しっこうしゃ 作:オモイカネさん
追記:恵飛須沢ですね。ずっと恵比寿神になっていた。
二階フロアの制圧により彼女たちの生活範囲は広がり心にも余裕が持てるようなった。
その影響か面々の顔色も良く雰囲気も明るくなった。
病は気からとも言うが精神の安定は実に大事だ。ましてこのような状況下では士気というものが重要なファクターとなる。
また、士気以外にも俺にとってのメリットがあった。
二階部分の一室を研究室として新たに確保した俺は他のメンバーとの生活区から距離を置いたことにより、いよいよ『死体』の研究に踏み切った。
手順としては簡単で夜中に一階フロアから『死体』を調達し二階の研究室で存分に調べるだけ。
生憎と医学については眉唾の知識しか持たないが魔術的な検証なら得意分野だ。
数日の研究の結果、幾つか分かったことがあった。
まず、奴らはグールではない。これは事前に予想していたことなのでさして驚きはしなかった。ならば奴らはどうやって生まれているのか?
それは端的に言うならウイルスの媒介によるものだった。
しかもこのウイルス、単なる科学的、生物学的な存在ではなく魔術とのハイブリッドであることが分かった。具体的には元のウイルスの性質に追加性能を付与するもの。詳しくは分からなかったが一つだけ確かなのはこのウイルスが『魔術を食い破る』ということ。
厳密には特殊な魔術式によりあらゆる術式を無効化し体内に侵入するのだ。
一応、対抗式の作製には成功したが、こいつ、時間をかけると対抗式すら独自に解析して自分の魔術式を組み替えてしまう。
実験では数分で俺の対抗式が突破された。
幸い、ウイルス自体の感染力は低く、傷口や経口摂取など粘膜接触による感染が主である。また、哺乳類にしか感染しないということも分かった。
だが一度でも体内に入れば魔術による摘出も困難になるだろう。治療魔術に関しては自信のある俺でも上手く取り出せるか分からない。またその繁殖力も凄まじく一瞬で身体中に広まった。
次に俺はウイルスの殺傷を試みた。だが魔術を無効化する術式のおかげで通常の魔術では困難だ。なので対抗式を応用して開発した専用魔術を以って駆除を行なった。
しかし予想外にもこいつの生命力は凄まじく、脳の破壊こそ免れたが完全に消し去ることは出来なかった。殺し切れなかったウイルスが形を変えて残ったのだ。また体内組織に密着する形で残ったため俺の腕ではこれ以上の治療は不可能だった。
実験に使った哺乳類のうち生き残ったのはその一匹だけだった。こいつは、最初に対抗式で押さえ込んでいるうちに専用術式による消毒で一回は感染を免れたのだが次に感染からの治療実験を行ったことで前述の不完全な感染体となってしまった。
この不完全な感染体、半感染体は通常の個体と異なる点が幾つか確認できた。
まず、ウイルスの形が変わったことにより最早感染力は皆無であるということ。ある種、体内組織の一部のような位置付けになっているのだ。
そしてそうなることで身体機能にも異常が出た。
それが体温の異常低下。通常の動物としての種の平均体温を大幅に下回り本来なら生命活動を停止させているはずの低体温でこいつは生きていた。
次に身体能力の向上。
生き残った個体は犬だったのだが、その脚力が異常なほど上がっていた。また脚力だけでなく咬合力も大きく向上していた。牙の硬度強化により鋼すら噛みちぎるほどだ。
牙の硬化と同様に身体全体の硬度も上がっていた。
試しにバットで殴りつけてみたのだが、まるで堪えていなかった。流石に無傷とはいかなかったのですぐさま治療を施した。
