DATE・A・LIVE The Snatch Steal 作:堕天使ニワトラ
「……あれが、<イフリート>……」
激しい炎で真っ赤に染まった空を見上げ、零は呆然とする。
中学生程度の幼さが残る見た目でありながら、何故かそれ故に美しいと感じてしまう。
零には幼女しか愛せない趣味があるわけではないが、それを差し引いても美しいと感じさせてしまうような魅力が彼女にはあった。
「あらら~?ひょっとして惚れちゃった?……ま、わからなくもないわね。あの娘、とっても可愛いから」
「そうじゃない。どうしてこのタイミングで出てきたのか気になっただけだ。……まぁ、現状を見れば出て来ざるを得ないんだろうけどな……」
もし<ラタトスク>に戦力と呼べる戦闘員がいなかったとしたら、精霊という強力な力を持った司令官自らが出向いたのも納得できる。
あるいはこの事態を収拾できるのが自分だけだと判断したのか。その答えは本人にしかわからない。
「……ここは見守りましょう。お兄さんを助けるために、司令官自ら飛び出してきた勇姿を」
「あぁ……」
運が良ければ<ナイトメア>か<イフリート>、どちらか弱った方を捕獲するチャンスが見えてくるはず。
そうでなくとも、5年間もその姿を見せることがなかった<イフリート>その能力を知る絶好の機会。どう転んでも零に損はなかった。
零たちが見守る中、<イフリート>は炎を纏った戦斧を振るい、士道を拘束していた<ナイトメア>の分身体を薙ぎ払う。
<ナイトメア>も彼女を強敵と理解したのか、標的を<イフリート>に専念する。
そして一気に勝負を付けようと、<ナイトメア>は真那を止めた『Ⅶ』の弾丸で<イフリート>の動きを停止。そして分身体による一斉射撃で、彼女は流血と共に倒れ伏した。
「やっぱりあの力は精霊にも有効か。<ナイトメア>。……やっぱり他の精霊とは……!」
「待って。まだ終わってないわ」
零も<イフリート>の死を予感して飛び出そうとしたが、それを志保が止める。
志保が見守るモニター上では、零も目を疑うような光景が映っていた。
倒れた<イフリート>の傷口に炎が灯り、傷口を舐めるように焼いていく。
すると数秒で全身の傷が何事もなかったかのように完治し、<イフリート>はむくりと立ち上がった。
「再生能力!?しかも致命傷もののダメージを数秒で……」
さすがの零も予想外だったのか、モニターを見たまま硬直してしまう。
「そう。あれがあの娘の能力。<ラタトスク>のデータの中にあったわ。……たぶん
だとしたら余計な横槍は敵を増やす結果になっていた。焦って飛び出さなくて良かったと、心の底から志保に感謝した零だった。
ただ攻撃するだけでは勝てないと悟った<ナイトメア>は、対象を加速させる『Ⅰ』の力を分身体の何人かに放ち、そして自身にもそれを使用した。
すると分身体は瞬時に移動を始め、その意図を察知した<イフリート>は舌打ちしながら士道の元に駆け寄った。
そしたら案の定、士道の身柄を確保しようと影から分身体が飛び出し、その直前で<イフリート>が彼を蹴り飛ばす。
代わりに無数の分身体に押さえつけられる形となってしまったが、そこは戦斧に炎を纏わせ、広範囲に薙ぎ払って撃退した。
「……本当に凄いパワーね。あの小さな身体のどこに詰まってるのかしら?」
「博士。緊張感が削がれるからセクハラトークは後にしてくれ……」
志保の悪い癖に零はげんなりしながら突っ込みを入れる。
<ナイトメア>は『Ⅳ』の力で時間を戻すと、より強力な力を使おうと時計盤の天使を呼び出す。
それを阻止しようと動いた<イフリート>だったが、何故か急に苦しみだし、その場に
「……?……どうしたんだ?まさかスタミナ切れなんてことは……」
「いえ、もっとヤバいことになったわ。……彼女、しばらく力を使い続けると暴走するみたいなの。破壊衝動みたいなものに意識を奪われて、人が変わったみたいに凶暴化する。それが怖いから力を使いたがらないの」
