ですので、何かしらちょっと違うかもしれないです。
個人的にはブラシャが一番好き。
「ふんふんふんふんふんふふふん♪ふんふんふんふんふんふふふんふんふん♪」
耳に差し込んだイヤホンから好きなアーティストの曲が流れてくるのを鼻歌に変えながら俺は歩いていつもの場所へと向かう。
お店が視界に入ってはいるものの信号は赤。横断歩道をきちんと待つが、指がもう待ちきれないとでもいう様に特定のリズムをなぞりながらジーパンを叩く。
信号を渡ってお店の目の前につくと同時にそれまで変装を兼ねてつけていた100均で買ったサングラスを雑に鞄に放り込み、一つ息を吸いこみ、吐いた。
「ふぅ……さて……
イヤホンを耳から外しながら店内へと入る。向かう先はピアノコーナー。
ここからは時間との戦いだ。下手に時間をかけすぎるとあの堅物の
ピアノコーナーの近くにいた顔見知りの店員に向けて左手の指をグーグーチョキと動かしていくのを見せる。
店員は一瞬そのサインに虚を突かれたような顔を見せたが、任せろといわんばかりにグーをこっちに向けた。
そのサインにニヤリと笑って俺は近くの見本品のピアノの列の奥にあるスペースを借りた人が使えるピアノの椅子に腰かけた。
………さぁ、ショウタイムだ。
一度息を吸い込み、吐き出すと同時に俺は鍵盤をたたき始めた。
ダダダダン♪ダダダダンダ♪ダダダダン♪
左手と右手で複雑な和音を弾き、重みのある音が店内に流れ始める。
数人の女の子たちが驚いたかのように足を止めてこちらを向いているが気にしない。俺は
イントロは既に弾き終え、それに続くのはAメロ。
右手で曲のメロディラインをなぞりながらあくまでもピアノでできる範囲という前置きが付くものの他の楽器が本来担当している(この曲の場合はギター、ベース、そしてドラムだろうか)それらの音をできうる限りで再現しながら弾いていく。
そして再び盛り上がるサビへと曲が突入したその瞬間だった。
「覚えてないことも~♪」
「!?」
突然現れた乱入者に驚いたあまり一瞬手元がぶれてミスタッチをするが、すぐに持ち直して演奏を続ける。乱入してきた声の主は以前俺のピアノに合わせて歌い続けている。
突然の乱入に驚いたときに気持ちが一瞬途切れてしまったせいで集中力が途切れ途切れになってきたのを感じ、俺はやむを得ずサビから最後のCメロへとつなげた。
それなのに声の主はその急な転換についてくる。その様子に聞いている人は俺とその乱入者が事前に打ち合わせでもしたのではないかと思っているのではないだろうか。
そんな状況の中で俺は
「………」
ダダダダン♪ダダダダンダ♪ダダダダン♪ダダダダンダダダダンダダダダダン♪
極力平静を保ったような風で内心激しく焦りながら、手元がいつミスタッチするのかもわからない暴走状態に入りそうになる一歩手前で辛うじて耐えつつ演奏を終了させた。
「ふぅ…」
息を吐き、乱入してきたのは誰だよと思いながら周囲を見渡すと奥の方から堅物の野郎が激しく怒りながらこちらへと歩いてくるのが見えた。
「やっべ……」
小さくそう漏らし、慌ててピアノの鍵盤のふたを急いでいるとはいっても優しく閉じて人ごみの中に飛び込む。
「あれどこに行ったの!?」
「ちょっとこころ!!」
「こころちゃん!?」
そんな人ごみの中から聞こえる声を無視して。
◇◆◇◆◇
「おかしいわねぇ~さっきの人はどこに行ったのかしら。」
「ちょっとこころ!急に走り出さないでよもう…」
「こころちゃん………ちょっと待ってよ……早いよ……」
あたしが先頭を切って走るのを後ろからミサキとカノンが追いかけてくる。後ろから聞こえてくる文句を聞き流して周囲を見渡しているといつもの黒服の人たちが一人の青年を捕まえてこちらに歩いて来ていた。
「ちょっ!離せよ!離せっつーの!!」
青年は網に引っかかった魚のように暴れ、もがいているが黒服の人たちも必死の形相で彼を抑え込もうとしているために黒服の人たちに連れてこられていた。
「こころ……あれって……」
連れてこられた青年の表情を見てミサキが何か言っているが、あたしの目はごまかせない。あれはピアノを弾いていた彼だ!