だが通常の感染体ならあの一撃で胴体が真っ二つになっていたはずだ。
他にも魔術による入念な診察により、この犬が最早危険のない個体だとわかった。本来なら異常な身体能力を持ったこの個体を野放しにするわけにはいかなかったが、こいつはとりわけ気性が穏やかで悪く言えば臆病な個体だとわかった。
また人懐っこく、虐待にも似た仕打ちをした俺よりも柚村に大変よく懐いていた。
あのバットで殴った件が尾を引いているのか俺が近づくだけで一目散に逃げるようになったが。そして柚村の背後に隠れるのだ。
柚村からは「自業自得」と言われたがこれは必要な研究であり、人間を除いた哺乳類といえば運良く生き残ったこいつで研究を続けるしかなかったのだ。
とにかく、こいつが俺の治療の唯一の成功例だ。もはや噛み付いても獣姦しても感染しない。いや、俺にそんな趣味はないしそもそもこいつはオスだが。
柚村に懐いていることだしこいつには何かと利用価値があると思った。
なので俺たちで飼うことにした。
餌は通常の犬と変わらず、異常な身体能力以外にとりわけ異常も見受けられなかったので、側から見る分には犬にしか見えない。
他にも、二階の変異体を回収して調べてみたら、体内のウイルスが死滅していたり、リバーシティへ物資補給に行った際に二体目のあの鳥に遭遇して、倒してその死骸を調べた結果、ウイルスが全くの別物に変異していることが分かったりと『死体』についてのデータは順調に集まった。
以上がこれまでの研究結果だ。
また、二階での研究のついでに、夜中に体育館に忍び込んで例の道具の回収にも成功していた。
これまでに回収したものと合わせてこれで全部だ。これからはアレの研究も進められる。
あとは学校の完全制圧を残すのみとなった。
研究もひと段落したある日のこと、俺は屋上で野菜の栽培をしているりーさんの手伝いをしていた。
「そっちの壇もお願いね」
「わかった」
りーさんとは当初から比較的友好な関係を築けていた。可もなく不可もなくといった具合に。
初めは気付かなかったこともさすがにこの時期になると色々と分かってきた。
まず、彼女は極端に心が弱い。
一見、メンバーの中で一番しっかりしているように見えるがくるみはもとよりゆき女史よりも遥かに脆い精神をしている。
いつもは平常を装っているが、誰の目にも触れないところで泣いている。あるいは発狂手前に陥っていた。
最近はなぜか治ってきていたが、こっそりと一人でいる彼女を観察しているとたまに発狂しそうになっていることがある。
だからと言って俺に何ができるわけでもないが。こればっかりは本人の意思によるところが大きいので個人でなんとかしてもらうしかない。下手に刺激して精神崩壊を起こしては本末転倒だ。
藪蛇は勘弁願いたい。
「終わったぞ」
「ありがとう。さっき取れたトマト、食べていいわよ」
そう言って差し出してきたのは新鮮なミニトマト。個人的にあまり好きではないのだが好意を無碍にするわけにもいかず口に含む。
「む、美味しいな」
思ったよりも美味しかった。
「でしょ、採れたて新鮮な野菜はどれも美味しいのよー」
その言葉には頷かざるを得ない。
その後もしばらく手伝っていたら夕方になってしまった。
泥を落として生徒会室まで戻ると、先客にくるみがいた。
「なんだ、りーさんの手伝いしてたのか」
そう言う彼女の肩にはスコップが担がれている。
「見回りでもしてきたのか?」
「ああ、最近はバリケード付近にも群がってるしな」
うっすらと額に汗が滲んでいることからそれなりに激戦だったのだと悟る。まったく、殲滅なら俺が出張ればいいというのに。
そんなにも死にたいのだろうか?
