プリズン鎮守府~暗闇に咲く花たち~   作:andon

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 今回も天龍回です。いよいよ武蔵が鎮守府に着任します!
作品自体シリアスとありますが、まだ気楽に見てくださいな。


3話「天龍、武蔵と出会う」

 午前中、俺は煩い蝉しぐれをメロディーに鎮守府の傷んだ床の代わりになる木材を集めるため、木を伐り倒していた。チェーンソーで周りの仲間に配慮しながら木を伐り倒すのももうお手の物である。おそらく、この鎮守府の中で一番木を伐り倒すことに定評があると言っていい。

 

 こんなもの、戦闘の何の役に立つのかと言われるかもしれないが、俺は別にそれでいいのだ。ここで過ごしていく以上、雑務で何か一つ出来るものがないと憲兵たちによって提督に密告されてしまい、簡単につぶされてしまう。俺もここに入りたての頃はそれで大変に苦労し、仕事が出来ない艦娘として危うく森の奥深くに置き去りにされるところだったが、当時たまたま雨漏りで鎮守府の床が浸水している箇所が見つかり、急遽木材を集めるために十人の艦娘を募ることとなった。俺には後がなかったから、真っ先に立候補し、早速木を伐り始めた。すると、これが面白いように出来ることから、それ以降鎮守府の床が傷むたびに俺が必ず繰り出されることとなった。そういうこともあって、俺は何とかここで約五年ほどの月日を過ごすことができた。

 

 もちろん、理由はこれだけではないだろう。俺の長年のイタズラに、俺を処分しないだけの理由がきっとあるのだ。それが何かは分からないが、別にどうでもいいことだ。俺は俺の好きなようにさせてもらう。

 

 気がつけば、お昼のチャイムが鎮守府全体に鳴り響いていた。俺は全身から吹き出る汗を拭って、「こんなのは艦娘の仕事じゃねぇのになぁ」と近くの艦娘と愚痴っていると、何やら鎮守府の方から騒がしい声が聞こえた。俺は鎮守府の方に少し様子見で出向くと、鎮守府のばかでかい庭に何やら銃を構えた憲兵たちが列を作って横一列に並んでいた。その列は門から伸びており、明らかに何かがこの鎮守府に来る前であった。俺は何が来るのか何となく分かっていた。そのとき、たまたま近くの丸太の上で寝転がっている川内を叩き起こして、憲兵たちの方を指差すと、川内はどうやらそれで察してくれたようだ。

 

「こりゃ新入りが来たか」

 

 新入りが来るとき、憲兵たちは必ず今と同じ隊列を作ることから俺たちはそれが新入りが来ることの前振れであることを知っていた。そもそも新入りとは何ぞやという話だが、それは新たにこの鎮守府にやって来る艦娘たちのことを言う。毎年、この鎮守府には新入りがやって来るのだが、それがいつ頃やって来るのかいつも判然としていないため、夏に来ることもあれば厳しい冬の中来ることもある。今年はどうやら前者のようで、蝉時雨が鼓膜を叩く煩い季節に来るようだ。

 俺が川内とその時を待っていると、後からモップを肩にかついで北上、大きな欠伸をしながら瑞鶴、おそらく演習帰りであろう服がはだけた加賀がやって来た。

 

「いよいよ来るねぇ」

 

「今年も賭ける?」

 

 北上がそう言うと、瑞鶴が悪そうな顔をして皆に提案をした。その提案に皆は無言で頷き、「じゃ決まりね」と瑞鶴の嬉しそうな声が響いた。

 

 賭けというのは毎年必ずといっていいほど新入りの中から脱走者や行方不明者が出るので、それが誰かを見極め、当てた者が賭けたものを独り占めできるというものである。賭けるものは決まって煙草や酒などの嗜好品であるのだが、今年はなぜか入荷が全然なかったため、仕方なく間宮の一食無料券十枚を各自で賭けることとなった。

 

「私、今年は何かいけそうな気がするんだよね」

 

 瑞鶴が自信に満ちた表情でそう言うと、隣にいた北上が何でと問う。すると、瑞鶴はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに明るい声で話す。

 

「私、艦娘になる前は射手座だったんだけど、その射手座が今日占いで一位だったんだよ。しかもね」

 

