まだ話の進展は少ないですが、よろしくお願いします!!
俺の名は天龍。フフフ、怖いか?さて、決め台詞を言ったところで俺の朝が始まるってもんだ。目を覚ますと俺は天井横に空いた僅かな隙間から陽の光が差し込んでいるのが分かった。俺の部屋に時計なんてものはないからこれが朝の来た証拠だ。俺は寝心地の悪い簡易ベッドから起き上がると、点呼を取る提督の馬鹿でかい声が聞こえてきた。
「端から端まで点呼を取る。呼ばれた者は部屋の前に出て必ず返事をするように!」
ああ、うるせぇ。そう思いながら俺は部屋の前へとヨタヨタした足取りで出ていく。提督がその様子を眼光をちらつかせながら睨んできていたのは知っていたが、そんなことはしったこっちゃねぇという意気込みで俺はおもいっきり欠伸もしてやった。すると、提督は歯軋りをして、点呼を取り始めた。
「十番!」
「はい!」
声を上げたのは古鷹だ。このプリズン鎮守府の中では場違いなほどまじめな性格で、いつもキビキビとした声を上げて朝の点呼に臨んでいた。もちろん、提督に歯向かったことなどないし、遅刻や暴行などはもってのほかである。なぜ、こんな艦娘がここに来たのかは少し気になるところだが、人の人生だ。他者が関わることではないだろう。どうせ、ここに来る奴等はまともな人生など送っちゃいない。無暗矢鱈に聞かないのがベストである。
「十九番!」
「はーい」
このなんとも眠たげな返事をしたのは川内だ。彼女は毎晩毎晩夜遅くまで何かしらの活動をしているらしく、昼間は隙を見て仲間が仕事をしている間、誰にも見つからないような場所で昼寝をしているそんな奴だ。さっきの古鷹とは真逆で不真面目な態度が多いが、その不真面目な部分を見張りの者たちに露見させない狡猾さを持っていた。侮れない奴である。
「二十一番!」
「ほーい」
川内とは違って眠そうではないが、気が抜けた返事をしたのは北上だ。彼女は性格的には案外真面目な部類になるのかもしれないが、その飄々とした態度から彼女の本質が底知れず、いつも何を考えているのか分からないと仲間内の間でよく言われている。俺も正直、北上のことについてはよく分からない。ただ、深海棲艦との戦闘中に「今日の晩御飯は何かね」と聞いてきたりだとか、龍田の頭の上にある輪っか型の艤装をフリスビーのように投げ回し、本人を目標に据えて、投げ輪を実行したりだとか少々頭のおかしいところがある奴なのは知っていた。
「三十八番!」
「はい」
この抑揚のない返事をしたのは加賀。俺の隣の部屋のやつだ。彼女は極めて感情表現が不器用で、好奇心で会いに行った者たちは口を揃えて「怒られた」と言って肩を落として帰ってくるのである。彼女自身にそんなつもりなど一ミリもないのだが、なぜか感情と表情がうまく一致しないことが多く、それで大変な苦労をしてきたらしい。
さて、次は俺の番号が呼ばれる番だろう。だが、何ということだ。俺はここで急に欠伸を催したくなってしまった。なら、仕方がない。欠伸は生理現象だ。我慢をする必要など微塵もない。番号を呼ばれる前に大きな欠伸をしてやろう。俺は一発大きな欠伸をしたと同時に提督の点呼が重なる。
「四十番」
「ふぁああい」
ああ、やっちまったなぁ。そんな視線が周りの艦娘たちから向けられ、俺の隣にいた加賀は何故か口に手を当てて、笑いを堪えていた。
提督の方を見ると、顔色はタバスコのように真っ赤になり、頬は膨れてプルプルと震えていた。完全なる激怒状態である。
「おい四十番。てめぇは後で俺の部屋に来い……」
震えた声でそう言う提督に俺は「へいへい」と面倒くさそうに返事をしてやった。
その日の朝、俺は提督の部屋に行って彼から「これは天罰だ」と言って十発ほど殴られた。固い拳で何度も俺の頬を殴るものだから、口の中を切って途中から俺の舌一面に血の味が広がっていた。一通り殴り終えると、提督は「次やったらぶっ殺してやる」と言って、俺の尻を思いっきり蹴飛ばして部屋から追いだした。俺は床に口の中に溜まった血を吐き、蹴られた箇所を軽くはたいてから朝食をとるために、艦娘が集まる食堂へと向かった。