志保の説明を聞いて、目撃情報がほとんどない理由を零は察する。
非常に強力だが、それ相応の代償を伴う。まさに諸刃の剣。
そんなものを使い続ければ、間違いなく向かう先は破滅。そんなものは誰だって望んでいるはずがない。
それを証明するかのように、<イフリート>は戦斧を大砲のような形状に変化させ、その砲身に炎のエネルギーを蓄積させる。
これはまずいと思ったのか、<ナイトメア>は分身体を前面に展開。
だが<イフリート>の天使から発射された熱線は、その直線上にあったものすべてを易々と消し飛ばした。
熱線が通り過ぎた後には、分身体すべてを消し飛ばされ、時計盤の一部を抉り取られ、戦意を喪失してへたり込む<ナイトメア>の姿しかなかった。
「わぉ。……とんでもない威力ね。さすがは精霊。と言ったところかしら?」
「けど暴走してるんならまずいんじゃないか?このままじゃトドメ指しかねない空気だ」
零が指し示した先には凶悪な笑みを浮かべながら<ナイトメア>を煽り、2発目のエネルギーの充電を開始する<イフリート>の姿があった。
士道が側に寄って必死に説得するが、その言葉すら耳に入っている様子がなかった。
「これはよろしくないわね。……<オルトロス>」
<ナイトメア>を殺されかねない状況に、志保は<オルトロス>に指示を出す。
その間に士道が<ナイトメア>を庇うように立ちはだかり、必殺の一撃を発射のと同じタイミングで<イフリート>の意識が戻った。
……しかし発射された砲撃は止めることができず、まっすぐ<ナイトメア>の前に立つ士道に向かっていった。
―――しかし、その直前を『何か』が通過し、砲撃は士道の直前で削り取られたように消え、残りの余波はその周囲を逸れるように外れていった。
だが衝撃は止まることなく、士道を吹き飛ばして気を失わせる。
それを不思議に思いながらも、<ナイトメア>はそのどさくさに紛れてその場から立ち去った。
「……!……チャンスだ!<オルトロス>!総員、逃げた<ナイトメア>を追跡!捕獲しろ!」
今こそ動くとき。そう睨んだ零が、<オルトロス>たちに指示を出す。
「それじゃあ私たちもぼちぼち行きましょうか」
「あぁ。ここからは俺の仕事だ」
二人はトラックから降り、端末で<ナイトメア>の反応を追いながら、ゆったりとした足取りで学校裏の森林地帯へと足を踏み入れた。
―――来禅高校から数km離れた森の中。その木々のふもとにできた影から、ゆっくりと人の形をした『何か』が這い出てくる。
血のような赤と、影のような黒を基調としたドレスに身を包み、長く黒い髪を左右非対称のツインテールにした精霊―――<ナイトメア>。
彼女は<イフリート>との戦闘から何とか離脱し、ここまで逃げてきたのだ。
「はぁ、はぁ……まさか、わたくしがここまで、追い詰められるなんて……」
近くにあった巨木に背を預けながら、<ナイトメア>は自身の非力さを悔やむ。
分身体のほぼすべてが倒され、天使を使うための時間もほとんど消費してしまった。
五河士道を喰らい、その力を自分のものにする。ただそれだけだったはずなのに……。
「……仕切り直し、ですわね。もっと時間を蓄えないと―――」
―――ガサッ!
近くの茂みから、僅かな物音が聞こえる。
「……!?……誰かいますの!?」
咄嗟に<ナイトメア>は天使の一部である古式銃をそちらに向ける。
もしかしたらここまで追いかけてきたのか。弱り切っている状態で、自身に余裕がない<ナイトメア>は過敏に反応する。
しかし数秒後、茂みから飛び出した鳥が、バサバサと羽ばたいて飛んでいく。
それを見た<ナイトメア>は、一気に肩の力が抜けるような感覚を覚えた。
「……ぷっ、あはははははっ!わたくしとしたことが、ついつい神経質に―――」
―――ゴゥンッ!