「あなたがさっきピアノを弾いていた人ね!!」
だからあたしは連れてこられたその人にそう声をかけた。
「あ゛ぁ゛ん゛!!」
声をかけた瞬間物凄い形相で睨みつけられたけれども。
◇◆◇◆◇
「…………」
楽器店から逃げ出して数十メートル走ったところで唐突に後ろから羽交い絞めにされてそのままこのカフェに連れてこられたから何が何だかいまいちよくわかんないんだが、これだけは言いたい。
「おいしいわね!カノンあなたも飲んでみなさいよこのジュース!!」
「ちょっとこころちゃん…」
「………」
どうも、目の前の三人の少女、というか金髪の子か?それが俺に用があるらしい。
あと黒髪の子が俺を同類を見るような目で憐れみの視線を向けてくるのが微妙に腹が立つ。
「……」
無言で目の前に置かれた頼んでもいないのに出てきたコーヒーを口に含む。
『……にっげ…』
普段飲まないコーヒーの味は予想通りとても苦く、飲むんじゃなかったと心の底から思った。
『とにかく帰りたいが……これ帰れるのか?つか、あの羽交い絞めにされたときに財布落とした気がしてならないんだが………って財布ズボンのぽっけにねぇし!?』
と、俺が考え事をして勝手に一人で焦り始めた間に目の前の金髪の少女は何かを話しかけていたらしい。
「………それで!あなたの名前を知りたいわ!!あなたは何て言うの?」
「は?」
全く話を聞いていなかった俺は唐突に聞かれたその言葉に不信感しかいだけなかった。
だってそうだろう。いきなり後ろから羽交い絞めにされて半ば拉致でもするかのようにこの喫茶店に連れ込まれたのだ。それで個人情報まで探ろうとされたら不信感を抱かずにはいられないだろう。むしろこれで不信感を抱かないような奴は詐欺師からしたらいいカモになるんじゃないかと思う。
「……すまん。話聞いてなかったからもう一回頼む。」
ただ、どう見ても年齢がしたな女子相手にいつまでも喧嘩腰でいるのもまたおかしなことだと思うから俺は聞き返すことにした。
「あたしは弦巻こころ!それでこっちがミサキでこっちがカノン。それで!あなたのお名前は何なの?」
こころと名乗った金髪の少女はそう言ってこちらにまぶしいくらいの笑顔を見せてくる。しかし、俺はその笑顔を信用することができない。過去にそう言って近寄ってきて自分の思い通りに動かなかったからと逆切れしていつまでも因縁をつけてくる男を知っているからだ。
だから俺はどうせここだけで終わる関係だろうと嘘を吐こうとして
「火野…」
「お嬢様、こちらが彼の経歴になります。そしてこちらがあなたの財布です。」
「……は?」
目の前で繰り広げられた光景にあっけにとられながら差し出された財布を受けとることになった。
「失礼ですが、お財布の管理はきっちりとしたほうがよろしいかと思います。」
俺にそう言ってから黒服の男は少女に一礼し、どこかの影の方に歩き去って行った。
「はぁ!?」
訳が分からない。財布と落としたのは俺のせいじゃないし、なのになぜおれが悪いみたいな言い方をされないといけないのか。
俺が一人悶々としている間に目の前のこころと名乗った少女は俺の経歴を読み終えたらしい。
「あなた、あのお店でピアノを習ってたの?」
開口一番にそう聞いてきた。
「………昔っても3年前ぐらいか、それまではな。」
コーヒーに何か入れれるものがないかなと思いながら苦味を口に含めて眉をひそめる。
「だったらなぜ今はやめてしまったの?あんなにピアノも上手に、楽しそうに弾いていたのに。」
カップ越しにちらりと少女の表情を見る。その表情は何か俺の弱みを握ろうとかそう言うわけじゃなくて純粋に知りたいとでも言いたそうな表情だった。
「………一つ、昔ばなしでもないがちょっとした話をしてやろう。」
だから俺は話し始めた。
「自分の思い通りにならないからと因縁をつけ続けられたせいでゲリラ活動に身を落としたバカの話をな。」
◇◆◇◆◇