「……そうだな」
だがそれは彼女の勝手であり俺がどうこうする問題ではない。
俺の後から野菜をたっぷりと籠に入れたりーさんが入ってくる。
「今日はサラダを作れそうね」
「おっ、もう収穫できたのか?」
「ええ、“こうなる前”から育ててた奴がね」
「あー、そうか」
バツが悪そうに返すくるみを他所にりーさんはこれといって気にした風もなくテキパキと調理の準備をしていた。
……よく見ればその肩が震えていることも明らかだったが。
俺はそれを無視してくるみに向き直る。
「佐倉先生がどこにいるか分かるか?」
「めぐねぇならミキたちのとこじゃねぇか?」
そういえば彼女たちは先生から授業を受けているのだった。
ちなみに俺を含めた三年メンバーももれなく授業が組まれている。
りーさんと俺は特に支障もないが、くるみとゆき女史は勉強が苦手らしくよく補習を受けている。
くるみは毎度逃れようとするため、俺とりーさんで捕獲することもある。
まったく、こうしていると本当に日常にいるような錯覚に陥る。
だが俺自身が非日常の体現者であるために、俺に限った話では現実を見失うことはない。
部屋に帰れば魔術やらあの犬やらがいるしな。
ちなみに俺の部屋は二つあるが三階のものはほぼ物置と化し二階に本拠を移している。その方が何かと便利だからだ。
ただ、犬や実験用の『死体』のサンプルがある中で行為に及ぶのはかなり気まずい気分になっているが。
「確か、祠堂たちの授業は……あと三十分ほどか」
彼女らのカリキュラムを思い出しつつ時計を見た。
「あいつらの全部覚えてんのか?」
「ん? ああ、他にも恵比寿沢やユキのも全部頭に入れてある」
「うへぇ、ちょっと気持ち悪いぞお前」
なんて失礼な言い草だ。
「お前の授業を増やしてもらうように先生に言っておこう」
「ええ!? 悪りぃ、口が滑った!」
それはフォローになっていない。
「さて、終わるまで廊下で待っているとするか」
「ああ、待てって! 冗談だから、ホント、勘弁してくれ!」
スルーして教室を出ようとする俺を必死に引き止めるくるみ。
その様子を見ながらりーさんはクスクスと笑みを、心からの笑みをこぼしていた。
それを横目に見ながら俺はめぐねぇが授業を行う教室まで向かった。
「あら、ワタルくん」
授業を終えて教室を出た彼女に歩み寄る。
教室ではなにやらノートに付箋を貼ったりメモを書き加えたりと復習している直樹と、机に突っ伏す祠堂の姿が見えたが気にせず先生に要件を伝える。
「お疲れのところすみません」
「ふふ、そんなことないわよ。あなたって本当に礼儀正しいのよね」
社交辞令のつもりだったのだが何故か笑われた。
釈然としないがとりあえず話をする。
「いえ……それで話というのは例の掃討作戦についてなのですが」
「っ! ……そうね、一先ず場所を変えましょう」
俺の言葉に即座に反応して先生はそう述べた。俺も無言で頷き彼女の後に続く。
たどり着いたのは二階の空き教室。こういう話をするための場として俺たちが使用している教室だ。
教室には机が一つと椅子が二つ、実質、俺たちしか使っていないために殺風景な内装をしている。
「資料では一階及び、校舎の完全制圧と書いてあったわね」
席に着くなり本題に入る。
「ええ、先日の二階制圧に続いて本来なら数日のうちに一階まで制圧してしまうつもりでしたが、すいません。こちらの準備が整わず」
本当は研究のためだったのだがそれは伏せるべきだ。
「いいえ、あなたたちが来てくれたおかげで二階も確保できたのだから、それだけでも十分なのよ」
相変わらず優しいが、今回はそうも言っていられない。
十分な時間を置き、彼女らの信用を得たあとで今ならばこの話題を出してもいいだろうという結論に至った。
「先生、いやあなた方教員はこのパンデミックについて何か知っているのではありませんか?」
「っ!!」
ランダルと繋がりがあると直樹に聞いてからこの推論はあった。加えてこれまで先生の言動を観察していて時折、何かを誤魔化すような仕草があったことからのあくまで憶測に過ぎなかったのだが。
果たして彼女は見事にカマかけにハマり分かりやすい反応を示した。
「……知って、いたのですね?」
これは絶対に聞き出さねばならない案件なので自然と語気も強くなる。
「っ……!」
だが彼女の反応は予想していたものとは異なり、ひどく悲痛な表情を見せていた。
どうにも雲行きが怪しいな、こういう時の俺の勘はよく当たる。伊達にこれまで“人の心を弄んできた”わけではない。
