DATE・A・LIVE The Snatch Steal 作:堕天使ニワトラ
それから次の日、創世重工本社内、情報統括室。
円筒状に構築されたその部屋の壁を、無数の光の帯が上下移動を繰り返している。
この部屋では『新天地』や零たちが開発した端末から得たデータなど、特に重要な情報が保存されている。
もちろん、志保が<フラクシナス>から接収したデータや、他の組織からハッキングにより入手した最新の情報まで、使えそうなものはすべて大容量情報処理装置『ニライカナイ』に蓄えられていた。
そしてその部屋の奥に配置された巨大なモノリスのような黒い板の前で、零と志保が表示されているウインドウを黙々と見ていた。
「……なるほど。決行は明日か」
零は口元に手を当てながら、納得したように頷く。
表示されていたのは、<フラクシナス>の精霊用隔離スペース。
昨日の琴里と士道、そしてその部屋の前にいた令音の会話内容が、一語一句逃すことなく記録されていた。
「……やっぱり気付いてないみたいね。私が
呆れたようにため息を吐き、哀れむような視線をウインドウに向ける志保。
そう、数日前に志保が<フラクシナス>に連れて行かれたのは、わざとそうなるように仕向けてのことだった。
琴里たちが志保を見失ったとき、志保は<フラクシナス>から抜け出した訳ではない。
正確には『別の空間』に隠れ、そこから<フラクシナス>のメインコンピュータに
これにより<フラクシナス>側に気付かれることなくシステムに侵入し、堂々と情報を盗むことが出来るようになった。
それによると、琴里は5年前、何らかの要因で人間から精霊になった。
しかしその力を制御することができず、大規模な火災を引き起こしてしまう。
詳しくは記憶が曖昧なため覚えていないが、士道によって霊力を封印され、そのすぐ後で<ラタトスク>に拾われた。
そこで5年間かけて研修を受け、現在の司令官という立場を任されたのだという。
「5年前に最初に保護した精霊を司令官に任命する……か。まぁ、わからない話じゃないな……」
「そうね。立派な役職と権力を与えて忠誠心を植え付ける。……裏切り防止の予防策って下心が見え見えだわ」
今度は二人揃ってため息を吐く。
だが司令官というのは、相応の能力と部下からの強い信頼がなくては務まらない。
事実、士道をちゃんとサポートし、十香という見事な初白星の獲得を実現した。
ということは司令官としての能力は本物である。この事実を二人は素直に受け止めた。
「……にしても解せないのは、どうしてわざわざデートをする必要があるのか、ってことだな」
映像の隣に表示したウインドウに目を移し、零は疑問符を浮かべた。
そこには<フラクシナス>からハッキングした、琴里の精神状態を示すパラメータが表示されている。
それによると、琴里の士道への好感度は、常に封印可能な数値を余裕で超えていた。
令音の話では2日後までに琴里の霊力を封印しないと、琴里は自身の霊力に耐えられなくなり、今までの琴里ではなくなってしまうかも知れない。
そのために琴里とデートをして、霊力を再封印しなくてはならない。とのことだった。
「……まぁ、素直になれない年頃の
このデートの意味を理解した志保が、ニマニマと含み笑いを浮かべる。
「……?……博士にはわかるのか?」
「ええ。こういうことは男には難しいかしら?餅は餅屋、ってところでしょうね。……それで、やっぱり社長は狙っちゃうの?」
志保は改めて方針確認をするように尋ねる。
それはつまり、まだ霊力の封印が行われていないうちに、琴里をかっ攫うと言うこと。
士道から大切に育ててきた妹を奪い、義理の兄という思い人がいる少女を強引に自分の
「……この兄妹には悪いが、俺にも譲れないものがある。……それに、
言いながら零は、別のウインドウを表示する。
そこに映っていたのは、新社屋が襲撃された後、志保が飛ばした観測機の映像。
5年前に研究所を襲撃したのと同じ
社屋を完全に瓦礫の山にすると、後からひとりの男性が姿を現す。
服装や髪型など多少の違いはあったが、5年前に研究所を襲撃した張本人と同一人物だった。
「―――バルティン・ドゥルガッセ。<ラタトスク機関>の最高幹部連、
「あぁ。どんな執念してるんだよ……」
二人はげんなりするように机に突っ伏し、目の前のモニターを呆然とした目付きで眺める。
そこには<フラクシナス>のコンピュータに残されていた、クルーからバルティンへの報告の履歴が表示されていた。
どうやらバルティンが琴里に内緒で潜り込ませていたようで、他の
それにより四糸乃が零の手に落ち、零が天宮市に来ていることを知った時から、秘密裏に活動を開始していた。
方法は至って簡単。バルティンの息のかかった<フラクシナス>及び<ラタトスク>の人員、そして警察などの様々な組織にも通用する権力を行使し、天宮市じゅうを
