それはある晴れた日の朝であった。その頃日本は生命が最も活発になる時期である夏を迎え、あちこちで蝉しぐれが煩く響き、田舎では少年たちがアイスを片手に自転車を全速力で漕ぎ、都会ではスーツ姿のサラリーマンが額から滝のように出る汗をハンカチ片手に険しい顔して拭っているような、そんないつもの日本の夏であった。
緩やかに時は流れ、皆決められたルーティンを過ごし、日常を送っていた。そう、日常である。ここで日常を強調したのはこの日、まさか誰も考えもしないような出来事が太平洋沖にて起きてしまったからである。それが非日常の始まりであり、血にまみれた絶望へのエクスプレスであった。
それはあるアメリカ兵によって見つけられた。ハワイ周辺の海を巡視艇によって巡視していたところ、ハワイからもう少し北東、ミッドウェー島に近いところで謎の生命体をレーダーがキャッチしたのである。すぐさま、アメリカ沿岸警備隊はその謎の生命体を見極めるため、カッターと呼ばれる巡視船をいくつか引き連れ、そこに向かった。いざ、そこに辿りついてみると驚いたことにその生命体はミッドウェー島の僅かな島民たちを襲っているではないか。あちらこちらで島民たちの悲痛な叫び声が聞こえ、そこは完全にこの世の地獄と化していた。
また、その生命体というものがなんとも言い表し難い形状を持っており、海上には無数の約二メートルほどの鉄色の身体をさらけ出した奇妙な塊が蠢いており、頭部の左右にある緑色の瞳がより一層不気味さを感じさせた。彼らには手足がないのだろうか、島に上陸をすることなく、ただひたすら島に向かって海上射撃を行っていた。
その他に、謎の生命体には人型の生命体もいくつかいた。彼らは、一人は頭にこんもりとした鉄色の頭頂部に緑色の目玉が二つついている帽子のようなものを被り、肌は異常に白く、女性のような容姿をした生命体が杖を片手に島民を殴りつけていた。そして、もう一人は長い黒髪を揺らしながら、その緑色の奇妙な瞳を光らせて、手にはめ込まれていると思われる砲を満載した大きな黒い塊を盾のようにして持ち、そこから射撃を行って島民を射殺していった。これらの異常な光景にアメリカ兵たちは人類の滅亡を少なからず予感したのだと言う。この謎の生命体によって人類の活動は脅かされてしまうのではないか、と。その予感ははからずとも当たってしまうことになるのだが……
そんな悪夢のような惨劇から数カ月後のこと。横須賀の軍港にてあることが起こった。妖精、その言葉を聞いて真っ先にどんな姿を思い浮かべるだろうか。私はピーターパンの影響もあってか比較的小さな小人を想像するが、まさしくそれが現実に起こったのである。彼らは言葉を話すことはできないが、文字を書くことが出来るとして人類は謎の生命体のこともあって訝しながらも彼らとのコミュニケーションをはかった。すると、彼らは驚くべきことに謎の生命体に対抗する手段を提示してきたのである。
このとき、その謎の生命体によって世界人口のおよそ〇、八割ほどが失われ、ハワイ諸島、ソロモン諸島、ミクロネシア、グアムなど太平洋沖にある島々は次々に侵略され、そこで多くの島民が虐殺された。太平洋に面している国々は非常国家事態宣言をし、日本ももちろん例外ではなかった。アメリカと協力して戦闘を行い、これが戦後日本にとって実質初めての戦闘参加となったのだ。しかし、状況は芳しくなく、謎の生命体でも比較的人型から離れた形状を持つ者に関してはそれなりに対応策はあるのだが、人型に近いものとなると火力や耐久面で驚くべき性能を誇り、現代の技術をもってしても敵わないことがザラにあったのだ。そのため、人類が為す術がない絶望的な状況の中、彼らの提示した手段は人類にとって砂漠の中にただ一つだけあるオアシスのようにも見えただろう。
そこで早速、その妖精たちの言われた通りに人類は作業を開始した。彼らは予め設計図を持っていたため、その通りにモノをつくると妖精曰く艤装というものがいくつか完成した。この艤装と言うのは妖精曰く、第二次世界大戦期に轟沈した艦の魂が宿っているらしく、これを背負うだけでおおよそ謎の生命体に匹敵する力を得ることができるのだそうだ。疑わしい話だが、人類は彼らの言うことを信じるほかなかった。それほどまでにこのとき、人類が追い詰められていたことがよく分かることだろう。
そして、次に彼らは人員の確保が必要だとして、十歳以上の女子に適性検査を受けさせ、適性検査に合格を果たしたなら、軍に入隊させ、この艤装を背負って実際にその謎の生命体(妖精曰く深海棲艦というため、以後この呼び名で統一することにする)と交戦してほしいと言った。しかし、これには倫理的な問題が内在していた。十歳からというとまだ成長期の段階の子供も多く含まれる。それに、未成年を戦場に送り出すなど発展途上国でもない日本には考えられないことであるし、多くの知識人がその妖精の言葉に反対した。これは当然と言えば当然なのだが、それでも妖精たちはこれしか手段がないとして人類に強硬的に迫った。
