、最適解を探すことに妥協するな』
常に、合理的に。
父の口癖だ。父は常に殺し合いの最前線を行っていた。だが俺はまだその領域にいない、だから“人の心理を利用した”。
極限の状態にあって中立の側にいる人間を如何に自陣に引き込むか、如何にして“都合のいい資源”を得るか。
今まで利用した資源たちは一様に弱い者たちだった。目の前に現れた希望に縋り盲目的に従う愚かな“人間”という名の資源だった。
だからこそ分からない。前世ではきっと分かったはずの些細な事が理解できない。
生まれてからずっと刻まれ続けた『魔術師』としての思考回路が理解を阻害する、否、理解しようとしない。
すでに日も沈みかけてからの帰還だったためにあれから回収してきた食料を食べてからは各自、自由な時間としたのだが後輩たちは早々に布団に入ってしまった。よほど疲れていたのだろう。
拠点にはベッドが三つあるのでそのうち二つを貸し与えた形だ。
そして俺は残る一つのベッドのある寝室に未だ引きこもる柚村の元へと訪れていた。
コンコンと扉をノックして声をかける。
「柚村、話がしたい、構わないだろうか?」
しばらく無音のままに時が過ぎ、やがてゆっくりと扉が開いた。
「……なに?」
まだ拗ねたような表情だが出てきてくれたことに安堵する。
「話がしたい」
「ここじゃダメなの?」
「お前と二人だけで内密に話したい」
「っ、と、とりあえず入りなよ」
とあっさりと入れてくれた。
だがここからが難題だ。とりあえず直樹の言う通りに来てみたが一体、何を話せばいいのか。
「で、話って?」
やっぱりまだ怒っているのかむすっとしながら胡座をかいて腕を組む柚村。
どう伝えたものか迷ったが素直に吐露することにする。
「直樹に、言われたんだ。ちゃんと話すべきだと」
「……」
「だが、何を話せばいいのか、俺は正直分からない」
だから、
「教えて欲しい。なぜ、怒っているんだ?」
素直な気持ちだ。こんなこと今までなかった。“資源”たちはいつも助ければありがとうとお礼を述べて言うことを聞いてくれた。
そして用が無くなれば無防備な背中を撃ち抜くだけの作業。
だから分からない。少なくとも
これまでもずっと広く浅い交流しか持たなかった俺がこの状況下で
彼女は最初、とても怒ったような顔をしたあと、それを押し殺すようにしてやがて呆れた表情に変わった。コロコロと変わる表情に俺も内心ヒヤヒヤしてしまった。
「後輩に気を遣わしちまうなんてね、らしくない」
思えば彼女はパンデミックの日からずっとらしくない姿ばかり見てきた。
果たしてその真実が俺には分からない。
「なんだか一人で熱くなってバカバカしくなっちまったよ」
黄昏れたような様子で語る彼女。一人で納得しないでほしい。
そう告げると更に呆れた顔でため息を吐かれた。
「いいかい? 順を追って説明してやる」
そうして彼女が述べたのはあの日から続く彼女の葛藤だった。
あの日、なんてことない日常が突如として崩れてしまった時に彼女の内側もおかしくなってしまったらしい。
全ては俺があの時、助けたせいだった。
何が起きたのか、どうして助かったのかも分からない。でも俺なら信じられると。否、信じなければ生きていけないと。
そうして『俺に依存』することでこれまでの平静を保ってきたらしい。崩れてしまった世界の中で狂うことなく生きるために。
そうしている間はずっとこれまでのようにいられたと、あの日が来る前の日常に“限りなく近い”状態でいれたと。
順調に彼女は俺に依存して行った、俺のためなら何をされてもどんな結末になっても受け入れられると。
そうなる一助となったのは『俺がこの狂った世界のせいでおかしくなってしまった』という思い込みだった。
だから自分も大丈夫、なにもおかしいことではない。寧ろ普通の防衛本能だと。