その人数は100を軽く超え、かつ不眠不休を強要するレベルで探し回らせた結果、僅か1ヶ月弱で零が拠点にしている新社屋の場所を見つけ出したのだという。
「よりによって人海戦術か。それじゃあ情報ばかり気にしてても意味ないな」
「しかもこき使った人たちの中には過労で倒れた人もいるみたいよ。こういうのをブラック企業って言うのかもしれないわね……」
しかも肝心の零は不在だったため、目的そのものが果たせなかったという不名誉な結果を残す形となった。
おまけに新社屋には重要なものは持ち込まれておらず、パソコンも零と志保以外の人物が
まさに骨折れ損のくたびれ儲けとなった捜索関係者たちを思い、二人は無言で合掌した。
「まぁ、<ポセイディア>が完成するまでの仮設拠点みたいなもんだったからな。……ところで完成はもうそろそろじゃないのか?」
「えぇ。確か明後日には動かせるようになるって報告があったわ。となると明日のデートには間に合いそうもないわね……」
志保の報告を聞いて、「そうか……」とげんなりしながらデスクに突っ伏す。
「……無い物ねだりしても仕方ないか。<オルトロス>の新装備は完成してるみたいだし、それまでにやれることはやっておくか」
零は重たいため息を吐き出すと、飛び起きるようにイスから立ち上がる。
「やられたら倍以上にして返す。それが俺の流儀だ。五河琴里……いや、<イフリート>。次の
モニターに映った琴里に向かって右手を伸ばし、それを掴むように手を握った。
これは報復。やられたからやり返す子供の喧嘩と同程度の争い。
それでも零は止めることをしない。何故ならそれが、避けては通ることのできない運命なのだから……。
それから日が沈む前に情報整理を終えた二人は、夕食のために食堂を訪れていた。
「―――あっ、ご主人様……」
『ひょっとして二人もお昼?いいところに来たね~♪』
「おぉ、四糸乃によしのん。狂三も一緒か」
円形のテーブルに、四糸乃と狂三が座っているのを見つける。
「あらあら。それでしたら、ご主人様と博士さんもご一緒にいかがでしょうか?」
「いいわね。ご一緒させていただこうかしら?それじゃあ私たちも注文してくるから、ちょっと待っててね」
いちど二人は席を離れ、カウンターでメニューを注文する。
そして完成した料理をトレーに乗せ、二人は四糸乃と狂三のいる席に戻っていった。
それから数分後、零たちは狂三が語る士道とのデートの様子に耳を傾けていた。
「……そうか。デートでランジェリーショップに……」
「はい。そしたら士道さん、とても魅力的なものを選んでくださいましたわ。今わたくしが身につけているのがそうなんですけど、ご覧になりますか?」
言って狂三は零のすぐ側に立ち、スカートの端をつまむ。
そして四糸乃と『よしのん』が両手で目元を隠し、志保が身を乗り出して見ようとしている中、狂三はゆっくりとスカートを持ち上げていった。
「……いや、またの機会にさせてもらう。こんなところじゃ狂三の綺麗な身体を他の奴に見られるからな」
「あら、お上手ですわね、ご主人様ったら……」
四糸乃と『よしのん』が安堵し、志保が残念そうにしている中、狂三は満更でもなさそうな表情で席に戻っていく。
「にしてもデートでランジェリーショップって、いったい何を考えてるのかしら……?」
もちろん志保は士道にこんなありえない選択をさせた連中を知っている。
<フラクシナス>ではAIが瞬時に選択肢を用意し、クルーたちがその中から最適だと思うものを士道に言わせるという、まさにリアルギャルゲーのようなシステムを採用しているという。
しかし相手は精霊。一歩間違えれば殺されかねない相手に、そんな危ない綱渡りをさせるクルーの判断を疑いたくなった。
「士道さん。本当に積極的な方でしたわ。……校内を案内していただいたときも、『狂三は今、どんなパンツを
「―――ぶふぉっ!?」
あまりにも想定外の一言に、さすがの零も飲んでいた水を吹いてしまう。
「ちょ、大丈夫?……まぁ、無理もないけど……」
志保が慌てて側に駆け寄り、咳き込む零の背中を優しく
『ひゃ~!士道くんってケダモノさんだったんだ~!よしのん、危うく食べられちゃうところだったよ……』
「し、士道さん……」
知人の知らない一面を垣間見た『よしのん』と四糸乃は、身を寄せて小動物のように小さく震え上がる。
「そうですわ!ご主人様に何か着衣を選んでいただきましょう!」
閃いたように両手をパンと叩き、狂三はそう提案する。
『おぉ~!それグッドアイディア~♪ほーら四糸乃~!ご主人さまと一緒にいるチャンスだよ~♪』
「え、えぇっ!?で、でもご主人様に迷惑が……」
ぐいぐいとひっぱる『よしのん』とは対照的に、零に迷惑をかけまいと渋る四糸乃。
「それは一理あるわね。……あ!」
狂三の意見を聞いて、志保はある妙案を思いついた。
そしてニマニマと含み笑いをしながら四糸乃と狂三の間に入ると、二人にそっと耳打ちをした。
「―――ねぇ、二人とも。『水着』って興味ないかしら?」