「……まさか、パンデミック後に、知った。とか?」
「……」
俺の言葉に、彼女はゆっくりと頷いた。
いつもの明るく優しげな様子は最早なく、ただただ、悲痛で今にも泣き崩れてしまいそうな、弱々しい先生がそこにいた。
「聞かせてください。俺は真実を知らねばならない」
それは偏にこの騒動を一刻も早く終わらせるため。それこそが今の俺がするべき行動であり、果たさねばならない使命。任務だ。
じっと見つめる俺に、先生はやがて観念したようにポツリポツリと語り出した。
曰く、それは非常時にのみ開封を許されたマニュアルだった。
極秘の赤字が刻まれた分厚い冊子。
赴任してからすぐに教頭から手渡されたモノだという。
当初、中身を見ようとしたのだが教頭から開けるなと念を押されたことによりこれまでずっと確認してこなかったのだという。
またパンデミック時にはすでに記憶からも抜けておりまったく思い至らなかった。
そして、三階の拠点を確保したことによりふとマニュアルの存在を思い出し密かに回収した。
明らかにきな臭いこの冊子を一刻も早く確認した。
そうして知ったのはこの騒動が事前に予期されたもので、状況に応じて細かな対処支持が想定されていたこと。その中には“人命を切り捨てる”非常な手段も書かれていたこと。
彼女は後悔したという。
なぜ、もっと早くこれを確認しておかなかったのか。或いは未然に防ぐことができたかもしれないというのに、と。
「これが、そのマニュアル」
ひとしきり語り合え疲弊しきった彼女が取り出したのは極秘と印の押されたマニュアル。
「拝見します」
それを手に取り読み進める。
ページをめくるうちに自然と眉を顰めてしまった。
確かに先生の言った通り非人道的な対処法についても様々書かれていた。
仕事柄、俺はそういうのは慣れっこだが、こと佐倉先生に関してはそうはいかない。
彼女の人柄を考えればこれを見た時にきっと覚悟したのだろう。
『私が、あの子達を守らないと』
このマニュアルの内容を墓場まで持って行くつもりで、その覚悟で、必死に彼女たちを守ろうとしていたのだろう。
今も、彼女は罪悪感と責任感で押しつぶされそうに弱り切った顔をしている。
彼女は聡明だ。普段の彼女からは想像もつかないだろうが彼女は名門大学の出であり知能指数はここの誰よりも高い。
だから色々と分かってしまうのだろう。分かってしまうからこそ辛い。そして優しすぎる彼女はこのことに責任と罪悪感を持ち、悲壮な覚悟をきめてしまう。
なるほど。だから彼女はあの頃とは別人のように逞しくなっていたのか。
だからと言ってどうという話ではあるが。
それでも収穫はあった。
マニュアルを読み終えたことで分かったことが幾つか。
「……話してくださりありがとうございます」
だがここでその考察は控えた方がいいだろう。
目の前の彼女は明らかに疲れている。きっと正常な判断を下せるような状況ではない。
だからひとまず彼女を落ち着けることからだ。
「え……」
そう思っての発言だったのだが、彼女は呆気にとられたような反応を見せた。
何か、おかしかっただろうか?
「あなたがこれを俺に見せることに相当な覚悟をしていたことくらいは分かります。そしてこれまでずっと苦しんでいたたであろうことも」
彼女の人柄を知っていれば自然と予想がつく。だからこそ、その覚悟を貶める真似は慎むべきだ。
「っ……」
彼女の顔が歪む、その目の端に涙が浮かぶ。
「だから俺は感謝するべきだ。あなたのその覚悟に、これまでの研鑽に敬意を込めて」
これは同情ではない。彼女に庇護欲が湧いた訳でもない。
「うぐっ、ひっく……!そんな、そんなこと……!」
「ありがとうございます、佐倉先生」
ただ、その志に対して敬意を示すべきだと判断しただけだ。
「う、うう……! ごめんなさい、ごめんなさい!」
ポロポロと涙を流しながら謝り続ける先生。
「あなたのせいではないでしょう。……と言ってもあなたは聞かないのでしょうね」
憎むべきはこの騒動を起こした奴らだ。マニュアルの内容を鑑みれば十中八九ランダル・コーポレーションは黒だろう。故意にしろ事故にしろ罪はある。
「うぅ……!」
だがどうにも今の彼女は溜めてきたものが吹き出してしまっているらしい。
弱々しいその姿はとてもいつもの彼女とは似ても似つかない。あの頃よりももっと弱くて触れば崩れてしまいそうだ。
ここで、キザな奴は抱きしめて慰めたりするのだろうか?