でも、日に日に俺の本当の姿に気づいていったらしい。そして魔術のことを語ったあの時、確かに俺は『普通ではない』と気付いた。
だが今更、依存をやめられるはずもない。そうしないとすぐにでも発狂してしまうと自分でも分かっていた。
だから、と彼女は続ける。
「もう、一人にしないでくれよ……アンタがいないと、アンタが離れるだけで、あたしは、私はもう……」
ポロポロと大粒の涙を零しながら懇願するように縋るように見つめる彼女。それはあの時、教室で見たまんまの彼女の姿だった。
異なるのは、今は、あの時以上に狂気の渦巻く瞳で見つめていること。
ああ、そういうことか。
俺は全てを悟った。彼女がこうなったのは俺のせいだ。彼女の人生を壊したのは俺だ。あの時、見捨てていれば彼女は彼女のままに死ねただろう。彼女らしくいれただろう。
こんなにも狂った瞳で、それでも俺を頼りに、俺を見つめることもなかった。
だが助けなければよかったとは思わない。何故だか分からないが俺はそれを後悔していない。頭では愚策だと断じながらも、心の奥、かつて俺が持っていた“何か”が間違いではないと微かに訴えかけている。
それでも彼女はきっと、もう元には戻らない。完全に、壊れてしまっているから。だから俺に盲目的に従うし俺なんかに身を委ねることができる。
彼女を殺したのは俺だ。
そう考えると無くした良心のようなものが痛んだ気がした。
チクリとではなく、グサリと深く、傷のようなものが刻まれた気がした。
だから俺はずっと“合理的でない救助”など行っていたのだろう。もしかしたら俺も彼女に依存しているのかもしれない。
ーー或いは、尚も、彼女を利用しているのかもしれない。
自分でも分からない。
多分、後者だと思う。自ら捨てたくせに無くしたと“嘆き”求め続けてきた心が欲しくて。
彼女と共にいれば、
だから無言で彼女を抱きしめた。
「っ、あ、アンt」
驚いた声を上げるその口を己の口で塞ぐ。
顔を真っ赤にさせて目を白黒させる彼女だったが、やがて静かに目を閉じてその身を俺に委ねる。
パタリとベッドに押し倒されながらも抵抗を見せない彼女の唇を“貪る”。
ぷはっ、と口を離せば透明な糸が二つの口を繋いで切れた。
「あ……ワタル」
潤んだ瞳で、上気した顔で少しだけ嬉しそうにはにかむ彼女。
ーーまた、どこかがチクリと痛んだ。
たぶん悲しんでいる、もしくは怒っているのだろう自分自身に。言っていておかしく思う。
元は俺のものだったのに、こんなにも客観的に見ている自分に。
それと同時に俺は確かに歓喜していた。確かな“心の存在に”。
身体は、艶かしい彼女の姿に反応を示しながらも俺自身の関心は彼女に無かった。
絶対に間違っている。
それを理解しながらも、理解できている自分に歓喜する俺は“目の前にある心を貪った”。
俺に依存することで心を保つ彼女と、それを貪ることで心の存在を確かめる俺。
恋心などない。況してや愛などという気持ちは“互いに”持ち合わせていない。
魔術師としての、執行者としての最適解はこの場で速やかに自らの失態を消す。つまりは
だが俺は自分の『欲望』を選んだ。
執行者失格、どころか魔術師としてやっていけないだろう。目の前の本能に抗えない体たらくでは。
ただ、俺に歪な『アイ』を向ける彼女を
ーー地獄に堕ちることだろう。
みーくんはたぶんラブコメ的な意味で解釈してましたが貴依ちゃんは末期、手遅れです。
ワタルくんも心を無くしてなんかいないのに悪い方へと行っちゃうチャレンジャー。
すれ違いと勘違いを得意とする某ハートクラッシャー脚本家様のような表現を目指していきます。
次回からはいよいよ原作レギュラー陣に関わっていきます。
追記:黒幕たちは大きく三つの勢力が同盟を組んだ上で各々裏切る気満々です。