直後、その直線上から重低音のような音が響き、見えない『何か』が<ナイトメア>に迫る。
「……!?……ッ!」
それに反応することができなかった<ナイトメア>は、避ける間もなく直撃する。
「かはっ……!?」
まるで見えない車にでも跳ね飛ばされたかのような衝撃を受け、<ナイトメア>の身体は背後の巨木に叩き付けられた。
「……ッ!……な、何が……?」
それがゆっくりと近づいていき、1機の<オルトロス>が姿を現した。
「あ……!……ぁ……」
それを最後に<ナイトメア>の意識は途切れ、力なくその場に倒れた。
すると背後からも別の<オルトロス>が出現し、倒れ伏している<ナイトメア>の側に立つ。
同時に胸部装甲を展開し、彼女の足下の影に向かって、見えない衝撃波のようなものを撃ち込んだ。
<オルトロス>が装備している反霊力波には、二通りのバリエーションが存在する。
まず精霊の霊力を帯びた攻撃を防ぐ防御型。
そして反霊力波を衝撃波のようにして発射する攻撃型。
これを受けた精霊は霊力を一時的に無効にされ、
<ナイトメア>及び影に隠れているであろう分身体を無力化すると、<オルトロス>はその報告をすべく、現状の情報を零の端末に送った。
「―――よし、首尾は万全だな」
その数分後、<オルトロス>からの反応を受け、零と志保が悠々とやってきた。
そこには既に11機の<オルトロス>が勢揃いしており、<ナイトメア>が逃げないように見張りをしているようだった。
「ご苦労様。……さすがだな。うちの<オルトロス>は」
「当然よ。私たちが長年の研究で完成させた自信作だもの。……それじゃあ、手早く済ませましょうか」
志保が合図すると、2機の<オルトロス>が<ナイトメア>の両サイドに立つ。
それぞれで腕を掴むと、彼女を宙吊りにするように持ち上げ、そのまま零の前まで運んだ。
「……よし、ここからは俺のターンだ」
零は<ナイトメア>に向かって右手をかざすと、精霊を隷属させるための霊力を放出する。
「……んっ、ぅぁ……」
すると<ナイトメア>の口から、うめき声のような音が洩れ始める。
「なに、怖がることはない。すぐに良くなるさ」
優しく語りかけながら、零は徐々に送り込む霊力を増やしていく。
「……!……んぅ、はぁぁ……ぁっ、くぅ……」
すると四糸乃の時よりも吸収のペースが早く、空の器同然の<ナイトメア>ににスムーズに霊力が流れ込んでいくのがわかる。
今の意識もなく、弱り切った<ナイトメア>には、何か得体の知れない力に抵抗するだけの余裕はもはやない。
その証拠に彼女の身体から、少しずつ黒い霊力が滲み出てきているのが見て取れた。
「これも反霊力波で弱ってるおかげだな。それじゃあ一気に……」
短時間で勝負を決めようと、零は一気に大量の霊力を送り込んだ。
「……ひぃっ!くぅぅっ……っぁあっ!?……っはぁぁ……ッ!」
次第に<ナイトメア>の身悶えるような呻き声は強くなっていき、彼女を覆う霊力のオーラもその色を濃くしていく。
そして開始から1分弱で彼女の反応は弱々しくなり、全身を夜の闇が覆い尽くしているかのようなオーラに包まれた。
「……よし、頃合いだな」
零は<ナイトメア>にかざした右手でそっと彼女の顎に触れ、軽く持ち上げる。
そしてゆっくりと顔を寄せると、そのまま唇を重ねた。
「ん―――」
すると一瞬だけ覚醒した彼女は大きく目を見開き、すぐに意識が途切れたように力が抜け、そのまま零と一緒に
「……これで二人目。一時はどうなることかと思ったわ……」
その様子を一部始終見届けた志保は、一息ついてから<オルトロス>にこの場所の番を言いつける。
~~~~~~~~~~♪
すると彼女のポケットから、携帯の着信音が聞こえてきた。
「あら?誰からかしら?」
志保は手早く携帯を取り出すと、着信先を見る。
相手が従業員のひとりであることを確認すると、すぐに着信に出た。
「もしもし。どうかしたの?―――えっ?」