食堂で俺は真っ先に目立っている奴の隣の席に座った。そいつは加賀であり、彼女はいったいどこのフードファイターかと思われるくらいの山盛のご飯を茶碗の上に乗っけて幸せそうにほおばっていた。
「相変わらずだな」
俺がそう言うと、加賀はこちらに見向きもせずに「平常運転よ」と言って、ご飯をただ胃の中にかきこむ。俺はその姿に苦笑いをしながらご飯を食べようと箸を取ろうとしたとき、加賀が突如、箸を止めて俺の頬の方を見る。おそらく、今俺の頬には提督に殴られたせいで内出血を起こした跡が多くあることだろう。彼女はそれを真剣な面持ちで見つめていた。
「いつもの?」
このいつもというのは、俺が提督を挑発する行為をした後の提督の鉄拳制裁のことを指す。加賀のその言葉に俺は「ああ」と言うと、加賀は「そう」と一言だけ発した。俺は右端に配置されている味噌汁に手を伸ばし、ズズッと啜る。
「もうほどほどにしたらどう?こういうこと」
優しげな言葉に俺は思わず加賀の方を見る。横顔は何も語ってはいなかったが、それでも彼女の持つ雰囲気の流れから俺のことを気遣っているのが分かった。おそらく一寸だけでも俺のことを心配してくれているらしい。ふふ、最初の頃は顔に唾吐きかけ合うような仲だったのになぁ。少しだけ昔のことを思いだして、俺は何だかおかしくなった。
でも、残念ながら俺の答えはノーだ。何せ……
「でも嫌いじゃないだろう?こういうこと」
俺は加賀がこういうことが好きなのを知っていた。見た感じクールで素っ気なく、イタズラとは無縁のようなイメージがあるが、意外にもノリのいいところがある。
ある時の話である。俺が提督が後ろを向いている隙に、奴のズボンを下ろしに行こうという我ながら死地に自ら赴くような提案をしたところ、加賀は無表情ながらもただ一言「面白そうね」と言って、俺の計画を喜んで引き受けてくれた。俺は驚いたが、まあ多分計画そのものには参加をすることはなく、傍観者として参加を果たすのだろうと思っていた。その予想も見事裏切り、なんと真っ先に提督のズボンを下ろしに行ったのはその加賀であった。俺は何が何だか分からないが、この劣悪な環境ではストレスでもたまるだろうと見当をつけて、一緒になって提督のズボンを下ろすことに必死になった。だが、これがなかなか下ろせない。腰の付け根から先が腸骨に引っかかって下がらないのだ。よく見るとベルトがズボンをきゅうきゅうに締め付けていて、簡単にはずり下がらないようになっている。
何度か試みたがその試みは虚しく、提督がこちらを振り向き、当然のことながら俺らの行為が逆鱗に触れ、彼の怒髪天を衝いたところで、加賀が驚くべき行動に移した。
「下がらないなら上げればいいわ」
その一言を提督に向かって言い放つと、加賀は両脇のベルトをしっかり握ると次の瞬間勢いよく上へと持ち上げ、地面から提督が少し浮いた。「痛い痛い」と悲鳴をあげる提督を尻目に加賀は俺の方を向いて、今まで見せたことのない微笑みを浮かべた。その微笑みがあまりにも生き生きとしているものだから、俺は加賀はこういうことが好きなのかと勝手に一人で納得してしまった。その後、加賀は股に食い込んだズボンから浮き上がっていた恥部を俺の前に晒し、どちらの玉をデコピンするのかと突拍子もないことを聞いてきたから、俺は右と言うと、じゃあ私は左と言って、それぞれの玉にデコピンを食らわしてやった。すると、提督は痛みに悶絶し、一週間ほどパンツを三枚くらいに重ねて自分の玉を護っていたらしい。一人の憲兵がそれを指摘すると「お前も私の玉を狙いに来たのか」と言って、すかさず股間に手を添えていたという。
