DATE・A・LIVE The Snatch Steal   作:堕天使ニワトラ

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【黙秘強使】

落ち着きを取り戻した零は、志保と共に四糸乃と狂三が待つであろう場所に戻ろうとしていた。

 

「……にしても珍しいな。博士があんなにも感情的になるなんて……」

「自分でもびっくりだわ。……これも社長のおかげかしら?」

 

感心するように話す零に、志保は独り言(ひとりご)ちるように言葉を返す。

そこで零は会って間もない頃の志保の様子を思い出す。

 

 

 

零が17番目にやって来た世界。そこで零は志保と出会った。

その世界には金色の『何か』から、『クロノスを滅ぼせ』という曖昧な役目を与えれて来ていた。

単身で調べた結果、その世界には人間を遺伝子レベルで改造し、世界を支配しようと企む『クロノス』という組織が存在することを突き止める。

当時、志保はその研究員のひとりで、『クロノス』が誇る最高の頭脳の持ち主と称されるカタストリア・ガルバスの右腕を勤めていた。

だがそれはガルバスに近づくための口実で、目的は実験によって命を奪われた姉の仇を討つために近づいていたのだ。

ある時、隙を見て暗殺を(くわだ)てたのだが、保身最優先のガルバスの策略により失敗に終わってしまう。

そのために組織から追われる身となった志保は、偶然出会った零に(かくま)われることになった。

いつこの場所がバレるのか。いつ命を狙ってくるのか。この時の志保はいつ来るかわからない恐怖に怯え続け、長い間『新天地』から出ることを拒むようになる。

しかし長い時間をかけた零の必死なケアにより、今のように落ち着きのある本来の自分を取り戻したのだった。

 

「……社長には本当に感謝してるわ。見ず知らずの私を匿って、『クロノス』を潰す手伝いまでしてくれた。……もしあの時、社長に出会ってなかったら……」

 

間違いなく『クロノス』の手に落ち、復讐のチャンスは二度と来なかっただろう。

志保は『もしかしたら』という可能性を思い浮かべ、暗い表情で小さく俯く。

それに気付いた零は足を止め、背を向けたまま口を開いた。

 

「―――『もし』なんてない。俺たちはこうして出会ったんだ。……約束したろ?『どこかの異世界に逃げ込んだハゲジジィに復讐する代わりに、前を向いて生きていく』って。そのために俺たちはこうしてコツコツと力を付けて、創世重工を立ち上げた。……だろ?」

 

柔らかい笑みを浮かべながら、零は志保の方を振り向く。

 

 

 

そう、まだ復讐は終わっていないのだ。『クロノス』は壊滅させたものの、最高責任者であるガルバスは別次元に逃走を図り、その行方は未だわかっていない。

だが様々な世界を巡り、多彩な能力を身につけた零に、ガルバスは異様な執着を持っていた。

間違いなく何らかの形で力を付け、必ず零を掌中に収めようと狙ってくる。

ガルバスの性格をよく知る志保はそう睨み、零の世界巡りの旅に同行させてもらえるように頼んだ。

こうして志保は復讐のため、零は様々な世界での『役目』を果たすため、互いに協力し合う『契約』を結んだのだった。

 

「……そのためにも、今はこの世界での『役目』を果たして―――」

 

出入り口前にある自販機の近くに足を踏み入れようとした瞬間、零はピタリと足を止める。

 

「……?……どうかし―――」

 

後ろから志保が声をかけようとしたところで、零は右手で制する。

この先に何かあると察知した志保は、零の下から覗くようにして、自販機の向こう側をこっそりと見る。

すると見覚えのある女性が水着の上から白衣を羽織り、自販機の影に向かって座り込んでいるのが見えた。

 

「……あれって、<フラクシナス>の解析官さん?」

「だけじゃないみたいだ。……いるぞ。そこの自販機の奥に」

 

二人は耳をすますと、苦しそうな息遣いの呼吸音が、自販機の反対側から聞こえてくる。

さらに自販機の裏から、か細い少女のものと思しき腕が伸びた。

 

「……もしかして、琴里ちゃん?」

「あぁ。……しかもかなり弱ってるみたいだな」

 

こっそりと様子を見ていると、どうやら士道に隠れて鎮静剤などの薬を投与しに来たようだ。

琴里は今日の士道とのデートをかなり楽しみにしていたようで、無理をして相当な量の薬を使用しているようだった。

 

「あらまぁ。これまた健気なことで……」

「この台詞、あのボンクラ兄貴にも聞かせてやりたいもんだ……」

 

そう、士道は琴里がここまで無理をしているという事実に気付いてすらいない。

どれだけ琴里が士道を思おうと、向こうから見れば長年共に暮らしてきた家族。それ以上でもそれ以下でもないのだ。

しかし少女の思いは共に過ごした時に比例して強く、零が付け入る隙が見当たらない。

もし強引に霊力を送り込んでも、その強靱な意志ではね除けられる可能性があった。

何か弱みを見つけ、そこに付け入るチャンスでもあれば。零は何か手はないか思案に暮れる。

 

 

 

 

―――ドクンッ!

 

「…………!?」

 

瞬間、心臓が飛び跳ねたかのような感覚を覚え、零は胸元を握る。

弱気になったせいでまた霊結晶(セフィラ)が文句を言っているのかと思ったが、痛みや苦しみなどは一切感じない。

それどころか身体の奥から力が(みなぎ)ってくるような感覚と共に、零の頭の中にイメージが流れ込んできた。

 

「……?……社長?」

 

異変に気付いた志保が、そっと零の顔を覗き見る。

その時の零からは先ほどまでの焦りの色は消え、清々しいほどの余裕を見せていた。

 

「……博士。データの記録は任せた」

「えっ?ちょっと……!」

 

状況が理解できていない志保を差し置いて、零はゆっくりと自販機の影から出る。

 

 

 

「<淫導賢者(タブリス)>―――【黙秘強使(ストーキング)】」

 

そう唱えた瞬間、その様子を間近で見ていた志保は、ありえない光景を目にする。

目の前を悠々と歩いていた零の姿がゆっくりと薄れていき、まるで神隠しにでも遭ったかのように消えてしまった(・・・・・・・)のだ。

 

「あれ?社長……?」

 

零を見失った志保は、慌てて周囲を見回す。

しかしどこにも零の姿はなく、足音どころか呼吸音すら聞こえなかった。

 

「……そうだ。端末で……」

 

志保は思い出したように端末を起動し、零の端末の所在を確かめる。

すると反応は数m先で確認され、そのままゆっくりと歩いている(・・・・・)と表示していた。

 

「えっ?どうなってるの?これ……」

 

訳がわからなくなった志保は、混乱のあまり端末のウインドウと目の前の通路を何度も見やる。

やはりそこには零の姿がなく、用事を済ませてその場を去ろうとする令音の姿しかなかった。

 

 

 


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