そこで、追い詰められた人類はアメリカなど諸外国の推進派の後押しもあって、十八歳以上からという規定で承諾した。また、その適性検査に受かった者でも、たとえ本人が何らかの事情で出兵できない、あるいは本人の正当な理由による拒否によって出兵することは免除された。
それで人員をいくらか確保した後、妖精たちは次に鎮守府なるものを建設し、そこで彼女たちを運用すべきと言い放った。人類は彼女らの言うとおり、今ある軍港を改変し、鎮守府なるものをいくつか建設した。「それではまるで大日本帝国に逆戻りではないか。」「結局日本はあれから何も進歩していない。旧態依然である。」などと反戦派から多くの野次が飛んできたが、これらの野次に目を向ける暇は日本にはなかった。彼らは一刻も早く人類の脅威になっている存在を駆逐し、再びあの頃の平和な海を取り戻すと心に固く誓っていたのだ。鎮守府を建設後、人類は各鎮守府には提督と艦娘(適性検査に合格し、艤装を背負って深海棲艦と闘うことを目的とした者のこと。妖精たちがそう呼称したため、人類にもその呼び名が定着した)たちを置き、運用を開始した。
スタートは好調であった。艦娘たちの圧倒的なその火力と性能に深海棲艦は次々に駆逐されていった。人類の勝利は目前などのポスターもよく街中で目にするくらいこのとき人類は勝利を確信していたのである。だが、残念なことに勝利の女神はそう簡単に人類には降りてきてはくれなかった。それは新たに表れた姫という存在である。彼女らは見た目は人間に近く、言葉も話すことが出来るため、一時期その存在に人類は彼女らは元人間説の憶測も飛び交っていたが、そんな呑気な憶測とは裏腹に彼女らは従来の深海棲艦など比にならないくらいの火力と性能を兼ね備え、次々に艦娘たちを撃破していったのである。この緊急事態に人類は再び悲嘆にくれ、世界の終わりを見据えて自殺する者が後を絶たなくなり、街中には自殺者の死体が転がっていることも珍しくはなかった。それは本当に地獄のような光景であった。
姫によって大きな打撃を受けた人類は艦娘の数が不足していることに気付いた。そこで、人類は倫理も道理も全てかなぐり捨てて、妖精たちが初めに言った通り、十歳以上から適性検査を行い、しかも合格を果たした者はどんな理由であろうと艦娘になることを義務付けたのである。そこで多くの艦娘が生まれた。ここで生まれた艦娘たちは後にセカンドダウターと呼ばれた(因みにファーストダウターは戦争初期に生まれた少数の艦娘たちのことを指す)。
彼女らの登場により、不足していた艦娘が充実し、人類は姫に対して質ではなく量で攻めるといった戦法を駆使した。しかし、この戦法には穴があった。これには比較的新しく入った艦娘たちも次々に投入され、彼女らはまだ戦術の知識や戦闘経験が無いに等しかったために多大なる犠牲が出てしまったのだ。これは俗にいうブラック鎮守府の誕生を意味した。軍の上層部は倫理面の問題で多くのバッシングを知識人たちから受けるものの、これを一蹴。知識人たちの意見よりも国民の生命を優先した。もちろん、国民に艦娘は含まれていない。
この悪辣で野蛮な戦法は十三年経った今現在でも多くの鎮守府で用いられている。これには人類の資源の大半を艦娘たちが食っていることによる国民の怒りもあるのだろう。そういった部分も少なからず考慮され、軍は艦娘に対する待遇を下げることもあった。もちろん、それに対する艦娘の反旗がないわけではなかった。特にセカンドダウターと呼ばれる世代はそのほとんどが無理矢理艦娘になった者だったため、敵前逃亡など重罪を犯すことによって軍のやり方に抗議する者が後を絶たなくなった。これに対し、軍は貴重な艦娘を罰として自沈処分するわけにもいかず、艦娘の生命を優先する艦娘保護法が既に制定されていたため、彼女らの処分をどうしようか苦慮していた。そこで、妖精たちがある提案を行う。「そういった艦娘たちを集めた鎮守府をつくればいいのではないか」と。つまり、重罪を犯した艦娘をある鎮守府の中に隔離して、そこで仕事をしてもらいながら出撃も同時に行ってもらうというものだ。軍はその意見に賛同し、早速その鎮守府の建設に取り掛かった。そして、日本の西の外れにその施設が出来上がった。
そう、「プリズン鎮守府」の誕生である。そして、それは同時に艦娘たちの残酷な歴史の幕開けでもあったのだ……