私たちは当然のことながら営倉という名の懲罰房にぶち込まれ、そこで二週間ほど拷問を受けた。その拷問で俺の左目は失明し、加賀は未だにそのときの光景がフラッシュバックすることがあると言う。結果的にやったことに対する対価としては吊りに合わないが、それでも俺たちは営倉から帰ってきたとき、一晩中笑い転げた。簡易ベッドの上をみしみしいわせながら腹を抱えて笑い、加賀は笑いすぎてベッドから落っこちたという。
どうにも加賀はこういうことが好きらしい。俺の加賀に対するイメージはこのとき百八十度変わった。
「まあ否定はしないわ」
俺の言葉に否定はせず、目の前のご飯に箸を忙しく動かす加賀。だろうな、と俺は心の中でそう思った。すると、俺の斜め前に座る古鷹が眉をひそめて俺を見ている。「何だ」と問うと、古鷹は口の中に入っている食べ物を飲み込んで、「バカなんじゃないですか?」と言った。
それは紛れもない正論だった。俺は何も言わず古鷹の次の言葉を待った。すると、古鷹は塞き止められたダムの水が溢れるように言葉を口から発した。
「あなたたちがそういうことばっかやっているから、提督の鬱憤が他の艦娘のところに向けられたりするんですよ?分かってますか?」
手に持ったスプーンで俺と加賀を交互に指して、古鷹はしかめっ面をする。どうやら、前々から俺たちの行動を快く思っていなかったらしい。それもそのはず、古鷹は根まで真面目な奴だ。真面目とは対極な行動を繰り返す俺たちに嫌悪を表すのも当然のことである。
古鷹は体を少し前のめりにして俺にすごみを利かせようとしているのか、鋭い目つきで俺を睨みつける。だが、これが全く怖くない。平生から仲間に対し、あまり怒ったことのない彼女のその不慣れな感じと彼女の慈愛に満ちた優しい心が怒気を完全に打ち消してしまっている。
「はいはい、分かってますよ委員長」
俺は古鷹を適当にあしらった。委員長と言うのは俺が今適当に思いついた彼女らしいあだ名だ。言った後で思ったのだが、我ながらこの一言でよく彼女を表せていると思った。当然、古鷹は唇を尖がらせ、必死になって否定をする。
「何が委員長ですか!そうやって人を馬鹿にして」
「委員長が何言ったってやめるつもりはねーよ。俺は奴らがムカつくからな」
「ムカつくからってそういうことをやるんですか?上官なんですよ?」
ここで怒りよりも疑問形の方が目立つのは彼女が俺の言っている意味が分からない証拠であろう。彼女は相手が目上であるならば、おそらくどんな命令にも従ってしまうものと思われる。それがたとえ、今ここで服を脱げと言われても彼女なら難なくやってしまうことだろう。彼女のその生真面目すぎる生き方は、どうにもここでやっていくには場違いな気がするが、彼女はその性格のゆえ、提督の目的である戦果を上げることにも努力を惜しまず、積極的に貢献しているため罰を受けたことはないという。さすがと言うか何とも生きづらそうだと俺は思っている。
俺はフフと笑って、古鷹の目をまじまじと見つめてやった。このときの俺の形相がどんなものだったかは知らないが、おそらく怖い顔をしていたのではなかろうかと思う。その証拠に、古鷹は少しだけ後ずさりをした。
「上官だろうが関係ねー。相手は悪いことばっかやってる連中だ。俺みたいにイタズラで抗議しない艦娘が他に居ないのがおかしいってもんだろ。それとも皆てめーの命が欲しいってか?そんなんじゃいつまで経っても現状は変わらねーぞ?」
俺の自論に萎縮する古鷹。その目は明らかに助けを求めているように怯えていた。彼女は俺から目を逸らすと、加賀の方に目を向けた。
「ねえ、加賀さんはどうなんですか?普通なら上官に大人しく従いますよね?」
「天龍に一票」
あまりにも素早い返答に古鷹は唖然とした様子であった。そして、そんな俺たちの態度に彼女はようやく折れ、皿の端っこに添えられた人参をつつきながら「もう!」と言って、頬をふっくらさせた。