あの楽器店ではそれなりに長い間教室に通っていて、楽器店側が決めた以上の力量を持った生徒にはあそこのピアノ売り場の一角で演奏する権利が与えられる。
まぁ、事前に申し込みを入れれば外部の人も楽器店側の審査が通りさえすれば使えるんだが、内部生の方が手続きは簡単で楽だ。
そのバカはどっちかというとクラシックよりもJポップの方が好きだった。弾くのも聞くのもな。
そしてそこの店長はJポップもクラシックもどちらにも理解がある人で、あのスペースではクラシックだけじゃなくてJポップの曲も弾かれていた。副店長が変わって今の副店長が店に着任するまではな。
新しく来た副店長はクラシックこそが音楽であり、それ以外のロック、ポップス、R&Bなどのジャンルは存在すらしてはならないと言い張るほどの
そのうえでそれを内部生にも強要させたんだ。その時までにクラシック以外の曲を練習していた生徒には強引に自分が選んだ曲を練習させ、生徒の都合も考えないで勝手にスケジュールを組んで無理やり楽器スペースで演奏させて自分が悦に浸るとかめちゃくちゃだった。
だからこそそのバカは腹を立ててちょっとした暴挙に出た。
事前に先生にはそのことを話し、一応は止められたがバカ本人の覚悟が強く、止められないと判断したのか先生もGOサインを出してバカはその計画を実行に移した。
「4分33秒」って曲を知っているか?知らない?うん、まぁ、それなりに有名な曲ではあるけれどもその特異性から有名ってだけだからな。
その「4分33秒」って曲はな……
◇◆◇◆◇
ある程度話してから「じゃあな。」と言って青年は立ち去ろうとする。こころが慌ててその人を追いかけようとして黒服の人たちが彼を捕まえようとしてちょっとした捕り物が発生しているのを見て少し驚いてて新鮮だった。
彼は捕まえようとする黒服の人たちの腕をすべてすり抜けるかのように動いていて、最終的にレジで店員と少し喋ってから店から出て行ってしまった。
「……すごいねあの人…」
横で花音がそうこぼすのを聞いて私も
「うん、あの黒服の人たちの身体能力をかいくぐるとかすごすぎでしょ…」
そう呟き返しながらこころが追いかけようとしたときにテーブルの上に放り投げた書類を手に取って見てみる。
「うん、まぁ………確かにあのきいた話とこの経歴だと人と演奏するのは嫌だって言いそうだなぁ…。」
どうやってこの短時間で調べたのかわからないその書類には恐らく彼自身のことだろう彼がさっきまで話していたことの内容に加えて、それ以降のことまで書かれていた。
3年前に教室を辞めてから一時的に同じ中学校の人たちとバンドを組んでいたが、リーダー格の子が洋楽、主にロックを称えてアニソンを貶し始めたことでメンバー間での対立が発生。
彼はアニソンも好きだったためかリーダー格の子と対立し、最終的にバンドは解散、直後にリーダー格の子を含めたメンバーの数人は謎の失踪を遂げている。
その後、あの楽器店で演奏しようと数回申し込むも4分33秒という無音の曲を奏でた彼は副店長にメンツをつぶされたと恨まれており、申請はすべて副店長の時点で却下。店長はかなりの頻度で本部に呼ばれるせいでそのことを彼が教室生時代の頃から彼のことを知っている店員数名と共謀してゲリラ演奏をするようになった最近まで副店長がそこまで滅茶苦茶なことをしている事実を含めて知らなかったようだ。
「ふぅ……」
書類をそこまで読んでから個人情報らしきものが載っている紙にたどり着いてしまったため、そこで見るのを辞めて花音に渡す。
「『
さっきこころが「今度一緒に演奏しましょう!!」とハロハピのライブに誘ったときに彼が言った断りのセリフの〆だ。
「な~んか、こころみたいな感じがするぅ~。」
私は瞼に焼き付いた彼がピアノのコーナーから逃げる時のシルエットを思い出しながら目の前のマンゴージュースを吸い込んだ。
感想、評価を楽しみにしています。それらが原動力になりますので。