 そこで言葉を切って瑞鶴は周囲の様子を伺う。皆、まるで興味が無さそうに耳を傾け、川内に至っては瑞鶴の話など聞いてないのだろう。ただ、門の方を見つめ、新入りが来るその時を今か今かと待っている。

 皆の反応にちょっとムスッとした瑞鶴であったが、彼女はテンションを変えることなく話を続ける。

 

「私、前は十二月生まれだったんだけどその十二月がなんとこれまた占いで一位だったんだ。ちょっとした奇跡じゃない?これって」

 

 目を輝かせて言う瑞鶴。肝心の皆の反応は相変わらずつまんなそうである。北上は地面を見つめ、穴から出てくる蟻をただ見つめているし、加賀は指にできたささくれを気にしていたし、川内に至っては相変わらずである。俺は一応頷く仕草をしたが、あまり興味がなかったため、返事をしようとは思わなかった。

 皆の淡白な反応に瑞鶴が口を尖らせる。

 

「あまり興味なさそーじゃん」

 

「だから何って感じね」

 

 加賀は指のささくれを片方の手で取り除きながら、瑞鶴の話を一蹴した。その態度に瑞鶴は少しムキになる。

 

「なになに?今日私が賭けに勝っちゃうことが確定しているのがそんなに悔しいわけ?」

 

 瑞鶴の煽りにささくれから目を放し、瑞鶴を見つめる加賀。その表情は相変わらず無表情である。

 

「だってあなた、そこでもう全ての運を使い尽くしてしまっているじゃない」

 

 加賀の鋭い指摘に北上が横でわざとらしく頷くと、瑞鶴は口を開けて確かにとでも言ったような表情になった。

 

「終わりね」

 

「終わりじゃないし!賭け事はやってみないと分からないんだから!!」

 

「でもあなた、賭けに一度も勝ったことないじゃない」

 

「あんただって一回だけじゃん!」

 

「まあまあ」

 

 二人の口喧嘩が火蓋を切ってすぐに静止を入れたのは北上であった。気だるそうな様子で二人の仲裁を行っている。北上に言われ、加賀は再びささくれを見つめだし、瑞鶴は「バカ」と言って、加賀とは正反対の方向を向いた。

 そんな二人の様子に俺が微笑ましく思ったそのときである。川内は突如皆に声をかけ、門の方を指差した。すると、そこにはとうとう新入りを乗せていると思われる車が二台ほど鎮守府の庭の中に入ってきた。

 

「いよいよ来たか」

 

 川内の声を聞いた皆の表情が少し真面目になる。車は庭の真ん中辺りで止まると中から護衛の者と共に例の新人たちが続々と姿を現した。新人たちは一様に手錠をつけられ、両腕を護衛に抱えられて下手な動きがとれないようになっていた。

 俺たちはもう少し近くで見ようと庭の周縁に張り巡らされている有刺鉄線まで近づいた。有刺鉄線の近くでは既に俺たちと同じような野次馬の艦娘たちで群がっており、彼らは有刺鉄線の金網に手を引っ掻けて新人を凝視しては騒いでいた。

 

「さあ誰に賭ける?」

 

 北上が俺たちの目を見ながらそう聞くと、それに真っ先に答えたのは瑞鶴であった。

 

「私はあの子ね!あの黒髪でアホ毛が特徴的なあの子!」

 

「あれは駆逐艦の時雨ね。確かにここの環境で生きていくには少し軟弱そうだわ」

 

 瑞鶴の指差した子を見定める加賀。意外にも辛辣な意見ではなく、肯定的な意見であったため、瑞鶴は思わず加賀の方を見たが、その後すぐ誇らしげな顔になって「ふふん、そうでしょ」と言った。

 

「でも彼女は幸運艦って言われてるよ」

 

 そんな瑞鶴の自信に水を差すようなことを言ったのは川内だ。丸太の上で胡坐をかいて、澄ました顔をしている。そんな川内に瑞鶴はまたしてもムキになる。

 

「だから何よ。私だって幸運艦だわ。でもここに来てしまった。あの子も同じ。全然幸運なんかじゃないじゃない」

 

「どうだか。私はあまり運なんて信じないけど、彼女は何だか持ってる気がするよ。幸運ってのはちょっと違う気がするけどね。まあ、いずれにせよ負け続けの瑞鶴が私に勝てないのは決まってるんだけどね」

 