よく分からない。
だから俺の意思に従うことにした。これまでと同じように自分で考えた最適解を行うだけだ。
「あなたは優しすぎる。マニュアルを持っていたから、教員だから、などとそのような理由で無駄な傷を負いすぎる」
「ワタル、くん?」
あなたには似合わない。こんな、酷な覚悟は必要ない。
「あなたがいるべきなのは表だ。優しくもどこか抜けていて、だけど心から生徒のために動いてくれる。それがあなただ」
そうだ、彼女にはパンデミックの責任など似合わない。そうじゃないだろう、あなたがするべきなのは、あなたが本当に負うべきなのは。
「今いる彼女たちを全力で守ってください。それが自分を許さないあなたが行うべき贖罪です」
「っ!」
言っても聞かないのなら、納得できる贖罪を用意してやるしかない。そしてそれは真にあなたの心を救うものでなくてはならない。
「あなたが無駄に背負ってきたものは代わりに俺が背負いましょう。なに、俺はなんの罪悪感も抱きませんからね。実は薄情なんですよ俺、知ってました?」
「……」
「無辜の民? 救うべき命? 何も、何も感じません。だってそれは正しい括りではないのだから」
助けられた? 助けるべきだった? 救えなかった命? 違う。違う違う違う。そんなものは生者の傲慢だ。今日から明日に命を紡ぐことが許された勝者の奢りであり傲慢だ。
「失ったものはどうにもできません。それが世界の理です。バカでも分かる絶対の法則です。
ならば、今できることを、これから救える命を救った方がずっと効率的だ、ずっと、意義のあることだ」
かつて、全てを救おうとした男と会った。俺はそいつを殺そうとしていた。
だが、奴は俺との戦いの最中に、驚くことに一般人を救おうとしていた。
準備は万全だった。確実にやつはあそこで命を失うはずだった。奴自身だって分かっていたはずだ。
なのに、関係ない一般人を救おうと手を伸ばした。
俺はその非合理が許せなかった。
彼女も同じだ。救えなかったと戻ることもない過去を嘆き続けている。そうじゃないだろう。
「俺は薄情です。血も涙もない男だ。だから何がそんなに苦しいのか理解することはできない。
だが、間違っていることは、意義のある無しは分かるつもりだ。だってまだ
今、あなたがすべきことはこれから救える命を、これから出来ることを考えること。俺には分からないが、それが死者への手向けになるのではあれば願ったり叶ったりでしょう。
だが、後ろを向くべきじゃない、まだあなたの責任は終わっちゃいない、すべきことは終わっちゃいないのだから」
柄にもなく熱くなってしまった気がする。どうしてこんなにも“感情的”になってしまうのか。
それは、あの時、あの男に言った言葉と殆ど同じだからだ。
「人間の感傷など所詮身勝手に過ぎない。あれが悲しい、あれが哀れだなどど。それは人の尊厳を侮辱する行為だ。
悲しいならそれを糧に進め、哀れだと思うならその人の勝手でその哀れなモノを見ずに済むように進むべきでしょう。
常に前を向いて進むべきだと、そう、少なくとも俺は思っています」
「……」
「ただ、これはあくまで持論です。俺の考えをあなたに強要することはできないししません」
「……」
「だから全てはあなたにお任せします。これに答えはありません、どのような判断を下しても誰も咎めません。それはあなたが持つ当然の自由だ。だから、今日はゆっくりとお休みください」
そっと、彼女の肩に手をかければ一瞬ビクリと震えてからゆっくりと俺の手に彼女の手が添えられた。
「……すごく、不器用なのね」
「何のことかわかりません。俺は子どもですからね」
ゆっくりと手を取りながら寝室までエスコートする間、彼女はとても弱って見えた。さっきと同じだ。現実に打ちのめされている。
ただ、その雰囲気だけはもう後ろ向きではないと思った。まだ進むことは難しいだろうが、前を向いていることだけは確かだ。
まあ、俺が何を言わなくても彼女なら勝手に立ち直ってまた頑張ったことだろうとは思うが。
これは単に俺の我慢がきかなかっただけの話だった。
オリ主が偉そうなこというのは好きではないんで、これは彼の持論です。あくまで持論なのでそれを他人に強要することはしないが、ちょっとはケチつけたくなる。まるで人間ですね、彼。