 そう言って川内は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。そんな川内の安っぽい煽りに血が沸騰しやすい瑞鶴は声を荒げる。

 

「何ですってぇ!?」

 

「今のうちに私に無料券十枚くれてやる方が得策だと思うよ。ここ三年は私が勝ち続けているわけだしね」

 

 彼女の言うことは本当だ。ここ三年間川内は見事最初に落ちた艦娘を当てている。その理由が知りたくて、どうやったら分かるのかとかつて俺は聞いたことがある。 

 

 彼女はその質問にただ何となくという解答しかくれず、インスピレーションが大事であると言っていた。そんなもの具体も何もあったものではないから結局その理由は分からずじまいであったが、おそらく彼女は恐ろしいくらいに艦娘を見る目があるのだろう。日中は昼寝が仕事になっている彼女だが、夜になると極めて別人になるということから俺はまだ彼女の知らない一面があるということだ。

 

「分かったわ!そこまで言うなら私の今まで溜めてきた無料券全て賭けてやる!だからあんたも全て賭けなさいよ」

 

「いいよ。でも絶対後悔すると思うけどね」

 

「後悔するのはどっちよ」

 

 あぁ、うまい具合に川内の口車に乗せられちゃってとかそんなことを思いながらも、俺は彼女らの横で新入りたちを黙って見ていた加賀に話しかける。

 

「なぁお前は誰にした?」

 

「そうね……」

 

 俺の言葉に少し考え込む加賀。そして決意したようにある新入りを指差す。

 

「あの子ね」

 

「どれどれ……」

 

 加賀の指差すところには金髪のツインテールで髪の結び目が輪っかになっているのが特徴的な艦娘がいた。

 彼女は小動物のように怯えた様子で、辺りをキョロキョロと見回した後、頭を垂れた。なるほど、いかにもここの環境じゃやっていけなさそうな感じである。

 

「名前は分からないけれど」

 

「あれは軽巡の阿武隈だねぇ」

 

 加賀の言葉に反応したのは北上であった。どうやら北上は彼女のことを知っているらしい。

 

「私がここに来る前に同じ鎮守府に所属していた子だよ。いやぁまさかここに来ちゃうとはねぇ」

 

「どんな奴なんだ?」

 

「見ての通りだよ。常に怯えた感じかな。本当に小動物のような子だよ。あっでも私、そんなにあの子のこと知らないかな。あんまり話したことないし」

 

 北上はそう言いながら手を横にブンブンと振った。知っていると言っても名前と性格くらいらしく、それ以外はろくに彼女のことを知らないらしい。

 まあ、おそらくここにいる奴等も含めて北上の属していた鎮守府もろくでもないことは間違いないだろうから、そんな鎮守府で誰か他の艦娘と慣れ親しむのも変な話である。相手のことをよく知らない方が普通だろう。

 

「北上はもう決まったのかしら?」

 

 加賀が北上にそう聞くと、北上は迷わずにある艦娘を指差した。

 

「あの子だよ。駆逐艦の……ほら、響って子」

 

「あの白髪の?」

 

「そうそう」

 

 北上の指差したところにはきれいな長い白髪を揺らしながら、サファイアのような瞳にどこか儚げな印象を与える少女がいた。ぱっと見たところ、あの新入りの中では脱走しそうには見えないが、果たしてあの子を選んだ理由とやらは何なのか。

 

「なんか駆逐艦ってウザイじゃん。だから消えてほしいと思ったんだよねぇ」

 

「それが理由なのかよ。お前の個人的な趣向じゃねーか」

 

 どうやら北上の駆逐艦嫌いからくるものだったらしい。本当にろくでもない理由である。そういや、去年も同じようなこと言って駆逐艦を指差してたっけ?あれ、よくよく考えたらこいつ今まで全部駆逐艦を指差してね?

 北上が毎年賭けに負ける理由が分かった気がする俺だった。

 

「ふふん、皆全然見る目ないねぇ」

 

 俺が振り向くと丸太の上に立っていた川内がやれやれとでも言うように少し大袈裟に首を振ってみせた。その態度に真っ先に反応したのはやはり瑞鶴であった。

 

「じゃあ、あんたは誰にしたのよ?」

 

「私はあれ。ほら、列の後ろから三番目にいる人だよ」

 

 そう言って川内が指差した先には茶髪でショートカットの少しムスッとした表情を浮かべた艦娘がいた。

 

「摩耶か」

 

 俺の言葉に頷く川内。すると瑞鶴が「あれはないない」と手を振って馬鹿にしたような表情を浮かべた。

 

「あんた、あの子のこと知ってるわけ?あの子は対空番長とかあだ名つけられているくらい有名で強い艦娘なんだよ?そうそう簡単に脱走なんかしそうなタマじゃないって」

 

「脱走はしないかもね」

 

「は?」

 

 川内の言葉がどうにも分からず、瑞鶴は疑問を呈した。

 

「でも、それ以外のことでなら脱落は十分あり得るよ。それに、あの手のタイプは危ないよ。憲兵たちに目をつけられたら終わりだろうね」

 

 そう言って川内は笑った。未だに首を傾げる瑞鶴を横目に俺は川内の言わんとすることが何となく分かった。ようは摩耶のような少し暴れん坊気味の奴は憲兵たちに目をつけられやすく、指導の対象になりやすい。そのため、ちょっとした反抗でもしそうなものならその場で即処分、あるいは艦娘保護法の観点から彼女を殺さずに行方不明として、どこかに追放するほどの手段も十分考えられ得るということだろう。

 

「まあいいわ。私の勝ちはもう決まっているものだしね。それよりまだ天龍が決めてないけど、あんたはどうするの?」

 

 思考を放棄したのだろうか。瑞鶴は自身の勝利を疑うことなく宣言し、まだ決めてなかった俺の方を見て、早く決めろとでも言うようにせかした口調で俺に問いかける。

 

 ここで俺はまだ決めてなかったことを思い出す。考えてみれば俺は人に意見を求めるばかりで自分から新入りたちをまじまじと見ることはなかったため、俺の頭の中は未だに白紙状態であった。

 せかされたこともあって急いで新入りたちの方に首を回す。目で列を前から後ろへ追いかけていくと、気になる人物を発見した。その人物は新入りの中では一際目立っており、まず何より大きい。背丈は軽く百八十は越えているものと思われる。それに加え、褐色の肌に女子とは思えぬ逞しい筋肉をしており、フレームのない簡素な眼鏡をかけていた。彼女の存在はいかにも武人たる気質を兼ね備え、凛々しい顔立ちからは何事にも動じない芯の強さのようなを多分に感じ取った。その異質さやいなや、他の新入りに比べて別格である。

 

 俺はあの艦娘の名前を知っている。あの艦娘の名前は……

 

「武蔵……」

 

 俺がポツリと言った独り言がどうやら皆の耳に聞こえたようで、その驚きの答えに皆の目を丸くさせた。

 

「いや武蔵はないでしょ……」

 

「さすがにねぇ」

 

「……」

 

「はっはっはっは」

 

 それぞれ違った反応を俺の独り言に示した。瑞鶴と北上はそのありえない選択に少し呆れ、加賀は黙りこくり、川内は腹を抱えて笑っている。

 だが、そんな彼女らのなかにもおそらくある一つのことは共通しているだろう。それは武蔵だけは絶対にないということ。あれほどのずっしりとした存在感だ。皆、気付いてなかったというわけではなかろう。でも、あえて武蔵の存在を一度も話題に出さなかったのは、どう見たって武蔵はそうそう簡単に根を上げるような者ではないと思っていたからだろう。あの逞しい筋肉は逆にこっちがやられてしまいそうなほどである。

 

 皆が俺の選択をありえないとする中、俺はそのとき妙に彼女の方に自分が目が引かれていくのが分かった。それは単に彼女が一際目立つ存在だからと言うわけではない。あの身なりでありながら、顔に漂った仄かなもの悲しさが目をちらつかせたからである。何か罪を背負ってここに来ている以上、それは別に珍しいことでも何でもないのだが、俺は何故か彼女のその表情に目を奪われた。そして、時折見せる彼女のその野獣のような眼光に俺は希望を見出さずにはいられなかった。ああ、もしかするとこいつなら……。俺がそう思ったとき、唐突に俺の耳元に蝉しぐれが響き渡る。現実が舞い戻ってきて、気がついたら新人たちは視界から姿を消していた。

 

「何をやってるの?早く行くわよ」

 

 加賀の言葉に俺は振り向き、「おう」と言って彼女の後に付いていく。

 

 今思えば、これが俺と武蔵の初めての出会いだった。

 

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